決意!
今回は、結婚を決意し、プロポーズするところまでです。
ここは、仲野病院の産婦人科の来栖先生の診察室です。
「おや、半センチ縮んだな。」と来栖先生が記録を付けつつ言いました。
「すごい。縮むなんて!」とブラジャーを付けつつ喜ぶ主人です。
「単に、成長が止まっただけだろう。誤差だ。」
「でも、止まったんでしょう。ルンルンじゃないですか。」
「そんなことで、喜ぶのはおまえくらいのものだ。世の女性にぶん殴られるぞ。」
全くです。殺してもたりません。
「ねえ、僕って、女の人と結婚して子供作れますよね。」と服を着ながら主人が言いました。
「相手さえあればな。戸籍上は男だ。陰茎と精嚢が揃っている医学的にも問題ない。なにか当てでもあるのか。」
「3年ほど付き合っている女性がいます。」
「ホントか。」
来栖先生の目輝きました。
「やっぱり、無理かな。」
自信の無い主人は、遠くを見る目をしています。
「それは、結婚を前提したつきあいなのか。ただの友達関係者じゃないのか。」
「そこまでは確かめてません。」
主人の顔は暗いです。
「性行為なくして、男女関係とはいえないぞ。お互いにその気はあるのか。一度確かめないとだめだな。」
「性行為? そんな・・あのその・・」
主人は赤くなっています。そこがかわいい!
「別に、難しく考えることは無いぞ。キッスでも十分だ。」
「キスですか。それならばできそうです。」
主人の顔が明るくなりました。単純なヤツです。
「キッスを受け入れたら、脈がある。それに成功したら、ここに連れてこい。おまえの体のことを話してやる。」
「どうやって、やろうかな。いきなりはできないしな。」
また、悩んでます。ホントに困ったヤツです。
「世話のかかるやつだな。女と遊んだ経験ないのか。」
「あんまりないんですよ。」
「そうだな。8月だから、五山の送り火があるだろう。三条の鴨川の川原で肩を寄せ合って気分がでたところで、キッスはどうだ。」
「ふんふん。なるほど・・」
メモを取りながら明るく言いました。
「じゃあ。先生、来週!」
「おう。じゃあな。かんばれよ。吉報を期待しているぜ。」
うーん。初めてのキッスは忘れられない思い出です。主人にしては、ロマンチックなことをしたなあと思っていましたが、来栖先生の入れ知恵とは初めて知りました。
主人が出て行ったあとの診察室です。看護婦がにやにやして言いました。
「ズホラな先生が恋愛の応援をするなんて、めずらしいですね。」
「そうか。」と資料を見つつぶっきらぼうに答えます。
「何があるんです? 先生、白状しなさい。」
結構、看護婦さんも強いです。
「だって、あいつの結婚だなんて、こんな興味深いことがあるか。相手の精神状態も調べてみたい。女同士の結婚だぜ。性行為は?その精神状態は?興味がつきないね。」とうれしそうに答えました。
「やっぱり、研究目的ですか。そうだろうと思った。」
看護婦さんはあきれ顔です。
「さらに、結婚して子供が産まれてみろ。父親か母親かどっちなのか、どうでるか楽しみだろ。ふふふ、必ず、結婚させて、子供を作らせてやる。おっと、そういえばあいつが妊娠するという線もあるな。」
先生は素敵なおもちゃを見つけたように喜んでいます。
「え?そんなのできるんですか。」
看護婦さん驚きます。
「生理があるということは、立派な子宮がある。妊娠は可能だ。妊娠と出産を経たあいつの精神状態の変化が楽しみだな。ふふふ。」
「・・・なんかこわい。」
ええ、確かに怖いです。まるで、お話ででてくるクレイジーな科学者みたいです。
ここは、京阪電車の三条駅近くです。ローカルな話ですみません。関東の方はわかるでしょうか?ここから、北へあがり丸太町通から今出川通りに至る鴨川の河原が大文字をみるメッカなのです。京都の女学生のあこがれの地なのです。一生に一度は素敵な彼とここで、大文字をみながら暗がりでいちゃいちゃしたいと思っているのです。
主人はその柳の枝がたれる道路脇のガードレール前で待っていました。本日は8月16日会社は休みです。いつものデートは、しっかりと化粧をしてハイヒールですが、今日はスニーカーで素顔です。何か違和感を感じました。
「まったあ。」
「いや、ぜんぜん。」と主人は笑顔で応えてくれました。
「おや、ハイヒールとちがうやん。」
「いや、別に意図はないから。」
そう言ったら、意図があるといっているようなものでしょ。
黄昏時です。やや、薄暗い中にあっちこっちにアベックが・・おっと、今はカップルというでしたっけ。年がばれちゃう。組み合わせは、男と男、男と女、女と女と性別はいろいろですが・・
大文字と言っても小さくみえるだけです。そんなの何がおもしろいんだというのは野暮です。涼しげな夜風を浴びて男女の語らいが命です。主人と私は手をつなぎそぞろ歩きをします。そして、他のカップルと離れて、鴨川のコンクリートの岸壁に座ります。
「結構な人出だね。」
「女性同士もあるのね。」
「僕らは違うよ。」
「・・」
思わず、主人の言葉につまりました。どう言ってよいのか・・
夜空に星がきれいです。あっちこちからささやき声聞こえます。主人はそっと肩に手をやり、寄せてきました。そして、こちらを向きました。話は何もしません。
手が肩から頭に移り、そっと、主人のほうに向けられました。主人のきれいなひとみが私を見つめています。私は来る!と予感し、目をつむりました。
そして・・・・・・・うーん、恥ずかしくて言えない!
小声でおばさんの声が聞こえました。
「あれ、今の見た。女同士でキッスしてたわよ。」
「えっ、本当、レズビアンとかじゃないの。」
「わぁ、やらしい。」
(ちゃうわい。男だ!)と主人は小声で言うのですが・・
少し離れた藪の中です。そこには、黒のシャツに黒のスラックスをはきサングラスをかけた女性と同じく黒ずくめでスカートをはいた女性の2人ずれが・・
「よし、やったな。帰るぞ。」
「先生、好きですね。わざわざ、ここまで確認しに来ますか。」
見れば、来栖先生と看護婦さんでした。
「あいつはヘタレだから、やらなかったら蹴っ飛ばしてけしかけるつもりだったが。」
「あれ?大文字はみないんですか。」
「あんなもの見て、何がおもしろいんだ。」
だったらなんで来るんだと言いたいところです。
主人が後ろを振り向くと、黒ずくめの男女が立ち去るところでした。もちろん、それは先生と看護婦さんでしたが・・
(ん。だれかに見られていたような気が・・気のせいかな。)
意外と鋭いです。
電車の中です。
「うーむ。」
「先生、何を悩んでいるんですか。」
「問題は、彼女をその気にさせる方法だな。」
「また、日下部さんのことですが。たまには、他の患者のことも考えて下さいよ。」
「結婚する気になるかどうかは、意外と本人の意思だけじゃ無いんだ。周りから勧められてその気になるんだ。問題はだれがしつこく勧めるかだ。」
「私の言うこと、全然、聞いてませんね。」
看護婦さんが腕組みして首をひねっています。
「ところで、先生、さっきの女の人どっかで見たことあるような気がするんです。」
「何、ホントか。よく思い出せ。」と先生が笑顔になりました。
「うーん・・・わかった。私の実家です。町内会の寄り合いで見たような気がします。」
「本当か。でかした。これでめどが立った。」
「よくわかりませんが、本当に知らない人ですよ。」
ここは主人の実家です。酒屋の倉庫に住んでいます。そこは普通の家を改造したもので、トイレ、フロ、台所もついてます。それゆえ、そこでなんでもできるですが、晩ご飯だけは食べに実家に行っています。主人がご飯を食べるのを見ながらお母様が話しています。主人は日下部酒店の御曹司、見合いの話は良く来ていたものでした。
「おまえ、どうすんだ。最近くる見合い話は、お前を女と間違ってくるやつばかりよ。女になる前に結婚しときゃ良かったのにな。」
「むちゃ、いわないでよ。」
「最近は、化粧して会社へ行っているんやて。スカートもはくんか。」
「スカートははかないけど。会社では女子社員なんでね。」
(夏はスカートなんだけど、ばれていないよな・・・)
「最近は、自分で洗濯しとるからどんな格好しとるかしらんけど。しかし、どうすんのねん。もう34やで。男と結婚するんか。」
「やだよ。」
「そんなこというて、あてあるんかい。」
「いるよ。旅行行ってから、3年ほど付き合っている女の子がね。」
「ほう、何に、その女は、お前男だと知っているんかい。」
「うん、初めてであったときバラしたからね。」
「それりゃいい。その子にしなさい。もう、いないよ。」
「そんなこと言ってもなあ。結婚のことなんてしゃべったことないし・・」
「但し、釣書は手に入れてね。親とも会わせるのよ。こっちも作るから。」
「そんなあ・・」
結婚のけの字も言ってない相手の釣書をどうやって手に入れようか悩む主人でした。
ここは、仲野病院です。1週間前に突然、私は主人に健康診断に付き合ってくれるように言われたのです。それも、先生の都合で、日曜日にせざる得なくなったというのです。せっかくのデートが台無しです。
主人がレントゲン室から出てきました。私はというと、看護婦さんとローカルな話題に熱中していました。実家が同一町内会であることにびっくり!年代が違うし町内会でも離れているためお互い知りませんでした。
「えー。あのお店つぶれたんですか。学校の帰り道によく行ったのに・・」という看護婦さんです。
「あら、2年ほど前よ。」
「駅前のアシスとどうなってます。あそこのケーキはおいしかったのに。」
「ありますよ。でも、モンブランがよかったのになくなっちゃて。」
「えー、あれもですか。」
「ところで・・・」
話題はつきません。女子トークはそんなものです。そばでは、レントゲン室から出てきた主人は会話にはいれず、困り果てています。
「あのう、お話中すみせんが・・レントゲン終わったんですか。」という主人です。
「あっ、すみません。カルテください。次は、MRIです。」
「えらく盛り上がっているね。清原さん、一体どうしたの。」
「看護婦さんとの実家が、ウチと同じ町内だったのよ。ローカルな話で盛りがっちゃて」
「なるほど。」
「それで、看護婦さん。あのね、・・・」
女はおしゃべりです。やっぱり、主人はそっちのけです。但し、しっかりと主人の腕にだきついていました。
MRI室に着きました。技師さんが顔を出します。
「すみませんね。休みの日に。」とカルテを渡しつつ看護婦さんか言いました。
「いやあ。来栖先生のたってのたのみだからなぁ。」
「じゃあ、日下部さんだったな。いつものように。」
「はい。」と答えて主人はMRI室に入っていきました。
二人だけになったとき、看護婦さんが言いました。
「お二人さん。仲がいいですねえ。結婚しないんですか。」
「結婚?・・・」
「日下部さんは、歴とした男ですよ。結婚できますよ。来栖先生が毎回調べてますけど、男しての生殖能力も正常です。」
「そうなんですか・・」
結婚なんて考え無かった私はその言葉にびっくりしました。
ここは、来栖先生の診察室です。なぜか私も一緒に入るようにいわれましたのですが、私の頭の中はさっきの言葉、「結婚」ということばがぐるぐると回っていました。
「私が日下部君の主治医をしている来栖美香だ。」
「始めまして、清原千香です。」
「ほう、この女か。日下部さんが結婚したいと言っていた娘は。」
「え?まだそんなことは・・」と主人は赤くなりあわてます。
「あれ?そうだっけ。まあ、いいや。そういうことにしておこう。」
「先生!」
「ははは、さてと、問診に入ろうか。ところで、最近の体調はどうだ。発熱とかしびれはないか?」
「ええ、微熱や痛みもなく、至って順調です。」
「そうか。検査にも現れてるな。変身が止まったか小康になったみたいだな。予断は許せないが。」
検査データをみつつ来栖先生は言葉をつなげました。
「女への変身になぜ細胞破壊が起こるのがよくわからんが、止まったようだし、まあ、良しとしよう。」
「細胞破壊?」
「どうも、女への変身するときに、細胞の急激な入れ替わり起こっているようなんだ。細胞が破壊されて、その残骸が新細胞に取り込まれているんだろうな。新細胞が取りこぼした細胞成分が血液や尿にもれでている。皮膚とかみていると色白で張りのある肌に若返っているようだ。うらやましいかぎりだ。」
「そうなんですか。あんまり、うれしくないですが。」
「これで診察は終わりだ。ところで、清原さんには、話がある残ってくれ。」
「何を話すんですか?」と聞く主人です。
「日下部拓也、おまえの体のことだ。婚約者でなくとも、仲の良い友達ならば知っておいた方が良いだろう。」
「なるほどね。わかりました。」
はじめに、主人の体について、レントゲン写真やRI写真をもとに説明してくれました。続いて、心理テストみたいなものをさされます。主人に何の関係があるかと思いましたが、おもわずやってしまいました。
小一時間ほどして、来栖先生は私の性格分析を終えました。
「一体、何なんですか。」
「特に、引っかかるところはないなあ。ちょっと、論理性を好む男ぽいところがあるが、レズっ気もないなあ。」
「当たり前です。普通ですから。」
「言っておくが、あいつは男だぞ。おちんちんとかちゃんとあるだぞ。」
「知っています。」
「何かのトラウマで男とセックスできないなんてないだろうな。」
「ありません。」
だんだん、腹が立ってきました。
「冗談はさておき、本人にも伝えてない重大な問題がある。」
「それは、いつ死んでもおかしくないとてうことだ。さっき、言ったようにあいつの体は細胞壊死を起こし女性化が進行している。いままでは、幸いにも皮膚とか筋肉とか一時的に機能不全を起こしても問題ない部分だった。それ故、微熱やしびれですんだ。」
そう言って、一度、目を閉じます。
「次に、内臓、特に心臓に及んだ場合、どうなると思う。」
「死ぬんですか?」
「君たちの仲がどの程度のものか。本気度がどの程度のものかは知らん。しかし、結婚までしようと思うなら急ぐことだ。後悔することになるぞ。」
「あいつは結構、女性にもてるみたいだな。」
「会社でも、秘書仲間に好かれているみたいです。」
「ああ、活躍を聞いたぞ。ヘタレのくせに、意外と男気のあるやつだ。やさしさの中に強さがあり、さっぱりしている。あんな姿をしているが、男の中の男だと思う。ほれる女も少なくないだろう。」
「結婚というのは、そんな男を独占できるチャンスだ。寝ても覚めてもあいつが側に居る。いつでも会話をすることができる。こんなずはらしい権利を得るのが結婚だ。」
「あんなオカマ男と一緒になるなんて、反対や障害が多いことだろう。しかし、愛さえあれば超えられない障害は無い。また、それを超えてこそ真実の愛というものではないか!」
いつの間にかに立ち上がって大演説です。拳も握りしめています。
私は診察室をでて主人に声をかけました。
「先生が日下部さんに入ってもらえって。」
「はあい。」
私の中ではもう決意がかたまっていました。
「先生、何でしょう。」
「喜べ、バッチリとくさびは打ち込んだぞ。次はおまえのプロポーズだ。」
「え?」
「1,2週間後がいいな。舞台には徹底してこだわるんだ。いいか、そうだな。夕焼けが見える場所がいい。そこで、甘い雰囲気をだすんだ。それから・・・」
看護婦さんは来栖先生の熱心さをあきれ顔でみていました。他の患者にもあれだけ熱心に診てあげればいいのにとおもいながら・・
ここは、私の実家です。
「えー、この話も断るの。」
「うーん。何となく、いや。」
「あんた。30才になったら、約束通りこの家をでて行くのよ。わかっているわね。」
「・・・・うん。」
翌日のことです。
「アッコ。私、決めた。日下部さんと結婚する。」
「えー、それ本気なの。」
「うん。でも、決めた。」
「プロポーズはあったの。」
「あってもなくてもする。決めたから。」
「わけわかんかない。大変よ。あのオカマ男と結婚するのは」
「するの!」
その日に、主人から電話がありました。デートのお誘いでしたが、ただならぬ雰囲気が感じ取られました。
ここは、海遊館です。ジンベザメで有名な大阪の水族館です。今日は主人とのデート日です。でっかい水槽を泳ぐ魚たち、幻想的で美しいです。いるかのショーも楽しいです。出口付近の売店には、かわいいぬいぐるみいっぱいありました。
夕暮れになりました。空が赤いです。オレンジ色の太陽が波間できらきらと光っています。海からのさわやかな風が主人のやわらな髪をゆらしていました。本日のデートも化粧をしていません。靴もスニーカーでした。遠くに帆船がゆっくりと通り過ぎて行きます。(たぶん実際はエンジンで動くのでしょうが)
主人は目をつむり、潮の香り肌にしみこませてるいるようでした。
「清川さん。ひとつ、お願いがある。返事は後でもいい。」
深呼吸をして、そのピンク唇から次の言葉が漏れ出ました。
「ぼくと・・・・僕と、結婚しててほしい。」
「わかりました。お受けします。」
私は即答しました。
「え? そんなにすぐ受けて良いいの?」
躊躇無く返答されたことに驚く主人です。
少し離れた柱の陰で、サングラスをかけた黒ずくめの女が拳を握りしめてガッツポーズを決めていました。もちろん、来栖先生です。恐らく、デートをずっと尾行していたのでしょう。暇と言おうか、全く熱心です。




