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素晴らしきかなこの人生

 B氏の人生は、誰もが羨むような、煌びやかなものであった。


 名門大学を首席で卒業し、超一流企業の役員からラブコールを受けて入社。

 持ち前の誠実さと柔軟な頭脳で出世街道を駆け上がり、まだ三十代にもならぬうちに重役候補として名が挙がるようになった。


 私生活でも恵まれていた。美しく聡明な女性と恋に落ち、やがて結婚。

 生まれた二人の子供も健康そのもの。休日には家族で遊園地や海へ出かけ、笑い声の絶えない日々を送っていた。


 誰もが口を揃えて言った。「B氏は幸せ者だ」と。


 B氏自身も、それを否定しなかった。

 何をしても満たされ、思い描いたとおりに物事が運ぶ。

 人生において、これ以上を望むことなどない。願ってしまったらバチが当たってしまうと冗談交じりに友人に語っていた。




 だが、ある夜——B氏は奇妙な悪夢を見た。


 暗い部屋。モニターの明かりだけが煌々と輝き、誰かが自分を見下ろすように取り囲んでいる。

 天井からは管が何本も垂れ、ゴボリと音を立てて眠る自分へ何かを注いでいる。

 ピクリとも動かない身体。息苦しさ。




──ぱちり、と目が覚めた。


 気付けば、朝の光が窓辺に差し込んでいる。

 隣には、やわらかな寝息を立てる妻の姿。

 リビングからは早起きな子供達の笑い声が聞こえてくる。


 

 夢の内容など、すぐに忘れた。




*      *      *





 それからもB氏の生活は完璧だった。

 仕事は順調、家庭は円満、健康診断はいつもA判定。

 部下にも慕われ、妻からも愛され、子供達から尊敬されている。


 だが、時折──ほんの数秒、悪夢の光景が脳裏にちらつく。


 冷たい金属の感触。

 動かせない指。

 何かを注ぎ込まれる音。



「お父さん、どうしたの?」


娘の声に、B氏は微笑んだ。


「いや、なんでもないよ。お父さん、今とっても幸せなんだ」




*     *      *




 その後も、B氏は順調に人生を重ねた。

 子供達は成長し、自立し、結婚し、孫ができた。

 定年後は妻と世界各地を旅し、老後も仲睦まじく暮らした。


「嗚呼……素晴らしきかな、我が人生よ」


 最期のときは、家族に囲まれ、感謝と愛を口にして息を引き取った。


 それは──誰もが羨む、完璧で幸福な一生だった。




*     *     *





 現実のB氏は、無機質なベッドに横たわっていた。

 頭部には脳波インターフェース、四肢には細かな電極。

 目を閉じたまま、まるで眠るように彼はそこにいた。


 その表情は──どこまでも穏やかで、幸福に満ちていた。


 


「覚醒反応なし。このまま続けて四週目の仮想人生を開始。脳波は安定しています」


 白衣を着た技師が端末を覗き込みながら言う。


「ずいぶん長いな。いつからだ?この被験者は?」


「十五年前。幸福指数測定で基準値未達と判定されて、ここに送られたらしい」


「……あぁ、不適応者処理法の世代か」


「そう。社会不安要素を除去し、全員を幸福に導く。──幸福管理法の最初の実験体だよ」


 もう一人の男が苦笑した。


「笑うしかないな。反体制派だった男が、いまじゃ幸福度100%の模範市民だ」


「なあに、本人が幸せならそれでいいさ。

 この国じゃ幸せでいられないことが、いちばんの罪だからな」


 二人は書類にサインをし、次のベッドへ向かった。

 そこにも、同じように微笑む男女が何十人も並んでいる。

 皆、穏やかな寝顔で、幸福な夢の中にいた。


 


 中央のモニターには、巨大な数字が浮かんでいる。


 「国民幸福度:99.998%」


 無音の部屋で、B氏は変わらぬ微笑みを浮かべていた。


 


 ──素晴らしきかな、この人生。

 たとえそれが、幸福を強制された牢獄でも。

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