入院
私の入院は新婚時代の忘れられぬできごとです。数日来、風邪で私は寝込んでいました。クスリを飲んで布団で寝ていれば直ると踏んでたのです。
「うーん。下がらないなあ。大丈夫か。医者行こう。」
「医者?良いわよ。寝てれば直るから。」
私は医者が苦手です。まるで、こどもです。
「良くないよ。行こう。」
土曜日の休みに業を煮やして、主人は車で近くの町医者に連れて行ってくれました。
「うーん。風邪ですね。熱が高いですから解熱剤を出しときます。抗生物質の注射を打つ?」
「いいです。」
実は私は注射がこわいんです。まるで、こどもです。
「じゃ、休み明けまで様子を見ましょう。」
日曜日、主人はおかゆをつくってくれました。なんとか食べてそのまま寝続けたのです。月曜日です。
「37.8度かあ。少し高いなあ。薬が効いてないんじゃないか。」
「・・・」
「やっぱり、お医者さん行けよ。」
「うん・・」
(こいつやっぱりお医者がいやなのか。困ったやつだな。)
食欲もないので、何もいらないといったら、心配そうにして、主人は、いつものように、マフラーをしてコートを着て出て行きました。さびしいです。
当時の主人は髪の毛か肩まで伸び、近眼の眼鏡をかけていました。知的な感じできれいです。
夜です。主人にはさんざん、医者にいくように言われていたのですが、ここは実家の京都ではなく大阪です。見知らぬ土地でありで不安感がありやっぱりいけません。1人で寝ていました。
主人は心配して、普通より早く帰ってきてくれました。
「どう、熱は下がった?」
「少し、下がった。」
「医者は?・・・行ってないのか。」
「だって・・大丈夫だから。」
「だめだよ。起きろ。今行けば、ぎりぎり、7時で間に合うから。」
「でも・・」
やっぱり、医者が苦手です。まるで、こどもです。
主人に無理矢理、車に乗せられて、お医者さんへ行きました。問診でおかしいというので、レントゲンを撮ってビックリ、肺炎となっていました。
「肺がの下部が白くなっているでしょ。肺炎です。」
「えー。」と驚く私です。
「すぐ、病院へいきなさい。緊急、入院したほうがいいですよ。紹介状を書いて上げるわ。」
「どこへ?」
「大阪セトリニア病院でどうかしら、先輩の医者がいるから。」
こうして、私は、キリスト系の大阪セトリニア病院へ行くことになりました。
主人は救急の受付窓口へ行きました。
「患者は日下部千香です。これがカルテです。」
「了解しました。まず、診察がありますんで、緊急診察室でお待ちください。」
主人と二人で診察室の待ちます。主人はそっと肩をよせて手をにきってくれました。
カルテとレントゲンを見ながらの問診です。紹介状を見て、すぐに病室の手配に進みます。緊急病病棟へ入院し、様子を見てから一般に移ることになりました。
病室に移ると看護婦さん書類を持ってききました。
「付き添いの方ですね。入院の手続きがありますので、この書類に記入をお願いします。失礼ですが、あなたは?」
「はい、えーと。僕ですか、僕は千香の夫の・・・。」
「え! 夫?!」
「いえ、夫の姉の・・千香の義理の姉です。日下部美希といいます。」
主人が男と知っている町医者と違い、ここで、男と主張するとややこしくなります。ほんとうにめんどくさいヤツです。
「お姉さんですか。」
「はい、弟夫婦の家に居候させてしてもらっています。嫁にはいき遅れてましてね。今日も仕事で忙しい千香の旦那の代わりです。」
なんとか、ごまかせたようです。
「そうですか。それから、これが入院の手引き書です。」
「なるほど、これはいいですね。いきなり入院だということだったので、何も持ってきていません。入院に必要なものを取りに帰っていいですか。」
「もう遅いんで、明日でいいですよ。最低限のものは病院で貸し出しますから。」
「すみません。」
こうして、私は入院することになりました。毎日、抗生物質の点滴でした。効かないとみると、血液検査の様子をみながらさらに強力なものに変わりました。入院して1週間後熱が下がり始めました。
入院は、1ヶ月に及んだのですが、なんと、その期間、主人は朝と夜のに毎日来てくれたのです。朝は出勤前に乾いてた洗濯物とかこまごまとしたものを持ってき、夜は帰宅前に汗で濡れた洗濯物を家に持って帰ってくれました。
熱が下がり始めた頃、私の母かお見舞いに来てくれました。いろいろと話をしていると主人がいつもようにやってきました。
「あっ、姉さんが来た。」と私が言うと母が怪訝な顔をします。
主人はにこりとして、小声でお母さんに耳打ちします。
「男ということは内緒です。義理の姉ということで・・」
「ああね、なるほど。」
「まあお見舞いありがとうございます。」
看護婦さんがやってきました。危ないところです。
「あら、日下部さんのお姉さん。毎日、ご苦労さんですねぇ。」
「会社からの通り道なんでたいしたことありません。」
「しかし、毎日、大変でしょ。」
「まるで、おしめの交換みたいです。汗をかくんで、毎日、2,3枚、洗濯して干すんですよ。」と笑って言います。
しばらく、たわいのない話をしてから、私はお母さんに言われたことを話しました。
「あのね。お母さんがウチに泊まるって。」
「そうですか。確か和室に余分な布団があったはずです。どうぞ、どうぞ。」
「すみませんね。」
「じゃ。お母さん。そろそろ、帰りますか。千香、今日のお洗濯はこれだね。」
二人は仲良く出て行きました。
「晩ご飯はどうしているの。」
「ずっと、外食ですよ。商店街の店を食べ歩いています。今日は中華でもいきますか。」
「ええ。引っ越し時に、入ったお店かしら。」
「ええ。」
食事をして、主人とお母さんは我が家に帰りました。
玄関にを入ると、男物の靴があります。これを見てお母さんが聞きました。
「わあ、靴が一杯。これは男物の靴ね。だれの。」
「僕のです。ほとんど、履かないけど。女だけの家と思われると怖いと千香がいうんで。」
「防犯用ね。そういえば、千香にそう言ったのは私だわ。」
「ははは。」と笑いながら、主人はハイヒールを脱ぎました。
「どうぞ。散らかっていますけど。」
確かに、こたつを上にはものが散乱しています。主人は適当にそれらを片付けながらいいました。
「お茶でもいれましょうか。」
「ああ、いいわよ。自分でいれるから。」
「そうですか。水屋にありますから、お茶葉は冷凍室です。じゃあ、僕は着替えて来ます。」
そう言って、主人は3階へ消えました。
母は水屋の前で困っています。
(あれ。よその台所は難しいわね。急須の場所がよくわからない。)
思いあまって、主人を呼びます。
「拓也さん。急須はどこかしら。」
「急須ですか。ちょっと、待ってください。」
スウェットに着替えた主人が降りてきました。
主人は、急須を取り出し、手際よく茶筒からお茶葉をいれ、少量いれて蒸らします。お茶碗はお湯で温めて、少し冷めたその湯を急須にいれます。しばらくして、お茶をついでくれました。
「お茶の入れ方、よく知っているわね。」
「千香さんから教わったんですよ。お母さんの教育じゃないんですか。」とニコリとして、両手でお茶をすすります。
こんなところだけ女らしいへんなやつです。
「さて、洗濯するか。」
「洗濯? 千香のやつでしょ。やりましょうか。」
「いいですよ。全自動だから放り込めばおわりですから。」
「そんなこと言わずに。」
「そうですか。洗濯機はこっちです。」
そう言って、洗濯もの袋をもって、洗濯機のある風呂の脱衣室へ行きます。
「じゃあ。お母さんお願いします。僕は洗濯物の取り込みしますから。」
「任せなさい。」
しばはらくして、お母さんの声がしました。
「拓也さーん。洗剤どこ?」
「はいはい。」
私の実家は二層式です。お母さんにとって全自動は始めてだったのです。
「洗剤はここです。まず、このボタンを押すんですよ。すると、水量の目安が出ますので、それに併せて洗剤量をカップで調整するんです。あとはボタンを押すと終わりです。」
「へえ。」
「お母さんも全自動に変えたらどうです?便利ですよ。」
「ややこしいから。」
清原家は機械が苦手な一家です。
「あっ、ネット使うの忘れたかな・・まぁいいか。」
「あら、洗濯ネットを使うの。」
「ブラジャーとかは使うんですが、まあ、大丈夫でしょ。」
女性らしい繊細なところはありません。主人はおおまかな人間です。
主人が抱えていた洗濯かごを母が見ていいました。
「それ、洗濯物なのたたみましょうか。」
「うーん。仕分けが無理でしょ。僕の物と千香のものわかります?」
「そう言えばどっちも女ものだったわね。」
普通だったら一目瞭然なのですが、ウチのはややこしいです。困った家です。
「千香さんのおばさんがからもらった服もあるんですよ。京都の着倒れ、大阪の食い倒れというんですか、服をいっぱいもっていて助かりましたよ。」
取り込んだ洗濯物をたたみつつ、アイロンするものをより分けます。私より速いです。
「ほんとに手際がよく速いわね。いつもしているの。」
「毎日、すごい量ですからね。」
そして、アイロン台を持ってきました。
「え? アイロンもするの。」
「ええ、アイロンは僕の仕事です。テレビ見て良いですか。」
テレビを点けて、テレビを見ながら上手にかけていきます。
「アイロンも上手よね。手際がいいわ。」
「そうですか。千香に教えてもらったやり方をやっているだけですけど。急ぐときは自分でやっていたら、だんだんと僕の仕事になっちゃって。」
しばらくすると、洗濯機でチャイムがなります。
「あっ、洗濯が終わったみたいですね。」
「私が干してあげましょうか。」
「いいですけど。・・・じゃ、ふたりで干しましょうか。」
ほんとは、自分の下着を見せるのがいやなのです。へんに恥ずかしがり屋です。
2人で干します。お母さんが下着を干していて言いました。
「ふふ、下着はどっちか解るわ。この大きなブラジャーは拓也さんでしょ。」
「ええ、そうです。」
ええ、どうせ私はペチャパイですよー
「あら、男物パンツがあるわね。これも防犯のため?」
「違いますよ。僕が履いているものです。生理ショーツ以外は、オシッコしやすい男物なんです。」
「なるほどね。」
まあ、これがあるので、防犯用に男物下着を買う必要がないんですが・・
「黒が好きなんで、色の濃い下着はたいてい僕のですよ。」
夜は、千香の昔話をして更けていきます。母さんは何を話したことやら恐ろしい。
翌朝、お母さんが起きて、台所で迷っていると、主人がエプロンをして降りてきました。
「お早うございます。」
「お早う。はやいのね。朝食を作ろうとおもったのだけど。調味料の場所がわからなくて困っていたの。やっぱり、よその台所は勝手が違うわ。」
「いいですよ。朝食は僕の仕事なんで、ちょっと、まってて下さい。すぐ、やりますから。変わりサンドイッチなんですがいいですか。」
「ええ、でも・・朝ご飯も自分でできるの。」
「休みの日にはよく作っていたんでね。お母さんは紅茶党でしたよね。ティーパックでいいですか。」
手際よく、ささっと作ります。
「えーえ。これ何?おいしい。」
「そうですか。ジャガイモをスライスして電子レンジをかけて挟んだですよ。ポテトサラダみたいでおいしいでしょ。」
「確かに、変わっているわね。覚えて帰るわ。あと、何を使っているの。」
「ソーセージとキュウリですよ。それとマヨネーズ。僕の創作です。」
「ふんふん、なるほどね。へぇー。」
ここは病院です。お花を生けながらお母さんがいいました。
「1週間ぐらいいるつもりだったけど。帰るわ。私の出番がない。」
「え?」
「一家の主婦の入院でしょ。男一人で大変だと思ったけど。炊事、洗濯、掃除と家事全般そつなくやるのよ。」
世間一般はそうですよね。男はなにもしません。こんなに家事ができる夫は特別です。私の立場がないけど。
「へえ。いつもはしないよ。それに、仕事が雑い。」
ここが主人のすごいとこです。本当に困らない限り、家事には手を出しません。しないからといって、文句を言うわけでもなく、私ができないときはどんどん替わりにやってくれます。
「え?本当なの。手際がいいわよ。アイロンは全部やっていると言っていたけど。」
「アイロンと洗濯はね。あれだけはやるというのよ。」
「ままいいわ。それに、他人の家なんで、どこに何があるかいちいち家主に聞かないといけないの。だから手伝いにならないよ。」
「まあ確かにそうよね。」
「マイペースなんで気をおく必要ないし、そのくせ、結構、細やかな気配りができて、美人なのねえ。それに、機械に強い、いろいろできるでしょ。ウチにもほしい。」
「そやろ。そやろ。ウチの旦那さんはすごいんや。」
私は自分の立場も考えずに主人がほめられて単純によろこぶ私です。
「ほんまにいい嫁もろたわ。」
「それちゃうやろ。旦那やで。」
この話は半分実話です。肺炎で入院し、朝夕と病院にきてくれたのは本当にうれしかったです。主婦が不在で家事が大変だろうと、母か来てくれたのですが、主人の実家が近いこともあり、以外と不自由してなかったので、すぐに帰りました。化粧こそしませんが、家事も私より手際が良くはやいです。雑なところは男らしいですが、そこさえ目をつむれば助かります。




