悪いのだぁれ?
朝のニュースでキャスターが言った。
「通勤電車の人身事故で、大規模な遅延が発生しています」
SNSはすぐに騒ぎ出した。
「運転士が悪い」
「飛び込んだやつが悪い」
「いや、社会が悪い」
「結局、政府が悪いんだよ」
誰も現場にはいない。
だが、誰もが自信たっぷりに誰が悪いかを語った。
責任を追及するほど、自分が正しい気がした。
人は正義を叫ぶほど、気持ちよくなれる生き物だ。
* * *
A氏は、ごく平凡な会社員だった。
ニュースを見てはSNSに呟く。
『最近の若者は注意力が足りない』
数分後、B氏がリプライした。
『そういう年寄りの感覚が社会をダメにする』
C氏が加勢した。
『いや、そもそも働かせすぎが悪い!』
そしてD氏が言った。
『いや、政府が悪い』
ポストは拡散され、「いいね」が増える。
A氏は満足げに画面を閉じた。
——悪いのは、いつだって他人だ。
それが世の中のルールだった。
* * *
会議では資料の不備をめぐって怒号が飛んだ。
「営業が遅いせいだ!」
「いや、経理の承認が遅かったんです!」
「じゃあ誰が責任を取るんだ!」
沈黙。
そして部長がため息をつく。
「……全員で反省しよう」
全員が頷いた。
だが、誰一人として反省していなかった。
俺以外のあいつらが悪いと思いながら。
* * *
次のニュースは、いじめ問題だった。
「教師が悪い」
「親の教育が悪い」
「いじめられる方が悪い」
「いや、政府が悪い」
SNSのタイムラインは、いつも通りの大合唱。
悪者は日替わり、正義はいつも満席。
観客席から石を投げるだけの簡単なお仕事。
燃えた悪者の事なんて、誰も気にしない。
* * *
『最近、誰も責任を取らないよな』
A氏が投稿した。
数分で一万の“いいね”がついた。
コメント欄は称賛と共感で埋まった。
「本当にそう!」
「よく言った!」
「今の社会は腐ってる!」
A氏は満足げに笑った。
——やっと、みんな気づいたか。
* * *
翌朝、トレンド欄にはいつも通り炎上の文字が入っていた。
コメント欄には、見慣れた言葉が並んでいた。
「最低だ」
「謝罪しろ」
「こういう奴が社会をダメにする」
「いや、政府が悪い」
それを見たB氏が呟いた。
「最近の人間は、何でも人のせいにする」
その投稿は、三万リポストを突破した。
* * *
今日もSNSは平和だ。
誰もが、誰かを責めているうちは。




