暴かれた真実
「先輩、いいところに居ましたね……。これからちょっと行くところがあるんで、案内してください」
「まぁいいけど……って? おい、行くところがあるんで案内ってなんだよ」
「いえ、先輩の家なので、案内をお願いしたいんです」
「へ?」
突然のお宅訪問に間抜けな声を上げる悠だが、弘樹はそれに構わずに彼の手を引く。
「おいおいおい、ちょっと待てよ、俺は部活……」
「部活と彼女、どっちが大事なんです?」
「どっちって、お前……」
引かれる手を振り払い、弘樹を見る。彼は何か決心をしているらしく、力強い瞳で悠を見ていた。
「先輩は来てくれますか?」
「いや、いいけど、でも……」
向かう先が悠の家でも、目的地は美琴の家だろう。そして、相手は牧夫。
彼もまた、真実を知ってしまったのだろう。
「お願いします……」
「ああ、わかったよ」
彼がどうするつもりなまかはわからないが、ただうじうじ悩むだけの自分と比べればずっと潔い。それならば流れに乗じて全てを明らかにしてしまえばよい。
悠は自分を卑怯な奴と思いつつ、彼を利用することにした……。
**――**
家の前にはさらに和子の姿があった。
彼女は私服であり、二人に気付くと黙って頭を下げた。
「和子ちゃん、どうしてここに? っていうか、学校も休んで……」
「え? 学校休んだ? どういうこと?」
「すみません、今日は辛くて学校さぼったんです。でも、なんか気になって……」
「気になるって……」
弘樹が真実を知る方法は和子から聞く以外に無い。考察する必要もないほど単純明快なことでも、悠には理解ができなかった。
「先輩は知ってたんですよね、和子とあの野郎のこと……」
「ああ」
「どうして黙っていたんですか?」
「いや、いえるはずないだろ。プライバシーとかそういうレベルじゃないし」
「でも、俺には……」
「ん〜、そういうのはしょうがないんじゃないのか? ほら、好きなお前だからこそ、言えないっていうか、知られたくないことってあるだろ? それに、俺に話したのだって、美琴が狙われてるからであって……」
言いながら何かがひっかかる。和子と悠にとって牧夫は敵。その構図は至極当然なのだが、何か抜けているというか、忘れていることがあるような、そういう気持ち悪さがある。
「とにかく、俺は和子ちゃんにもっと信じてもらいたかった」
「弘樹君……」
「いや、俺も人のこと言えないよね。先輩とのこと疑ったし……」
「そういえば、どうしてお前昨日あそこに居たんだ?」
ようやく話がひと段落したところで、悠は昨日気になっていたことを口にする。
学生、特に高校生がうろつくには、具合が悪い場所。なのに何故彼が居たのか。自分の想像が当たっているのか、気になっていた。
「ええ、それなんですけど、あの牧夫って奴と俺も会ってるんですよ」
「え? お前も家庭教師を?」
「いえ、違います。あの日、先輩と和子ちゃんが一緒に大学に行った日のことです。俺、すごく気になってて、こっそりつけてたんです」
「へぇ……」
「そんで、電車の中のことも知ってたんです。でも、その理由も全部和子ちゃんに聞きました。牧夫と一緒だったんですね」
「ああ……、まぁ、そうだけど……」
とはいえ、後輩の彼女を抱き寄せた事実は変わらず、苦いものがある。
「それで、先輩達が走って逃げた後、追おざとしたんですけど、見失ってしまい、和子ちゃんの名前をぼそっと、本当にぼそっと言っただけなんですよ? それを牧夫が聞いていたらしくって、あいつ、俺に二人のことを教えるよと言われて、それでほいほい着いていってしまって……」
嫉妬の助けもあってか、弘樹はすっかり牧夫に騙されてしまったらしい。
「で、和子ちゃんは昔の教え子で、最近は変な男と一緒に大学に来ては僕に嫌がらせをしている。もし何かあったら君にも教えるからって、連絡先交換して……」
「なるほど、それで昨日はあんなところに呼び出されたわけか……」
「はい……。言われたとおりのところを探したら先輩の自転車があって、さらに和子ちゃんの声もしたしで、もうなにも信じられないっていうか、いやになって、俺は……」
「いや、誰がどう見たってアレは黒だよ。勘違いというよりは嵌められたんだよ。俺もお前もさ……だから、もう謝らなくていい」
「はい、先輩、すみません」
「いや、だから……」
「そうでしたね。でも、俺は……」
後輩の誤解はあっけなく解けたわけだが、本当のところはどうなのだろう。
例の証拠を手に彼に本当のことを教えたのかもしれない。だとしたら、彼女にとって苦渋の選択だったであろう。恋人にかつての男とのことを聞かせ、場合によっては隠していたいことをさらけ出したのだから……。
「決着をつけますよ。俺なりの方法で……」
「いや、だけど、暴力沙汰は……」
「その為の退部届けです。まぁ、退学届けは勘弁してください。さすがに中退とかきついんで……」
「いや、でも、そんなこと……」
「大好きな女をここまでされたんです。俺は絶対に赦しません」
「……いや、まぁ、そうだな……。ふふ、うらやましいよ。お前はそうやってしっかりと彼女を守ってやれるんだな……」
「どうですかね? 本当は悔しいからそうしたいだけなのかもしれませんし」
正直なところ、判断がつかない。彼がやろうとしていることが公になれば、傷つくのは和子だけではないのかもしれないのだから。ただ、消極的な自衛策では、いつかまた牧夫は和子の前に立つだろう。それならばいっそのこと、全てを断ち切るのも……。
「……なんですか……」
「……あぁ、それで……」
時計はもうすぐ六時を回る頃。まだ家庭教師には時間があるのだが、角から聞こえてくる声は、一番聞きたくない声。そして……、
「あっ……」
美琴と寄り添うように歩いてきた牧夫は、一瞬固まった。
三人が揃っていたことと特に険悪な様子がないことに、ある程度のことは察せられる。
「どうも、牧夫さん……」
静かに言い放つ弘樹は、今にも殴りかかりそうな様子で彼を睨む。
「おい、やっぱまずいって。すこし落ち着け……」
悠は思っていた以上に熱くなっている弘樹に、やはり止めようとわって入る。
「どうかしたのかい? そんなところに集まって……」
「しらばっくれなくてもいいですよ。もう全部和子ちゃんから聞いてますし……」
悠がいないかのように牧夫に歩み寄る弘樹。彼はやがて悠を突き放し、牧夫の襟元を掴む。
「な、何してるのよ貴方! ちょっと、離しなさいよ……」
突然の暴力にも美琴は毅然と声を上げる。だが、弘樹はふんと笑うだけで、そのまま牧夫を壁に押し付ける。
「美琴さんだっけ? あんたもコイツに騙されてるんだよ! まぁ口で言ってもしょうがないし、俺、バカだからこういう説明のほうが得意なんだよ!」
振り上げたこぶしがどしっと鈍い音をたてる。そして牧夫の悲鳴が続く。
痛みにしゃがみこむ牧夫の背中を、弘樹は遠慮なしに踏みつける。
「ちょっと、何をしてん? 自分、何をしているかわかってる? 悠も見てないで止めてよ。……あぁ、警察呼ぶわよ! 貴方、止めなさい!」
一人事態のわからない美琴はきわめて常識的な対応をするが、和子が思いつめた様子で彼女の手を取る。
「ちょっと、貴女までなんなの? ねぇ、なんで牧夫がこんなことされないといけないの!?」
「コイツは、こうされてしかるべき奴なんです……」
「なにそれ、意味わからない……。とにかく止めさせてよ、ねえ悠、お願いよ……」
頭を庇って蹲る牧夫の姿に半狂乱になる美琴。彼女は昨日のことも忘れて悠にすがりつく。彼もまた複雑な様子だが、黙って頷くと、二人のほうへ歩み寄る。
「もう止めろ弘樹。これ以上やったら後が面倒だ。まだコイツにはしてもらうことがある」
「でも、先輩……、コイツは和子ちゃんを、それに美琴さんだって!」
「ああ、それはそうだけど、俺達が私怨で暴力を振るうのは別次元の犯罪だ」
本当は彼も殴りたかった。蹴って蹴って、蹴りまくって、今日までためた憂さを晴らしたかった。
けれど、今目の前で砂塗れになった牧夫を前にすると、たとえこの男が極悪人であったとしても、それができなかった。
同情とは違うのだろうと思いつつ、悠は彼の首根っこを掴んで上向きにさせる。
「ねぇ、悠……、お願い話して……。なんで、なんでこんなことするの……」
ようやく終わった暴力の嵐にほっとしたのか、美琴は震えながら悠に声を掛ける。
「和子ちゃん、どうする?」




