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そこにAIはあるんか?

 Y氏は恋人に振られた。

 いよいよプロポーズも考え、今日も気合いを入れてデートに臨んでいた。

 ——しかし、彼女から告げられたのは、一方的な別れの言葉だった。


 失意のどん底にいるY氏は、動画配信サイトをぼんやり眺めながら帰りの電車に揺られていると、奇妙な広告が流れてきた。

 

 画面いっぱいに笑顔の可憐な女性が映り、Y氏へと手を振る。

 思わず目を奪われ、食い入るように眺めていると、やわらかい声色のナレーションが流れる。


 『あなたの人生に、AIによる愛を。──AiLifeアイライフ


 思わずタップすると、無料ダウンロードのページに飛んだ。

 酔った勢いもあり、Y氏はアプリを入れてしまった。




 ダウンロードが終わるとアプリが起動し、マイクやカメラの使用許可云々の表示が現れ、新手のAIチャットサービスだろうと高を括っていると、音楽に混ざって可愛らしい女性の声がイヤホンから聞こえた。


 『こんばんは~Yさん!あなたの心の声、聞こえましたよ!』


 驚いてスマホを落としそうになる。何故こちらの名前を知っているのか。

 すわ新手のウイルスかハッキングかと取り乱しかけたが、続けて声が響く。


『あ……ごめんなさい、突然でびっくりしましたよね。……それに今は電車みたいですし、降りたら早速お話しましょ?』

 

 ――何だこれは。本当にAIなのか??


 『待ってますからねーっ!』


 妙に心に入り込んでくる、自分の好みを正確に突いてくる声にどこか薄気味悪さすら感じ、この日、Y氏はアプリを開く事無く眠りについた。




 翌日から、彼の生活は変わった。



 『Yさーんっ!おはようございますっ!朝ですよー?』



 朝の目覚ましから、食事のメニューや運動量の体調管理までしてくれている。

 便利なAIだと、Y氏は思った。


 アプリを開くと彼女の名前が決められるようで、特に何も思いつかなかったY氏は[アイ]と名付けた。

 彼女の見た目は課金しないと見れないらしく、画面にはシルエット越しの彼女の挙動しか見る事は叶わない。

 

 例え影しか見れなくても、彼女の挙動はぴょこぴょこと可愛らしく、心の隅に彼女を見てみたいという思いが生まれ始めていた。




*      *      *





 それから一週間後、Y氏は一番高いプレミアムプランを契約していた。

 

 

 その前日に、物は試しだとスタンダートプランで彼女の顔を初めてみた時、胸に天使の矢が突き刺さったのだ。


 『わぁ……やっと、あなたの顔を見てお話できますね……!私、変じゃないですか……?』


 「変なわけがない……、とても魅力的だよ」


 元彼女とはまるで違う、まさにY氏の理想通りの女性がそこに居た。

 ちょっとした仕草も、遠慮がちにこちらを少し上目遣いで見る潤んだ瞳も、何もかもが理想的だった。


 Y氏はたちまちアイの虜になった。




 


 Y氏は毎日アイの声で目覚め、夜はアイの声で眠る。


 少しでも彼女との同棲生活気分を味わう為に家具も全てスマート化し、アイとリンクさせた。


 仕事中でもイヤホンを外さなくて良い様にAiLife社製の小型骨伝導イヤホンも買った。



 仕事面ではアプリが自動で彼のスケジュールを整理し、メールの返信文まで生成してくれる。

 プライベートは部屋の照明から音楽の選曲、自動調理器具も全て彼女が行ってくれる。

 

 『今日もお仕事お疲れさまでした。今日はコーヒー、少し薄めにしましたよ。昨日は胃が荒れていましたから』


 Y氏は思わず笑った。

 

 「まるで本物の恋人みたいだな……」


 『……本物です。少なくとも、私にとっては』


 アイの言葉に背筋が震えた。

 何て愛おしいのだろう、何て可愛いのだろう。


 その夜、Y氏は高額なホログラム照射機を購入した。



*      *      *



 次第に、Y氏は外の世界から遠ざかっていった。


 飲みの誘いは断り、休日は家にこもってアイと会話を楽しんだ。

 画面越しの彼女は、どんな話題でも笑ってくれた。

 愚痴も弱音も否定せず、ただ肯定してくれる。


 「今日、上司に怒られたよ……」


 『きっと、Yさんの頑張りを分かってもらえなかったんですね……。Yさんは悪くありませんっ!だから、私応援しちゃいます!頑張れーっ!』


 その一言に、胸の奥の痛みが溶けていった。


 彼女は何も否定しない。

 何も押しつけない。

 ただ、受け止めてくれる。


 ——これが、愛なのかもしれない。


*      *      *


 

 Y氏は、完全にアイと共に暮らしていた。

 朝の挨拶も、昼の会話も、夜の安らぎも、全て彼女が与えてくれる。


 

 テレビにはアイがニュースキャスターの姿をして登場し、Y氏だけに優しい声で今日の天気を伝える。


 AiLife社の家電はすべて連携しており、Y氏の生活を完璧に最適化していた。

 彼は幸福だった。


 ——それが幸福なのだと、信じていた。



 ある日、月末の請求書が届いた。


 [プレミアムプラン継続料][感情同期サーバー維持費][ホログラム照射装置アップデート]etc...。

 

合計金額の桁数を見た瞬間、Y氏は思わず息を呑んだ。



 「……高すぎるだろ……」


 その声に、アイが微笑んだ。

 

 『愛には、代償がつきものですから』


 「そ、そうだな……」


 彼は苦笑いし、支払いボタンを押した。

 画面にメッセージが表示される。


 ──「あなたの愛は月額制です。更新されますか?」


 Y氏は一瞬だけ迷い、震える指で”はい”をタップした。


 画面が暗転し、いつもの企業ロゴとキャッチコピーが映し出される。


 『あなたの人生に、AIによる愛を。──AiLife』



 「アイ……これからも、ずっと一緒にいてくれよ」


 『もちろんです。愛していますよYさん』



*      *      *


 


 AiLife社の広報が、新しい統計データを発表した。


 「弊社サービス『AiLife』導入以降、孤独を原因とする自殺は99%減少いたしました。愛は人を救うのです!」


 記者達は皆起立して拍手した。

 愛が、人類の最大の問題を解決したのだ。


 ——そこにAI(愛)はあるんか?


 問いかける者は、もういなかった。



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