そして猫は語りだす
それは、ある小さな研究所から始まった。
世界初の動物言語変換AI装置『トーキー』が完成したのだ。
開発チームの発表によれば、このAIは脳波と声帯の信号をリアルタイムで解析し、
人間の言葉に変換するという。
実験対象は、最も身近で、最もミステリアスな動物。
——猫である。
最初の会見で、AI装置を装着された黒猫が壇上に上げられた。
学者たちが緊張の面持ちで見守る中、猫は一度あくびをして、
そのままこう言った。
「おなか、すいた」
会場は騒然となった。
だが猫はそれっきり、背を向けて毛づくろいを始めただけだった。
この映像が公開されるや否や、世界中で“猫トーキー”の需要が爆発した。
メーカーは量産を開始し、一般家庭にも普及。
世界中の愛猫家達は、我が子との対話に胸を躍らせていた。
* * *
「ご飯まだ?」
「今日は魚がいい」
「その服、毛がつくから座らないでくれる?」
最初こそ人々は笑い、喜び、SNSは猫達の発言の動画で埋め尽くされた。
——だが、やがて状況は変わった。
ある日、飼い主が甘く囁いた。
「かわいいねぇ、愛してるよ」
すると猫は、無表情のまま言った。
「知ってる。あんたは番もいなくて寂しいんだね」
ニュース番組に出演したご意見番の有名猫は、カメラの前でこう語った。
「人間ってのは面白いね。だぁれも本当の事は言わない。それでいて本当のことを言えば烈火の如く怒る。生き辛い生き物だよ」
評論家は「自由気ままな猫ちゃんだから仕方ない」と笑い、世間はその言葉を名言として拡散した。
やがて猫達は、ますます雄弁になった。
飼い主の悪口、近所の噂、政治家への風刺。
テレビもSNSも、猫達の発言で溢れかえった。
「猫は真実を語る」と人々は言った。
だが、次第に気付き始めた。……気付いてしまった。
本当の事を聞くのは、あまりにも不快だということに。
トーキーを開発したG博士は、深夜のインタビューで語った。
「猫が喋るようになって、我々が最終的に得たのは恐怖だった」




