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La morte è un sollievo?

 私は旅の途上で、奇妙な国に辿り着いた。

 そこでは、人が自らの死に方を自由に選ぶことができるという制度のある国であった。

 

 案内してくれたのは、漆黒の喪服のような制服を着た青年であった。

 彼は穏やかな笑みを浮かべながら言った。


 「ようこそ我が国へ。私達の国では、死は恐怖ではなく、救いなのです」


 聞けば、生まれた子どもは戸籍登録の際に「死の予約日」を仮登録されるという。

 十六歳になると、正式な「死の申請」を行い、その時期や演出を自分で決める。

 二十歳を迎えた成人式には、自分の死に様を宣誓する儀式が開かれるのだそうだ。


 「この国の人々は、みな穏やかでしょう?」

 

 青年は誇らしげに、そして穏やかに笑みを浮かべながら語った。

 

 「誰も争いません。生きることに執着しないからです。死を選べる自由が、心を平和にするのです」


 確かに、街の人々の顔には不思議な落ち着きがあった。

 通りを歩く老人も、子どもを連れた母親も、皆が笑顔で穏やかな時間を過ごしていた。

 

 ——だが、私には彼等の瞳の奥に、光が宿っていないようにも見えていた。



 私はさらに詳しく尋ねた。

 

 「皆さん、本当に自ら死を選ぶのですか?」


 「ええ。無理やり寿命通りに生きる事は義務ではありませんから。生きるも死ぬも、全て自由です。ですから、誰もがいつでも終わりを選べるのです」


 そう言って青年は、私を終幕館と呼ばれる建物へ案内した。




*     *     *




 そこでは、死がまるで一種の芸術か、娯楽として扱われていた。

 受付には「静眠プラン」「花葬プラン」「消滅プラン」などと書かれたカタログが数多く並び、自身を包む香り、送り出す音楽、照明の色合いまで細かく指定できる。

 死ぬという行為が、まるで贅沢な旅の予約のようであった。



 ひとりの老婦人が担当官に笑顔で言うのを聞いた。

 

 「私はね、春の美しい花畑の中で眠りたいの。色とりどりの花に包まれて、妖精さんになった気分でね?……そして最後は温かな日差しの下、微睡んで昼寝するように……。それが理想だわ」


 「承知いたしました。では春眠プランでございますね」


 担当官は礼儀正しく頭を下げた。

 死がここまで穏やかに語られるのを、私は初めて見た。


 私はふと、問いかけた。

 

 「……では、この国の人々は、なぜ生きるのです?」


 青年は首を傾げてから、にこやかに答えた。


 「生きる理由ですか?それは、理想の死を選ぶためですよ。望む死が約束されているからこそ、生に迷う必要がないのです」


 私は言葉を失った。



 外に出ると、広場の大きな掲示板に本日死亡する予定の人々の名が表示されていた。

 その下には『おめでとうございます。理想的な生涯でした』と記されている。

 人々はそれを見て拍手を送り、花を置き、次の瞬間には穏やかに日常へ戻っていった。



 その静けさは、まるで街そのものが死の胎内に還ったかのようであった。


 私はなおも青年に尋ねた。

 

 「この制度に疑問を持つ人はいないのですか?」


 「ええ、かつてはいました」

 

 青年の笑みが、わずかに影を帯びた。

 

 「ですが、皆さん最終的には()()()に旅立たれました。

  生きる理由が見つからなかったのだと思います」


 私は背筋が冷たくなるのを覚えた。

 理由なく生きることが不自然で、理想通り死ぬことが何よりの幸せとされる。

 そんな国に、私は立っているのだ。


 別れ際、青年は私に小さなカードを差し出した。

 そこにはこう書かれていた。


 『終幕庁・初回相談無料 ――今すぐ、あなたの理想の最期を』


 私は慌ててそれを返そうとしたが、青年は微笑み、言った。

 

 「ご安心を、それに期限はございません。いつでもお好きな時にどうぞ」


 私は逃げるようにその国を離れた。

 だが、帰ってきた今でも時折思い出す。


 あの国の穏やかな笑顔を。

 そして、自分の胸に沈んだ問いを。




 『いつでもお好きな時にどうぞ』




 ——生きるとは、死を遅らせる自由なのか。

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