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教室に着くと奏芽は机に突っ伏した。眠いわけではないが、する事も無いので目を瞑って授業までの短い時間に英気を養う事にした。
吹雪とは同じクラスだから教室までは一緒に来たが、ずっと一緒にくっついているわけにもいかない。もし吹雪が暇そうにしていたとしても教室で、二人でくつろいだお喋りをしていればすぐにいちゃついているだのなんのと揶揄われてしまうこともある。だから仕方なく机とイチャつくのだ。
しばらく机に身を委ね、自分の熱を一方的に与えて睦み合っていたら、冷たかった机が温まってきた。自分の愛が通じたのだろう。机はきっとツンデレだ。
そんなしょうもない事を考えていたら朝の予鈴がなった。
4限目の現代文の授業中、奏芽は何度も寝そうになっていた。しかし、終了のチャイムがなると魔法が解けたかのように眠気が霧散する。
授業が終わって奏芽があくびをしているうちに、教室は昼休みの喧騒に包まれていった。
奏芽はバッグから弁当を取り出して、いつも一緒に食べている友人の元へ向かおうと思っていたが、席を立つ前に吹雪が近くまで来ていた。
「奏芽、今日一緒に食べない?」
吹雪は少しはにかみながら言った。奏芽は珍しいなと思いつつ、学校で一緒に食べようと言われたのがなんだか無性に嬉しかった。
「あぁ、いいよ」
家でならいつでも一緒に食事くらい出来るが、学校でも一緒の時間をもっと共有出来たらと密かに願っていたのだ。
弁当を広げて、最近二人してハマっているアニメの話題で盛り上がった。
「この前も言ったけどメルルちゃんがヒロインの中じゃ一番推せるよね!」
「そうだな。話が進むにつれてキャラの魅力が増していってるよな」
「うんうん。素直になれないけど、裏では人一倍世界ために行動してるんだよね」
「健気で可愛いよなぁ……」
そんな会話に興じていたら、不意に吹雪が悪戯っ子のような笑みを浮かべた。
「ところで奏芽、メルルちゃんと私どっちが可愛い?」
「メルルちゃん」
「アニメキャラに負けた……!?」
間髪入れずにきっぱり返した奏芽。それには冗談のつもりで質問したのに、謎の敗北感を感じた様子の吹雪であった。
全ての授業が終わり、帰り道。
春の夕空の下を奏芽と吹雪は並んで歩く。二人は他愛もない雑談をしていたが不意に吹雪が、
「ねぇ、奏芽。お願いがあるんだけど聞いてくれる?」
と言って少し不安げな色を湛えた表情で奏芽の顔を覗いてきた。
「ん? なに?」
「今日、奏芽の部屋泊まりに行っても、いい……?」
「は、はぁ?」
奏芽はそのお願い事の内容に顔を赤くして少し取り乱してしまう。吹雪も頬を薄く赤に染めていた。
「や、やっぱダメかなぁ……」
慌てて目を逸らす吹雪は、いつもと違った艶っぽさを覗かせているように奏芽の眼には映った。
「だめじゃ無いと思うけど。急にどうしたの?」
「え、うん。あのね……」
吹雪は一度言葉を切って深呼吸をした。
「えーとね。私、最近怖い夢を見るの」
「怖い夢?」
「うん」
首肯して、俯いた吹雪の顔に影がさす。奏芽にはそれが、なんだか深刻なものに思えた。
「どんな夢?」
「なんかね……馴染みのない怖い世界に迷い込む夢かな」
吹雪は夢の記憶を訥々と語り始めた。
「そこにはいろんな人がいてたまに仲良くなったりするんだけど、いつの間にか消えちゃって私は一人ぼっちになっちゃう。寒くて、怖くて私はずっとその世界で怯えながら寂しいって思ってる。」
苦しそうな笑みを浮かべながら吹雪は続きの言葉を紡ぐ。
「ずっと一人で何をすればいいかわからないでいるとね、突然怪物が私を追いかけてくるんだ」
「怪物……?」
「うん。ツノが生えてて身長がすっごい高い」
吹雪は両手でツノを作り額に当てて説明した。顔まで作って伝えようとしてくるが、奏芽から見たらそれは怖いというより可愛いだった。けれど、そんな小悪魔みたいな吹雪とは違って彼女の夢の中の怪物は本当に怖いのだろう。
「でね、その怪物に追い詰められた時。誰かが私を助けてくれて目が覚めるんだけど……」
チラリと奏芽を窺いながら吹雪は続ける。
「その誰かの顔は見たことないからわかんないんだけど……わかんないんだけどね」
意味ありげに含みをもたせた間を開けてから吹雪は表情を緩めた。
「それが奏芽だったら嬉しいなって今思いました」
「いや、そこは俺の流れでしょうに」
「てへ」
吹雪は舌を見せて戯けた。
「まぁ少しふざけちゃったけど怖い夢を見るのは本当だよ」
苦笑いしてから、吹雪は縋るように奏芽を見つめて、再び口を開く。
「だからね……一緒にに寝て欲しいなぁ、とか思ったり」
怖い夢を見るというのは本当のことだろうし、その悪夢に少しでも怯えているのなら幼馴染からのお泊まりの提案を断る理由は思いつかなかった。それに、奏芽にとって願ってもない嬉しいお願い事だったことも確かだ。けれど思春期特有の気恥ずかしさが邪魔をして素直になれなかった。
「もうそんな歳じゃないだろ……」
記憶を振り返れば二人で同じ毛布をかけて寝た記憶はいくらでもある。というか、最近でも吹雪が奏芽の部屋に泊まった事はあるが、自然とそういう流れになった事が殆どなので改めて言葉にされると恥ずかしさが勝ってしまった。
「そうかもだけど……」
躊躇う奏芽をみて、吹雪は唇を尖らせる。
「他に奏芽の家にお泊まりをしたい理由を無理やり引っ張り出すとすれば、そうだね……」
吹雪は意地になっているのか、それともどうしても奏芽の家に泊まりたいのか、とにかく諦めた様子はなかった。
「少しだけ家にいづらいんだ」
そう口にして、寂しそうな色を顔に浮かべる吹雪。その表情をみて、奏芽の心は鋭い刃物で刺されたかのように痛んだ。
「妹が反抗期でね。本当のお姉ちゃんじゃないのに姉貴づらするなって、怒られちゃった!」
悲しげな表情ではあったが、吹雪は努めて明るくいようとするので奏芽もあまりしんみりとした空気にしないようにあえて軽口で返すことにする。
「吹雪ちゃんってば同い年の俺にも姉貴づらするお姉さん風吹かせたがりさんなんだから仕方ないのにねー」
「むー」
すると、吹雪はいつもの調子で頬を膨らませた。そんな吹雪へ奏芽は歯を見せて笑いかける。
「いいよ。泊まりに来な」
もう断る気など奏芽にはなかった。




