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LOST  作者: 風羽洸海
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四章 (2) 襲撃者


 アテュスの姿を認め、さすがに牢番がぎょっとなって立ち塞がった。

「戻れ! ここは通さんぞ!」

「非常事態なんだ! 槍を貸してくれ、後で必ず返しに戻るから!」

 アテュスは有無を言わせぬ勢いで迫り、相手の手から槍を奪い取る。防具まで拝借している時間はないだろう。

「詳しい説明をしている暇はないんだ、誓って脱走じゃない! 絶対に戻るから行かせてくれ……よッ!」

 言いざま、アテュスはまだ行く手を阻もうとする牢番を突き飛ばした。カゼスはその体の下敷きにされそうになったが、慌てて避ける。気の毒な牢番はそのままひっくり返ってしまった。

 カゼスは牢番が起き上がる前にその体を跳び越え、アテュスに続いて走りだした。

〈リトル、不審者の気配は?〉

〈まだこの辺りにはそれらしい人物はいません、が……進行方向の建物の周囲に、挙動不審な人物が六人います。全員武装している模様〉

「くそッ!」

 声に出して毒づいたカゼスを、アテュスは驚いたように振り返る。

「君の予想が当たったみたいだ、この先の建物の周囲に不審な奴らがいる」

「なんでそんなこと……いや、そいつらは何人だ?」

 疑問を飲み込み、アテュスは訊いた。六人、と答えを聞くと、彼もまた罵りの言葉を吐いた。行く手には篝火がぽつんぽつんと光を放っているが、寂しいものだ。

「この先は陛下の私宮殿なんだ。普段はもっと遅くまで蝋燭が灯されているのに……今日に限って早くお休みになったらしいな」

 まさしくそれこそ、国王が仕掛けた罠だろう。

(おかしいな)

 ふっ、と疑念が胸をよぎる。

 ここまであからさまな罠に、かかるものだろうか。いくら早く行動しなければ宝珠を盗んだ意味がなくなるからと言っても、あまりに短絡的ではないか? それに国王を殺すなど、あり得るのだろうか。法令を取り消す手段がないわけではなかろうし、今いきなり国王が殺されたら、得をする人物が疑われるのは当然だ。

 それとも、まさか犯人は王家そのものを根底から揺るがそうとしているのか。

(くそ、あれこれ考えてる場合じゃないな)

 私宮殿が眼前に迫ると、余計な考えは吹き飛んだ。実際に襲撃者がいる以上、国王の身を守らなければならない。

 アテュスは中の物音に聞き耳を立て、そっとカーテンをくぐった。カゼスも一歩遅れてそれに続く。

 暗闇の中に、燭台の取り付けられた柱が何本かぼうっと浮かび上がって見える。廊下の先に、動く影があった。絨毯が足音を消してくれるので、アテュスは足を速めて小走りになった。カゼスも慌ててそれに続く。

〈この先の室内に二人が侵入。残る四人の内の二人が出入り口に残っています。あとの二人は外で見張りをしているようですね〉

〈近衛兵は何をやってるんだ!?〉

〈外に死体が転がってます。あなたに言うと気分が悪くなるだろうと思って黙ってましたが、三人分の肉の山がありましたよ〉

 冷静なリトルの報告に、カゼスは顔を歪めた。

〈肉の山だって?〉

〈ここからでは正確な状態を把握できませんが、人体の一部とみられるものが、ひとまとめに積み上げられています〉

〈ちょっと待てよ、そんなことやってる暇が連中にあったって言うのか? 一撃であの世へ送るか、殺せなければ失神させるなり何なりして動きを封じるのが先決だろ? 狂戦士じゃあるまいし、バラすなんて非能率的なこと……〉

〈非能率的なのは今のあなたもですよ。考えるのは後にしなさい〉

 ぴしゃりと言われ、カゼスは慌てて周囲に注意を戻した。と、前でアテュスが叫び声を上げた。室内で怒鳴り声がする。

「逃がすな!」

 誰の声かカゼスには分からなかったが、アテュスが「隊長!?」と叫んだので正体が分かった。国王の寝室にいたのは、身代わりの近衛隊長だったのだ。飛び出してきた男の一人は、アテュスが槍で刺し貫いて仕留めたようだ。

〈一人逃げたのがこっちに来ます!〉

〈光を!〉

 リトルがパアッとまばゆい光を放ち、辺りを照らし出した。目がくらみ、襲撃者はウッと顔をしかめて怯む。その隙にカゼスは緊縛の呪文を唱え、襲撃者を捕らえた。

〈室内に二人、身動きが取れない人間がいます。死んだかどうかは知りませんが。アテュスが殺したのが一人、今捕らえたのが一人、あとは外にいる二人!〉

「外に二人いる!」

 カゼスはアテュスに怒鳴り、走りだした。いつでも唱えられるよう、緊縛の呪文を意識につなぎ止めておく。

 カーテンをくぐった瞬間、リトルの鋭い警告が響き、反射的にカゼスは身を沈めた。頭上で剣が唸りをたて、カーテンを引き裂く。

 馬鹿な、とカゼスは狼狽した。襲撃が失敗したと分かったら、逃げるのが常套ではないか。

 相手を逃がさず捕らえることしか考えていなかったので、向かって来られると、どうすれば良いのか分からなかった。

 男の動きは人間業とは思えない素早さで、リトルが飛び出して剣の刃を受け止めてくれなければ、確実に頭を割られていただろう。甲高いガラス音が響き、剣の刃がこぼれて月光を反射した。

 次の瞬間にはまた、刃が襲いかかっていた。カゼスは避けることも出来ず、身を庇うように腕を上げる。リトルが男の腕に体当たりし、直前で剣の勢いがそがれた。

 ズッ、と肉に刃が食い込む嫌な感触。その瞬間には痛みを感じず、ただ「やられた」とだけ思った。カゼスは体勢を崩し、ぶざまに座り込んでしまう。腕から血が噴き出してやっと、危機感がどっと押し寄せた。

 悲鳴を上げたかどうかさえ自覚していなかった。腕を抱え、カゼスは無意識に『力』を操って敵にぶつけていた。魔術と呼ぶにはあまりにお粗末な、子供が暴れる程度の抵抗だったが、それでも敵は数メートル吹き飛ばされ、どうっと倒れる。

 知らぬ間に涙があふれて頬を濡らしていた。傷口から血が流れ、ドクンドクンと拍動が耳に響いた。見開いた目に、むくりと起き上がる男の姿が映る。

(どうして)

 パニック寸前の頭に残ったわずかな理性がそう言った。あれだけの衝撃を受けたら、普通の人間なら失神していてるはずだし、少なくとも肋骨の数本は折れたはずだ。どうして立ち上がれるのだ? そんなはずがない、そんなはずが……。

(狂ってる)

 麻痺したように、カゼスは男が近付くのを呆然と見ていた。

 ゆっくりと男が剣を振り上げる。と、その背後に別の影が現れた。

 銀色の光がチラッと見えたかと思うや否や、襲撃者の体がぐらっと傾いで、声ひとつ立てずに倒れる。血に濡れた剣を手にしたヤルスが、それを冷ややかに見下ろしていた。

「無事か?」

 問う声が現実のものと認識できず、カゼスはただ自失したまま銀髪の青年を見上げていた。ヤルスは不審げに眉を寄せ、視線を落として顔をしかめた。

「馬鹿か、何をしている!?」

 激しい口調で言い、彼はカゼスの腕を取った。まだ血が止まっていない。骨に達するほどではないが、かなり深い傷だ。片手で傷口を押さえ、ヤルスは舌打ちして残る片手でカゼスの頬を叩いた。

「しっかりしろ、死にたいのか!」

 痛みよりは衝撃で我に返り、カゼスはつかまれた腕の傷に意識を戻した。途端に激痛が走り、堪えきれずうめきをもらす。大急ぎで治癒呪文を唱え、ひとまず傷口を癒着させた。

 手の下の傷がふさがったのを確認し、ヤルスはそっと腕を離した。それから深いため息をつき、片膝をついてカゼスの顔を覗き込む。

「もう正気に戻ったな? 立てるか」

「あ、はい……」

 ぼんやり答え、手を借りて立ち上がる。相手の深紅の瞳と向き合って、ようやくカゼスはこれが夢ではなく現実なのだと実感した。

 礼を言わなくては、と口を開きかけた時、建物の中からアテュスが現れた。

「カゼス、無事か?」

 問いかけて、そこにヤルスがいるのに気付き、彼はぎょっとなった。

「さ、宰相様……」

 絶句しているアテュスに、ヤルスはいつもの平坦な口調で言った。

「もう一人、あっちに転がしてある。脱獄に関しては今は何も言わぬ、衛兵の務めを果たすがいい」

 親指で建物の背後を指され、アテュスは困惑しながらも指示に従って走りだした。

「あの……ヤルスさんはどうしてここに?」

 ふと思い出してカゼスは問うた。冷たいまなざしを向けられ、慌てて付け足す。

「もちろん、来て下さったお陰で助かりました。ありがとうございます。でも……」

「おまえの悲鳴が聞こえた。あれでは街の者まで叩き起こすだろうな。私はまだ仕事の残りを片付けていたし、幸い居室はすぐそこだった」

 背にしている別の建物を視線で示し、ヤルスは淡々と説明する。確かに、二階の窓にいくつか明かりが灯っている。

「何かあるだろうとは思っていた。陛下が仕掛けた罠に誰かがかかるだろう、と。だがおまえがでしゃばって来るとは予想外だった。昼間あんな事があったばかりだと言うのに」

 その口調に、いささか非難の響きがまじる。だから引っ込んでいろと言ったろう、という雰囲気だ。言われてみれば確かに軽率だったと認めざるを得ない。戦闘に関してはズブの素人だというのに、何も考えずにしゃしゃり出てきたのだから。

 うつむいたカゼスに、ヤルスは不可解そうに続けた。

「なぜそこまでするのか分からぬな。おまえにとっては赤の他人だというのに……ともあれ、これで曲者を締め上げれば陛下の狙い通り、宝珠盗人が分かるというわけだ」

 やれやれ、とヤルスはため息をつく。厄介な仕事がこれでようやく一段落つく、と考えているようだった。

「もう帰って休むがいい。あの衛兵に関しては、心配せずとも咎めはあるまい」

 それだけ言うと、彼は裂けたカーテンをくぐって姿を消した。中にいる近衛隊長と、捕らえた襲撃者の処遇について相談するのだろう。カゼスはどっと疲れを感じ、入り口の柱によりかかった。

 アテュスが毒づく声が遠くで聞こえる。肉の山を見付けたらしい。

 オルトシアと牢番に事の次第を説明しなくちゃ、と思い出し、カゼスは足をひきずって歩きだした。アテュスは今夜一晩忙しいだろう。

 ずるずる歩いていると、リトルが話しかけてきた。

〈お疲れのところすみませんが、カゼス、あの宰相殿には気をつけた方がいいですよ〉

〈はぁ? ヤルスさんに? どうして〉

 億劫そうに返事し、カゼスはため息をつく。もう面倒な事はうんざりだ。

〈今は何も考えたくない。疲れたよ〉

〈……分かりました、まぁ明日でもいいでしょう。まったく、人間というのは実に不便な生き物ですね〉

 リトルは呆れたように言ったが、カゼスは何を言い返す気力もなかった。無意識に、斬られた場所をさすっている。傷はふさがっているが、流れた血が戻ってきたわけではないし、斬られたという事実が消えたわけでもない。それがひどくこたえていた。

 牢に戻ると、オルトシアはいなくなっていた。とばっちりを食うのを恐れて、逃げ出したのだろう。幼くて純粋なように思ったが、実は案外目端の利く性質なのかも知れない。

 牢番はまだ目を回しており、床でのびていた。

 カゼスは牢番を起こしてやり、後頭部にできたこぶを治してやりながら、外の騒ぎの事を教えた。アテュスが咎めを受けないのであれば、牢番の方も心配はない。そう言い聞かせると、カゼスは疲れた足を機械的に動かして、アムルの診療所へ帰った。


 ベッドに倒れ込むと、そのままカゼスは電池が切れたように眠り込んだ。

 夢を見た。次々と人が現れては消えていく夢。

 アテュス、ヤルス、国王、スーザニー……ハーカーニー、オルトシア……事件にかかわる人物がぐるぐる渦を巻いて、言葉になっていないことを口々にしゃべっている。

 ヤルスが聖典を読んでいる。寂しそうな横顔が振り向き、深紅の目がこちらを捉えた。目がどんどんクローズアップされ、瞳がなぜかカメラのシャッターのように、カシャリと閉じられる。その音に驚いたように振り向く人物。幼いカゼス自身だった。

 誰かに見られている、そう感じて何度かカゼスは周囲を見回す。髪が青いのがばれたのだろうか。黒く染めた髪に手をやり、不安げにそっと手を下ろして……

 指を開くと、血がべっとりとついていた。

 悲鳴を上げたと思ったのに声は出ておらず、夢だと分かっているのに目も覚めなかった。何かが追ってくる、その恐怖にかられて走りだす。

 狂っている。何かがおかしい。何かが……


 カゼスが悪夢にうなされている頃、街のとある家で一組の男女がささやきを交わしていた。ただし、愛のささやきではない。もっと密やかで、ずっと不穏な剣呑さを含んだ声だ。

 光が漏れないようしっかりと戸締まりのされた部屋で、男の方は行ったり来たりを繰り返している。その動きを目で追いながら、女は話し続けていた。

「……本物のラウシールではないみたいですけど、魔術の能力は信じられないほどです。あんな『力』のうねりを簡単に乗り越えられるなんて……」

「そして奴は私に敵意を抱いていると?」

「敵意とまでは。ただ、あなた様のことは呼び捨てにしていましたし、疑いを抱いているようでした」

 イライラと歩き回る足音が、暗闇の中を滑っていく。

「あの衛兵は王の罠に気付いた」

「はい。でも……」

「私の罠に気付くとは思われない、か?」

「はい、恐らく。それに明日は忙しくなるでしょう。あの者たちの拷問に彼が立ち会うことはないでしょうけど、脱獄の言い訳を考えることで頭がいっぱいになるはずです」

 女、と言うよりはまだ娘だろう。その声は若くかぼそい。だが怯えてはおらず、しっかりした口調だ。

「問題はラウシールの方か……いったい奴は何者なんだ? まさか異国から送り込まれた密偵ではあるまいな」

 小さく舌打ちする。男は足を止め、娘をじっと見つめた。

「しばらく奴を引き離しておけるか」

 その言葉に、娘は少し考える風情で黙り込んだ。が、すぐに答えを見付けてうなずく。

「アムルさんに使ったのと同じ方法で」

「どのぐらい?」

「明日いちにちは充分に」

 答えた娘の前に、男は手を突き出した。てのひらの上に、黒い小さな箱がある。その内部でゆっくりと光が明滅し、娘の顔に柔らかな光の模様を描き出した。

「では、気取られぬようにな」

「……はい」

 ぼんやりした声が答える。男が手を下ろし、袖の中に黒い箱を隠すと、娘は夢から醒めたようにびくんと身じろぎした。

「あ……?」きょとんとして目元に手をもっていく。「私、いま何を?」

「何もしておらん。ただ明日の細工がうまくいくよう、術をかけただけだ」

 男は言って、娘の指に自分のそれを絡めた。

「そなたは何も案ずることはない。可愛いシアよ……」

 二人の影が触れ合い、重なる。部屋の明かりが消え、言葉は聞こえなくなった。


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