第5話:ただの仲が良いクラスメイトですッ!!
陽が傾き始めた放課後。
敷地内にある寮から通う生徒が多いというのもあって、どことなく活気ある空気が漂っている。
そんな例に漏れる、寮生ではない三環栞凪。
部活動には所属せず、放課後になれば真っすぐと帰宅する。
だからといって塾に通っているわけでもなく、成績が優秀というわけでもない。至って普通の女子高生。
そう、ありたかった。
「だからって! 怒られるんだってばッ!!」
「そんな大きな声出すと余計にバレるよ?」
「うっ……」
新学期の始まる四月に転入してきた女生徒、蓮永幸羽によって変えられてしまった。
(つ、疲れた……)
普段から生徒の立ち入りが禁止されている屋上へと引っ張られ、本日急遽行われた学校案内の終着点となった。
一日を通して校内を歩き回ることは少なく、移動教室があっても一、二回程度。
にもかかわらず、放課後という短い時間を使って広い敷地内を連れ回された。
「それにしても広い学校だよねぇ~」
「フェンスに近づくと中等部の生徒にバレるよ」
「ん~? 大丈夫じゃない」
何を根拠にしているのか定かではなく、栞凪にとって二度目はご免。既に一度目、数時間前に怒られたばかりだ。
もしかしたら中庭にいる生徒が頭上をみたタイミングでもバレてしまいかねないが、注意したところで今さらだろう。
それでも栞凪だけはバレたくないと、屋上の出入り口前で座り込んでいた。
「ここはあれでしょ、よく授業で使う場所だ」
「ああ、実験室ね」
生徒達が通う本校舎。
それとは別の、教師と生徒が【第二校舎】と呼ぶ場所に訪れていた。
その一番に目に留まった、科学や物理の授業で使う実験室。
「ん、入れない」
開いていると思ったのか、幸羽は躊躇いなく扉の取っ手に指をかけた。
だが開くどころか、内側から金属質の音が聞こえてくる。
「まあ、授業以外の立ち入りは禁止だからね。薬品だったり、火気類もあるし」
「……それもそっか」
特に驚きがなかったようで、これ以上の興味を示さな――、
「え、このプレート間違ってない」
いということはなかった。
「……そう?」
強制的に行われた校内案内の牛歩ぶりに、栞凪は首を傾げた。
「え、だってそうじゃない。なんで同じ教室が二つあるの?」
幸羽が指差すプレートには【実験室B】と書かれている。
「こっちは主に中等部生が使うの。だから私たちはあっちの【実験室A】を授業で使う」
「ほぇ~生徒数が多いと大変だね」
「……そうかもね」
栞凪にとっては中等部から通い当たり前だったので、他校については知らない。
逆に幸羽にとっては違う。
「転校手続きの時には一回来たけど、ほとんど親に任せてたから説明聞いてなかったんだよねぇ~」
「そう……」
恥ずかしがる幸羽だったが、栞凪は何となくそんな気がしていた。
(達宮先生、転校初日に案内させてないんだ……)
現在、栞凪達は第二校舎に来たばかりで一階にいた。
これからまだ、上階の案内がある。
どこか重い気持ちにさせられながら、栞凪達は進んで行く。
次に辿り着いたのは、音楽の授業や吹奏楽部が使う音楽室だった。
ここも実験室と同様で二部屋あるが、片方からは金管や木管といった楽器の音が聞こえてくる。
「……なんか、オーケストラみたい」
「そうなの?」
多数のSNSで有名、もしくはドラマなどで耳にする流行りの音楽は知っている。
だが、本格的なオーケストラに関しては無知な栞凪。
そもそも、そういった機会に触れることが少ない。
(普通の女子高生がオーケストラ? どういう環境で育ってんだろう)
いくら防音対策をしていても窓が開いていたり、扉に近づけば音は漏れてくる。見学でもない栞凪達は邪魔をしない配慮も兼ねて耳だけを澄ませていた。
瞼を閉じて聞き入っている幸羽を横目に、栞凪はぼんやりと壁に寄りかかる。
「……何の曲だったのかな」
「知らないの?」
「……知ってる?」
何となく栞凪より詳しいと思っていたが、どうやらそうではなかった。
演奏が終わったタイミングで顔を上げた幸羽は、首が九十度に曲がりそうな程に傾げる。
「音楽の教科書にでも乗ってるんじゃない」
「あ~なんかありそう」
急に問われた栞凪も耳慣れない曲調で、咄嗟に適当なことを言ってしまう。
それで納得したのか、幸羽は音楽室を後に歩き出す。
(何の時間だったんだ……)
校内にいれば吹奏楽部の演奏はどこからでも聞こえる。
特に第二校舎に足を踏み入れるとそれが顕著で、幸羽の興味もそっちに向いていた。
それもあって1階から4階へと、2、3階を飛ばすことに。
そして今、階段を下って3階に辿り着いた。
「……え、何ここ」
上階に向かう時には気づかなかったのか、幸羽は廊下の光景を前に立ち尽くす。
「……何だろうね」
改めて問われる栞凪も、ただただ呆然としてしまう。
基本的には中等部の選択授業学科として、書道に美術、音楽がある。音楽はもちろんの事上階の音楽室で行われるが、その下階では書道と美術の授業室が存在した。
(……不思議な空間だよなぁ~)
中等部の頃から薄々と感じていた独創的な光景に、しみじみと周囲へと視線を向けてしまう。
広さ自体は、栞凪達が授業を受ける教室を広さは変わらない。用具をしまう専用の部屋もありながら、廊下には生徒達が書き、描いたモノで溢れかえっている。
そこはちょっとした展示会の装いで、一年を通して文化祭が行われていた。
「勉強だけじゃないだね」
「そうかもだけど、授業以外のもありそう……」
「それは……かなりの熱気だね」
微かに聞こえてくる部員たちの話し声に、奇声とまでは言わないが呻くような声音。ヒシヒシとだが、活動に勤しむ空気感が漂っていた。
「……何もない」
ゆっくりと廊下の展示物を眺めながら進み、栞凪達は2階へと移動した。
上階のインパクトが強すぎたのか、幸羽の口から洩れた言葉にはどこか残念さが感じられる。
「たぶんだけど、あの空間が特殊なだけ」
しっかりと清掃の行き届いた廊下にはモノ一つ置かれておらず、まるで普段から利用されていないと疑ってしまう程にさっぱりとしている。
元より【第二校舎】はそういう場所ではあるが、ここはさらに異質を放っていた。
中・高等部の年間を通しての授業数は少なく、部としても活用されない家庭科室。それでも40人という二クラスの生徒数が、同時に調理を行える広さがある。食材を切ったり、盛り付ける調理台も然り、火を使うコンロの数も多い。
それもあって授業よりも、文化祭の時期だけが戦場と化して賑わいをみせる。
「へぇ~楽しそうだね」
栞凪の説明を耳にしながら、幸羽は嬉々とした表情で笑ってみせた。
(あれが楽しい。……まあ、実際に体験してみないとわからない感覚だろうな)
あくまでかいつまんでの説明をしている栞凪もだが、人伝に聞いただけ。
特にみても面白みのないフロアを抜けて、栞凪は【第二校舎】の案内を済ませた。
「じゃ、次はあっちの建物」
「まだ行くの……」
案内を始めてから30分ほど経っていたが、まだ下校時刻ではない。
ただ栞凪にとって、校内を不必要に歩き回る行為が軽い運動にも近かった。
「歩き疲れないわけ?」
「……別に?」
「そう」
寮生ではない栞凪の登下校は電車通学。最寄り駅までの自宅と学校までの区間は徒歩だが、十分程度の距離しかない。
それもあって登校時間はいつもギリギリで、朝はゆっくりとしている。
朝晩と時間がありながらも、日々率先として運動なんかは行っていない。
もしそんな性格なら、部活動に所属していた方が建設的ともいるだろう。
体育の授業ですらも見学側にいたいくらいだ。
「疲れたなら休む?」
「……いい、大丈夫」
明らかな体力の違いを感じつつも、栞凪は首を横に振った。
それから幸羽の目に留まった、本校舎と第二校舎に隣接しながら一回り小さな建物へと向かう。
「……ここは?」
「文化部棟」
陽当りはそれほど良くなく、建てられて長い年月が経つのか古びた雰囲気が漂う。外壁を伝う植物の蔓、手入れの行き届かない頭上には蜘蛛の巣が張っている。
それでも利用する生徒がいるようで、辛うじて手入れは行き届いていた。
「どんな部活があるの?」
「……わかんない」
「……そんなことある?」
「だって、どの部活動にも参加してないもん」
幸羽は純粋に気になったから尋ねたはずが、栞凪がムスッとした表情を浮かべてしまう。
「せ、せめて代表的な部はないの?」
栞凪の雰囲気が変わったことに、幸羽は捲し立てるように話題を戻す。
「それもわかんないだよね。年に一度の生徒総会で部の報告は耳にするけど、噂だと非公式の部活があるとかないとかなんだよ」
「何それ、カッコいいじゃんッ」
これまでにないくらい、幸羽はキラッキラと瞳を輝かせる。
ただ逆に、栞凪としては不可解でしかなかった。
(どこに興味をそそられるポイントがあった?)
部活動に無縁というのもあったが、特に【文化部棟】は脚を踏み入れるどころか近づいたことがない。
時々ではあるが、授業で体育館に向かう移動中に出入りする生徒をみかける。
だから生徒が利用していいのだという認識でしかない。
「よし、入ってみよう」
「面倒ごとだけは勘弁してよ」
いくら栞凪が待ったをかけたところで、ここまで付き合ってしまっている。
せめてもと幸羽に注意を促すも、それすらも意味を成すのか定かじゃなかった。
(なんだかんだ、いろんな発見があったな)
そんなこんなで校内案内は下校時間ギリギリまで続き、何故か最後に屋上へと連れてこられた。
中等部から通い、高等部の建物に移動して1年が経つ。それでも積極的に散策しようどころか、気にも留めてこなかった。
こうして怒られる覚悟で、屋上にも足を踏み入れている。
「あ、下校時間だ」
「……そうみたいだね」
いつ振りかと思えるほどに、校内を流れる下校時刻を知らせるチャイムを聞く。
とはいえ、普段からよく耳にする音でしかない。
だが、今だけは少し違って聞こえた。
「なんか楽しかったな」
ボソッと、独り言のように呟く。
「……なんか言った?」
そのつもりだったが、幸羽が急に振り返ってきた。
距離も離れていて、チャイムもよく響いている。だから聞こえていないと思い込んでいたが、まさかの反応。
「何でもない!」
だから栞凪は、否定の意味を込めて声を張った。
何故か一人慌てている栞凪に、幸羽は不思議そうに小首を傾げる。それから栞凪の様子を気にせず、ゆっくりと歩み寄っていく。
「……ねぇ、三環さん。今日は本当にありがとね」
少しだけ言い淀むように、照れたようなはにかむ笑顔。
「え……ああ、うん……」
栞凪からすれば強引に連れ回され、お礼を言われるとは思ってもみなかった。
面食らってしまう栞凪を前に、幸羽は物言い辛そうに右頬を人差し指でかいた。
「それで何だけど、一つお願い聞いてもらっていいかな」
校内中に響いていたチャイムが止むも、遠くで反響しているのか耳奥か定かじゃない音が鳴り続ける。
それでも幸羽のお願いに、栞凪は無意識に身構えてしまう。
「アタシの友達になってくれない?」
「……はぁ?」
頭の中に疑問符が浮かび上がり、言葉の意味を理解してさらに増えていく。
幸羽にとっては勇気を振り絞ったのか、栞凪からの返事を待つ。
だが、その栞凪はフリーズしたように固まってしまった。
(……何がどうなって、どうなろうとしてる……)
休日を挟み、月曜日を迎えた。
これといって休日に家族や友人と出かける予定もなく、学校側からの課題をこなすのみ。それも終われば無料の動画サイトやSNSが流してくるおススメをダラダラと眺め、無情にも時間だけを浪費していく。
だからいつも通り月曜日の朝がやってきて、学校へと登校しないといけない。
「……わからない」
起床を報せるスマホのアラームを止め、栞凪は独り呟く。
ここ何日か考え続け、未だに言葉の意味を理解できずにいた。
いや、言葉のままに受け取るのであれば難しい事ではない。
ただそれでも、あの幸羽が何故友達になってくれないかとお願いしてきたのか。
転校初日からクラスメイトの注目を集め、今でもそれは変わらず中心にいる。誰とでも楽し気に喋り、ちょっとした弄りも笑いに変えて明るくしてしまう。
友人と呼べるクラスメイトが多い幸羽からの、改まるようなお願い。
高校2年生になっても笑ってしまう、小学校低学年のようなやり取り。
インターネットが普及し、様々な情報発信源が存在している。顔の知らないどこかの誰かと、簡単に繋がれる世の中だ。
そんな似たような感覚で、栞凪は毎年変わるクラスメイトとも関係を築いてきた。
幸羽のように面と向かってお願いしたことは、一度もないが……。
それもあって、何か裏があるのかと疑ってしまう。
「……学校行かないと」
気が重くて学校に行きたくなかろうと、ズル休みはしない。
もぞもぞとベッドの中を蠢き、自分自身に起きるよう促しながら過ごした。




