対峙
「はい、ここまで来たら、隠せるはずもありません。けど、それはこの男の口から聞きましょう。その方が美琴さんも納得できるでしょうし」
「なに……、なんなの? いったい牧夫、貴方、何をしてたの?」
「ここで話すのもあれだし、移動するか?」
「だめよ、だって牧夫の手当てもしたいい、私の部屋で……」
「それはできません。警察呼ばれかねないし、穏便に済ませるつもりもありませんから」
「こんなにしといて、まだ言うの? あんたおかしいわよ!」
「コイツはそれ以上におかしい奴なんだ!」
話しにならないとばかりに牧夫を連れて行こうする美琴だが、それを制すように悠が牧夫の肩をしょう。
「悠まで……。もういい、警察呼ぶ」
再び携帯を取り出そうとする美琴を止めたのは、和子の声。
「美琴さんもこの男とセックスしましたか? おへその右にほくろがありましたよね? ベッドほ入る前、やたらと鞄を気にしていませんでしたか? 電動バイブを常にオンにしていたりで、妙な機械音がしてましたよね……」
「……な、なにを、言い出すの?」
いつもなら細いままの彼女の目が、ぎょっと見開いていた。
「美琴さん。私、去年なんですけど、この人とセックスしました。そして、そのときのことを動画におさえられ、脅迫されました」
その後、力の抜けた手から携帯がすべり、打ち所が悪かったのか、おかしな方向に曲がると、光が消えた。
ちょうど彼女の瞳のように……。
**
のぼり電車はこの時間空いている。しかし、すれ違う電車はどうやってここまで収納したのかというほどの乗車率をみせる。
人目を避けるため、電車の最後尾に陣取った悠達は、しばらく黙っていた。
今彼らは、大城大学に向かっている。
真実を知りたい美琴と、全てを消去させたい和子の折衷案として、いまからあの部室に行くこととなった。
その際、下手に動かれないためにも牧夫の身柄と携帯電話はしっかりとキープし、ひっきりなしに掛かってくる電話に、先ほど電源を落させた。
「あまり気持ちの良い話ではありませんが、それでも聞きますか?」
和子の問いかけに、美琴は一瞬迷った後、頷く。
周囲に身内以外いないことを確認したあと、和子はゆっくりと口を開き、これまでの牧夫との関係を話し始める。
その告白には、美琴も思い当たる節があるらしく、「ウチも」と何度か相槌を打っていた。
弘樹は悔しそうにしたあと、またも牧夫を殴ろうとこぶしを振るうが、悠によって止められる。
もちろん、正義感からではなく、今暴力沙汰を起こしても、牧夫に都合が良いだけだから。
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ぽつぽつと明かりが見えるキャンパスからは、人もまばらに出入りする程度。部室棟も人影が少なく、陸上部と思しき人達が整理体操をしているのが見えた。
都合の良いことに映像研究サークルの部室には、明かりが消えていた。
牧夫は希望が費えたとばかりにうなだれ、部室の鍵を開ける。悠は牧夫の身柄を弘樹に任せ、部室に入る。
電源の落ちているパソコンが三台。ネット回線らしきものは依然ないが、無線LUNによるものかもしれないと、和子は警戒している。
「で、どれをどうするの?」
機械音痴の美琴はマウス片手に首を捻る。和子はそれを気にせず、一番大きいものを起動させる。
ヴィーンという起動音の後、ディスプレイが光を放つ。
しばらく徙ってパスワードを求めるログイン画面。弘樹がこぶしを握るのを見て観念したのか、牧夫が告げる。
トップ画面からあるフォルダを開く。この前来たときに大体は覚えていたらしく、すばやく例のファイルのある場所を見つける。
「弘樹君は見ないで……」
カーソルがあるファイルを選択したとき、和子はぼそりと呟く。
「わかったよ」
「じゃぁ、俺も出る……」
弘樹と悠は牧夫を連れて外に出る。
ファイルのタイトルには20xx_xxxx_kazukoとあったのが見えた。彼女は一番説得力のあるものを選んだのだろう。ドアから漏れる喘ぎ声は、間違いなく後輩のものだから……。
「先輩、俺はコイツを赦せません」
「俺もだ。だけど、まだ抑えろ」
「……はい……」
自由恋愛の結果ならばまだしも、最初から性欲目的の行為。さらにはそれをネタにした脅迫。当事者の恋人ということを廃しても、赦せる行為ではない。
本来なら白日の下に晒してしまいたいのだが、それは数々の不幸を明るみにすること。
未だ躊躇してしまう。
「……終わったよ……、もういいよ、入ってきて……」
再び部室に入ると、動画はストップされていた。
美琴は今も信じられないという様子だが、牧夫を見つめる瞳には、先ほどの哀れみなどは無い。
「牧夫、これはどういうことなの? 納得の行く説明が欲しいわ……」
「違うんだ、聞いてくれ! これは、その、脅されたんだ。部員に、他の奴らに脅されて、仕方なく作ったんだ。俺が悪いんじゃない」
「ウチの動画は?」
「ない。そうさ、美琴。俺はお前を愛しているんだ。本当さ。だから撮影だって断ったんだ。けど、そうしたら……」
勢い任せにでたらめを言う牧夫だが、焦る分だけ良くすべる舌がすぐに言葉を枯渇させ、続きが出てこない。
「そうしたら和子さんのことを脅迫する うに言われたん? ちがうよね。誰もそんなこと信じないよね? どうなの? ねぇ、教えて……」
「いや、だから、それは、俺は、俺じゃない……、こんなの……違う。誰かが嵌めるために……、そうなんだよ! この前こいつらが勝手に部室に入ってパソコン弄ってたんだ。だから、あの映像は、こいつらの……」
「牧夫のほくろ、見えたよ。お臍の近くにあるよね」
「いや、それは汚れぐらい……」
「もし和子さんと悠の作ったものなら、どうして牧夫のほくろがそこにあるってわかるの? 裸見ないとわからないじゃない。和子さんとそういうことがないとわからないよね? どうなの? 言い訳する?」
「……はは、ははは……あはは」
突然笑い出す牧夫はゆっくりと立ち上がる。何をされるかわからないと、弘樹はそれをしっかり抑える。まるで警察の捕り物のようで、牧夫は身じろぐも抜け出せない。
「なんだよ。勝ち誇った顔しやがって! ああ、そうだよ。その男優は俺だよ。出てるのも和子さ。去年だから中学生か? 貧弱な引きこもり女を相手に俺もよくやるよな? 名演技だと思わないか? なぁ? 和子だって散々よがってたし、動画みたならわかるだろ? こいつはさ、たしか四、五回く いイッタんだぜ? 俺のちんぽが気持ちいいとか叫びながら……。ああ、そうだ……、お前もそうだったな。初めてのときは泣き叫んでてさ、そのくせ慣れてきたら自分から腰ふってやんの。悠? お前だよな。俺達がエッチしてたときに電話してきたの。ウザイったらありゃしねー。しょうがねえから聞かせてやってたんだよ。俺らの愛の行為をな? それでしこったか? 大好きな美琴ちゃんが他人とエッチなことしてるときの声聞きながらさ!」
自暴自棄というか、やけになった牧夫は、聞かれてもいないことをべらべらと語りだす。弘樹は怒りで顔を真っ赤にさせ、和子は堪えきれずに泣き出していた。
「いい加減だまれよ……」
牧夫を抑えていた悠は彼を突き飛ばし、普段なら竹刀を握る手を固め、振り下ろそうとする……と、それより先に美琴が立ちはだかる。
「おい、美琴、そんな奴庇うのか?」
彼女は目を赤くしていたが、それでも堪え、悠を見ていた。
「違う。悠が、こんな奴殴る必要ないよ。だって、悠は、剣道部があるもん。がんばってウチと一緒に来年大学生になるのに、そんなことして問題起こさなくていいの。だから……」
「だけど、俺は……」
振り上げた手はとうに下ろしてい 。あれほど怒りがこみ上げていたはずなのに、今もあるのに、どうしてか頭は冴えていた。
おそらくは彼女が真相を知ったことと、誤解というべきものが解かれたからかもしれない。
「でも、美琴は平気なのか?」
「平気なんかじゃない。けど、そんなことしても始まらない。今はデータとかそういうのを処分しないといけないし……だから、悠もそれを手伝って欲しいの……」
「わかった。本当に辛いのは俺じゃないしな……」
部室の隅で泣き出す和子とそれを慰めようとする弘樹。二人もまた辛い立場にあるのだ。
「じゃあまず、……!?」
拘束が緩んだときを狙ってか、牧夫がドアへ向かって走り出す。
「待ちやがれ!」
悠もそれを追うが、逃げるさなかにドアを閉められ、思い切りぶつかってしまう。それでも怯んでいる暇はないと、ドアを勢いよく開ける……と、何かにぶつかる。
「牧夫、どこだ! ……あれ?」




