6.祭壇
さすがに三度目となるとこの階段にも慣れてくる、わけはない。
「胃が痛い」
食べてから時間はあけたが、それでもキリキリとした痛みが下腹部を刺激する。
なんとか登りきった俺は、その痛みを即座に忘れた。
「……開いてる」
そう、賽銭箱の奥。
普段なら木でできた引き戸が閉まって入れないようになっているそこが開いていた。
こういう場所はよくなにかを置いていて、それがお参りの対象になるけれどほとんど見ることができないせいか、興味が沸いてつい覗き込んでしまった。
小さな木のテーブルと木製の棚……その扉が開いていてさらに中が見えた。
そして、それが下へ伸びるはしごであるというのも見えてしまった。
「………………」
どうするか存分に悩んだ。背中から聞こえるセミの声が、はやしたてているのか止めようとしているのか異常なほど大きく聞こえる。
大体こういった場合、この先にはきっとなにかがあり、それが良いものである可能性は限りなく低い。
ただ、昨日の羽野さんの様子からすると、永連さまに興味を持ってこの先に踏み込んだ可能性は十分にある。
入るなと釘をさされた山に入ることはないんじゃないだろうか。
それなら、ここはとても興味深い場所に違いない。そしてそれは俺も一緒だ。
「お邪魔……します」
小さく呟いて棚から下に伸びるはしごをつたって降りていく。
そこはひんやりとした空気とほんのりと水気を帯びていて、あの鍾乳洞によく似ていた。
そして下にはすぐについた。身長三つ分くらいだろうか……頭上から入る明かりはぽっかりと口を開けているようで、少し安心する。
そしてそれだけでなく、少し先にロウソクのようなゆらゆらと揺れる明かりが見える。
「……」
息を静めて少し様子を見ていたが、どうやら人の気配は無い様で俺は上を見て戻るか悩んだあとで、揺れる明かりのほうへと足を踏み出した。そのとき……
バタン!
「……っつ!!!」
勢いよく扉が閉まる音がして、体が跳ね上がった。
「……風……じゃない」
扉に鍵がかかる音、そしてバタバタと足音が遠ざかっているのも聞こえた。
心臓がこのうえなく脈打っている。冷や汗も止まらない。
頭で反芻する”閉じ込められた”と……
「……一応……、あ、……やっぱりか」
はしごを上り出口を塞ぐ部分を押し上げるがびくともしない。棚の中にここをふさぐような扉があったかもしれないが、そこまで見落としていた。
「まぁ……行くしかないよな」
揺れる明かりを目指してゆっくりと進む。
無意識に手が喉元に添えられてしまうのは、あの話が頭から離れないからだ。
でも、それと同時にさっきのことで少し冷静な考えが頭をよぎった。
「閉じ込めて、鍵も閉めてなんてこと……神様にはできないよな」
そう、明らかに人の力が働いていた。
山に集まった人たちさえ、陽動だったのではないかと色々と勘ぐってしまう。
明かりは等間隔に続いていた。
最初の場所からしばらく行くと、だんだんと下り坂になっていくのが分かる。
幸い、所々に人が入れる程度のくぼみがある以外は一本道のため、足場と明るさに慣れてくると進むことは容易になってきた。
「……お!」
大人なら5人くらいは入れそうな少し広めの場所に出た。通路とは違い、歪に円を描く壁沿いにロウソクの明かりが多く、今来た道のほかに2つの道が左右に伸びている。
「……どうしよう」
道の向くまま来てしまったせいか、今どちらに向いているのかが分からない。
「ちょっと行って、分からなくなったら戻ればいいか…」
右手に伸びる道へ進むと、案の定上り坂になっていた。
山を登っていると気づいたけれど、もしここが鍾乳洞に繋がっているとしたら、下に進めば村人たちに見つかる可能性が高くなにがあるか分からないというのが本音で……引き返すことはせずそおまま進むと、それが良い判断であったことがわかった。
「……明かり!」
ロウソクではない眩しいくらいの明るさが射しているのが分かった。
自然と足は速くなる、最初にここに入ってから一時間近く歩いていたのだ。
「良かっ……!」
駆け出したそこは、洞窟の中にぽっかりと穴を開けた広場になっていた。
洞窟の天井の一部がそぎ落とされたようになって、そこから入った陽の光がこちらを照らしていた。
先ほどの場所よりはずいぶんと広く何十人も入れそうな空間になっていて、そして異常だった。
「なんでこんなものが……」
陽の光を通すためにそぎ落とされた一際大きな岩。
そこには注連縄がされ、その下には神棚と……白い布をかけられたもの。
まるで祈りを捧げる場所のように、そこは神聖さが漂っていた。
恐る恐る近寄る。
得体の知れないものに対する恐れと、さっきまでは人的なことを疑っていた自分を見透かされたような焦りとで握った手は汗で湿っている。
見上げた岩は、削られたゆえの勇ましさを持っているようにも見え、本当になにかが居てもおかしくないような気持ちにさせられる。
そして、腰くらいの高さの台に置かれた白い布をかけられたものは、近づいてやっと分かった。
「……人の形」
まるで葬式の時などで見かけるそれそのものだ。
気持ち悪いと感じるが、この空間の異常さのせいか……不思議とそれに対する怖さはない。
そして、もしかしたら、これが”永連さま”なのかもしれないという気持ちのほうが大きい。名前とその恐ろしさを言い伝えていたとしても、案外元となる話はちっぽけなものだ。
些細なことから物事が大きくなって収集がつかなくなるなんてことは多い。
「……」
そっと頭にあたる部分の布に手をかける。
ほんの少し、手前にひっぱるだけでその正体が分かるのだ。
改めて布を見回すと、子供のような小ささに見える……そして、
「……!」
手にこめた力で、布はあっけなく取り払われ、中身があらわになる。
それは、見覚えのある……そしてこの状況で忘れることなどない……女の子だった。
「連ちゃん……!」
白い着物を着せられた黒髪の女の子、それは村のなかで会った連ちゃんだった。
髪は下ろした状態のせいか少し大人びて見えるような気もする。
それでも見間違えることはない。
頬を叩いて起こそうとするが、その冷たい頬にぞっとする。
「……死んでる……」
呼吸の声もしない、血の気もない、人形でなければこれは明らかに息をしていないのが分かる。
……ということは、と寒気のする考えが頭をよぎる。
昨日も一昨日も会っていた、
「あの子は……?」
考えが口から漏れていた。
そしてそこで突然意識が途切れた。
後ろから誰かに殴られたのだと認識した時にはもう暗転していた。