結末
先ほどのショックで立て付けが悪くなったのか、ドアが半分までしか開かない。
「なんだよ、これ、壊れたのか……、なんだ?」
何かクッションのようなものが置かれているのか、開けようとすると押し返され、たまに「ぐぇ、ぐぇ」と聞こえてくる。
下を見ると黒のスラックス。見覚えのある靴は牧夫のものであり、通路のほうには人の気配。よく見ると女性達が通路を通せんぼしていた。
その一団は袴姿で手にホッケーのスティックのようなものを持っており、それを地べたにはいずる牧夫に構えている。おそらく長刀部であろうけれど、この狭い通路ではいくら牧夫が竹刀を握ったところで不利だろうと想像をする。
「あ、どうも……」
思わず頭を下げた悠はひとまずドアを閉め、ポストから外を覗き、牧夫がそこをどいたところでドアを開ける。
「あの……」
「悪いけど、途中から聞かせてもらいました……」
「はぁ……」
「なんかうるさかったし、痴話げんかかなんかだと思ってたんだよ。最初。けど、なんか中学生をやったとか聞いて、それは洒落にならないってなって……、こうして張っていたわけですけど、こいつが元凶?」
「はい」
「やっぱりね。なんかこいつらの部室イカくさかったし……」
「でも、まさか本当にしてるなんて……」
女子一同は口々に何かを言い合っているが、あまり評判の良いサークルでもないらしい。
「えと、どうしよう。今職員の人呼んじゃってるけど……」
「そうなんですか……、えと、とりあえず、部室にあるパソコンを……、でもできれば見てもらいたくないんですよ。その、被害者の子と一緒に来てるから……」
「ああ、なるほどね。わかったわ。でも、パソコンとか私達弱いのよね」
「そうなのよね。これでやっつけちゃえたらいんだけど……」
一人豪腕の女子がたくましい腕で長刀の先っぽを回す。
「いや、それだと……」
むしろこのまま破壊してしまえば動画を再生する方法が物理的に無くなる。
「いえ、このパソコンは証拠品です……、だから、まだ壊さないでください……」
表の騒ぎを聞いていたのか、和子が弘樹に寄り添われてやってたる。
「えと……」
「はい、被害者です」
「そう……」
足元でぼろぼろになっている牧夫も傍目から見れば被害者かもしれないが、これは因果応報というもの。
「職員さんも、もう直ぐ来ると思うから、待ってて……」
「はい……」
牧夫の罪を暴くことはできたが、彼に相応しい罰を与えるには彼らには荷が重い。悠は大人しく職員達がくるのを待っていた……。
**
時間的に遅いことから日を改めてと提案されたが、和子ががんとして引かなかった。
もし牧夫を帰してしまったら仲間に連絡が行き、報復なり証拠隠滅が図られる。
確実な証拠は確かに保護しているが、DVDなど別媒体に記録されているものがネットに流出したら、回収は不能。
事実を聞いてとんぼ返りをした大学の女性理事長は事実確認のために、関係者を一度会議室に集めた。
女性職員が改めて動画の内容を確認し、身体の特徴から牧夫であると確認されると、理事長は不祥事について頭を下げてくれた。
表計算ファイルに記録されている購入者はどれも部の身近な人間だけであり、特に学外への流出の痕跡は無い。
彼らとしてはネットで販売をするつもりだったらしいが、規制法と昨今の規制強化、さらに拙弔手打ちのサイトでは客を集めることができずにいたらしい。
また、動画アップロードに関しては発覚の可能性が高いことと、足が着きやすいことから控えていたらしい。
全ては準備不足と保身が被害の拡大を防いだ、まさに不幸中の幸。だが、和子は牧夫の証言を信じようとせず、どこかにバックアップを隠していると疑っていた。とはいえ無いことの証明はできないため、一旦和子に退いてもらう。
大学側としては映像研究サークルの活動を無期限停止とし、現状部室にあるものは証拠を隠匿されかねないとして、全て没収を言い渡す。また、塑逆性を持たないことと、指導するにはあまりにも度が過ぎていることから、警察へも連絡することを確約し、四人の目の前で警察と大学の顧問弁護士に連絡を入れてくれた。
素早い対応に驚く悠だが、帰り際、長刀部の人が「今の理事長は今年就任したばかりで、去年までの運営を非難するための材料探しに躍起になっている」と教えてくれた。
悠は都合の良いだしに使われるのだろうと思いつつ、それでも事態が解決に向かうのならと、頷いた……。
**――**
悠と美琴家についたのは夜の十時を回った頃だった。
遅いこともあって車で家まで送ってもらった悠と美琴だが、彼女は何か言いたげな様子で、玄関に入ろうとしない。
それは悠も同じで、二人とも視線をそらしつつ、横目で盗み見していた。
「あ、あぁ……」
「う、うん……」
先ほどからなんどか出ては消える声。何を言ってよいのかわからず、かといってこのまま分かれる気にもなれず、ただ無意味に時間が過ぎる。
「なぁ、公園にでも行こうか?」
「なんで公園なの? もっと気の利いたところとかぺいの?」
ようやくの提案に美琴は少しご立腹の様子。ただ、最後は笑って歩き出してくれたので、悠もそれを追う。
夜更けの公園には誰もいない。
全てはあのベンチで始まったことなのだろうか?
和子からあのことを聞かされたときは、ただ美琴を守らねばならないと意気込んでいただけだが、こうして考えると、自分はどこまでそれができたのか、自信が無い。
「……久しぶりかな?」
「何が?」
「こうして二人で会うの……」
「そうでもないよ」
「そうだっけ?」
「うん」
最後に二人で歩いたのはいつだろう。四月の頃には既に気まずい関係になっていたしで、もしかしたら一年を数えるかもしれない。
「ねぇ、ブランコ乗ろうか?」
「いいよ、別に……」
「じゃあ決まり!」
悠としてはその逆の意味で言ったのだが、彼女はお構いなしにブランコに乗る。
制服のままの彼女のスカートが靡くたびに、嫌な気持ちになる悠は、彼女を追うようにブランコに走ると、経ち漕ぎでぐんぐんとスピードを出す。
「おお、ずるいぞ、悠!」
「なにがズルイだよ。自分でこげっつの」
勢いをつける悠の頬をつめたい風が撫でる。すると、突然涙がこぼれる。
あの時、和子がそっへ温めてくれたとき、純粋に嬉しかったかもしれない。
もしくはただのスケベ心を隠すためのことなのか、とにかく、悠は人恋しくなっていた。
「ん?」
それは彼女も同じらしく、いつの間にか振り子を止めたブランコは、彼女を乗せたまま、揺れていた。
「美琴?」
「ん……何?」
「泣いてる?」
「少し……」
「そっか……」
「うん」
「いいさ、悔しいだろうし……」
「悠は悔しい?」
「ああ、悔しい」
「何が悔しい?」
「そりゃ、いろいろさ……」
「いろいろじゃわからない……」
「いいだろ。なんかまだ整理ついてないし……」
「そうだよね……」
「ああ」
「あーあ、私また家庭教師を探さなきゃ……」
「ああ」
「今度は女の人にするね」
「ぜひ」
「でも、悠はダメだよ。塾か予備校に通ってね」
「なんだよそれ……」
「いいじゃん」
「はいはい」
「……」
「はぁあ……」
「ほんと言うとね……」
「ああ」
「牧夫のこと好きだった」
「ああ……」
「だから、ちょっぴりうらんでるの。悠のことも、和子さんのことも……」
「そっか……」
「牧夫と一緒の楽しいひと時。あの人、しゃべるのとか楽しいし、大人びてたし、そういう人って周りにいないんだよね。どうしてだろうね? そういうのに弱いのかな?」
「しょうがないさ」
「本当、憧れと好きっていう気持ちを全部ごっちゃにして、多分、でも、好きだったの」
「わかったよ……」
「でね、あいつが私のこと、そういう目でしか見てなかったってわかったとき、すごく悔しかったの。わかるでしょ? だって、両想いだと思ってたのに、ただの遊び相手の都合の良い女……んーん、商品の一つみたいだしね……」
「……」
「そういう現実、知りたくなかったの。ずっとこのままで、騙され続けられたら、そのほうが楽しいこととか一杯あったのに、楽だろうってさ……」
「違う。そんなのだめだ。赦さない」
「そうだね。違うよ。私、本当にバカだよね。それじゃあいつか終わりが来るのにさ。んーん、現実を生きてないって感じだし、終わるべきことなんだよね」
「そうだ」




