幸運のお守り
夜のT都S区の繁華街。
ネオンの光がアスファルトに滲み、化粧の濃い女や奇抜な服装の男が行き交う夜の街。
そこを、男がふらつきながら歩いていた。
ここ最近、ツイていないこと続きだ。
下ろしたてのスーツには出勤早々フンが落ち、重要な取引には電車の遅延で間に合わず、今夜はぼったくりバーで一杯引っ掛けてしまった。
苛立ちのあまり路上に溢れるゴミ袋を蹴るが、思ったより硬い中身のせいで自分が痛い目をみた。
「痛てて……くそっ……ツイてねぇ……」
ジンジンと痛む足先を確認しようと屈んだ男は、そのままバランスを崩し、ゴミの山へと倒れ込む。
漂う腐臭に顔をしかめながらも起き上がる気力はなく、ビニール袋を頭の下に敷いてそのまま身を委ねた。
どうせ俺の人生なんて、こんなもんだ。
――そろそろ、いいことが起きたって、罰は当たらねぇだろ。
世界への恨みを呟くように吐き出して、男は眠りに落ちた。
* * *
翌朝、男が目を覚ましたのはうっすらと朝の光が差し込む路地裏だった。
服だけでなく体にも染み付いたゴミの臭いに顔を顰めながらも、大きく伸びをした時に、ふと手に何かが握られている事に気付いた。
男が指を開くと、そこには錆びた金属の鈴が付いた「幸」とだけ記された古びたお守りのようなものがあった。
贔屓目に言えど綺麗な物ではない。だが不思議と惹かれるものがある。
誰かの落とし物か、それとも捨てられていたのか。
深く考えもせず、男はそれをポケットにしまった。
その日から、男の人生は変わった。
嫌な上司が裏で行っていた不正が発覚し、懲戒処分になる。
取引先へ提出した致命的な書類のミスも、先方の社員が誤ってシュレッターにかけ、何食わぬ顔で修正版を提出する。
道端で財布を落としたのに、若い女が届けてくれた上、連絡先まで渡された。
試しに買った馬券も大穴でぼろ儲けだ。
何をやってもうまくいく。
男は日に日に自信をつけ、笑うことが増えた。
その一方で、他人の不幸話を耳にするようになった。
懲戒処分になった嫌な上司が電車へ飛び込み自殺をした。
取引先の社員が精神を病んで退職してしまった。
財布を届けてくれた女は詐欺に遭い、多額の借金を背負ってしまった。
「世の中、帳尻が合うもんだな」
男はポケットの中のお守りを大事そうに握り締め、他人の不幸話を楽しむように笑みを浮かべていた。
* * *
ある朝、男は狼狽えていた。
――幸運のお守りが、消えていたのだ。
どこを探しても見つからない。コートの裏地も、部屋の床も、ゴミ箱の中も。
その日から、運は一変する。
会社は突如業績悪化で倒産。
退職金も出ず、再就職先は詐欺まがいのブラック企業。
挙げ句の果てに事故で片足を失い、唯一心の支えだった妹も病気で亡くなった。
なぜ、俺だけ――
なぜ、こんな目に――
突いていた杖の金具が突然折れ、路上に倒れ伏し、雨に打たれながら泣き崩れる男の前を、幸せそうな笑みを浮かべた男が通り過ぎる。
その若者の手の中には――どこか見覚えのある、くすんだ金属の鈴が、微かに揺れていた。




