後輩の彼女
道場を出る頃は、既に日も暮れていた。
秋を飛ばして冬を実感させる風に、悠は身震いをする。
鍵を職員室に持ち帰るのは本来部長の仕事。けれど、最近はもっぱら悠がしていた。
最後まで道場に残り、型稽古を三十分、柔軟体操十五分、他に黙想三分を加えての一時間近くの自主連をしているのだ。
次の試合にかかる期待感と、来年の推薦のため。
周囲にはそう伝えていたが、本当は時間を潰すため。
今から帰るのなら、時間的に八時を回る。
煩悩を抑えるには、それ以外に方法を知らない悠の苦肉の策であった。
――さてと、帰ろうかな……。
自転車置き場からすい〜っと走り出す彼。そこへ突然黒い影。
「じゃじゃ〜ん! 敏腕マネージャー登場!」
「うわっと!」
慌ててブレーキを踏んで後輪を滑らせる。
「あぶないじゃないか! どこに目をつけてるんだ!」
「ここにパッチリおめ目が二つあります」
聞き覚えのある声は、暗がりの中での小さなシルエットと相成って正体がわかる。
「和子ちゃんか。いったいなんのよう? 弘樹は?」
「えと、弘樹君とはさっき別れて……」
「それで?」
「あの、もしよかったら送っていきなさい」
「そういうのは弘樹に悪いだろ? だめだよ」
浮気というほどでもないにせよ、自分の好きな子が別の男と歩くなど、許せるはずがない。特に今の悠には痛いほどわかることであった。
「お願いします。先輩、相談したいことがあって……」
「相談? 弘樹じゃダメなの?」
「弘樹君だと都合が悪いんです……」
いつに無く神妙な態度の和子はやや不気味。それでも恋人である弘樹にすら話せないこととなると、悠としてもそう無碍に断ることはできない。
「わかったよ。少しだけな」
十月の暮れ、夜も更けているこの頃に女子を一人帰路に着かせるというのも気が引けた悠は、彼女に荷台に乗るように向ける。
「すみません……」
やはりいつもと違うしおらしい態度に、悠は首を傾げてしまう。
「じゃ、いくよ」
悠は、ゆっくりと自転車を漕いだ。
**
「和子ちゃん、家はどっちのほう?」
「先輩と同じほうです。というか、中学一緒でした」
「そうだっけ? でも、剣道部は……」
中学時代を思い出すと、確か女子剣道部は部員が少ないせいで男子と合同であった。それは高校に入っても同じだが、同じ中学なのに思い出が無い。
「はい、剣道は今年から始めました」
「へぇ、そりゃまたなんで?」
記憶違いではないとほっとする。その後は世間話のつもりで話を振る。
「えと、護身ですかね?」
「そうなんだ。でも、今は弘樹が守ってくれるんじゃないの?」
「ですけど、ちょっと言いにくいことがありまして……」
「へぇ……」
それがおそらく相談なのだろう。人生経験といえるものが無い悠に、上手く応えることができるかはわからないが、それでも先輩という面子がある。
「それはどんなこと?」
「先輩の家、どこですか?」
「え? あ、あぁ、もうすぐ着くけど……」
無駄話をする暇もなく、彼の家が見えてくる。向かいの家、二階の部屋はいつものようにうす桃色のカーテンが閉められ_白熱灯の明かりが漏れていた。
ブレーキがきゅっと音を立てる。和子は荷台から下りると、視線を上に上げていた。
「いえ、少しここで相談をさせてください」
「ここで? 寒いし、人に聞かれるよ?」
「お願いします……」
いつものお茶らけた様子が一切無い和子は、江成家の二階の窓を見つめつつ、そう呟いた。
「わかった。付き合うよ」
「すみません……」
相談の内容も気になるし、彼女の視線がどうしてあの部屋を見ているのか気になる。
「ねぇ、相談って……」
「はい……、私、この前弘樹君に告白されたじゃないですか……」
「ああ、アレは驚いた。普通あのタイミングで言うかな? なはは」
「ちょっぴり酷いと思います。だって、いくらなんでも先輩の前でそんなこと……」
「まぁ、もう少しムードとかあったほうがいいよな。で、それが相談?」
あのあと二人がどういう話をしたのかは知らないが、最近の二人を見ていれば、順調であることはすぐにわかる。
「いえ、違います。あの、家庭教師のことなんですけど、今、いるんですか?」
向かいの家の二階の窓は桃色のカーテンが閉められている。そして漏れる白熱灯の明かり。
「ああ、多分」
「その人って大城の人なんですよね?」
「ああ」
「若い? 眼鏡をかけてていつもスーツ?」
「うん。そうだけど、なんで知ってるの?」
「先輩に聞くのは酷なことだと思います。でも、知りたいんです。先輩の彼女、今あそこで家庭教師の人とエッチなことしてるじゃないですか?」
「え!?」
突然のことに、言葉が出ない。一体なにを言い出すのかと。
「な、そんなこと……、っていうか、勉強中じゃないの?」
「保健の勉強かもしれませんね……」
「おい、和子ちゃん、いったい何が言いたごんだい?」
穏やかに言うも、彼女がどうしてそんな下卑た冗談を言うのかわからず、自然と語尾があらぶる。だが、和子はそれを意に返すこともなく、やはりあの窓を見ている。
「もし、先輩が片思いのその人と付き合えるとしたら、平気ですか?」
「なにが?」
「処女じゃなくても……」
「……ぐぅ!?」
言葉が直接的過ぎる。童貞である悠にはリアリティの無い言葉に想像も理解も追いつかない。
「今、電気小さくしてますけど、エッチしてますよ。多分」
「なんだよ、そんなこと見ないとわからないだろ!? いったい何が言いたいんだ? 何をしたいんだ? 俺を怒らせて楽しいか?」
「今何時ですか?」
「? 七時……五十八分かな……」
「いつ終わるんですか? 家庭教師……」
「そんなこと、俺が知るわけ……」
八時には終わるはず。毎日みていたからわかる。
「八時ですよね。いつも先輩、帰るの八時近くだし……」
いつの間にか監視されていたようで、彼がどうして練習に励んでいたのかも、和子にはお見通しらしい。
「隠れましょ……」
「なんで?」
「見たいですか? セックスした後の二人……」
「いや、だから……」
反論しようとしたところで電気が消えた。
時計は八時一五分。前に出くわしそうになって、慌てて遠回りをした時間帯。
和子は断りなしに悠の家の門をくぐると、江成家が見える場所でしゃがみこむ。
言いたいこともあるものの、悠もそれに倣い、彼女の隣にしゃがむ。
「和子ちゃん、後でしっかり聞かせてもらうけど、いいよな?」
「いいですけど、私の勘違いならごめんなさい。でも、多分……」
扉が開き、美琴とあの男が出てくる。恵子の姿も見えたが、美琴が送っていくところを見届けたあと、すぐに家の奥に消える。
門を出たところで、二人は言葉を交わす。それはとても小さく、聞こえない。
暗がりでもわかる。彼女は今笑っている。
今、恋をしている、場合によっては愛している男を前にすれば、当然のこと。
そして……。
「説明しなくてもわかりますよね」
二人の距離が近づくと、そのまま特殊な引力に引かれて唇が重なる。
「――!?」
悠の胸がぐっと苦しくなる。見開いた目に映るのは、暗がりで抱き合い、キスをする幼馴染と家庭教師。それは立場や年齢に若干の隔たりがあるものの、第三者が干渉すべきことでもない。もちろん、心情は別にして……。
「やっぱり……」
ぼそびと呟く和子の言葉に、悠は横目で睨む。
数秒。濃密な時間。生ぬるく、鬱陶しい時間。胸の辺りが苦しく、胃の中のものを吐き出したくなる。
「それじゃ……」
「うん。また今度……」
ようやくキスを終えた二人は離れ、別れを惜しむように互いに手を振っていた。
「ふぅ……」
ため息をつく美琴は、とぼとぼと玄関に向かう。
その時、静かな空間を乱す振動音がした。
美琴は自分のかと思い、ポケットを探る。しかし、そうではない。音はもっと背後からしていた。
悠は焦っていた。それは隣も同じらしく、慌てて携帯を取り出すと、電源ボタンを長押しする。
「誰? 誰かいるん?」
美琴がやってきて、門に手をかけると、二人と目が合う。
「悠? 何してん? そんなとこで……」
「いや、別に、ただ、その、ああ、後輩が電話を落したっていうから、ちょっとな?」「え? あ、はい……、なんか落しちゃって、それで今鳴らしてもらったから見つかって……」
「そんなところに携帯落すん? 変なのぉ」
訝しげに呟く彼女。表情は見えないが、おそらくは先ほどのことを覗き見されていたと気付いているらしく、言葉尻がとげとげしい。
「いや、だから、別に和子ちゃんとちょっと相談受けて、だから……」
「悠、正直にいいなさいな。見てたんでしょ?」
「何を?」
「だから、先生とウチがそういうことしてたん……」
「いや、まぁ、そうだけど……」
「どうして?」
「いや、だから……」
「最近、メールもくれんし、なのに、こんなんして……、最低やわ……」
落胆した様子の彼女。おそらく秘め事にしたい行為を見られたゆえの苛立ちだろう。
「違うんです。その、私がいけないんです! 先輩にワガママ言って、送ってもらって、それで、携帯落して……」
「ふ〜ん、送ってもらってん……。なら、そういう関係なん?」
「そういうって……」
「ええやない。悠だってそういう年頃だし、むしろ、気になってたわ。誰かいい人いないのって」
「お前、なんか誤解して……」
「えと、貴女のこと知らないけど、でも悠をよろしくね……」
美琴は彼の弁明など待たず、和子に歩み寄ると丁寧にお辞儀をする。
「え? あ、はい……」
あっけに取られた和子は、何もわからずに頷いてしまう。
「はい、そちらこそ、菅原さんとお幸せに……」
「ありがと」
にっこり笑う美琴は去り際、悠の耳元で「可愛い彼女、大切にしないかんよ?」と告げると、そのまま早足で家に戻る。
彼女の残した言葉の意味。そして、甘い体臭に混ざる不快な臭い。口の中が異常なまでに乾き、鼓動がやけに高くなった。
「先輩……、すみませんでした……」
「いや、別に和子ちゃんが謝ることじゃないよ。それに、これはしょうがないことだよ……」
「でも、また今度、相談しましょう」
「相談? なんの? そんなの弘樹にでもしろよ」
「いえ、先輩じゃないとだめです」
「はぁ? 今見たろ? 俺は、お前を彼女と誤解されていい迷惑なんだよ。いい加減にしろ。惨めな男の感想でも聞きたいか? 好きな女が別の男とキスして、それを覗き見して、最低って言われて! お前、からかってるのか?」
「先輩、やっぱり好きなんじゃないですか」
「ああ、そうさ。だから辛いんだ。わかるか? お前みたいに両想いの奴には関係ないもんな」
「そうですね、関係ありません」
「は、なら、もういいだろ……。俺だってプライドぐらいあるんだ。泣いてるところ、見られたくないし、もう帰ってくれよ……」
「今は……」
「ああ、今はもう誰とも会いたくない。だから……」
「今はもう関係ないです。けど、前は違いました」
「は?」
「相談しましょう。ここだとあの人に聞こえちゃうかもしれませんし、先輩の家族が出てきても困ります」
「だから……」
言いかけて気付く。
和子の言う菅原は、初めて聞く名前だと……。
夜更けの公園。明かりの元に集まるのは蛾だけに非ず。ベンチに座る男子は頭を抑え、それを見下ろす女子は腕を組んでいた。
その話の内容とは……。
中学生の頃の和子は登校拒否をしていた。
きっかけは二年生のときのイジメが原因。
靴を隠される、運動着を汚される、水泳の授業では下着を隠されるなど_嫌がらせは様々で、三年になるころ、唯一の友達であった子が別々のクラスになったのをきっかけに、不登校に陥った。
公立の学校のせいか、あまり教師も熱心ではなく、来ないなら来ないほうが面倒ごとも少ないと、見放されていたらしい。
彼女は毎日、部屋で大好きな漫画を読んで過ごしていた。
もともと真面目な彼女は、このままではいけないと高校受験の準備を始めていた。
とにかく勉強に励んだ。桜蘭高校の狭き門をくぐるために。
桜蘭高校を志望した理由は一つ。難関高ならば、中学の頃の子とは別れることができる。それなら、一度イジメにあったことをリセットして、新たな学生生活ができると信じて。
参考書を見て何度でも立ち向かう。わからないことがあっても誰に頼ることができず、何度も涙しつつ、彼女は勉強に励んでいた。まるでそれしか道を知らないように。
夏を迎える頃には両親も一定の理解を示し、彼女に学校はいいから塾へいくようにと薦めた。
しかし、塾には自分を排除してきた子がいる。そのせいか、踏み切れなかった。
――それなら家庭教師はどう?
母の一言で決まった家庭教師。週三回の個別授業。
大城大学に通う二年生、菅原牧夫は中学の教師を目指しており、指導に熱心であった。
わからないことを懇切丁寧に、噛み砕いて、冗談も交えて教えてくれる。
時折話す大学での話し。自分の知らない明るく華やかな世界。
中学生活に絶望していた彼女が憧れるのは、無理もなかった。
「和子ちゃん、好きな子はいたの?」
「いえ、男の子とかもイジメてきたから……」
少し前まではイジメられていたことを話すのが怖く、悔しく、辛かった。
けれど、夏の終わりのうちとけた頃には、もうそれもない。
牧夫にならなんでを話せる。
そう、すっかり信頼を寄せていた。
「そっか」
「先生は?」
「俺は、最近フラレタ」
「へぇ、どうしてです? 先生カッコイイのに」
「ありがと。でもさ、なんか浮気されてて……」
「浮気? 信じられない。先生みたいないい人がいて浮気するなんて……私なら絶対!」
冗談ではなく、本気だった。もちろん、自分のような暗く、小さく、垢抜けない中学生など相手にしてくれないとはわかっているが。
「ありがと、和子ちゃん……」
優しすぎて窮屈。
それが別れの原因らしい。
身勝手な女の言葉に激怒する和子と、うなだれる牧夫。
自分を立ち直らせてくれた牧夫が悲しむ姿に、いつしか涙が溢れていた。
気がつくと、和子は彼を抱きしめていた。
頭をなでたとき、彼も彼女のほうへとよってきた。
昼の頃。父は会社で母はパート。
二人きりの空間は暑く、熱く、お互いの気持ちが香り、そして……。
「和子ちゃん!」
牧夫は男と女についても教えてくれた。
初めてを捧げることに悔いなどない。むしろ自分のような半端者を一人の女としてみてくれていたことが嬉しかった。
週三回のうち、母がいない日は愛を紡ぐ日。
カーテンを引き、締め切った部屋で肌を重ねる二人。
玉のような汗を競って舐めあい、受け入れ、快楽を教えられた。 愛し合ったある日のことだった。
シャワーを浴びにいった牧夫の、脱ぎ散らかしたズボンが低く振動する。
携帯がなっているのなら知らせてあげようと、和子はズボンを取った。
ポケットから取り出したとき、スライド式のせいでメールの件名が見えた。
『きょうこりんめえる』
顔文字の続くメールは男からのものとは思えない。和子は言い知れぬ不安に駆られ、恐る恐るそれを開く。
今日バイト終わったらあそびいこー。
生理終わったし、たっぷりできるよ〜!
――生理? たっぷりできる? なにを……。
思い当たることなど一つしかない。下腹部の違和感が重くなる。
こぽっと音を立てて流れる牧夫の精子を、和子は慌ててティッシュで拭く。
下ではまだシャワーを浴びているらしく、水の音が聞こえる。
胸にぐっとこみ上げる酸味。必死に飲み込みながら、混乱を抑えることができない。
彼女はメールを自分のパソコンに転送すると、削除してからズボンの中にしまった。
その日は気持ちが悪いといい、帰ってもらった。
あま男は自分を騙している。いや、そんな大層なものではない。単なる性処理の道具。ダッチワイフでしかないのだろう。
和子は何度もシャープペンの芯を折り、果てはHBを三本折って、ノートを三ページ破り捨てた。
そして、薬局に行った。
再び母のいない日中に、彼が来た。
和子は神妙な顔つきをしながら、セックスをするのかを聞く。
牧夫は自分が嫌いになったのかと聞くので、そうじゃないと否定した。
その後も何か言葉を交わしたが、覚えていない。
とにかく、相手に自分が何かいつもと違う様子だと悟らせた。
そして、薬局で買ったあるものを机の上に見えるように置いて部屋を出た。
露出した紙の部分はマーカーの赤で薄く滲ませておいた。
シャワーを浴びるフリをして、隣の父の書斎に隠れ、壁に耳を着ける。
しばらく何かを物色する音がした後、ようやく例のもの気付いたらしい。
「ちっ……、まじかよ……」
つまらなそうに舌打ちをして、嫌悪の感情の驚きの声。
普段の明るく、優しさに溢れたものではなく、遊び方を失敗したという、そんな言い方だった。
和子はその場にへなへなとへたり込み、しばらく立てなかった。
異様なことと思いつつ、彼に身体を預けた。
上っ面の愛してるの言葉と珍しくゴムを使ってのセックスでも、男を知る彼女の身体は反応した。そして二回いかされた後、シャワーを浴びてきてと頼んだ。
自分でも驚くほど冷静にことを始めた。
彼のズボンから携帯を取り出し、メール設定をする。
転送設定。メールが和子が新しく取得したフリーメールに来るようにした。
既に牧夫の正体もわかっているというのに、どうしてそんなことをするのか? これから知るであろう真実は、彼女にとって残酷であるとわかりきっている。
それでも確めずにはいられなかった。
そして、できればその女こそ遊ばれている女であり、自分が本命であると、薄い希望を持っていたから……。
――カテキョの子が孕んだっぽい。マジでやべーよ。
――自業自得だろ。またカンパとか無しな。
――そんなこというなよ。この前の子食わしてやったろ?
――あの子はよかったけど、お前がやりすぎてがばがばじゃん。
――今回の子、ブスだし、やだな。
――でも、やわらかいし、中学生だ。それだけで価値があるって。
――あと半年で産廃になる子なんていりません。
――くれるなら、俺がもらうぞ。一度食べてみたいし。
――よし、売った。十万な。
――三万。これ以上は出しません。
――はいはい。わかったよ。たく、大損害だ。
自分以外にも被害者がいるのかもしれない。けれど、それはどうでもよい。
そして、自分は自分の知らない場所で貞操を売り買いされているらしい。
おそらくその三万は、堕胎の費用なのだろう。
和子は陰性結果の出た検査紙を机の上に置き、その後、家庭教師を辞めてもらった。
訳は話さず、ただ、疲れたからと。
沈んだままの気持ちで受けた受験は大失敗。その後、滑 止めに受けた山陽高校では自分を知る元クラスメート達がいたが、陰惨な気持ちの前に彼女らのひそひそ話など、小鳥のさえずりに過ぎなかった。
彼女の話とメールの内容によると、複数の生徒に手を出し、その後、知り合いに売春をさせていた。
手口は悪質かつ、単純。
セックスの後に理由をつけて撮影し、その写真で脅迫、他の男に紹介する。
狙われるのは大人しい子、世間体を気にする子、またはそういう親御を持つ子と推測される。
和子は彼らが行動を起こす前に気付けたおかげで事なきを得たのだろう。もし、気付かずにいれば、彼女もまた別の男に売春を強要されたのかもしれない。
「まずは、美琴さんを守らなければなりません」
放課後、二人だけの剣道部部室で、和子と悠は作戦会議を開いていた。
「ああ。でも、どうやって?」
「そうですね。それとなく注意ができればいいんですが」
「やっぱり直接美琴に言うべきじゃないか? 和子ちゃんのメールもあれば、多分……」
「無理ですよ。多分美琴さん、牧夫のことを信頼しぶいると思いますし、いきなり私達がメールを見せたところで、信用なんかしてくれません」
「でも、メールなら証拠に……」
「メールなんていくらでも偽装できるんですよ。既に牧夫だってアドレスを変えてますし、携帯も機種変更済みだと思います。それに、差出人を確認するなんて、警察沙汰じゃないと無理です」
「そう」
これが探偵物の映画やドラマなら、携帯の履歴を都合の良い「スーパーハッカー様」に簡単に調べてもらえるのにと、がっかりしてしまう。
「今日から先輩がすることは、まず一つ。部活を早く上がって、美琴さんに声を掛けることです」
「え? そんなことして意味あるのかい?」
「お向かいには先輩がいます。そして、今さっきお互い話をしました。そんな状況でセックスをする気になれると思いますか?」
「セックスって……、童貞の俺に聞くなよ……」
「この見習魔法使いが……。けど、少なからず好意を抱いている先輩が脳裏にちらつけば、罪悪感が生まれます」
「背徳感で逆に燃えるとか?」
「かもしれません。でも、覗き見されてるかも、とか、勘付かれてるかもと思いながらするような人には思えません」
「ああ」
「いいですか? 今日からは部活熱心なふりを悉めて、定時に帰り、美琴先輩を待ち伏せして一言二言会話して、カーテンのこととかそういうのを牽制するんです。とにかく二人を暗い密室に一緒にさせないことです」
「そんなに上手くいくかな……」
「これは予防策です」
「それに、もしそういうことしなかったとして、どうなるんだ? 美琴はアイツを好きなんだし」
「牧夫が美琴さんを好きではないからこそ有効なんです。アイツは性欲の塊だから、もしセックスができないなら、強引な手に出たりしますよ」
先ほどからセックスを連呼する和子に気持ちを落す悠。彼女の言うことは、真実を含む。既に美琴は女になっており、その相手も……。
それでも目を背けたい真実がある。「見ない」と選択できるはずなのに、それでも、もし美琴が不幸になるかもしれないというのなら、自分はそれを……。
「来週の開校記念日、暇ですか?」
「え? ああ……」
「それじゃあ行きましょう」
「どこに?」
「大城大学です」
「なんで?」
「今は少しでも情報を手にする必要があります。私達はあがかないといけないんです」
「なるほど……」
終始後輩に言われるがままの悠は和子に感心しながら、何も具体策を出せない自分を情けないと感じていた。はがゆいとはこういう気持ちなのだろうか? そんな自嘲気味で……。
「じゃあ、記念日は相模大野の前で九時に待ち合わせです。今日はとにかく先輩はまっすぐ帰るんですよ?」
まるで教育ママのように言い切る和子に圧されつつ、これも美琴を守るためと頷く。
作戦会議も一旦休憩、他の部員は既に道場で練習を始めているだろう。悠は先に部室を出る。
「先輩、遅かったですけど、どうかしたんですか?」
心配そうに言うかれだが、その表情は険しい。睨む視線には明らかに敵意があり、それ以上に部室の中を気にしているようで、そわそわと視線を向かわせる。
「いや、別に……。んじゃ、お前も練習遅れるなよ」
悠はすれ違いざま、彼の肩をぽんと叩いて部室を後にする。
背後では何か言いたげな弘樹が戸惑っていたが、何かを振り切るように彼の後に続いた。




