彼女は誰かの彼女
件名:ありがとねo(^v^)o
悠からプレゼントもらえて嬉しいわぁ〜(ハート)
最近冷たいから、もううちのこと嫌いになったんかとおもったわ(T^T)
これからは大事にしいよ? 女友達なんて、後で後悔したっておそいんよ
…………
内容は簡単にプレゼント嬉しかったというものだった。
顔文字と数行言葉に、悠は安堵と安らぎを感じていた。
件名:Reありがとねo(^v^)o
最近は試合も無いし、まったりと部活してるよ。そっちこそ勉強は忙しい?
俺は…………
打ち終えて待つこと二分、その間もメール問い合わせを三十秒ごとに行う。
そして着信振動。
メールには勉強のことや近況が書かれていた。
美琴は何も変わっていない、自分の知る幼馴染。
全ては取り越し苦労であると感じた彼は、今から夕食を食べると返したあと、部屋を出た……。
**――**
十月の始めの頃には、メールフォルダに五十件以上たまっていた。
全ては美琴とのやり取りだ。
彼女は家庭教師が始まる前と終わった後にメールをくれた。
相変わらず密室の彼女の部屋からは、白熱灯の弱い光が漏れるだけだったが、電子メールが繋ぐ絆がある。
悠はこれまで以上に部活に打ち込み、近く、大会に備えていた。
件名:体育の日
体育の日、試合があります。応援よろしく!
俺、マジで優勝狙っていくよ。
だから、美琴にも…………
少し前なら面と向かって応援を頼んでいた頃に比べると、やや弱い誘い。けれど、受験に向けて必死になっている彼女。今は疲れているであろうと、メールに気持ちを託すことにする。
そういう優しさを配慮できる自分は大人とほくそ笑み、送信を押す。
二分、三分、五分……。
志保の「お風呂でたよ〜」の声に、悠は替えの下着を手にした。
**――**
雑念を振り払った彼に敵は無い。
新人戦のときは惜しくも敗れた相手にも、悠は怯まず果敢に攻め、相手の胴を払う一本勝ち。
大谷は彼の快挙をおおいに称え、ささやかながらファーストフード店で祝勝会を開いてくれた。
「それじゃ、高槻の功績を称えて、かんぱ〜い」
「「かんぱーい」」
部員一同、手にした百円シェイクをかふかふと交わす。
気の抜けた音に苦笑が漏れつつ、皆口々に今日の試合内容を振り返っていた。
ただ……、
主役であるはずの悠は鞄片手にトイレに走ると、急いで携帯をチェックしていた。
試合会場に彼女の姿はなかった。くまなく探したわけではないが、いつもなら見えるところにいてくれたはずなのに。
メールフォルダを調べると、最後に届いたメールは「明日がんばってね」という簡素なもの。
そこには「来る」とも「行けない」とも書いていない。
その前のメールを見る。
学校のことや、最近のドラマ、ニュース、漫画、雑誌、芸能人にアイドルグループ、全て他愛の無いことばかり。何も不自然さはない。
しかし、送信メールと照らし合わせると浮かび上がる。
彼女は自分の問いかけにほとんど答えていない。
いつでも言葉尻を濁し、明確な返事をせず、「オヤスミ」で締めていた。
予測変換で打たれる顔文字と似通ったものいい。句読点が少なく、改行と誤字だらけの内容は、最近になるにしたがって酷くなる。
おざなり。
その一言に尽きる。
彼が便器の上でコメカミを押さえていると、誰かがやってくる。
「先輩……、高槻先輩? 大丈夫ですか?」
弘樹の声に、はっと気づく。
「あ、あぁ、悪い。なんか下痢が酷くって。やっぱ緊張かな? ははは……」
上ずった声を返す悠に、弘樹は無遠慮にドアを開ける。
「やっぱり……」
思いもしないことに素で驚く悠。
「お、おい! 今プレイ中だったらどうすんだよ」
「なんか変だと思ったんですよ。練習中とか変にテンション高いし、メールの音とかに怒らないし……」
「なんだよ、そんなこと……悪いかよ」
「おかしいっす。絶対」
「なんでもないっての」
「おかしいっす」
「なんでもない」
双方譲らぬ言い合いに、また別の声がする。
「なになに? 二人でトイレとかボーイズラブですか? 二種類の意味で不潔ですぅ〜」
楽しそうに声を上げるのは、女子部員の滝川和子。百五十センチに満たない身長のせいか、弘樹の後ろでぴょんぴょん跳ねており、さらに嬉しくない解釈をしてくれる。
「なんでもないから和子ちゃんは黙ってて……」
「ああん、田丸君てばひどい〜、さっきまでおかしいっすおかしいっす言ってたくせにぃ〜」
「いや、そうだけど、和子ちゃんはなんでもかんでも変な目で見たがるから……」
「だってぇ……、剣道部の先輩後輩、トイレであぁ〜んなんてそうそうお目にかかれるものじゃないでしょ? 少しぐらい妄想してもバチはあたらないもん」
頭の痛いことをぺらぺら語る和子に悠も困り気味になる。それでなくとも狭い場所に三人もいたら暑苦しい。
「一度戻るか」
「はい。けど、先輩、何があったか話してくれますよね?」
妙につっかかる後輩に、やはり和子は色眼鏡をかけていた……。
**
離れた席に移動した悠達。ポテトを摘む和子は、あまり興味なさそうにウインドウの外を見ていた。
「先輩、携帯見てましたよね……」
「悪いかよ……」
「女子高生じゃあるまいし、トイレで携帯とかありえませんよ」
「いいだろ、男子高校生なんだし……」
「彼女ですか?」
「ぐっ……」
「そうなんだ〜」
「うっ」
ずかずかとナイーブな領域に踏み入る後輩二人。
いつもなら軽くいなしているのだが、かすかに芽生えた気持ちのせいか、それができず、むしろ相談したい気持ちすらあった。
「別に、いいじゃないか……、彼女のことで悩んでも……」
「そうですね」
「でもそこには田丸君の嫉妬があるの……」
「ありえ」
「ない」
即座に否定されてブーイングする和子。
「ふられた……」
「……」
「好きな人が別にできた……」
「……」
「嫌いになった……」
「……」
「浮気……」
「……!?」
「嫌われた……」
「……」
「……冷たくなった?」
「……」
きわどい単語の応酬に、悠は唇を噛む。しかし、彼の変化はしっかりと観察されており、
「大槻先輩、浮気されたんですか〜……、チャンスですよ、田丸君」
弘樹はぽんと肩を叩く彼女の手を取ると、真剣な顔をして継げる。
「俺は和子ちゃんが好きだからそういうのは無いの」
「え!?」
虚を突かれた和子は絶句していて、見る見るうちに顔が真っ赤になる。
「それより、どうなんです? 彼女は浮気してるって証拠とかあるんですか?」
唐突な恋愛劇にも関わらず、弘樹は悠にだけ焦点を向ける。「いや、別に付き合ってるわけじゃないし、浮気というわけじゃ……」
「まさか、先輩が浮気相手ってわけじゃないっすよね?」
「いや、というか、付き合ってるとかそういうのもわからない……」
「片思いですか? にしては、なんかダメージでかそうだったっす。トイレでの先輩」
妙な枕言葉に首を傾げたくなるが、彼自身、どうなのか、一度整理したくなる。
「そうだな、俺は彼女と……」
**
悠と美琴の関係。
お向かいさんで幼馴染。
昔は結婚の約束もしていたけれど、最近は疎遠。
よくある普通の話。
それをかき回したのが、大城大学に通う家庭教師のあの男。
最初は普通に勉強を教えているだけ。
しかし、出会った後は、カーテンを閉められ、さらに電気も白熱灯のみ。
他人の家を覗き見したことは気持ち悪がられたが、恋愛感情ゆえま暴走としてもらった。
そして、最近始まったメールのやり取り。
最初に異質さに気付いたのは和子。
メールで「ある仲間達」とやり取りをする彼女は、癖とでもいうべく予測変換をすぐに見抜いた。
「厳密に言うと、浮気じゃないですね……」
「そうだよな……」
一通り話し終えたあと、悠は視線を下げて手で額を拭うようにする。
「でも、変ですよね……。そういう嫌がらせチックなこと始まったのってぇ、先輩と家庭教師さんが会ったころからですよね? どうしてです? 何か他に隠してることありませんか?」
恋愛の話から、やや生臭い話へと変遷すると、いつの間にか彼女の声がソプラノの作り声からアルトの声に下がる。
「いや、思いつかないけど……」
「嫌がらせねぇ……」
「うん。私なら、異性の幼馴染ぐらい友情の範囲で許容しますよ」
「だよね。なんか先輩、他にありませんか?」
「えと……」
メールをもう一度見直す。
「そういえば、何かプレゼントしたんですか?」
「ああ、犬のぬいぐるみ……」
「へぇ、やるう!」
「いや、なんか気になって買っただけで、プレゼントするつもりとかじゃないんだ。そのときは頭にきてて、そいつの前で彼女に渡した」
「え?」
「え!?」
「え? なんかまずい?」
ふざけ半分に聞いていた和子も、弘樹と同じように素の表情で悠を見る。そのリアクションに、悠も何かおかしいことを言ったのかと慌てて聞き返す。
「いや、だって、先輩、その時二人って、ブティックの前で服選んでたんでしょ?」
「ああ」
「それって世間でなんて言うか知ってます?」
「買い物」
「「ちょーっぷ!」」
二人がかりでの手刀を脳天に叩き込まれた悠は、別の意味で頭を押さえる。
「「それが原因ですよ! ドアホ先輩!」」
店内に響く声に、視線が一瞬彼らのほうへ向く。
「いや、だって、ただプレゼントしただけ……」
「あんたさっき自分で言ったでしょ。買い物してる二人を見て腹たったからプレゼント渡したって! それ挑発っすよ」
「でも、彼女だって喜んでくれたし……」
「でもじゃないでえすよ……、あれ? でも変ですね? 犬って言いましたよね?」
やれやれといった様子の和子だが、何かに気付いた様子で悠の携帯を指差す。
「メール読み直してください……」
悠はメールを見直すと、やがて、鈍い彼も気付く。
彼女のメールには、プレゼントをもらったことの感謝はあっても、犬や、ぬいぐゞみという言葉は無い。
つまり、それは……。
「くすん、ぬいぐるみに罪は無いのに……」
「嘘……」
あのとき、既に二人が付き合っていたのなら?
幼馴染とはいえ、特別な日でないのに突然のプレゼント。お菓子やジュースのような一過性のものでもなく、形として残るもの。それは邪魔物に他ならない。
「電話って、今できます?」
「いや、できるけど……いいのかな……」
「それを確かめるためです……。ついでに試合のことでも報告すればいいじゃないですか」
「そうか、それもそうだな……」
震える手で操作する。半年近く電話でやり取りをしていないせいか、リダイヤルから探すことはできない。アドレス帳を開いて探したあと、しばらく通話ボタンを押せなかった。
「先輩、怖いんですか?」
「ああ……けど……」
後輩の叱咤にようやく決心が固まる。
つ、つ、つ……とぅるるるるる……とぅるるるるる……。
「はい、どっぴおです……」
「うるさい」
和子をポンと叩く弘樹。渦中の悠は繋がらないことに安堵すべきなのか、それとも不安になるべきなのか複雑な心境。
一方で、もし付き合っているのなら、それを邪魔することはまかり通るのだろうか?
むしろ、彼女の恋愛成就を祝うべきなのではないか? 今日の日を勝利で凱旋したことを、きっと彼女が祝うのと同じように……。
ふっ……。
繋がった。同時に気持ちが堰をきる。
「もしもし、俺、悠だけど、美琴?」
『あ、うん……えと、何かな? いまちょっと手が離せないの……』
「そう? あのさ、聞いて欲しいんだけど……、俺、今日の大会でさ……」
疑念を払拭してくれる彼女の声。背後では気取った音楽が聞こえるが、どこかの店内だろうか?
『……あっ……ちょ、ん……だめっ』
「もしもし?」
上ずった声がした。そして、耽かの存在感。受話器の遠くにいるそれは、ゴボボというノイズに紛れて、舌打ちのような音を出した。
瞬間、指がすべる。ぴっと高い電子音がした後、悠はゆっくりと話す。
「美琴、今どこにいるの? なぁ……、美琴?」
『……っと、だめよ……は、……でぇ……ね? ……とで……』
「なぁ美琴?」
『ごめん、ちょっと今友達待たせてるから、後でね……』
「おい、美琴……」
『………………』
通話時間二七秒。
途切れた会話は、リダイヤルを押しても通じなかった。
「先輩、どうでした?」
「ああ、友達と居るみたいなんだ……」
「そう? ですか? なんか変ですよ?」
「いや、なんかほっとしたら気が抜けて……。悪い、もう帰るは。変なことにつき合わせて悪かったな……」
「先輩?」
「すまん、もういいから……」
とぼとぼと祝勝会の席に戻る悠に、二人は声を掛けることができなかった……。




