後輩と彼女
部活へ行く途中、弘樹と会った。彼は疑心暗鬼に捕らわれており、悠とのことを否定しても聞いてくれず、また、彼女としても恋人である彼に過去を話すことができなかった。
彼とは別れてそのまま道場に向かおうとしたとき、非通知の電話が入った。
恐る恐るでると、それは牧夫のものだった。
彼は大事な話があるからと、彼女を駅前のラブホテル街に呼び出した。
一人で行くことに不安はあったが、これ以上悠とのことを誤解されても困ると、単身で乗り込んだわけだ。
そして聞かされたこと。
彼女が先日、サークルに忍び込み、パソコンを弄ったこと。さらに、彼女のデータを削除していたことを知っているという。
部員から部室に変な二人組みが出入りしていたと知らされた牧夫は、聞いた特徴と出入りする可能性のある人間を照らし合わせていた。
そして、たまたま電車で乗り合わせていた二人が、その様子に合致すると気付く。
それとなく観察していて、直ぐに和子だと気付いたそうだ。さらに、悠のことについても。
いつから撮影に気付いていたかを聞かれたが、すでにアドバンテージは彼にある。
彼は彼女にこう言ったららしい。
――和子ちゃんのエッチ動画を見て興奮してる奴がいるんだ。もしよかったら相手してくれないかな? かなり金払いのいい奴でさ。多分和子ちゃんもお小遣いもらえるよ?
猛反発する彼女だが、複製を出まわされることとの交換条件を言い出され、何も言い返せずホテルへと連れて行かれた。
男を前にして震える和子だが、幸か不幸か、生理が始まったらしい。
童貞らしき男は生々しい赤と臭い怯えたらしく、商談は不成立となった。
だが、生理が終ったら連絡しろと念を押された。
怖くなった和子は、唯一相談できる悠にホテルから電話を入れたのだった。
「どうしよう……、このままじゃ……私、学校どころか、生きて……いられないよ……」
涙する彼女をどう慰めてよいのかわからない。
「大丈夫、俺が何とかする。だから、こんなところに居ないで、さ、家まで送るよ」
ひとまず家まで送るべきと考える悠は、彼女に荷台に蒸るように言う。
「だって、だって……」
ついに堪えられなくなった和子は、大声で泣き出し、周囲をこそこそ歩くカップル達の視線を引きつける。
「和子ちゃん、落ち着いて……」
必死にあやそうとするが、それがどれほど無力なことなのかは十分わかっている。
安易な行動の結果、さらにぬかるみに嵌った二人は、牧夫に踊らされているだけなのかもしれない。
「お前ら、何してたんだよ……」
さらに都合の悪いことに、聞き覚えのある声がした。
山陽高校の冬服と悠の自転車。そして、その声の主は……。
「弘樹……」
「先輩の自転車、そこで見つけました。なんでこんな場所にあるんでしょうね?」
今一番会いたくない人。会いたくない場所だというのに、彼はずんずんと歩み寄ると、悠の襟首を掴んで叫ぶ。
「お前、何が違うだ、信じろだ! ここどこだと思ってんだよ! なんで和子が泣いてるんだ! 説明しろよ!」
「やめて、弘樹君。違うの。そうじゃないの! お願い、私の話を聞いて!」
「何が違うだよ。和子、君もどうして何も教えてくれないんだ? 俺は、君に何か隠し事したかい? なのに君は言えない、話せないばかりなのさ? どうしてこんなところで二人で居たんだよ!」
話すたびにヒートアップする弘樹。襟首を掴む手に力が入り、ボタンがプツンと飛んでいく。
「なぁ、答えてくれよ。和子は俺の彼女じゃないのか? 俺、和子ちゃんのこと好きだったし、付き合ってくれるって言ったとき、本当に嬉しかった。けど、どうして先輩と浮気してるのさ。先輩だって、好きな人がいるんだろ? 何後輩の彼女に手を出してるんだよ……」
やがてトーンダウンしていく弘樹。彼もこの状況、特に肝心なことから省かれていることに、混乱と悲しみを併せ持っている様子。
「俺、和子ちゃんのこと、好きで、ずっと、部活でも、がんばってきたのに、なのに、どうして……、俺はダメで……」
「ダメじゃないよ。弘樹君のことが一番好きだよ!」
「ならなんで!」
「だって! 弘樹君だからこそ言えないことがあるんだってば!」
「なんで恋人にはいえなくて、先輩なら言えるんだよ! そういうの裏切りじゃないのか? なあ、どうなんだよ!」
真相をしる悠にしてみれば心苦しいこと。いっそ、気の済むまで弘樹の相手をしてあげるのも手かもしれない。それで気が済むのなら。
「この、このやろう……」
襟首を離した弘樹は、力なく悠の胸を叩く。二発、三発と叩いたところでうなだれ、しばらく地べたに座り込む。
「弘樹君、聞いて……お願い……」
「いいよ、もう……。俺には話せないことばかりなんだろ? 俺、本当に和子ちゃんのこと好きだし、だから、もういいよ。君をこれ以上悲しませたくないし、先輩がいるなら、それでいいよな」
「違うよ。どうして聞いてくれないの……」
「聞いてもなにも、君は話してくれないじゃないか。俺だからこそ話せないって……」
「弘樹、和子ちゃんを信じてやってくれないか……」
「何言ってるんですか……。俺から、和子ちゃんを奪っておいて……、でもいいですよ。先輩なら和子ちゃんの支えになってくれるんでしょ? だから俺は……」
ふらふらと立ち上がる弘樹は二人に背を向けると、おぼつかない足取りで去っていく。
追いかけようとする悠だが、しがみつく和子が足手まといになる。
「うわあああああああああん、ああああああああん!」
はばかることなく周囲に響く、和子の絶叫とでも言うべき泣き声。
悠もまた、途方にくれてしまった。
**
和子を送り届けた悠が家にたどり着いたのは午後九時を回ろうとした頃。
向かいの家を見上げると、カーテンが閉まっており、明かりも無い。
――まさか!
今日は家庭教師の日ではないはず。自分のスケジュール確認ミスかと思いつつ、自転車を急がせる。
暗がりの中、ライトが門のところにいる誰かを浮かび上がらせる。
相手も気付いたらしく、こちらに顔を向ける。
「美琴? どうしたんだ? こんな時間に外に……」
まさか待っていてくれたのだろうか?
淡い期待を抱きながら近づく彼。彼女の表情はにこやかなのだが、細い目は垂れていない気がした。
「こんな遅くまで外に……」
バシン!
頬を張る音は冷たい空にすっと消える。だが、頬の痛みと熱さはジンワリと彼にしみこみ、存在感を増していく。
「最低だよ。悠……」
「なんで……なにが……」
「後輩の彼女さんに手を出して、泣かせて……」
「いや、それは……なんで美琴が……それを……」
一瞬にして混乱する。
――あの場所に美琴が居た? どうして……。誰と……。誰かと!?
「言い訳とかしないの? 違うとか、そうじゃない。話を聞いて。本当は。俺を信じろとか……。言うてよ。聞いてあげるから!」
「いや、だって、違うよ。そうじゃないんだ。なぁ、話を聞いてくれよ。本当はそうじゃないんだ。俺を信じてくれよ……」
言い終えたところで彼女が鼻で笑うのが聞こえた。
「ほんと定型句なんね。悠の言い訳。そりゃさ、ウチには関係ないよ。悠と彼女と彼女の彼氏さんのことなんてさ。でもね、悠がそんな人だったなんて嫌やよ。悠は私の大切な幼馴染なんに、どうしてそんな酷いことするん? 好きあってる人の間に割り込んでさ、最悪だよ……」
「だから、それが誤解だよ。もともと俺と和子ちゃんはただの後輩先輩だって……」
「ただの後輩先輩なのに、どうしてあんな場所にいたの? あそこどこだかわかってるよね? ラブホテル街だよ? 何するところ?」
「そんなこと……、ならお前だってどうして居たんだよ……」
「なっ……、話逸らす気? さいってぇ……」
一瞬怯んだあと、嫌悪感をむき出しにする美琴。彼女からそんな態度を取られたのは、しばらくはないと、悠も驚く。
「いや、だっておかしくないか? なんでお前も居て、弘樹も居て、和子ちゃんまで……?」
ふと気付く。
和子を呼び出したのが牧夫は、美琴を呼び出すことも可能。弘樹はどうして? 彼が悠の自転車をホテル周辺で見つけたことも、全ては……?
鍵をつけず、ステッカーには堂々と名前を記入している悠の自転車。家庭教師の帰りならいくらでも観察できるわけで、見つけるのも難しくないはず……。
――必然かもしれない……。




