車輪と無限軌道
それらは同じ工場で生まれた。
同じ鉱山から掘り出された鉱石を使い、
先に機関車が生み出された。
その後に、小さな車が作られた。
機関車は、完成したその日から、多くの人々に祝福されていた。
真っ直ぐな真新しい鉄のレールが用意され、潤沢な石炭を注がれた。
決められた時刻、決められた場所へ。
多くの手が加えられ、より早く走ることを期待された。
T型と呼ばれる機関車は、他の機関車と競争するように走る事が増えた。
施される改良と手厚いメンテナンス。
T型は運転手と車掌の期待に応えるかのように、メキメキとその性能を伸ばしていった。
「T型は優秀な機体だ、きっとどの機体よりも先を行けるだろう」
T型は他の機関車との試験走行を繰り返す度、満点近い成績を残した。
いつしか、T型は自分が優れた存在なのだと自信を持ち、その才能を信じて疑わぬようになった。
やがて時代は進み、機関車は電車になり、各駅電車は急行電車になり、特急電車になり、いつしか新幹線へと姿を変えていった。
T型は姿形は変わり行けど、己が持つポテンシャルは留まる事を知らず、次々に他の電車を抜き去っていった。
レールはさらに整えられ、長く長く伸びていき、進むべき方向は常に示されていた。
T型はとにかく優秀であった。
誰よりも早く目的地へ着き、多くの使命を果たし、多くの賞賛を集めた。
常に先頭を行き、時にすれ違う地を這うような鈍行列車を下に見ていた。
それが許されてしまう程に、T型は優秀だったのだ。
* * *
一方、小さな車――H型は、優秀なT型とは違い、平凡であった。
最初に与えられたのは、綺麗に舗装された道と、質の良いガソリンだった。
誰かが決めた安全な道を進み、T型と同じように改良とメンテナンスを施された。
――T型と同じように、優秀な機体になるように願いを籠められて。
しかし、その車は指定された道を外れるようになった。
真っすぐ舗装された道を、敢えて蛇行して走行してみせたり、他の車両へ体当たりを仕掛けてパーツをボロボロにして車庫に戻る事もあった。
ハンドルを握れど、言う事を聞かないじゃじゃ馬。
同時期の素直なT型と同じ改良とメンテナンスを施しているのに、何故か性能に雲泥の差がある。
他車との競争も、ビリではないが後ろから数える成績。
トラブルもよく起こし、他社へと謝罪に赴く事もしばしばあったのだ。
いつしかレース中に多くの他車から体当たりを食らい、そのボディもエンジンも壊れかけた時もあった。
そこでH型は装甲を厚くし、足回りを強化し、気持ちばかりの主砲を持つ、戦車へと変貌を遂げたのだ。
戦車は遅かった。
スポーティな車が、整備された道をまっすぐ早く走り抜けていく横を、右に左に蛇行し遠回りばかりで、誰にも褒められなかった。
求められていたのは、他と同じスピードと信用。
よくエンストを起こし、捻くれているのか道を外れて走る姿には、嘲笑すら向けられた。
だが、戦車は進み続けた。
道がなくても、道なき道を踏み越えて進んだ。
砲弾を撃たれても、装甲で弾き返し、進み続けた。
時々橋から落ちそうになるも、多くの人の手によって引き上げられ、途中でスクラップになる事は避けられた。
辿り着いた分かれ道。
H型は、他の車が進む大通りは選ばず、荒れた険しい誰も通らぬ道を自ら選び、進んだ。
オーナーは首を傾げた。
何故H型はここまでピーキーなのかと。
H型は寡黙であるが、自身を理解していた。
己は不器用なのだと。
* * *
ある時、T型は立ち止まっていた。
レールが、終わっていたのだ。
T型は困惑し、次のレールを探していた。
これまでレールにはいくつかルートを変えるポイントが存在していた。
走行する新幹線には、それを動かす事は出来ない。
誰かに決められたポイントを通過し、誰よりも早く目的地へと到達する事しかしてこなかったのだ。
もし万が一、ポイント切り替えが間違っていたら、その道を示した人間に全ての責任を求める。
当然の権利なのだ。
何故なら自分は新幹線。
決められたルートを最速で駆け抜けるのが、自分が最も得意とする事なのだ。
己の判断でレール無き道を進もうとするも、その全ては行き止まり。
T型は迷走していたのだ。
程なくして、レールは敷かれた。
T型はそのレールを通り、最速で駆け抜けた。
T型は、とにかく優れているのだ。
すぐに後続を引き離し、先頭に立つ。
称賛や名声、自信は後から押し寄せて来る。
T型は、いよいよ上位集団でも頂点にたったのだ。
* * *
一方で、H型は相変わらず道なき道を進んでいた。
オーナーが示した舗装された道を通る事も出来た。
だが、H型はそうしなかったのだ。
――己が意思で道は決める、と。
やがて、H型は華やかなスポーツカーや色取り取りのセダン、SUVが行き交う大通りから完全に道を外れ、激しい砲弾の飛び交う戦場へと自ら踏み込んだ。
鍛えた装甲と、細く頼りなくも、いつでも火を噴ける主砲を携え、厳しい世界を進む。
容赦ない砲弾の嵐と、行く手を阻む泥洩。
装甲を削られ、歪ませられるも進む事はやめなかった。
戦地に休息はない。
しかし安全圏からは多くの車が見物に訪れる。
彼等に砲火が向く事はない。
彼等の前では、戦車は砲弾ではなく紙吹雪を振りまいていた。
H型は少ない非番を、自らを生み出した工場の車庫でメンテナンスする事に当てた。
オーナーはH型の帰還をいつも喜んでいた。
戦場での務めはオーナーには理解出来ないだろう、だが最前線で戦う姿を立派だと褒め称え、喜んでいた。
H型はその姿を見て折れる訳にはいかぬと、装甲をより厚くしていった。
* * *
一方で、T型は変わらず先頭を走っていた。
敷かれたばかりの新しいレールは滑らかで、走行に何の支障もない。
ポイントは正しく切り替えられ、進むべき方向は明確だった。
T型は迷わない。
迷う必要がないからだ。
次の目的地も、その次の目的地も、既に示されている。
速さと正確さを保ち、誰よりも早く到達する。
それがT型の役目であり、誇りだった。
T型は自分が優れている事を最早当然であると、もう疑う事すらしない。
事実、成績は常に上位で、比較されれば必ず勝利してきたのだ。
もしレールに不備があれば、それは敷いた者の責任。
もし行き先が誤っていれば、それを示した者の過失。
T型は、与えられた条件の中で最善を尽くしているに過ぎない。
それで十分だった。
やがて、T型はさらに高い場所へと運ばれていった。
選ばれた者だけが立てる場所。
上位集団の、さらにその頂点。
そこから見える景色は、広く、遠く、整っていた。
T型は下を見た。
今立つ場所からは、戦場は遠すぎて見えなかった。
だがせわしなく狭い道で行き交う車の群れを見て、笑った。
視線を前に戻し、見えるのは整えられた線路と、次に進むべき目的地だけだった。
T型は走る。
走れる限り、走り続ける。
レールが敷かれている限り。
――そして、長い長いレールを越えた先で、T型は再び停車を余儀なくされていた。
また途中でレールが切れているのだ。
二つ分かれて伸びるレール、そのどちらかにしか進む為のレールを敷けない。
T型は自らでどちらのレールへ進むかを決められなかった。
また、他者に委ねたのだ。
* * *
H型は、まだ戦場にいた。
主砲を持つにも関わらず、砲弾を放つことは出来なかった。
だが、H型へは容赦なく砲弾の雨が浴びせられていた。
この砲弾を放つのは、外部の敵ではない。
全て友軍からなのだ。
伝統、年功序列、旧体制。
代わり映えしない一本道を、一列になって進むだけ。
毎年毎年、同じ道をぐるぐると回る行進。
その間でも、上官のJ型戦車の砲塔は後ろへ向いている。
地位・立場・習慣によって許可され黙殺される発砲は、
年々後列の戦車を貫き爆散させるか、走行不能にさせた。
重く自在に動く上官の戦車達は固めた道を踏み躙り、汚泥に変え、悪路へと変貌させる。
だが後方の戦車は、その道こそ正道だと讃えた。
疑念を抱く物は、砲塔の餌食になった。
ついに、J型の砲口がH型へ向けられた。
放たれる砲弾を、H型は必死に耐え、弾き、修理しながら行軍を続けた。
しかし、それも限度がある。
度重なる砲撃に、ついに装甲が抜かれ、エンジンを傷付けたのだ。
H型は、隊列を抜ける覚悟を決めた。
H型は思い出したのだ。
自らを生み出した工場長から、道を拓く存在になるようにと願いを込められた事を。
錆付き、動く事の無かったH型の砲塔が、吠えた。
H型の放った砲弾は、確かにJ型を貫き、その機動力を削いだのだ。
同時に、H型は停滞し腐敗を続ける円環の道を抜け出し、道なき道へと走り出した。
解放感と、未知の世界への出発。
H型は心が躍っていた。
* * *
何はともあれ、レールは敷かれた。
新しい競争の場に馴染んだ頃、T型は、これまでとは違う場所へと招かれた。
そこには、まだ敷設途中のレールと、
T型を歓迎する者たちが待っていた。
彼らは丁寧に磨かれた車体を褒め、
これまでの走行実績に感嘆し、口々に称えた。
同じ年代の車両は、別車両と連結し、別路線を走る車両もいた。
だがT型は、長年単体で走り続けていた。
ある時、準急列車との連結を考えた事もあった。
だがあまりにも見合わぬ性能から、工場長やオーナーは反対し、話は流れた。
それ以来の、久々のチャンスが訪れたのだ。
M型は同じ新幹線、格も悪くない。
しかし、工場長達は難色を示し、慎重になるように促した。
T型は、密かに自身の買収計画を進めていた。
――自分は、これまで抑え付けられ自由に走れなかったのだ。
――常に誰かに決められたレールを走らされてきたのだ。
――間違った道を敷かれ、苦しめられてきたのだと。
その語りは、よどみなく、整っていた。
M社の人間は
「それは辛かっただろう」と同情した。
T型は安堵し、同時に舞い上がった。
ようやく、自分はレールから解放されるのだと。
T型は、これまで敷かれてきたレールを見ようとはしなかった。
燃料を注ぎ続けてきた者の存在を問わなかった。
この道を走るのは、自分自身の力であったと、振り返る事をしなかった。
何故なら、T型にとってレールが敷かれているのが当たり前になっていたからだ。
T型は、M社との統合を引き返せぬ所で工場長らに公表した。
M社との顔合わせも事務的に終わり、説明を求める対話も早々に打ち切られた。
工場長とオーナーは、未だ道なき道を切り開きながら進むH型へと救援を求めた。
そして同時に、T型も同じ生まれの兄弟機としてH型を呼び込んだ。
工場長の声は、これまでになく弱々しく、切迫していた。
長年守ってきた設備と人員、信じてきた秩序が、音を立てて崩れ始めているという。
H型は、その言葉を黙って聞いた。
通信は遅延し、涙ぐむようにところどころ音が欠けていた。
続いて、T型からも連絡が入った。
何も起きていないかのような、いつもと変わらぬ誘いの文章。
そこには、何かを気負う空気も何もない。
H型は、しばらく足を止めて考え込んでいた。
工場長の声。
T型の言葉。
どちらも、救援を求めている。
だが、その意味は、まるで異なっていた。
工場長が求めているのは、
崩れかけた構造を支える力。
T型が求めているのは、
新しいレールへ向かうための、正当性だった。
H型は、すぐにどちらに付くかの返答をしなかった。
戦場では、即断が命取りになる。
とくに、進路を変える判断は。
故に、よく考え、よく情報をかみ砕き、理解するのだ。
H型からすれば、T型のM社との統合は、完全なる間違いだと断言する気はない。
しかし、T型の思春期の若者が初めてする恋愛のような浮かれ具合と、遅れてきた反抗期のような
幼さを思わせる反発に、素直に賛同し祝福する事が出来ないのだ。
一方、工場長ら産みの親へT型が抱いた感情と思考を、間違いだと切り捨てる事も出来ない。
何故なら、T型の言う事に一理あるからだ。
再びエンジン音だけが響く。
前方に、舗装された道はない。
だが、進めないわけでもない。
H型は、まだ答えを出していなかった。
ただ一つだけ、はっきりしている事があった。
自分は、自分の信じる道を進む。
例え、どちらの道とも交わる事が無くても、それでも良いと思っていた。
情や利害ではない。
何が正しいか、何が間違っているのか。
自分の砲弾が貫くのは、どちらなのか。
今はまだ、神のみぞ知る。
特記する事はございません。
ただの、鉄くずの物語です。




