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よろしく、お願いします。日下部拓也です。

今回は女同士の嫉妬といじめを取り上げてみました。


 ここは、東亜製薬の本社です。主人が田口部長に紹介されています。今日から食品部の開発課に移動してきたのです。主人はいつもの黒のスーツにスラックスです。化粧もバッチリです。

「秘書室から食品部の開発課に移動してきた日下部拓也だ。3年前まで、ウチの研究所にいたから、みんなは知っている思う。」

「よろしく、お願いします。日下部拓也です。」

「ひぇー、すっかり、女らしくなったなあ。」

 確かに、ハイヒールをはきすまして立つ姿はきれいです。

「知っての通り本当は男であるが、対社外向けには女性社員ということにするから、気をつけるように。名刺もそれで用意した。えーと、なんだっけ。」

「美希です。日下部美希です。」

「へぇ。かわいい名前だな。」

(べつにうれしくないけど・・)

 周りからどんなにきれいだと言われようと本人の本意ではありません。しかし、そのフロアにいる女子達はそうはいきません。突然、アイドルがやってきたのです。心穏やかで居られるはずはありませんでした。しかし、全く意に介さない主人でした。

 

 ここは、応接室です。田口部長と主人が話しています。

「食品部の開発課の化学薬品担当となるがいいか。前任者は営業に異動する。」

「ええ、いいです。」

「それから、さっきも。言ったように、対社外向けには女性社員ということにする。もちろん、人事システム上は男性扱いだ。しかし、女性社員にたのむような仕事も頼むことになるがいいか。」

「電話番とか応接室へのお茶出しとかですか。秘書室でやってましたし、いいですよ。でも、1人で電話番というのはつらいですね。仕事にならない。」

「そのへんは、みんなで協力するよ。」

「だったら、かまいません。」と笑って答えました。


 ここは、翌日の会議室です。大川食品研究所長は、関連事業部長に昇進していました。いま、田口部長ともに予算会議をしています。大川関連事業部長は、会議中、小声で田口部長に言いました。

「田口君、ここの数値はもう少し詳しいデータはないか。」

「ありますよ。これをコピーして配布しましょう。」

 会議室から田口部長は主人に電話します。

「日下部か。4階会議室へ来てくれ。」

「はい。」

 まもなく、主人がやって来ました。ドアを開けて軽く会釈してから入室します。長身の美人です。思わず、会議室の会話が止まりました。そして、主人は臆することなく、つかつかと田口部長の側に向かい、その足下に片膝をついて、手帳を広げてひざまずきます。

「はい、部長、何でしょう。」

 大げさな態度に思わず田口部長がひきます。

(おい、こいつ何者だ!)

「この書類を12部コピーして、持ってきてくれ。」

「かしこまりました。」

 用事をメモると、書類をささげるように受け取りました。最後に会釈をして退出します。

 大川部長が小声で聞きました。

「いまの美女は誰だ?」

「何言っているんですか。研究所部下だった日下部ですよ。」

「え?あの男女か。今までにあんなに丁寧なやつ居なかったぞ。」

「秘書の時に訓練されてきたんでしょうな。」

 角川さんのしつけ、恐るべしです。


 その午後です。電話が鳴り、主人がとりました。

「はい、毎度ありがとうございます。東亜製薬 食品部の日下部です。」

 保留に切り替え、田口部長に言います。

「田口部長、玄関受付から電話です。津島化学の村田さんが来られました。」

「わかった。第2応接室に案内してくれ。お茶を2つ・・いや、3つ頼む。」

「わかりました。」

 保留を外して、電話の応答します。

「受付ですか。すぐに参ります。」

 電話を切ると主人は1階の玄関受付に向かいました。


 ここは応接室です。田口部長と津島化学の村田さんが話をしていると主人が入ってきました。お茶を3つお盆にのせ伏し目がちにそそっと入室してきます。

「失礼します。」

 テーブルの上にお盆をのせて、ひざまずくと、両手で抱えるようにして、茶托とお茶碗を一緒にし、そっと机におきます。

「お茶をどうぞ。」とにっこり笑って出します。可憐です。

 部長にもお茶を出すと言われました。

「紹介しよう。この度、秘書室から異動してきた日下部さんだ。」

「そうですか。私は津島化学の村田です。」と言って名刺を差し出します。

「日下部、名刺を持っているか。」

「はい。」と言って主人はポケットから名刺を取り出します。

「お頂戴いたします。私は田口の下におります日下部です。」

 そう言って名刺をこれまたささげるように両手で受け取ります。そして、同じようにして名刺を渡しました。美人にこんなことをされるとは驚きです。

「日下部美希さんですか。」

 名刺を受けとるのもつい恐る恐るとなります。

「よろしくお願いします。」とテーブルの上で三つ指で会釈です。

「うっ・・・」と思わずうなります。


 主人が挨拶をすると部長が言いました。

「すまんな。おまえもこっちへ座れ。」

「はい。」

 主人は自分のお茶を置いて、その前に座りました。膝頭を合わせすこしかがみ気味です。実に控えめな女性らしいです。うーん、角川さんのしつけの成果です。


「実は、御社の担当がこの日下部になりました。そこで、本日、御紹介申し上げようと思いまして。」

(え?急だな。そんなこと聞いてないぞ。)

 そう思っても、主人はにこにこして、そんなそぶりをみせません。


「そうですか。こんな美人にお相手して頂けるなんて、これから来社するのが楽しみになりますなあ。」とにこにこして村田さんが言いました。


(口がうまいなあ。ホントかな。これって、ほめているんだよな。)

「よろしくお願いします。」とまた、テーブルの上で三つ指で会釈です。


 思わす津島化学の村田さんも頭を下げて、再び名刺を見たとき怪訝な顔をします。

「ん? 日下部という人は研究所にいませんでしたか。」

(え? 日下部とあったことがあるのか。そういえば、村田さんは、研究所にもきたことがあったかな・・やばいな。)


「日下部拓也ですか?違いますよ。それに彼はやめました。」

(ひでぇ、田口部長、勝手にやめさせないでよ。)

「めずらしい名前で、同じ姓なんでよく親戚かと言われるんですよ。」とごまかす主人です。

「そうですか。」と何となく納得してくれました。

 とりとめない話が交わされ、津島化学の村田さんは帰りました。


 主人がお茶を片付けていると田口部長がいいました。

「午前の会議といい。すごいな。びっくりしたぞ。」

「何がですか?」

「女らしく丁寧だ。」

「ああ、あれですか。でも、応接室と会議室だけですよ。」

「どういうことだ。」

「だって、そのときだけ、女らしくするように、厳しくしつけられたんです。それ以外は、黙って立っとけといわれてね。」と笑っています。

「なるほどな。ポイントを押さえとければ大丈夫というわけか。応接室と会議室ぐらいしか登場しないからな。」

「あっ、片付けは僕がしますんでいいですよ。」

「すまんな。」


 主人が応接室から、お茶碗を持って給湯室に行くと、業務部の小田さんが声をかけてきました。そばには、山上さんがいました。小田さんは若いデリバリー担当の女性ですが、山上さんは、妙齢の食品部のお局様、女性社員のボスです。

「日下部さん、ちょっと、お話があるんですが。」と小田さんが声をかけてきました。

「化学薬品課の関係のお茶出しは、すべて、あんたがしているのよね。」と山上さんが言います。

「ええ、化学薬品課は女がいないで、僕がしてますけど。給湯室を使ってはいけないんですか。」

「違うのよ。給湯室を使っている以上、あんたにもお茶室当番をしてほしいの。これは、女性社員で持ち回りなのよ。」

「なんですかそれは、僕は、女性社員じゃないですけど。」

「あんたも、使用者のひとりでしょ。だったら使用者として当然じゃない。みんな等しくやっているのよ。やってくれるわね。」

「えーえ。」

「詳しくは、小田さんに聞いてちょうだい。」

 そう言って立ち去ってしまいました。


 小田さんがすまなそうに言いました。

「本当に大したことは無いんですよ。掃除は業者の方がやります。備品の補充とか布巾の消毒とかを当番制で責任を持たされているだけで・・・」

「ふーん。やってもいいけど。なんかちがうような。」

「備品の補充は、お茶の葉がなくなったときに、総務部へ行ってもらってくるだけです。シンク周りは帰り際にきれいに洗って、布巾と湯飲みは週末に、当番になったときだけ漂白してください。」

「え? 掃除は業者さんがやっているんでしょ。僕たちがとうして・・」

「山上さんが自分たちで使うものは自分でとうるさいんですよ。」

「それに、どうして茶の葉がいるの。給茶器があるんでしょ。」

「そのための茶の葉ですよ。それに、山上さんがちゃんとしたお茶でないとためだと言うんですよ。」

「そうなんだ。」

 小田さんは、言うことは言うと逃げるように立ち去りました。


 当時の給茶器は、粉末状の茶の葉を使っていました。ある程度で入れ替わるのですが、ゴミの処理と茶の葉の追加必要でした。また、その粉末状の茶の葉は、おいしくないといわれれば、従来通り、急須で入れざる得ません。


 数日後のことです。田口部長が給湯室で、給茶器で紙コップにお茶をいれていました。部長は立派なもので、女性にお茶を頼んだりしません。お客さんが来たとき以外は絶対にたのまないのです。そんなことは女性社員の本来の仕事ではないと言っています。(そう聞いたときは立派だとおもったのですが、単に部下に女子社員がいなかっただけかもしれません。)


 部長は給湯室の壁にお茶室当番表を見つけました。

「お茶室当番表か。ごくろうさんだな。」

 部長はずらりと並んだ社員の名前を見ていました。

「確か女子社員での持ち回りとか言っていたな・・・ん?」

 おかしいと思った部長は、主人のそばにきました。


「お茶室当番表に日下部の名前があるが、あれは、おまえか?」

「そうなんですよ。部長が来客時お茶だしさせるからですよ。使用者の一人だからといって当番に入れられたんです。」

「しかし、給茶器があるんだろ。やることあるのか。」

「そんなの関係ないですよ。ほら、業務課は、小田さんと井上さんが交代で9時と3時に急須でお茶をいれているでしょ。」

「そう言えばそうだな。」

「そうすると、湯飲みとか急須をきれいに掃除し、茶の葉を用意しないといけないんです。」

「なんのための給茶器だ。紙コップで自分でのめば良いじゃないか。」

「そうでしょ。もっと、わかんないのは、男の僕がお茶室当番しているのに、あの山上さんは入ってないんですよ。」と主人は不満げです。

「うーむ。」と田口部長は唸りました。

 変だと思ってもだれもお局様へは言えません。


「次は、メール当番とかコピー室当番とかも、やれって言ってくるのかな。」

「それは無いだろ。あれは業務の仕事だ。」


 さらに、数日後のことです。いつものように、主人は黒のスーツ決めて仕事をしています。美人で長身、見事なプロポーション、かっこいいです。それを見て小田さんがいいました。

「いつもながら、日下部さんはかっこいいですね。キャリアウーマンみたいで・・」

 それを聞いた山上さんが小田さんにいいます。

「ふーん。そう言えば、女子社員はみんなダサイ事務服を着ているのに、あの子だけどうしてスーツなの。」

「さあ、事務服が合わなかったので、会長に買ってもらったとか言ってましたけど。」

「会長に・・ははあ。それでこれみよがせに、着ているのね。なるほどね。」と山上さんは意地悪く笑います。

「別に、そんなじゃないと思いますけど。」

「でも、あの子だけ、事務服の支給がないのおかしいわね。人事に掛け合ってくるわ。」

 自分達は、職務規程でダサイ事務服を着てるのに、日下部さんだけ私服が許されていることを妬んでいるとは言いません。支給が無いのは不公平と言い換えるのは巧みです。


 山上さんと人事課長が話をしています。

「ウチの日下部にはどうして事務服の支給がないの。不公平じゃないの。」

「いいえ、彼は男です。上司の田口部長からもできるだけそのように取り扱うように言われています。男性社員は自前の背広を着てもらい、事務服の支給はしません。」

「でも、ウチでは化粧して女性社員と同じ仕事させているのよ。1人だけ違う格好だとまずいでしょ。」

「彼にどんな仕事をさせるかは、田口部長の勝手です。本人さえ了承すれば問題ありません。人事部としては、男性社員を配置しました。それに、事務服にこだわっていますが、医薬情報担当の女子社員は、自前のスーツです。開発職もそれと同等と考えられますのでとくに事務服を着なければなないということもないでしょう。それと、近く制服は廃止の方向です。」

「え?廃止・・そうなの。」

 制服は廃止は、ショックだったようです。論拠が崩れてしまいす。主人はそんなやりとりがあったことを全くしりませんでした。


 数日後の昼です。昼の予鈴が鳴りました。主人はパソコンを開き電話をしています。

「日下部さん。お昼よ。」と小田さんが声かけました。

「ほっておきなさい。お忙しいそうだから。」と山上さんが止めます。

「え?」

 小田さんは先日まで待っていたのにと思いましたが黙って従うしかありません。主人が電話を切って見渡すと女子社員はいませんでした。


 地下食堂です。主人は配膳してもらった定食を持って見渡すとありました。食品部の女子社員が集まっている一角がありました。

「すみません。遅くなって。」とお盆をもって近づきます。

「まあまあ、忙しくて大変ね。」と言って山上さんはにこりと笑います。

そして、立ち上がりながらこう言いました。

「私たちはもう終わったから、ゆっくり食べていってね。さあ、皆さん行きますよ。」

 突然、そう言われた小田さんは、あわてて口へ掻き込み、無理矢理、食事を終わらせます。主人が座ると、全員が立ち上がって行ってしましいました。

(なんだ、この間までは無理矢理、一緒にと言っていたのにな・・)


 一人で食べていると、先輩の井村さんが来ました。井村さんは人事異動で、今は本社の営業課長です。

「よう。日下部、ここ空いているか。」と言って向かいにすわりました。

「空いてますよ。」

「ところでなぁ。日下部・・・・」


 そこへ角川さんが食器をもって通りがかります。

「あら、日下部さん。元気? 会長が寂しがってましたよ。あんたのことばかり言うのよ。」

「しょうが無いなあ。わかった。昼を食べたら行くと伝えておいてください。」


 そこへ、となりの動物薬の営業課長が来ました。

「おう、日下部じゃねぇか。いつも、きれいだな。そして、いつも、色っぽい。」

「ありがとうございます。男だからうれしく無いけど。」

「そんなこともないだろう。きれいはきれいなんだから。ところで、今夜、空いてるか。飲みに行こうぜ。」

「今日はやめときます。金がないんで」

「そんなこというなよ。おごるぜ。」

「女だからおごるんですか。お断りします。」

「いやいや、年上の先輩としてに決まっているじゃないか。」

(日下部は、つくづく、めんどうなやつだな。)


 山上さんの仲間外れ作戦のいじめは、あまり意味がないようです。主人は女性の仲で無視されても全然、応えていません。男なのでいじめと自覚してないようでした。


 ここは、2階の会議室です。パネルできれいな女性が新開発の化粧品のプロモーションをしています。部屋には各階の女性社員がずらりとならんでいます。足下には試供品の袋があります。

「あれ、日下部さんは?」と秘書室の角川さんが食品部の小田さんに声をかけました。

「山上さんが男だから誘わなくていいだろうって」

「えーえ。男でも日下部さんは、化粧してるでしょうに。」

「ふーん。あのは、山上さんに嫌われているのね。」と言うのは総務部の遠野さんです。

「どうも、そうらしいのよ。どうも、日下部さんがきれいで、会長のお気に入りなのが、気に障るみたいね。」と角川さんが解説します。

「ひどいわね。ウチが別ルートで必ず声をかけるわ。本日の試供品も1人前用意して、後で届けさせるわ。」

「遠野さんにそう言ってもらうと心強いわ。」

「あのは、社長と仲が良いらしくって、生意気なのよ。」

 こちらの「あの」は、山上さんの事らしいです。

「社長が関連事業部長時代に、秘書的なことしてから、何かあったのかしらね。」

 これは、初耳ですね。当時は山上さんは30才、そこそこです。

「さあてね。どっちにしろ、のさばらすことないわ。まかしときなさい。」

「助かるわ。」

 主人は愛されてますね。お局の派閥争いのおかげもあって助かっているようです。

 女同士っていやですねえ。男の方がさっぱりしていいです。

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