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フブキの旅  作者: 睡眠
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 消えた幼馴染は別の世界(いせかい)にいる。


 怪奇な真実を奏芽(かなめ)はたった今知った。

 晴れた冬の校舎の屋上で赤い瞳の少女にそう告げられたのだ。それは大好きだった幼馴染がこの世界から消滅して半年後のことだった。


 真実を告げた少女は微笑んだ。その赤い眼は、黒茶色の髪と眼を持つ日本の高校生である暮井奏芽(くれいかなめ)だけを見据えている。


 対峙する二人の間に、青春とは程遠い冷たい風が吹いた。

 理解する時間が欲しかった。考える時間も欲しかった。けれど目の前の少女は待ってはくれなかった。


 奏芽は屋上から突き落とされたのだ。

 視界に広がる蒼天。奏芽は仰向けのまま落ちてゆく。


 なにかを掴もうと必死に手を伸ばすが(くう)しか掴めない。ルビー色に輝く双眸が一瞬で彼方のものになる。


 冬の冷たい空気が、背中から刺すように奏芽の身体を襲う。この冷たい風の刃の先に待っているのはもっと酷い、硬い地面。硬質なアスファルト。


 落ちながら、それに激突して死ぬか鈍い痛みによって苦しむだろうと奏芽は直感する。しかし、そのどちらも訪れなかった。


 奏芽が落ちた先で待っていたのは異世界だった。




 『半年前』




──吹雪……必ず……君を見つけるよ……



 奏芽は夢の中で約束した。

 夢はすぐに暗闇に変わった。


「……きて……」


 暗闇にその声が聞こえたとき、自分が見ていた夢の内容を思い出せなくなった。

 心地の良い夢だったようにも、悪夢だったようにも思える。どちらにせよ泡沫のように消えていってしまった。


「……おきて、奏芽」


 優しい声音で、よく澄んだ声が耳朶を撫でる。

 それは変わらぬ日常への誘い。夢の終わりの調べ。

 重い瞼を持ち上げると翡翠色の瞳と視線が合う。制服姿の幼馴染がいた。


「あ、起きた」


 幼馴染の八重咲吹雪(やえさきふぶき)は奏芽の顔を覗き込むようにして、ベッドの隅に腰掛けている。

 セミロングの薄茶色の髪が陽光でキラキラしていた。新雪のような肌が眩しい。翡翠色の瞳は幻想混じりで、彼女の象徴。通った鼻筋の下の唇は春を思わせる桜色。

 全体の雰囲気としては無邪気さとあどけなさの残る少女だ。

 吹雪はニコリと笑みを浮かべると、まだ脳が覚醒しきっていない奏芽に今日の始まりの挨拶をくれる。


「おはよう奏芽!」

「おはよう、吹雪」


 体を起こしながら奏芽は挨拶を返す。吹雪の笑顔に起こされれば、寝起きの身体に纏わり襲う、血に鉛が混じったような怠さも吹き飛ぶものだなと奏芽は思った。夢の事もすっかり忘れてしまった。




 奏芽が身支度をしてリビングへ向かうと机に朝食が並んでいた。

 湯気に乗って空腹を刺激するいい匂いが届く。


「あ、来た! ねぇねぇ、今日は私が朝ごはん作ったんだよ!」


 椅子に腰掛けていた吹雪が得意げに口にした。


「わぁ、ありがとう吹雪──」

「もー、遅いお兄ちゃん」


 奏芽の感嘆に素直な感謝を乗せた呟きを妹の和奏が遮った。


「せっかく吹雪ちゃんが御飯作ってくれたのに冷めちゃうじゃんねー」

「ねー」


 妹、和奏の非難に、吹雪がちょっぴり意地悪に合いの手を入れた。


「ごめんごめん。てか今日は和奏が朝食当番じゃ……」


 奏芽が疑問を口にすると和奏は微妙に目を逸らす。


「そーだけど、吹雪ちゃんがどうしても料理したいっていうから……」

「最近料理にハマってるからね」


 吹雪は二人のやり取りを特に気に留めることなく楽しげな雰囲気だった。

 そんな吹雪に兄妹揃って感謝する。


「とてもありがたいよ。うち殆ど二人で家事してるから」

「だねー」


 暮井家は5人家族で3人兄妹。両親が共働きで多忙なため家事は兄妹で当番制。先月までは兄妹3人で回していたのだが、兄の奏人が大学に進学して実家を出たため、今は妹と二人で順番で回していた。


「でも吹雪ちゃんって唐突になにかにハマって凝りだすよね」

「だねー唐突に飽きることもあるんだけど」

「あはは」


 吹雪と和奏は笑い合った。なんだかんだ二人も幼馴染同士であり姉妹のような関係だ。


「そういえば吹雪が和奏の代わりに料理したってことは当番スライドでいいよな!」

「やだ」

「だよね」


 そんなやり取りをしながら奏芽は和奏と一緒に手を合わせる。


「「いただきます」」

「はい、召し上がれ」


 吹雪は語尾に音符を付けてそうな調子で言った。





 登校までは時間に余裕があるので、奏芽はニュースを横目に見ながら吹雪の手作り朝ご飯ゆっくりを味わっていた。 

 和奏も奏芽と同じく口をもぐもぐしていて、吹雪はスマホを弄っている。

 奏芽より先に食べ終えた和奏は「わたし委員会の仕事があるんだった」と慌てた様子で支度をして家を出て行った。


「ごちそうさま」


 しばらくして奏芽も食べ終わり、手を合わせて感謝を口にすると、吹雪はにっこりと微笑んだ。




 奏芽も吹雪もお互い部活や委員会などに所属はしていないので、いつもギリギリまで家に居る。今日は時間にゆとりがあるので、食器を洗ったりしつつ、短い時間ではあるがダラダラとていた。


「そろそろ行くか」

「うんそうだね」


  靴を履いて、スクールバッグを持って玄関を開ける。奏芽は扉を閉める前に誰もいない家に向かって呟く。


「いってきます」 

「いってらっしゃーい」


 自分よりも家の外側にいる吹雪が茶化した口調で返事をしてきた。


「君も一緒に学校行くんだよ」


 奏芽も軽口を叩きながら鍵を閉めて、吹雪と並んで庭を出た。



 

 並んで歩く住宅街。春の陽射しが街に降り注いではいるが、それでもまだ少しだけ肌寒さを感じる。


「ねぇ、奏芽カバン交換しよー!」


 しばらく会話無しに歩いていたら吹雪が唐突な提案を口にしてきた。


「なんで?」

「軽そうだから」


 吹雪は奏芽のスクールバッグを見ながら言う。

 吹雪が何故そう感じたかはわからないが、事実今日の奏芽のスクールバッグは軽かった。しかし奏芽は嘘をつく。


「えー? クソ重いが?」

「嘘だぁ」

「交換するか?」

「おうとも!」


 奏芽は吹雪にスクールバッグを差し出し、彼女のバッグを受け取る。

 そして、奏芽と吹雪は同時に衝撃を言葉にした。



「重っ、何いれてんだよ!」と奏芽。

「軽っ、勉強する気ある?」と吹雪。

 

 二人してお互いのバッグの重量差にツッコミを入れあった。


「これ筆箱しか入ってないでしょ。」

「勉強か……そうだな、今まで秘密にしていたことを教えてやろう吹雪くん」

「ひみつ?」


 若干芝居がかったような口調で秘事を明かそうとし始めた奏芽に、吹雪は訝しげに小首を傾げる。


「あぁ、俺は教科書は常に学校においてある。持ち歩くのは問題集とプリント類だけ。なぜだと思う?」

「なんで?」

「それはね」

「それは?」

「吹雪ちゃんが教科書を持っているから。つまり、家で使いたくなったら吹雪ちゃんに借りればいいから!」


 奏芽は言い放った。澄ました顔で言い放った。


「どうだ、賢いだろ」


 己の怜悧さを誇るかのように片目をあざとく瞑って吹雪に向けてみせる。すると吹雪は頬っぺたを一杯に膨らませて可愛く破裂させた。


「なにそれひどい!」


 小さな羞恥と大きな敗北感が吹雪を襲っているようだった。


「つまりずっと私荷物持ちさせられてたみたいなもんじゃん!」

「そ、それは超誇大飛躍的被害妄想じゃん?」

「超爆裂被害者だよ! 確かに、今思えば勉強するときいつも奏芽と一緒にしてるけどさ……気が付かなかった……」

「まぁこれが、賢さってもんよ」

「ずる賢さだよぉ!」 


 こうやって気色ばんだ顔も悪くないなと奏芽は思った。しかし意地悪しすぎたかも知れないと、今度こそちゃんとした真実を言うことにした。


「まぁまぁ嘘だよ。昨日はやる気がなくて何も持ち帰らなかったからたまたま軽いだけ」

「ほんとかなぁ」

「ホントだって。ほら、吹雪に教科書借りるなんてほぼないだろ?」

「まぁ、たしかに。そうだね……つまり! 荷物持ちをさせられた哀れな幼馴染みちゃんはいなかったんだね!」

「正解!吹雪ちゃんは賢いなぁ!」

「賢いなぁ!」


 こういったくだらないやり取りは二人の間では平常運転。他愛もないじゃれ合いをしながら学校を目指すのが日常だった。




 住宅街を抜けて大通りに出ると季節の色は濃くなった。冬を越し、桃色に色づいて舞う春の桜。暖かな陽を浴びた花びらが、優しい風に吹かれ降る。

 隣を歩く幼馴染の名前は冬を想起させるけれど、奏芽はこの春の情景を見ると、吹雪に似合うのは優しく暖かなこの季節だと昔からずっと思っている。


「桜、綺麗だな……」

「え、うん。綺麗だね」


 奏芽の呟きに、吹雪は少し驚いた様子で目を見開いて返す。 


「奏芽がそんなこと言うの珍しいね」

「そうかな?」

「そうだよ」


 正直奏芽も驚いていた。口に出すつもりも特になかった。ただ、あまりにも美しかったから。だから柄にもなく景色への思いを声に出したのだろう。


「そっか」

「うん」


 そこから学校までは会話は無く、穏やかな時に身を任せるように、ずっとひたすら歩き続けた。

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