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気になる子

 高槻悠は、一人自室で窓の外を眺めていた。

 一般的男子高校生の部屋としては簡素なその部屋は、ベッドと勉強机に本棚タンスがあるだけの寂しいもの。

 フローリングの床はよく掃除がされており、ベッドカバーには鞄が作った皺があるていど。隅っこほ丸いクッションが立てかけられただけの殺風景な部屋だった。

「……」

 日が沈みだし、辺りは夜へと変化する。鈴虫の鳴声がそこらかしこから聞こえ出すと、昼間の暑さも忘れて秋を実感できる。

「!?」

 悠は窓の外に気付き、ブラインドを下ろす。そして角度を調整し、隙間から外の様子を見えるようにする。

 視線の先には向かいの家の門をくぐる女の子の姿。相模原高校の臙脂色の制服に身を包んだ女の子は、さらさらの黒髪を赤いゴムで結んだお下げの子。後姿を見る限りでは幼い印象があった。

 ――こっち向いた。隠れないと。

 ポストま中を見る彼女にどきっとする悠。

 細く切れ長の目は整った睫が優雅さを醸し、細い眉がやや気の強そうなカーブを描くも、可愛らしい唇の桜色が少女のたおやかさを忘れない。

 驚いたときに目を丸く開くと、黒い瞳に吸い込まれそうな気持ちになる。

 顎に届く前髪をうるさそうにかきあげ、一緒に汗も拭う。

 健康的な肌は、少し前までは確かに白かったのに、夏の日差しが憎くなる。

 ――美琴……。

 悠は玄関に消える彼女を見つめ続けた後、ふぅとため息を漏らす。

 江成美琴。彼女が彼の最近の悩みの種だ。

 彼女と悠はお向い同士ま幼馴染で同い年の仲良しこよし。幼稚園の頃はいつも一緒に手を繋いで登園しており、何かというと「悠ちゃんのお嫁さんになる!」に「美琴ちゃんのお婿さんになる」と言い合っていた。

 それは小学校、中学校と成長する中で影を潜めたが、特別に仲良しという関係は続いていた。

 しかし、それも高校進学をきっかけに、ますます疎遠になる。

 美琴の通う相模原高校は、かつては女子高だったが、彼らの入試の年には既に共学となっていた。

 小学校の頃から剣道に勤しんできた彼は、中学の頃に県ベスト八になれた。そのこともあってか、運動部に力を入れている山陽高校を選んだ。共学になったばかりの女子高で、自分の力が活かせるはずがないと思ったからだ。

 それは確かにそうなのだが、問題なのがこの恋わずらい……。


**――**


 最初の一年は何もなかった……、いや、兆候はあった。

 入学当初の春は一緒にお花見に行き、進学という環境の変化のなかでのストレスを癒しあう仲であった。

 徐々に学校に慣れ始め、すれ違うことも増え始めた二人。それでも夏休みには一緒に海に行ったり、夏祭りの夜を過ごしたりもした。

 濃紺の布地に咲き誇る朝顔の浴衣。髪をアップにさせた彼女は、金魚を追いながら、その汗でしっとりとしたうなじを見せてくれた。

 嬉しそうに水ヨーヨーを弾く彼女は、彼の頬についた綿飴を摘むと「甘い」と言った。

 冬のある日、もこもこした白いダッフルコートを着た彼女と待ち合わせをした。映画館で見たラブストーリーに涙する彼女を照れ隠しでからかったのは失態。

 相模神社の石段を上って五円を放ったあと、彼は自分の心の中で固まりつつある気持ちに気付いていた。

 振袖姿に紅を引いていた彼女。


 ――桜色も良かったけれど……。

 ――何が?

 ――なんでもない。


 剣道の時合なら、一直線に突きだせる。なのに、彼女の笑顔、切れ長の目が目じりを上げ、窺うように覗き込まれたとき、彼は逃げた。

 彼女からも、気持ちからも……。


 四月を迎えた二人は、桜の下を共に歩かなかった。

 試合を控えていたことと、後輩の指導にあたったこと。

 それを言い訳に、彼は彼女を避けた。

 会いたいくせに、逃げた。

 その心の弱さを振り切るために、竹刀を振るった。


 五月の新人戦。

 彼は彼女に応援してくれるようにメールをした。

 彼女は久しぶりの誘いに喜んでくれた。


 けれど、市の体育館に彼女ま姿はなかった。

 彼女の親戚の不幸が重なったため、来られなかったそうだ。

 そのおかげなのか、邪念の無い彼は見事準優勝を果たした。

 彼を称えた盾は、今も机の引出の中にしまってある。


 梅雨の頃、彼女からメールが来た。

 喜び急いで携帯を開いたのだが、そこには進学に悩む旨のメール。

 高校二年。大事な時期。

 頭ではわかっているものの、一人盛り上がっていたことと、五月の裏切りが重なり、彼はつまらない返事をした。


『美琴の人生なんだし、自分でしっかり決めろ。俺はお前を信じている』


 幼心に結婚を約束したことも、今は遠い昔のこと。


 そして七月の頃、ついこないだのことだ。

 彼が部活の帰りで遅くなったある日、江成家の前で美琴と彼女の母、それに知らない男が談笑していた。

 暗がりでよく見えなかったが、着こなされていない上下のスーツにオシャレな眼鏡、第一ボタンの外れたワイシャツでは、とても社会人とは思えない。

 彼は彼女達に会釈をすると、江成家を後にした。

 すれ違うとき、香水の匂いがしたのを覚えている。


 ――誰?

 ――あら、悠。部活? 大変ね。

 ――誰?

 ――先生? ウチの家庭教師だよ。菅原牧夫さん。大城大学ま人なんて。

 ――ふうん。

 ――うん。

 ――なぁ。

 ――あんね。

 ――なんだ?

 ――そっちこそ。

 ――美琴から言えよ。

 ――うん。あんね、大城大学受けるつもりなん。

 ――大城大学ねぇ。お前ならもっといいとこねらえるんじゃないの?

 ――うん。でも、決めたん。牧夫さんの話を聞いとったら、なんやかうらやましいなってきたん。ウチ、がんばるね。

 ――その、牧夫って奴が楽しいんじゃないの?

 ――何その言い方。感じ悪いわ。

 ――わりい。俺疲れてっから、んじゃな。

 ――ちょっと、悠ってば! 話はいいん?

 ――ああ、また今度……。

 ――まったくもう……。


 振り返ることなんてできない。あの日の彼は、玄関で姉の志保とすれ違ったとき、「あんた大丈夫?」と心配されたくらい酷い顔をしていたから。


**――**


 時計が六時半を指そうという頃、あの男がやってきた。

 グレーのワイシャツと黒のスラックス。整った髪形は見間違えるはずがない。

 彼がインターフォンを押すと、しばらくして彼女が出てきた。

 美琴は笑顔で彼を招き入れると、男が後ろ手でドアを閉めた。

 やがて二階の彼女の部屋の明かりが点く。

 雄はいけないことと知りつつ、ブラインドの隙間からその様子を見ていた。

 机に向かう彼女と、その脇に立ち指導する彼。

 参考書を指差す彼女に、彼は膝立ちで同じ視線になり、親身になって教えているのがみえる。

 時に談笑を交え、軽く彼女をあしらい、笑い合う姿。

 階下で母親が夕食の準備を告げるまで、悠はそれを見ていた。


 箸を伸ばしながらぼんやりと考える。

 家族の会話もテレビの雑音で紛れ、没頭するには十分な環境だった。


 自分がしていることは明らかな覗き行為。

 倫理に反している。

 精神衛生上、悪影響を及ぼす。

 けれど、やめられない。

 あまりに気になった彼は、彼女と同じく相模原に通う同窓生に尋ねたこともあった。

 井上京子。彼女とは中学からも一緒であり、美琴との共通の知り合いだった。

 学校での彼女の様子に変化はない。彼氏がいるようにも思えないが、最近大人びたのも確か。それと、この前に風紀の先生に呼び止められて小言をされたとかも。


 ――遊んでいるかも?


 容姿、口調、立ち振る舞いから、中学の頃同級生にお公家様とか、美琴の君とからかわれた彼女だが、別段真面目というわけではない。

 ドラマや流行を追うこともあるし、音楽のジャンルも男性アイドルユニットが大半。

 つまり、普通の女子高生。だから、年相応に背伸びしたりするのも、ごく自然のことでしかない。そもそも、美琴と悠はただの幼馴染の仲。家が向かい同士で、たまたま仲が良いだけで、将来を約束したわけでもない。

 彼女が自由意志で誰かと恋仲になったところで、それをとやかく言う資格は誰にもないのだから……。


 夕食を終えた悠は、濡れた髪をクシャクシャタオルで拭きながら自室に戻る。

 既に家庭教師は帰ったであろう時間。美琴の部屋には桃色のカーテンが敷かれ、部屋の様子はわからなかった。

 彼はベッドの上に投げ捨てていた鞄から英語の教科書を取り出し、明日の予習を始める。

 彼女のことは気になるが、英和辞書に向かっている間はそれも忘れることができるから……。


**――**


 山陽高校の柔剣道場では、気合の篭った掛け声が行交っていた。 悠もまた練習に勤しんでいたが、最近は上の空なことが多く、つい最近も顧問の大谷に叱られたばかり。

 そして、その日も……。

「――!?」

 稽古の最中、道場の隅で髪を結わえていた女子部員を見たとき、彼は気を取られていた。

 次の瞬間、頭に衝撃を受けた悠は、バランスを崩した拍子に無様にしりもちをつく。

 畳の上のおかげでそれほど痛くないが、面を打ち込んだ後輩の田丸弘樹が驚いて駆け寄ってくる。

「大丈夫ですか? 先輩!」

「なに、たいしたことないさ……。いやいや、お前も強くなったな。うかうかしてらんねえ……」

 軽口を叩いて誤魔化す悠だが、弘樹は納得がいかない様子で面を取り、複雑な表情で彼を見ていた。

「なんだよ。まだ練習終わってないんだから……」

「でも、先輩……」

「うっせーっての……」

 悠は竹刀で後輩の頭をポンと叩くと、言葉とは裏腹に防ゞを外す。

「先輩?」

「すまん、なんか頭痛いから帰るわ。大谷にはよろしこ言っといてな」

 隅っこで邪魔にならないように黙想を行い、道場に一礼をしてから部長に早退の旨を伝える。

 悠は更衣室に行くと、そそくさと制服に着替えた。

「俺、何やってんだろ……」

 精神の修養を目指す武道において、心を乱したまま立ち去る自分。

 こればかりは草津の湯でも癒えないものと言い訳をしつつ、唇を噛んだ。


**――**


 いつもより早い帰宅時間に、悠は寄り道をしていた。

 相模原駅内のショッピングモールを久しぶりに歩くと、その様変わりに驚いてしまう。

 少し前に美琴と歩いたときは、コンビニエンスストアを大きくしたようなキオスクとクリーニング店がある程度だったのに、今では雑貨屋や本屋、ブティックまで入り込んでおり、近くのデパートとも連絡通路で繋がっていた。

 ファンシーな雑貨屋は店内からはみ出すほどに商品を飾っており、行き交う人とすれ違いざま、カゴに詰まれていたぬいぐるみを落してしまう。

 白くてふわふわした毛並みの犬のぬいぐるみ。

 丸いボタンの目と独特のもふもふした手触りに、しばし楽しんでしまう彼が居た。

 値札を見ると、煎五百円の六割引。品薄現品限りのそれに妙に心が動くのがおかしかったが、袖振り合うも他生の縁と、どうあがいても無生物なそれをレジに持っていく。

 店員に贈答用と聞かれたので頷くと、サービスでラッピングしてくれて、ついでにリボンもつけてくれた。

 レジを後にして、手元にあるそれをどうすべくかしばし悩む。

 手触りも見た目も悪くないけれど、男子高校生の部屋にぬいぐるみを置くことに抵抗がある。志保にわたそうかと思ったが、誕生日はまだ先だし、いきなりわたされても気持ち悪がられるのがオチだ。

「……これなんかどうかな……」

「……え? 似合います?」

 逡巡している彼の耳に、聞きなれた声が届いた。

 雑踏の中に居てどうして聞き取れたのか?

 空耳と願いつつも、視界には見慣れた彼女の姿を見つける。

 ひらひらしたフリルの目立つキャミソールを身体に当てて、あの男に笑いかけている。

 その光景は、竹刀の一撃など問題にならないほどの衝撃があった。

 がくっと膝から力が抜け、頭が重くなる。そのまま倒れてしまえばどんなに楽だろう。けれど、騒ぎを起こして気取られてはいけないと、気力で奮い立つ。

「先生はこういう女の子らしい恰好が好きなん?」

「そういうわけじゃないけど、美琴ちゃんに似合うと思うよ……」

「めっちゃうれしぃですわぁ〜、うち、そんなことゆうてくれる男おらんし〜」

 細目が嬉しそうなカーブを描くのが見える。少し前に彼にのみ見せていたであろう笑顔が、今は別の男に向けられている。

 これ以上見てはいけない。ブラインドもないのだから、気付かれるのは時間の問題。二人が着せ替え人形のように洋服を楽しんでいるうちに逃げるべき。

 情けない気持ちを抱えたまま、悠は反対方向へ逃げようとする。しかし、

「あれ? おーい、悠〜、はるかかなたにいるん、悠く〜ん!」

 逃げようとしたところで、気付かれてしまい、彼女のよく通る声が彼を捕まえる。

 しばし固まる。その間も自分を呼ぶ声がどんどん近づいてきて……。

「どうしたん? 今日は部活ちがうん?」

 人差し指でぐりぐりとわき腹を突きつつ、前のめりなって彼を上目遣いに睨んでくる美琴に、やはり気持ちが昂ぶる。

「おまえこそ、なんで居るんだよ……」

「ウチは先生と一緒に参考書選んでたんよ。推薦とか無理そうやし、今からがんばらんとね」

 ぐっとこぶしを握り、えへんと胸を張る。少し前までは目立たなかったそれも、最近はブラ無しではしまりが悪いらしく、夏服の上から青いそれが見えた。

 思わず唾を飲む。彼女の女としての成長は認める。そして、あの男は週三回程度、間近で見ているという事実に思い当たる。

「どしたん? 難しい顔して……」

 彼女は彼のよこしまな視線に気付かずに、不思議そうに首を傾げる。ふるっと揺れるポニーテールは、おそらく赤の髪留めで止めているはず。

「お〜い、美琴君。だめだよ、いきなり走っちゃ……」

 ゆっくりと歩み寄るその男は、悠に気付ごて軽く会釈する。

「先生、初めてよね。この子、悠ね」

「君が悠君か。てっきり女の子かと思ってたけど……」

 さわやかな笑顔だが、オシャレなデザインの眼鏡の奥はそうでもない。

「初めまして」

 返す悠も軽く頭を下げるものの、視線は外さない。まるで試合中のように、相手の一挙手一投足見逃すまいという鋭いモノ。

「それじゃあ美琴さん。行こうか」

「え? でも、ちょい待ってほしいかな〜。悠とも久しぶりやしぃ」

 二人を交互に見る彼女。その間に何があるのかなど理解できず、眉間に皴を寄せる。

「僕達は遊びに来てるわけじゃないんだ。今日は参考書を選びに来た。そうだろ? 悠君とはいつでも会えるんだし……」

「うぅ〜、先生、厳しいなぁ……」

 しょげた感じの美琴だが、彼はあくまでも家庭教師。彼女もしぶしぶ頷く。

「ごめんなぁ、悠。また今度な……」

「あぁ、また今度……」

 視線を美琴に移した悠は、思い出したように瞬きをする。

「それじゃ」

 男は彼女の肩に手を回すと、そのまま今来た道を戻る。

 歩きざま、男が彼女に笑いかけていたが、それはまるで……。

「おい、美琴!」

 叫んで駆け出していた。

「ん? なぁん?」

 振り向く彼女は男の腕も払わず、やってくる悠を待つ。

「えと……」

 昂ぶる気持ちのまま、暴走したことを後悔する。脂汗を拭う手が何かを思い出す。

「これ、この前わたせなかったから……」

 先ほど買ったばかりのラッピング済みのぬいぐるみを彼女に差し出す。

「え? なんなん? ぷれぜんと? へぇ、めっちゃうれしいわぁ」

 彼女は中身も確認せず、ころころと笑っていた。

「美琴さん」

「あ、はい。それじゃね、悠。今度お礼すんね……」

「あぁ……」

 再び遠ざかる彼と彼女達。

 参考書を買うのなら向かうは本屋。けれど、その方向は逆方向。帰り際、道に迷った悠が現在地を確認したところ、見つけた真実だった。


**――**


 遠回りをしていたせいで、帰る頃には六時を回っていた。

 江成家を見上げるも、まだ二人は帰っていないらしく、美琴の部屋に明かりはなかった。

 悠は「ただいま」も言わずに階段を駆け上がると、そのまま自室のベッドにダイブした。

 帰宅に気付いた志保が「ごはんだよ〜」と声をかけてくれるが、「今気分悪いから」と仮病を使う。

 確かに気分は悪い。

 生まれて初めて味わう気持ち。

 親しい女友達が、幼馴染が知らない男と肩を並べぶ歩いていた。

 参考書を探す?

 ブティックで?

 服、それも下着のようなものを似合う? 似合わない?

 夏服のブラウスは第一ボタンが開いていたような……。

 肩に腕を回していたことを拒まないのは何故?

 家庭教師と教え子。

 全てが気持ち悪い。

 不快だ。

 嫌悪するに値する。


 けれど、


 ――俺にそんな資格があるのか?


 ただの幼馴染。

 友達以上の関係に過ぎない二人。

 最近は電話もメールも疎か。


 もし、彼女があの男に好意を抱いていたとして、またはその逆としても、それは自由恋愛の中で許容されること。

 彼の中に渦巻くものは、ただの嫉妬。普通の人間の持つ、ごくありふれた心の一面。

 失うことに慣れておらず、比重がやや大きいだけのことで、時が経てば癒える傷。

 とくに食欲は素直で、日の沈んだ暗がりの中、ぐぅと音をさせて胃を締め付ける。


 彼は起き上がると、伸びをする。

 電気をつけたあと、立ちくらみと蛍光灯の光で目が痛い。

 そして、


 ――ん!?


 窓の外に見えたもの。

 いつもの癖でブラインドを下ろし、明かりも消す。

 窓の隅っこで、おそるおそる道路を見る。

 ブラウス姿の美琴と、例の男。

 肩を抱く手はモールで見たときと一緒。そして、彼女が寄り添っているようにも見える。

 唾を飲もうとすると、渇いた喉が痛くなる。

 見開いた目はやはり瞬きを忘れていた。

 玄関を入り、数秒して向かいの窓の電気が点く。

 いつものように机に向かう彼女と男。

 けれど、何かに気付いた男は、窓に歩み寄り、薄桃色のカーテンを閉めた。

 ――なっ!

 明らかな挑発行為に、体温が瞬間的に二度上昇する。

 しかし、今の彼にできるのは、カーテンを見つめるだけ。

 手近にあった鉛筆を握る。痛みとミシミシという音が聞こえた。

 薄い統色のカーテンがふっと暗くなる。

 淡い白熱灯の明かりが漏れるだけになった。

 ペキ。

 折れた。


**


 何もする気になれない。

 悠は、ただ机の前に座り、頭を抱えていた。

 時計は既に十時を回っている。

 部屋から漏れる明かりが蛍光灯に変わっていた。しかし、彼の部屋は暗いままだ。

 男は帰ったのだろう。けれど、間違いなく彼女とあの部屋に居た。

 その現実と、薄桃色のカーテンのから漏れる光の弱さが、彼を狂わせた。


 ぶー、ぶー、ぶー……。


 背後で彼の虚をつくかのように音がした。

 低い振動音はメールの着信音。

 悠は鞄から携帯を取り出すと、スライド式のそれを起動する。

 ――誰から……、美琴?

 メールは美琴からのもの。よく考えれば彼女くらいしかメールアドレスを知らないはずで、家族なら階下か隣の部屋にいるだろう。

 ――なんだろう。

 焦る気持ちを抑え、ゆっくりとメールを開いた。

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