過ぎ行く日々、
「だから、本当はありがとうって言わないといけないの。けど言えないの……」
「今はそれでもいいさ……」
「でもね、だから、私、なんだか……、どうしていいのかわからなくって……、悠のこと、酷いこと言っておいて、謝らないでいて……そんなのいけないのに……」
「もういいさ。お前も騙されていただけだし、これからは男を見る目を上げろってことだ……」
「うん」
「がんばれ」
「うん」
「がんばれ、美琴」
「わかってるわよ」
「がんばれよ、美琴」
「うるさいなぁ、そんなこと言われると余計、惨めになるってば……」
「ちょっと苛めたい」
「なにそれ、酷い……」
「慰めて欲しい?」
「ん〜、それもなんか違う」
「じゃあいいじゃん」
「ぶ〜、そういうのがダメなんだよ。悠は……」
「かもな……」
「うん」
「今度」
「うん?」
「いや、来年だけど、試合ある。だから、そま時こそ応援頼む」
「わかった。絶対に行く」
「……」
「ねぇ、他には?」
「ないよ」
「ないわけないじゃん」
「なんでだよ。」
「だって、悠が誘ったんだよ?」
「ああ、それを言いたかった」
「だめだよ、それじゃあ……私はまたつまんないことしちゃうし……」
「けど……」
「ねぇ……」
「ん? うん……」
「……」
「いや、いい」
「なんで?」
「なんでもだ」
「やっぱり怒ってる? 私と牧夫のこと……」
「怒る理由は無いさ。そりゃああなるなんて思わなかったし、でも、それとこれとはまた別だろ? そういう弱みに付け入ることはしたくない」
「なによ、意気地なし」
「そんなことないさ。今は美琴が冷静じゃないんだよ」
「冷静? んーん、ずっと冷静じゃないかもしれない。多分、寂しいから……」
「寂しいからってのは言い訳の常套句かよ。とにかく今日はもう休め。明日からもあるんだし……」
「うん……わかった。ごめんね悠。わがままばっかり言って……」
「いや、いいさ」
ブランコを降りた二人はようやく帰路に着く。心なしか距離が狭まっているのは、おそらくは勘違いではないなのかもしれない……?
**――**
一週間して、和子が部活に顔を出してきた。
そこには弘樹の姿があり、彼女の後ろでこそこそと隠れている。
「新入部員ですか? 見学ならこちらで……」
悠はおもいきり嫌味を言うと、彼はバツの悪そうな表情で頭を掻く。
「もう、弘樹君を苛めてはだめです! 先輩でも赦しませんよ?」
「おお、こわ……」
竹刀を振り上げる和子に怯えたふりをする悠。その様子を他の部員は楽しそうに見ていたが、やがて部長がやってきて、彼の合図のもと、今日も部活が始まる。
練習の途中、迷いの無い弘樹の太刀筋は鋭く、あわや一本という場面がいくつもあり、逆に悠はどこかひっかかるところがあるのか、防戦一方であった。
五分間の模擬試合を終えた悠は面を取り、上気した顔で弘樹を見る。彼は果敢にも部長に挑み、しこたま面を叩かれていた。
「先輩……、少しいいですか?」
「ん? ああ和子ちゃん。何?」
「その、外で……」
「いいけど、練習は?」
「後々……」
部員達の目を盗んでこっそりと道場を出る二人。それを追うのは、鋭い「面」の掛け声のみ……。
「なんのよう?」
道場の裏手の、あまり人目につかない場所に連れ出された悠は、和子を見つめる。
彼女はそっと非常口の段差に災ると、彼にも座るようにジェスチャーする。
「いや、いい」
「そうですか? まあいいですけど……」
「それで、何か話しがあるんだろ?」
「ええ、大城大学の人からです。理事長さんから連絡がありました」
「そうか……」
例の事件については悠も文章で回答を受けている。
映画研究サークルに所属していた学生は、現在裁判中であり、判決が下るまで停学処分、後、退学処分とする。現在は前理事や学生活動の管理体制の不備をつつくための格好の材料となっているらしい。
また、被害者が少女であることから報道規制を要請しており、ニュースにはならず、地方紙の片隅で「大城大学大学生逮捕、児童福祉法違反の疑い」と小さく書かれるのみだった。
使われていたパソコンなど部室に置かれた機材は、全て焼却処分とされ、DVD、VHSも問わず処分された。
さらには被告側の疑わしきもの全てを焼却したかったらしいが、それは裁判の行方次第らしい。
「で、そのことだけじゃないんだろ?」
わざわざ個別に話しをするのなら、お互いに聞き知っていることを話題にする必要はない。悠は彼女を促す。
「はい。まずはごめんなさい」
「? なんで?」
「私、先輩のことを利用していました」
「利用? なにが?」
「部室へ侵入のことですよ」
「いや、利用というか、協力じゃないの?」
あの時の悠は美琴のことで頭が一杯だった。むしろ、牧夫が悪であった事実を教えてくれた和子には感謝したいぐらい。そのおかげで憎き恋敵を美琴から離すどころか、社会から隔離できるのだから。
しかし、和子は目を伏せたまま。何かしら罪悪感からか、声の調子も低かった。
「私、正直、美琴さんのことなんてどうでもいいんです。今は彼女がやられてるんだろうなびていう程度でしたし、助けようなんて思っていませんでした」
「いや、それは、でも……」
「それに、忍び込んだ時だって、私は真っ先に自分のファイルを探してました。自分のは削除して、他人のファイルを複製してファイル名を書き換えるみたいな、せこい偽装してましたし。結局はバックアップのせいで無駄だったみたいですけど……」
あのとき手間取っていたのは、その操作のせいだろう。悠の中でも、ようやく違和感が薄れていく。
「バチっていうんですかね? 自分のことだけ考えたら、牧夫に見つかって、弘樹君にも教えるはめになって……」
「悪いのは牧夫だろ?」
「ですけど、自分だけ助かろうとしたことが良くないんです。多分、もしばれなかったら、先輩と美琴さんのことなんて気にしなかったと思います。でも、弘樹君を失いたくないって思って、だから、真実を話しました」
「そっか……。それで、ああなったわけか……」
「弘樹君、私のこと抱きしめてくれました。私が汚いって言っても、そんなことないって、和子ちゃんは俺の大切な子だって……、いったいどこがいいんでしょうね? 私なんて……」
和子はふふっと笑うと、袴についたほこりを払い、立ち上がる。
「さあてへ、嫉妬深い彼氏が不安になる前に戻りましょうか」
「ん? ああ……、そうだな」
「一緒に戻って大丈夫ですかね?」
「弘樹を信じろ」
「はい!」
笑顔で笑う和子に、悠はふと、この顔に惚れたのかもと後輩の胸中を推理していた……。
**
美琴の家庭教師は、例の事件が発覚したあと、強引に契約を解除させた。
恵子は突然の心変わりに反対したが、美琴の「悠と一緒に塾に行くから」という言葉ににやりと笑ったあと、頷いた。
今はカーテンの閉められた窓と、ブラインドの下りた窓が向かいあうだけ。
それでも、朝夕に出会う二人は、笑顔で挨拶をしていた。
十一月の第二土曜日のことだった。
午後八時、悠は久しぶりに美琴の部屋に招かれた。
遅い時間にも関わらず、階下は明かりが無く、よくよく聞いてみると両親が不在だといわれた。
彼女いわく、「ぴちぴち女子高生を一人きりにするのは危険だから、今すぐ来い」とのことだった。
ばかばかしいと思いつつ、あの事件からどこか会いづらい悠には非常に嬉しい誘いであった。
ドアを開けると、ピンクのエプロンを羽織る美琴が現れる。
「悠、ごはん食べた?」
「まだだけど……」
「それじゃあさ_今から用意するから、私の部屋で待ってて……」
そういってまたパタパタと台所へかけていく彼女の後をついていく。
「別にそんな、台所で待つ……さって……」
台所はどうすればこんなに汚せるのかというほどに散らかっていた。
コンロの上では揚げ物をしているらしく、ばちばちっと水が跳ね、そのたびに美琴は「うわ、きゃあ」と右往左往する。
料理というよりは工作というほうが正しい彼女の作品は、やけに衣が厚く、狐色どころか狸色がお似合いになっている。
「失敗してるところ見られるの恥ずかしいから、二階に行ってて……」
「はいはい……」
プライドの高い彼女ならきっとそういうのもあるだろうと、悠は素直に言うことを聞く。
今日の夕飯はどうせカップラーメン。そう思いながら……。
**
彼女の部屋からは、自分の部屋が見える。
この角度で彼女は一体なにを思っていたのだろうか?
年上の男に憧れ、想いを秘め、いずれ……。
それがあの男の手口であったとして、事実は変わらない。
彼女は彼と身体を重ねている。
見たくない事実は彼にもある。
その点では彼もまた被害者。
幼馴染の恋を知らないままに失恋し、別の恋を探せたのなら、きっと癒える傷しかつかないのだから……。
もちろんそれが弱さゆえの逃げとも知っている。けれど、彼はそれほど強い人間でないと自覚している。
だから……。
机の引出からピンク色のノートが見えた。
それは日記帳とあり、拍子には今年の西暦と桜の花びらが書かれている。
他人のプライバシーなのだからと、悠は戻そうとした。
しかし、気になる。
彼の知らない時、カーテンの奥で何が行われていたのか?
知るべきではないのに、なのに、悠はそれを……。




