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LOST  作者: 風羽洸海
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二章 (2) 現場検証



 宝物庫の近辺は警備が物々しく、まだ緊張感が漂っていた。カゼスは人の多さに驚き、まやかしをかけ直しておいて良かった、と胸をなでおろす。ここで青い髪が見付かったら、都じゅうがひっくり返るような騒ぎになるだろう。

 ヤルスは近衛兵に簡単に事情を話し、懐から小さな鍵束を取り出して錠を開けた。どうやら鍵は常に携帯しているらしい。

 扉を開けると、冷たい空気が流れ出た。中は石や木箱や金属の匂いが漂い、普段は人が入らない場所だと感じられる。

〈じゃ、私は力場位相の変動調査と、精神探索をするから、その間にすみずみまで調べておいてくれるかな〉

〈たいしたものが残っているとは思えませんがね。どうせ、紛失が判明した後、人海戦術で倉庫内をひっくりかえして探したでしょうから〉

 やれやれ、とリトルは肩を竦めるような気配を送ってよこし、スッと飛んで先に宝物庫に入った。

「なんだ、それは」

 ヤルスが見とがめる。カゼスは、リトルヘッドの存在しない世界に旅行した時にいつも使う嘘をついた。

「魔術用の水晶球です。何かと便利なんですよ」

 ほら、と指し示すと、慣れたものでリトルが蛍光を放った。見ていた衛兵が驚いて後ずさったが、ヤルスはまるで動じず、やはり胡散臭げにリトルを睨んでいる。

「あの、少し離れていて貰えますか?」

 カゼスが頼むと、彼は突き刺すような視線を残し、敷居のすぐ外側まで下がった。

(なんだかやけに敵愾心を感じるなぁ)

 何か悪いことしたのかなぁ、などとカゼスは落ち込みながら宝物庫の床にぺたんと座った。軽く目を閉じ、用心しながら意識レベルを下げる。まばゆい『力』のイメージ。それぞれの特徴である色彩を放ちながら、自然の定めた芸術的な軌跡を描いて脈動している。

 既に四日前の痕跡など、流れ去って見付けようがない。もっと細かく調べたら見付かるかもしれないが、そうするにはあまりにここの力場は強すぎた。時間に沿った像を丁寧に追ってはみたものの、高位の力が低位の痕跡を覆い隠してしまっている。

 おまけに、宝箱ひとつを動かす程度の術など、元々それほど目立つ痕跡が残るものではない。本当に魔術が使われなかったのかどうかさえ確認出来ないほど、まるで手掛かりは残されていなかった。

(あの時にスーザニー様が見せてくれなかったってことは、固定像の保存技術はないんだろうな……諦めるしかないか)

 力場位相の変動が記録されているか、でなくともせめて事件直後の位相が固定像にして保存されていれば確実な証拠となるのだが、ここでは調査した魔術師の証言を信用するほかないようだ。

(精神探索の方に望みをかけるしかないな)

 カゼスは意識を引き上げ、『力』のイメージを締め出した。それから、精神体を網のように拡げてその場に残っている残像を漁りはじめる。今度は特に危険はなかったが、雑多な意識が山のように網にかかり、カゼスは思わずうめきをもらした。

 全部の残像を調べてはおれないので、瑣末なものは網の隙間からふるい落とす。調査に当たった近衛兵たちの、「腹減った」だの「なんでこんなことを」だのといった類だ。

 残った残像の多くは、古いがまだかなりの強度を保っていた。『驚愕』だ。宝珠が盗まれたと知った時の、アテュスや国王のもの。

(……あれ?)

 ざっとそれらを調べている内に、カゼスは妙なことに気が付いた。

(犯人の残像がない?)

 これだけの騒ぎになるような宝物を盗み出したのだ。侵入したときの緊張や、宝箱を手にしたときの興奮などが相当な強度で残っていてもおかしくないのに、そういった残像がいっさい見付からない。

(じゃあやっぱり、魔術を使ったのか?)

 この場所に残像がないということは、どこか離れた場所から何らかの手段で宝珠を盗み出したと推測される。直接この宝物庫に犯人が侵入し、その手で箱を持ち出したのではない。よほど自制心が強く平静を保つよう訓練した人間であれば、緊張もせずに盗み出せるかも知れないが、その可能性はかなり低いだろう。

 ゆっくりすべての残像をふるいにかけていき、結局そこに犯人の精神残像がないと分かると、カゼスは息を吐いて精神体を収束させた。

 床に座っている尻の冷たい感覚が戻り、石に押しつけられているくるぶしが痛みはじめる。カゼスは数回続けて瞬きしてから、そうっと目を開いた。

「何か分かったか」

 事務的にヤルスが訊いた。カゼスは困り顔でちょっと頭を掻く。よいしょっ、と年寄り臭い声を出して立ち上がると、冷えきった節々が錆びた機械のようにきしんだ。

「どうも……痕跡が残っていないもので、決定的な証拠となるような物はなにも見付かりませんでした」

〈こちらも収穫はありません。もうめちゃくちゃです。現場保存という意識すら存在しないんじゃありませんか? 手掛かりなんて何ひとつありませんよ。あまりに多くの人間が、ごく最近にこの宝物庫に入っています〉

 予想通りの結果を報告し、リトルがうんざりした気配を送ってよこす。カゼスは肩を竦め、言葉を続けた。

「ただ、犯人が直接ここに来て宝珠を盗み出したのではない、ということは確かです。アテュスも『誰も見なかった』と証言していますけど、その通りで、どこか離れた場所から魔術で盗み出したとしか考えられません」

「魔術が使用された痕跡はなかった、とスーザニー殿が言っている。最高指導者の言葉を疑えと言うのか?」

 非難でもなく、ただ事実を指摘する平坦な口調でヤルスが応じた。

「魔術以外に何か方法があれば別ですが……。つまり、魔術で盗み出した、という証拠はないんです。力場位相の変動がもう全然分からなくなっていますから、魔術が使われたか否かというのは断言出来なくて、ただ、この状況では魔術が一番有力な手段かな、と」

 カゼスは首をひねった。何らかの遠隔操作が可能な機械でもあれば別だが、そんなものがこの界に存在するわけがないし。

 カゼスの言葉にヤルスはしばらく何事か考え込んでいたが、ややあって口を開いた時には、少しばかりその口調に穏やかなものが感じられた。

「ご苦労だった。では宝物庫を閉鎖しても良いな」

「あ、はい。もうここで調べられることはない……と思います」

 カゼスはおずおずと答え、もう一度室内を見回してから外に出た。後ろでヤルスが扉を閉め、施錠する。何か見落としたことはなかったかと不安になったが、リトルが何も証拠をつかめなかった以上、自分に出来るのはここまでだ。

「この結果についてスーザニー殿と少し話をせねばなるまい」

 来いとも言わず、ただついて来るのが当然といった風情で、ヤルスは先に立って歩きだす。慌ててカゼスは腰についた埃をはたき、宰相の後から小走りに王宮内へと戻った。

 歩きながら、ヤルスがふと複雑な声音でつぶやいた。

「本当にラウシールではないのだな」

「偽物だ、って最初に見破ったのはあなたでしょう」

 きょとんとしてカゼスが言うと、聞かれているとは思っていなかったらしく、ヤルスはかすかに当惑した気配を漂わせた。

「ああ。だが本物かも知れぬと疑ってはいた。何らかの理由で演技しているのだと」

「まさか! 僕……あ、いや、私はそんな大物じゃありませんよ。魔術師としてはヒヨッコどころか卵みたいなものだし、なんだか知らないけどラウシール様ってのは聖人なんでしょう? とてもそんなご立派な人物にはなれませんよ」

 呆れた、とばかりにカゼスが言ったので、ヤルスは初めて苦笑をもらした。凍てついた湖を渡る一陣の春風を思わせる、わずかな笑み。

「『僕』か。ラウシールを名乗るには若すぎるといったところだな」

 苦笑の中に嘲りの気配がまじったが、そこには不思議と悪意が感じられなかった。カゼスは口をへの字に曲げ、わざと幼い反応をして見せる。

「どうせそうですとも。まだ十代なんですからね。あなただって、宰相様にしては若いじゃないですか」

「確かに就任当初はそう言う者も多かった」

 ヤルスはまた、無表情に戻った。多かった、と、過去形を心持ち強調したのは、つまり今ではそんな事を言う愚か者などいない、ということだ。

 粛清でもしたのだろうか、とカゼスはいささか空恐ろしくなった。そんな心中が分かっているのかいないのか、ヤルスは淡々と言葉をつなぐ。

「だが、かのエンリル帝もデニスを再建した時、まだ二十歳になっていなかったという。年齢は問題ではない」

 そのまま彼は沈黙した。カゼスは斜め後ろを遅れないように歩きながら、しばらくしてようやく遠回しな皮肉を感じ取った。

「……若すぎると言ったのは中身のことだ、というわけですか」

 カゼスが憮然としてそうぼやくと、今度こそ確実に、ヤルスは短い笑い声を立てた。

「少しは頭が働くようだな」

 馬鹿にされたが、カゼスは言い返せなかった。正直、自分の頭の出来などたかが知れていることは、嫌になるほど自覚していたので。

「そういえば」ふとヤルスが立ち止まり、振り返る。「名前を聞いていなかったな」

「あれ、そうでしたっけ? カゼスです。カゼス=ナーラ」

「風変わりだな」

 短い間を挟んで、ヤルスはそんな感想をもらした。奇妙な不自然さがその声に漂っていたが、それがなぜなのかカゼスには考える暇がなかった。その時にはもうスーザニーの居室に着いており、ヤルスが二人の名を告げて衛兵に取り次ぎを頼んでいたのだ。

 ほどなく二人は室内に通され、魔術師たちの長とテーブルを囲んでいた。

「この者が調べた結果では、犯人は直接現場を訪れていない、ということです」

 ヤルスが切り出し、スーザニーは眉を寄せた。それが何を意味するのか、瞬時に察したようだ。唇を引き結んだ険しい表情で、ヤルスとカゼスを交互に見つめてから、彼女はゆっくりと断言した。

「しかし、魔術を行った痕跡はありませんでした」

「単にあなたが見落としていた、という可能性は?」

 容赦なくヤルスが追及する。スーザニーは首を振り、この冷徹な宰相の疑いをなんとか晴らそうと言葉を重ねた。

「私だけではなく、何人もの『長衣の者』が調べました。誰も、あの宝物庫に『力』が働いた痕跡を見付けられなかったのです。間違いはありません」

「魔術を使わずに、鍵のかかった宝物庫から特定の宝箱を盗み出す方法……なんて、考えられませんか?」

 おずおずとカゼスが口を挟むと、睨み合っていた二人の権力者はしばらく黙り込んだ。

「それよりは」と先にヤルスが言った。「魔術の痕跡を隠す方法がありはしないか、また誰かをかばって……『長衣の者』の体面を保つために、虚偽の証言をした者はいないか、そちらの可能性を当たる方が解決にたどり着けそうな気がするが」

 スーザニーが息を呑む。怒りのあまり、かすれ声で「なんという事を」とつぶやいたきり、彼女は言葉を失った。険悪な雰囲気にカゼスは困って目をしばたたかせる。

「魔術の痕跡隠しは、私の知る限りではとても難しいんですよ。術を行使したその時に生じる変化を察知されないようごまかすことは出来ますが、後から位相の変動を調べたら、たいていは跡が見付けられるんです」

 カゼスの説明の後、スーザニーがヤルスの言葉の後半に対する答えを述べた。

「そして私は……我々は、『長衣の者』の中にそのような盗人がいることを許すほど、寛容ではありません。我々にはラウシール様の後継者たる誇りがあります。保身のために虚言を弄するなど、ありえないことです」

「その言葉を信じられたら嬉しいのですがね」

 ヤルスは皮肉で応じ、いささか白々しいため息をついて席を立った。

「だがそうなると、ますます犯人の目星はつけられなくなる。明日の午後、審議が始まるまでに、調査を補佐した者をもう一度洗ってみた方が良いでしょう」

 そう言い捨てると、彼はカゼスを顎で呼び付けて部屋を後にした。カゼスは何かフォローしたいと思ったが、もたもた適当な言葉を探しているとヤルスの姿を見失いそうだったので、曖昧に会釈だけすると、もつれそうな足取りで部屋を出た。

 同じような廊下をしばらく歩き、内装に見覚えのある辺りまで来ると、ヤルスは唐突に足を止めて振り向いた。

「今日はこれ以上の用はないだろう。アムル殿のところへ戻れ。王宮内をうろうろして衛兵の神経を逆撫でするな」

「あ……はい、わかりました」

 帰れと言われても、カゼス本人にはどちらへ行けば良いのかも分からないのだが、まあリトルがいるから迷子にはなるまい。ぺこりとお辞儀をして適当に歩きだすと、ヤルスも自分の仕事をしに戻ったらしく、足音が遠ざかって行った。


 アムルを王宮内で見付けるのは難しそうだったので、カゼスはリトルの案内で建物から出ると、アテュスが囚われている牢の方へ向かった。一応、どんな結果になったか教えておいた方がいいと思ったのだ。少なくともアテュスが盗っ人を見逃したわけではないと分かれば、少しは彼も気が楽になるだろう。

 牢番は昨日と同じ衛兵で、カゼスの顔を覚えていて通してくれた。

 アテュスが相変わらず鉄格子の向こうで祈っているのを見付け、カゼスはつい苦笑を浮かべた。今度また何かが落っこちてきたら、彼はどうするつもりなのだろう。それとも、この際何でもいいから助けになるものが降ってくるよう、願っているのか。

「熱心だね。失望しないのかい、君のラウシール様に」

 やや呆れた声を作ってそう話しかける。ごく自然に対等な口調になっていたが、二人ともそれには気付きもしなかった。アテュスは顔を上げてにやりとする。

「あんたが頼りなさそうなもんでね。もうちょっと頼りがいのあるのを寄越してくれ、って祈ってたところさ」

 もちろんそれは冗談だろうが。彼は立ち上がると鉄格子の方に近寄り、「どうだった」と真剣な顔になって訊いた。カゼスは肩を竦め、小さく首を振る。

「たいしたことは何も分からなかったよ。犯人がすぐに見付かるかと思ったんだけど。宝物庫には盗っ人の……あー、心の欠片みたいなものが落ちていなかったんだ。つまり、盗っ人は宝物庫には来なかった。だから、君が見逃したとか気付かなかったとかいうわけじゃない」

「やっぱり魔術なのか?」アテュスは眉をひそめた。「でも『長衣の者』がそんなことをするとは……もしかしたら、『長衣の者』に入っていない異国の魔術師の仕業かな」

「それも分からないんだ。魔術の痕跡はもう、たどりようがなかったから。ただ宰相さんは、『長衣の者』の中に犯人がいるんじゃないかと疑っているみたいだったね」

 カゼスはちょっと頭を掻き、やれやれと壁にもたれる。それから、微塵も期待をもたずになげやりな質問をする。

「魔術を使わずに、遠くから宝物庫の中の物を盗み出す方法なんて、想像つくかい?」

 しばらく二人とも考え込み、その場に沈黙が降りる。アテュスがよこした返事は、意外なことに「ああ」だった。

「ああ、って、何か思いついたのかい?」

 慌ててカゼスは壁から離れ、相手の目をのぞきこむ。アテュスは自信なさげに目をそらし、少しためらってからもう一度「ああ」とうなずいた。

「俺もよくは知らないんだ。でも親父の話では、昔『赤眼の魔術師』が使った魔術っていうのは、今の『長衣の者』が使っているラウシール様の魔術とは、性質の違うものだったらしい。道具使いだった、とか親父は言ってる」

「道具使い?」

 カゼスが変な顔をしたので、アテュスは言い訳がましく「そう聞いただけだ」と付け足した。

「詳しい話は親父に聞いてくれよ。でも、もしその『赤眼の魔術師』の魔術を使える奴がいたとしたら、『長衣の者』に気付かれずに盗みをはたらくぐらい、朝飯前なんじゃないかな……推測だぞ、あくまで」

「ありがとう、すぐに帰ってアムルさんに訊くよ」

 言うなりカゼスはもう走りだそうとした。が、袖をつかまれてたたらを踏む。何なんだ、と振り返ると、アムルの期待するような目があった。

「手紙を預かってないか?」

 カゼスは一瞬呆気にとられ、それから何か言い返そうとして口を開き、結局、言葉のかわりにため息を吐き出した。

「はぁ、やれやれ、君って奴は……分かったよ、それもアムルさんに訊いとくよ」

 それから、赤面したアテュスを眺めてにやにや笑いを広げ、相手の額を指で弾いてやる。抗議の声を無視してカゼスは機嫌よく牢を後にし、街へと戻って行った。


 アムルはさっさと帰宅していたらしく、カゼスが建物の入り口をくぐると、最後の患者が帰って行くのと鉢合わせになった。

「今の人で最後ですか」

 外に人がいなかったので、カゼスは診療室の片付けをしているアムルに声をかけた。アムルはこっちを振り返りもせずに答える。

「おう、帰ったか。まぁ座れ、すぐにメシを食わせてやるから」

 思わずカゼスは「犬じゃないんだけどな」と苦笑し、それからおとなしく居間の方へ退散して長椅子に沈み込んだ。思ったより疲れていたらしく、カゼスは知らぬ間にうとうとしはじめ、ハッと目が覚めた時にはテーブルに簡素な夕食が並んでいた。

「あ、すみません、すっかり任せてしまって」

 慌てて起き上がり、目をこする。アムルは可笑しそうにそれを見ていた。

「無防備だったらありゃしねぇな。ぼやぼやしてっと身ぐるみ剥がれちまうぞ」

 物騒なことを言って、アムルは料理をすすめる。カゼスが食べ始めたのを見てから、彼も自分の皿に手をつけた。

「で、どうだったい」

 慣れない料理に四苦八苦しながら、カゼスはアテュスにしたのと同じ説明を繰り返す。結局あまり上品でない食べ方をする覚悟を決め、骨付きの筋ばった羊肉をなんとか噛みちぎると、カゼスはそれを飲み下してから話を続けた。

「それで、あなたなら詳しい話を知っているから、ってアテュスが言うもので」

 カゼスの苦闘ぶりを面白そうに見物していたアムルは、まだ口元を歪めたまま、「そうだな」とうなずいた。

「『赤眼の魔術師』の中には、ラウシールと同じ魔術師もいたんだが、そうでない奴もいたんだ。道具使い、って俺は呼んでるんだがね。そいつらが使うのは魔術じゃなくて、ただの道具なんだ。だが、普通の人間は見たこともないような、魔法の道具みたいな代物で……たとえば、そうだな、空を飛んだり、瞬きひとつの間に高地とこことを行き来したりできたんだよ」

 まるで見てきたようにアムルは言った。それから、カゼスがぽかんとしているのに気付き、その額を指で小突く。

「聞いてるのか?」

「あ……はい」

 なんとかそう答えたものの、カゼスはちょっとした自失状態だった。

〈まさか、道具って、道具って……まさか〉

 無意味におたおたとそう繰り返すカゼスに代わり、リトルが冷静な判断を下した。

〈魔術力場を利用せず、似たような効果をもたらす道具……それはすなわち『機械』ということですね。転送機があれば、確かに宝物庫の扉を開けることなく盗みをはたらくことができます。あるいは光学迷彩のマーカーがあれば、扉を開けた時にそこに何もないかのように見せかけておいて、騒ぎが起こったどさくさに紛れて迷彩を施した宝箱を持ち出すという手も使えるでしょう〉

〈でも、それって、つまり……〉

「その手の道具は、『赤眼の魔術師』の末裔、要するに宰相さんの家に保管されてるぞ。使える人間がいるとは思えんがね」

 アムルが言い、カゼスは完全に絶句した。

〈十一条だ〉

 愕然としてカゼスはつぶやいた。問題集の文章がそのまま思い出される。

『治安局員規約第十一条とは何について定めたものか、制定の経緯をまじえて説明せよ』

 制定の経緯。すなわち……

〈シザエル人ですね。未発見の界に漂着していたのなら、この界のシザエル人が狩り出されなかったのも分かります。この界における、科学的レベルと社会的レベルのズレも、彼らによる影響かもしれません〉

 当たり前のことを言うように、リトルはしらっと答えた。

 シザエル人。シャナ連邦の一部に住む、銀髪と深紅の目をもつ少数民族。彼らは極端な選民思想に基づいたザール教を信仰していたが、ある時期、何を思ってかそれを他の界に広めるべく、彼らの開発した特殊な装置を利用して大部分が姿を消したのだ。

 その影響はすぐにあらわれた。あまりにも他の界に与える変化が――宣教に失敗したにせよ――大きかったので、見かねたシャナ連邦公安とテラの治安局が合同で彼らを『狩り出し』たのだ。その時に十一条が定められたのである。

「おい、どうしたよ、お嬢ちゃん。冷めちまうぞ」

 目の前でアムルが手をひらひらさせたので、やっとカゼスはショックから立ち直った。慌てて羊肉と格闘をはじめ、味などほとんど分からないまま片付けて行く。

「アムルさん、その『道具』、見せてもらえると思いますか?」

「さあてねぇ。まあ、あの宰相さんのこったから、まっとうな理由をつけたら拝ませてくれるだろうが……おいおい、まさか盗みに連中の道具が使われたと思ってるんじゃねえだろうな?」

 アムルが呆れた顔をしたので、カゼスは反射的に「だって」と言い返した。

「他に方法はないでしょう?」

「馬鹿、二百年近くも昔の道具なんか、いまさら使えるかよ。第一、使おうと試してみる奴もいやしねえって。あんなもん使ったら連中みたいに狂っちまう、って信じられてるんだからな」

 やれやれと説明し、アムルは口をへの字に曲げた。うう、とカゼスは唸りをもらし、反論を飲み込む。

 でも、アムルはそう信じていない。口ぶりからそれは分かる。だとしたら他にも、道具を使っても平気だと考える者がいてもおかしくないではないか。もし、保存状態が良くて今でも機能する何かが残されていたら? もし、宰相家には秘伝として機械類の知識が受け継がれているとしたら?

〈なんかどんどん嫌ぁな予想が出てきたよ……頼りにしてるからね、リトル〉

〈言われるまでもなく承知していますよ〉

 小生意気に応じて、リトルは心持ち体を反らせた。そう見える角度に転がった、というだけのことだったが。


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