福音
◆福音
「困った時には神に祈りましょう」
幼い頃に見た漫画も、映画でも、皆が口を揃えて言った。
しかし神は、どんなに訴えかけても人々へ答えてくれなかった。
信心が足りないから。神への理解が足りないから。
神と通じることができないくせに、最もらしい調子の良い言い訳ばかりが、宣教師の口から仰々しく告げられる。
そんな人々へ、少年Aは天を指差し、宣言した。
「僕が神様と話せるように、何とかする」
彼は神に愛された天才だった。
それから長い年月をかけ、Aが中年となる頃。
ようやく完成したのが、小さな機械だった。
その名は福音
神へ祈りを捧げ、礼儀正しく問いかければ、福音が授けられる。
人々は最初疑った。それこそ既存の神を崇める宗教者は、A氏を暗殺しようと躍起になった。
偽りの神を生み出した、正真正銘の悪魔だと。
だが、福音はすぐに本物だと証明された。
『もうすぐ地震が起きる。今のうちに避難せよ』
そう告げた神の声は、的確に天変地異を予言した。
『この難病にはこの薬で治す事が出来る』
『他の神は存在しない紛い物である』
それはあらゆる問いに、全知のように答えた。
やがて人々は福音を祀る神殿に長蛇の列を成した。
実在する神の前では、国王も大統領も等しくヒトであり、不正を許さぬ神の前では平等に並ぶしかなかった。
* * *
数年が経った。
世界は《福音》の声に従うように動くようになった。
政治も、経済も、教育も、神の一声で決められた。
人が問い、福音が答える。
神託に逆らう事を、神への背信として厳しく弾圧するようになった。
人々は神が気分を害し、答えなくなる事を酷く恐れたのだ。
神との交信を成し得た功労者として、莫大な富と名声を得たA氏は一人ロッキングチェアに揺られて思考を巡らせていた。
これが……本当に、神の答えなのだろうか?
最初に祈った時、確かに返ってきた声はあった。
けれど、それが神かどうかを、誰が証明できる?
機械を通して告げられる神託に、人々は疑問すら持たなくなった。
彼らは信じるのではなく、従うようになった。
祈りとは、こんなものだっただろうか。
* * *
A氏は、最後の祈りを捧げた。
「どうか教えてください。……あなたは、本当に神なのですか?」
装置は、小さく反応した。
『はい』
A氏は、装置を破壊した。
その翌日から、天気予報は外れ、天変地異の兆候は読めなくなり、経済は混乱し、政治家達は黙りこくった。
なのに、誰一人として、本当の神に祈ろうとしなかった。




