じゆう帳
ある朝、目を覚ますと、F少年の枕元に一冊のノートが置かれていた。
それは新品の学習帳だった。表紙には、どこか懐かしい配色とフォントで、こう書かれていた。
──《じゆう帳》
中を開くと、最初のページに一行だけ綺麗な文字でこう記されていた。
『願いを書けば叶います』
いたずらかとも思ったが、F少年は半信半疑で、こう書いた。
『隣のクラスのSさんと仲良くなれますように』
翌日、Sさんのほうから話しかけてきた。まるで昨日から仲の良い友人であったかのように。
少年は驚き、喜んだ。そして同時にじゆう帳の力を確信した。
それからF少年は、いくつもの願いを書いた。
『学校のテストでいい点が取れますように』
『いじめっ子が引っ越しますように』
全て、何でも叶った。
「これは魔法のじゆう帳だ!」
F少年はどんどん願いを書いた。自分の欲望を満たすために。
だが、ある晩のこと。
F少年は、久し振りに母親に怒鳴られた。
「もうゲームばかりして! 勉強しなさい!」
涙目になりながらF少年はノートを開き、震える手で書いた。
『みんな、死んでしまえ』
──その瞬間、世界は沈黙に満たされた。
風は止み、鳥は墜ち、時計の針すら動きを忘れた。
ノートに覆い被さるように、突っ伏した少年の手からえんぴつが静かに落ちた。
開かれたままのノートのページには、いつの間にか文字が浮かび上がっていた。
『おめでとう。これで本当に、じゆうになれましたね』




