第1話:まるでドラマのような転校生
高校2年の春。
新たなる学期というのもあってか、入学や進級もあって環境が変わる。もしかしたら胸が躍るような出逢いに期待なんかも――。
(……Dクラスか。何人か見知った名前はあるな)
昇降口に貼られていたクラス分けを前に、三環栞凪はどこかぼんやりと眺めていた。
肩口まで伸びたセミロングの黒髪に、気が強そうな印象を与えるつり目。高校2年生だからと化粧のようなモノはせず、精々が洗顔後の美容液やリップクリームくらい。乾燥の時期にはハンドクリームを欠かさず、着飾った雰囲気は一切感じられない。
実際、周りにいる生徒達も栞凪と似た反応。
各学年を色で示すブレザー、栞凪は高校1年の頃から藍色と指定されていた。1つ上の3年生は臙脂色で、今年から入学という体で進級してきた1年生は深緑色。それはスラックスやスカートといった物にまで反映され、人目で学年の識別ができる使用となっていた。
それもこれも中学から高校とエスカレーター式で、同じ敷地内というもあるから。
それ故に体育祭や文化祭といった行事は共同で行われ、自然と上下の繋がりが生まれやすい。
それもあって辛うじて交流はありつつも、進学校という環境が空気をピリつかせる。
それが高校2年生ともなれば、自然と意識する生徒も増えていく。
ちなみに中学は学ランにセーラー服。学年とクラスを胸元の校章で表している。
まるで作業のようにクラスの確認を済ませていく生徒達の流れに身を任せ、栞凪も教室へと足を向けた。
(……進学か)
中には同じクラスになれて喜び合う生徒もチラホラと見受けられたが、気にすることなく目の前を通り過ぎていく。
教室に着けば、自然と黒板に視線が向いた。
玄関先のクラス分けとは違い、自身の座席が記された表。いつも通り、苗字の五十音順に生徒の名前が並んでいる。
栞凪の名前は、廊下に一番近い列の真ん中にあった。
中・高と新学期となればほぼ定位置で、変わり映えしないクラスの光景。
席に向かう道すがら、1年の時に同じだった生徒に挨拶を交わす。とはいえ数人程度しかおらず、ほとんどは名前すら知らない。
ひと学年で全10クラスもあれば、ほぼ初対面の生徒がいて当たり前だろう。
この少子高齢化が加速していく現代社会、あまりにも生徒数が多いマンモス校。実際には大人たちの事情もありやむを得ず廃校、それもあって他校から生徒が流れてくる。
だから割合としては近隣に住まう生徒が少なく、日本政府と学校が運営管理する寮から通う生徒の方が多かった。
その前者である栞凪は、どこか共同生活から培った連帯感のある生徒達をただ眺める。
ただいつまでもそうしていると不審がられるので、鞄にしまっている教材を机の中に押し込んでいく。
新学期という節目もあって、形式的な全校集会が広すぎる体育館で行われる。
それが終われば、自クラスに戻ってHRも兼ねた生徒達の自己紹介。他には各教科、学校の委員を決めていく。
そこで生じる、クラス委員が決まらない事案。
「え~ここで、転入生の紹介をする」
そんな通例を遮るように、教壇に立つ男性教師が待ったをかけた。
達宮昴。明るい茶色の短髪で、健康的に焼けた地肌。まるで大学生がそのまま教壇に立っているかのような、新米に近い教師。
ハキハキとした物言いは聞き取りやすく、声が大きいのは元運動部だったからだろう。
昴の発言にざわつくクラスメイト達。
(……こんな時期に?)
それは栞凪も同様で、自然と教室内に視線を向けてしまう。
中には、それを予想していたと平静さを保つ生徒もいた。
教室の真ん中列の一番後ろ。不自然に一人分の席が空いている。ただの遅刻かと思いきや、まさかの転入生。
「入ってくれ」
かけられた言葉に、教室中の視線が前にある出入り口に注がれる。
扉がゆっくりとスライドされると、男子生徒達はガッツポーズをした。それをみて女生徒たちは辟易するも、視線はその転入生を追っている。
(……なんか、浮いた存在だな)
教壇にいる昴の隣に立った転入生に対して、栞凪はそんな感想を抱いた。
「自己紹介をしてくれ」
「はい」
促されるように元気よく返事をした転入生に、クラスメイト達は耳を傾ける。
「蓮永幸羽です。親の仕事関係で地方の学校から来ました。正直今、自分が進学校にいる事に驚きと生徒数にビビってます。食べ物に関して好き嫌いはなくて、あとは~右も左もわからないので仲良くしてくれると嬉しいです」
チョークを手にして昴が、黒板に幸羽の名前を書いていく。
書き終えたタイミングで幸羽の自己紹介も済み、軽く一礼をした。
どこか人工的な色合いをした短い黒髪、勝ち気な目つき。だからといって高圧的ではなく、親しみやすさを兼ね備えている。
急な転入だったからなのか、制服は冬仕様のセーラー服のまま。
屈託のない笑みをクラスメイト達に向ける幸羽に、チラホラと拍手が鳴りだす。
それに満足したのか、わかりやすく幸羽の表情が晴れやかになっていく。
「それじゃあ、蓮永さん。あそこの席を使ってくれ」
「はい」
壇上に立っていればすぐに見分けがついたのだろう。
幸羽の足取りには迷いがなく、通り過ぎるクラスメイト達に小さく手を振り、声量を控えめに「よろしく」と声までかけていた。
(……大丈夫か?)
そんな漠然とした疑問が、栞凪の脳内に浮かんだ。
だがそれも杞憂となり、HRが終わると同時に幸羽の周りにクラスメイト達が集まっていく。
その輪に飛び込む栞凪ではなく、むしろ嫌でもクラスメイト達の質問が耳に入ってくる。
「ねえねえ、地方ってどこから?」
「前の学校はどうだった」
「その制服って前の?」
「前の学校に彼氏っている?」
「蓮永って珍しいねよ」
「もしくは今、彼氏っている?」
「わかんないことあったら何でも聞いてね」
「休日は何して過ごしてますか!」
「ちょっと男子、どさくさに紛れてこないでよ」
転校生という珍しさからか、声音もどこかはしゃいだように高らかだ。
あまりの怒涛な質問攻めに対して――、
「先生、助けて!」
幸羽は、前の出入り口から教室を後にしようとする昴を呼び止めた。
(そうきたか……)
まさかの矛先に、クラスメイト達の視線が昴に刺さる。
それを無視できるわけでもなく、昴は静まり返る教室内でわざとらしく咳払いをした。
「そんなに焦らなくても時間はたっぷりあるんだ、少しずつ仲良くなっていけばいいだろ。それと、騒ぎ過ぎだ」
呆れた様子を隠すことなく告げると、クラスメイト達は大人しく間延びした返事をした。
そんな素直さに、昴も後ろ髪をかきながら教室を後にしていく。
どこか白けた感が漂う中、教室の扉が閉められると無言での探り合いが始まった。男子に限っては肩で煽り合い、女子は席に戻ろうとしていく。
「とりあえず、これで一人ずつ話せるかな?」
当の幸羽は、ほっと一安心した表情を浮かべてみせた。
それから席を立ち、集まる視線の中で近くにいた女生徒と向かい合う。
「それで、何か訊きたいことある?」
「え、私?」
急にふられた事に戸惑うも、幸羽は怪訝そうに眉根を寄せた。
「……そうだけど。なさそうなら次に行くよ」
その申し出に女生徒はパスして、幸羽は次に遠くで眺めていた男子生徒を指名した。
(……この流れは)
何となく幸羽の行動に察しがつき、脳をフル回転させる。栞凪と同じ思考に至った一部のクラスメイト達も、考え込むように表情を俯かせていく。
次々と指名もとい、自己紹介も兼ねた個人のやり取りが行われていった。
だが時間は足らず、次の授業を報せる予鈴が鳴ってしまう。
「あ~間に合わなかった」
残念そうにする幸羽に対して、クラスメイト達は目を丸くさせた。
「次に休み時間もしようと思うけど、どうかな?」
そんな幸羽からの申し出に、クラスメイト達は目配せし合う。
「蓮永さんって、面白いね」
誰かがそんな事を呟いた。
それが波紋となって広がり、教室内に笑いが起きていく。
「え、え~そんなことは……」
今度は幸羽が動揺する番で、クラスメイト達が口々に感想を述べていく。
「あそこで達宮先生に助けとか」
「誰がどの質問したっけ?」
「よし、今度こそ彼氏がいるか」
「てかあの流れ、全員に当てるつもりだったでしょ」
「これは、アピールのチャンス」
終始和やかな空気が漂い始める中――、
「……何があった?」
事情を知らない昴が教室に姿をみせた。
だからといって険悪な空気ではないことに触れず、粛々と各教科と学校の委員を決める旨を伝えて始まった。
「じゃ、クラス委員をやりたい生徒」
ただそれが和やかな空気を白けさせ、やはりクラス委員を決めるのに難航を示したのだった。
それもあってしばらくは担任である昴が進行をしていく。クラス委員以外はすぐに決まっていき、チラホラと挙手していくクラスメイト達。栞凪も楽そうな委員に立候補したが、定員オーバーのためじゃんけんで決める流れに。
それのどれにも負け、今日という運の無さに嘆くしかなかった。
(……これは、アレだ)
最終的に残されたのは、クラス委員という役職のみ。
嘆息気に肩を落とした昴は、もう一度クラス全体に呼びかける。
「え~クラス委員に立候補する生徒はいないか」
その一言に、一瞬で教室内は静まり返る。
既に決まったクラスメイト達は悠々とした態度をとり、その他は視線を合わせまいと顔を俯かせた。
例にもれず、栞凪も視線を逸らすのに精いっぱい。
「ねぇ、クラス委員ってそんなに大変なの?」
そんな空気を読まない幸羽の質問を投げられ、隣に座る女生徒は露骨に表情を曇らせた。
明らかに委員が決まっていないため、下手に説明しようものなら仕事に対して理解があると思われる。
(……怖っ)
無知という恐ろしさに、栞凪は内心で恐々とさせられる。
「あ~蓮永さん。クラス委員っていうのはこのクラスをまとめる仕事だ」
「まとめる?」
不思議そうにする幸羽は、真剣に昴の言葉に耳を傾ける。
「やる事といえば毎時間の黒板消し、学校側からのお知らせをクラスメイト達に配る、逆に学校側に提出するプリントの回収なんか。他にもあるが、クラスとしては大事な役割なんだ」
昴なりに思いつく限りの例を挙げていった。
「へぇ~大変そうですね」
それを幸羽は、まるで他人事のように受け答える。
転校生という立場上、本当に怖いモノみたさで踏み込んだ質問だったんだろう。まだ委員が決まっていないクラスメイト達からのヘイトを集めながらも、幸羽は手をあげる。
「そのクラス委員っていうのはできないですけど、お手伝いはさせてください」
幸羽からの申し出に、誰もが驚きで視線を向けた。
「定員が二人みたいですけど、休んじゃったら大変ですよね? だったらクラスの一員として手伝います」
「それは……非常に助かる」
驚きを隠せない、昴の実直な感想。
様子からして、これまでこういった申し出はなかったのだろう。
(……あの転校生、何者?)
実際に栞凪も、そんな発言をするクラスメイトをみたことがなかった。そこは共通認識らしく、どのクラスでもなかった事例のようだ。
ただそうすることで、役ではない立場を与えられることになる。
「と、こう申し出ている蓮永さんも含めて、クラス委員をやりたい生徒はいないか」
この流れを利用したのだろうが、昴の目論見は呆気なく打ち砕かれてしまった。
「しかたない……」
残念そうに肩を落とした昴は、1つの強硬手段に取るしかなかった。
さすがに授業の終わりも迫っている、だからまだ委員が決まっていないクラスメイト達でのジャンケン大会。
本来であれば負けた2人にするところを、勝ち残ったクラスメイトするルールに。
(まあ、これなら……)
ここまでほぼ負け続けている栞凪。渋々と立ち上がり、教室中央を向くように身体を横にする。
それから昴のかけ声と同時に合わせて、クラス委員という役割が決められた。
普段であれば粛々とこなされていく授業だったが、転入生という幸羽の存在が強かったのだろう。
その一因は、各授業の合間に行われた一対一の一問一答会。限られた短い時間というのもあって速さが求められる。
とはいえ、その辺を理解していないクラスメイト達ではなかった。
各人が短い、もしくは回答に困りそうな質問ばかり――。
「前の学校ってどんな感じだった?」
「え~普通だったと思うよ。二年から進学と就職でクラス分けがあったくらいかな」
思い返すように小首を傾げ。
「好きな食べ物は?」
「強いてあげるなら、期間限定のコンビニパン」
今はホイップクリーム入りのコロネがあるらしい。
「この時期の転校って、親の関係?」
「あ~そうそう。よく言う転勤族ってヤツ」
包み隠すことのない個人的な家庭情報。
「異性の好みは!」
「ガッツかない人?」
自身も意識したことがないのか、顎に手を当てて考える素振り。
にもかからわらず、幸羽はスラスラと受け答えしていく。
中には質問が被ってしまう、元から興味がないのかパスするクラスメイトもいた。お陰で質問する順番の回りも早くて目まぐるしい。
栞凪自身も考えたが、生憎と質問が他と被ってしまった。
内容は――、
『朝はご飯かパンのどちらか』
答えとして――、
『パンかな。食べないとお母さんがうるさくて、けど、朝って眠いじゃん。ギリギリまで寝てるとゆっくりご飯食べられないだよねぇ~』
たった一言で済む返答に、しっかりとした理由付き。
一部クラスメイト達のパン派からの好意を抱かれながらも、理由にはどうも賛同を得られない空気だった。
どことなく、幸羽という存在がより深堀されていく。
それがお昼休みともなれば、こぞって昼食のお誘いが止まない。
だから幸羽は参加したいクラスメイト達を全員、案内されるように学食へと導かれていった。
その光景がどことない大名行列。
それを栞凪はお弁当組として教室に残り、ただ見送った。
そしてお昼休みが終わる頃には、他クラスに転校生という存在が知れ渡った一因になったのだろう。
どれだけの生徒達が、真新しい刺激を求めているのか。
高校の2年ともなればクラスという枠を超えたグループ分けが済み、教室内でも自然と派閥というものが出来上がる。
だからその見定めも兼ねた、視察的なモノなのだろう。
午後からは授業の合間ともなれば他クラスの生徒達が廊下から、幸羽の様子をそれとなく窺っているだろうが、露骨すぎるくらいの往来。
限られた学校という、小さな社会の枠組み。
そうでなくても普及し、広がり続ける情報化社会。ちょっとした発信があっという間に広がり、気づけば収拾がつかなくなってしまうことも……。
「ねぇ、蓮永さん。放課後ってヒマ?」
「暇ではあるけど、ちょっとだけ職員室に用事があるんだ」
いくら進学校とはいえ新学期、建前上の授業だがオリエンテーションのようなばかり。サラリと一学期を通して教科の進行説明や、中には容赦なく授業を進めていく教師とさまざま。
それも終われば、誰にでも訪れる放課後という時間。
女子を中心とした数人にクラスメイト達に声をかけられた幸羽だったが、どこか申し訳なさそうにする。
だが――、
「……そうなの?」
声をかけたクラスメイトの一人が不思議そうに首を傾げ、連れ添っていた他も同じ反応を示していく。
中等部からの入学手続きは親が主導で行い、転校ともなれば無縁に近い。
「けど大丈夫、待つからさ。歓迎会的なことやらない?」
どうしようかと目配せし合うと、クラスメイト達は嫌な顔一つしなかった。
むしろ待つ間、どこへ行こうかと会話を弾ませる。
それを待っていましたかと、会話を聞いていた特に男子達が参加を示していく。
その輪に混じりたそうにする幸羽だったが、後ろ髪を引かれる思いで職員室へと向かって行った。
(……?)
同じように帰り支度をしていた栞凪は、幸羽の様子にどこか違和感を抱いた。
だからといって今日からクラスメイトとして学んでいく。いくら一問一答会が行われたからといって、幸羽という存在を全て知れたわけじゃない。
何よりも栞凪自身、幸羽に関して興味を抱いていなかった。
「帰ろ」
幸羽の歓迎会に誘われることもなく、栞凪は真っすぐと帰路に就いた。




