只、輝いて。 三
――彩色のアルド。弱冠二十一歳にして、六芒星であるヴルムンドから直接の指名を受け、副団長となった。
副団長になる一般的な手順が仲間と実力を競い合わせ、その頂点に立つことで初めて手に入るものであるのに対し、アルドは手順をすっ飛ばして副団長の座についてしまった。
では、その一段飛ばしならぬ全段飛ばしを誰も咎めなかったのか。――その返答は否だ。
おおよそ五百人はくだらないだろうか。
ヴルムンドの隣に立ちたいと願う誰もが、彼を疎み、嫌った。
そして、それを理解しているアルドはある日言い放ったのだ。
「全員、かかってきたまえ! 僕はいつでも歓迎しよう!」
胸に手を当て威風堂々と言い放つアルドを、遂に誰も倒せなかった。
戦闘という関わりがあれば、相手の人となりも知ることができる。
言葉を交わし、意志を交わせば、実力者であれば何故アルドが副団長に選ばれたのか、理解できない人間は居ない。
全員を叩きのめし、名実ともに副団長となった彼を疎むものは結局、団に一人も居なくなった。
全員を叩きのめし、尚且つその叩きのめした全員と盃を交わした稀代の天才。それが、アルド・コーレスという青年だ。
■■■
「さて、作戦会議の時間を頂こうか、はぐれ猪のイノコくん!」
鍾乳石を見事に全弾命中させたアルドは、間髪入れずに腕を振る。
手慣れた動きだが、しかし洗練されている。
熟練の指揮者のような動きは、只腕を振るだけに事象を収めない。
「ウル・バインド!」
腕を振ると同時にそうアルドが言葉を紡いだ瞬間、四方八方からイノコに向かって影が伸びた。
それはイノコの四肢と胴体と固く絡みつき、うめき声を上げるイノコの必死の首振りをまるでされて無いかのように軽々と拘束する。
イノコが拘束され、漸くその体の輪郭の隙間からアルドの方を覗ける。
そうしてレンが見れば、アルドは重鎧に身を包み大盾を持つ二人と、大きな斧を持つショートボブの青髪を靡かせる少女の、合計三人を引き連れていた。
「アルドさん、あいつら保護ですか?」
「ふむ……見た所、レンくんの連れらしき彼はまだまだいけそうだ。協力してもらうとしよう!」
「了解です」
鎧の二人は素肌が見えない程、隙間なくガチガチに鎧を着固めている。そしてその体長の半分はあろうかという大盾を、大地のようにしかと持ってアルドの後ろを歩く。
「ふくだんちょー、あっちのちびっこはどうするっすか?」
「満身創痍だ。後ろで休んでもらおうかな。この僕という偉大な背中の後ろでね!」
青髪の少女は、彼女の身長と同じ程の大きさの斧を持ち、レンの方へ顔を向ける。
「ちびっこー! イノコが捕まってるうちにこっちにくるっす!」
「ちびっこ……!? 俺が……!?」
かなり癪だ。明らかに彼女の方が身長が小さいというのに。
とは言え、今この状況が立て直しのチャンスであることは火を見るより明らかだ。
レンは霞かける意識と視界を、首を振って安定させ、シュウと共にアルド達と合流した。
「ふむ、やはり満身創痍だな! ひとまず治そう! ――ハイ・リカバリー」
指を振って遊ばせるアルドが唱えた刹那、レンの体を駆け巡るのはティルアの時とは比べ物にならない程の熱だ。
しみる傷口に直接熱を当てられているような、執拗に舐るような感覚が全身に回り、思わずレンは歯を食いしばってしまう。
「……おや? 変な術式が施されているな……これでよし」
アルドが指先でレンの額を軽く押す。
――瞬間。すぐ目の前にいるアルドの声すら聞き取れないほどの痛みと熱が、襲いかかった時と同様、不意に消え去った。
「……今何したんだ?」
「治癒魔法さ。本来苦しむものじゃないないから、先の術式が何か悪さをしていたらしい!」
髪をかきあげながらドヤ顔で解説をするアルドの顔に苛つきを覚えながらも、しかしその効果にレンは驚愕していた。
――魔法とは、こうも人知を超えているのかと。
「ちびっこ勘違いしてそうっすけど、この人がおかしいだけっすよ」
「は、あ……えっと、というかアンタ誰……?」
「あーしはルゥシーっす」
「ルーシー?」
「ルゥシーっす」
「ルーシ……」
「ルゥシーっす」
余程名前の発音を気にしているのか、被せるようにして大斧を担いだ少女――ルゥシーが名前の訂正を続ける。
「それで……俺はこっからどうすれば」
「取り敢えずそこら辺で休んどけばいいんじゃないっすか? ――だからちびっこ、あーしを先輩と崇めるっす!」
「嫌だけど……前後が繋がってねえし」
「なんでっすか!」と不満のような何かを漏らすルゥシーは既に息がかかりそうなほどにレンと距離が近い。
大斧を担ぎながら迫るだけでかなりの迫力があるから、少し離れてほしい。
先の団体戦なる戦いの際はファランが何もかもを片付けてしまったのでわからなかったが、ヴルムンドの団員は皆このような扱いづらい性格をしているのだろうか。
恐らく離れろと言っても素直に聞きそうもないので、恐る恐る距離を取りながらレンはそんな事を考える。
――と、
「ラグダとリグダ、それとシュウ君は前衛を頼もう! 攻撃はルゥシーと僕で受け持とう!」
ハキハキと指示を的確且つ端的に伝えるアルド。
どうやらレンがルゥシーと言葉を交わしている間に、あの二人も戦闘に必要な情報をやりとりしていたよう。
それぞれが来たる戦闘に昂りを自覚し、皆で力を合わせてイノコを討伐しようとアルドの引き連れた幾人が一致団結を――、
「――待ってくれ!!」
そんな輪を乱す、異を唱える声が一つ。
――それは満身創痍だからと後ろに下げられたレンだった。
下げられた理由はわかる。至極当然な理由だ。――レンは足を引っ張る。万全であれば多少マシだろうが、それでも今この場においてレンのみ、実力が圧倒的に足りていない。
けれど、それでも――
「諦めたく、ねぇ……!」
それが、レンの心根だった。
「ふむ……」
目が合っているというのに遥か高みから見下ろされるような感覚を覚えながら、しかしレンはアルドから視線を逸らさない。
数秒も経たず、アルドは周りを――引き連れてきた面々の顔を見る。
そして再びレンへ視線を戻して口を開き、
「良いだろう! 体験は宝だからね!」
レンが一抹も考えていなかった返答――即ち快諾を、してくれた。
「では前衛は変わらず。ルゥシーと……レン君、任せたよ?」
ウインクと共に名を呼ばれ、レンの背筋が思わず伸びた。
淡々と、静かに飛ばされた指示は、信じられた証拠。
「……ありがとう! 任せてくれて!!」
それに対する返答は、感謝でないと失礼というものだ。
前を向き、イノコに立ち直る。
丁度、イノコに絡みついていた影の拘束が塵となって消え去った。
前衛である全身鎧の二人――ラグダとリグダ、それとシュウがレンの前に出て、イノコの攻撃を守る盾となる。
――存分に殴ってきて。アイツの攻撃は守りきるから。
シュウの背中から、そんな意思がひしひしと伝わってきた。
「……行こう! ルゥシー!」
「仕切るのはあーしっすよ! 先輩なんすから!」
拳を打ち合わせるレンと大斧を担ぐルゥシーが立ち並び、拘束がなくなり自由を享受するイノコは雄叫びを上げる。
助力と協力が大部分を占めた不格好な立ち上がりだが、それでも立った。諦めなかった。
――体勢は整った。反撃の時間だ。
■■■
雄叫びを上げるイノコは、もう何度目かもわからぬ突進を繰り広げてくる。
その一つ一つが人を殺しかねない踏み込みを全て助走に費やした結果、イノコの速度はその輪郭がブレる程に跳ね上がった。
その目は前衛の三人など見ていない。
その奥のレンとルゥシー――そのさらに奥、アルドだけを見ていた。
見据えているのはつまるところ脅威。
自分をめいいっぱいに拘束した相手がアルドだと理解し警戒を強めているのは素晴らしいが、逆に言えばその脅威しか視界に映していない。
――その盲目は、故に命の隙を生む。
「ゆくぞ弟!」
「合わせます兄さん!」
「「――ぁァイッ!!」」
「――ッ!?」
突進は、重ねられた声が響くと同時に挫かれていた。
肉と鉄のぶつかり合いとは思えぬ轟音が響き渡り、あたりに土煙が乱反射する。
イノコの獣の意思を挫いたのは、何を隠そう前衛の三人だ。
今前衛を任されたばかりのシュウの癖に完璧に合わせ、一糸乱れぬタイミングで大盾を突き出すことでイノコの突進を綺麗に三等分。見事突進の威力を全て殺し切ったのだ。
――シュウとレンは、あの突進を回避する選択肢したなかったというのに。
改めて、今この場にいる彼らは上澄みの人材であると認識させられる。
それは、ルゥシーに対しても同じだ。
ぶつかり合いで起こった風に髪を靡かせるレンが横を見たとき、既にルゥシーはそこにいなかった。
驚いて前を向けば、突進を止められて隙を晒しているイノコに、ルゥシーは既に大斧を振り上げて切りかかっていた。
「――っ!」
咄嗟、悔しそうに唇を噛み締めてレンは地を蹴る。
――先ほどとは比べ物にならない程の威力で地を蹴り、空中のルゥシーに追いつき、大斧を振り上げる彼女に合わせてレンは拳を引く。
「いくっすよーっ!!」
「おぉ!」
動きを止められたイノコの額を中心に再び轟音が響き渡る。
――一度目はイノコの突進を止めた盾の音。
――二度目はイノコを仰け反らした、大斧と篭手の音だ。
うめき声を上げるイノコは、今までに無いほどに弱々しく数歩後ろに下がる。
一人で殴ったときはびくともしなかったというのに、人一人加わるだけでここまでもたらす結果を変えるものなのかと、レンは嘆息する。
二人で同時に殴ったとはいえ、一人で殴ったときの威力が意にも介されていなかった以上、この威力の大半を占めているのはルゥシーだ。本当に先輩と呼んだ方がいいかもしれない。
「――ルゥシーは下! レン君は上から叩いてくれたまえ!」
刹那、イノコの怯みを見逃さずにアルドが指示を飛ばす。
声を素早く脳が理解し、空中待機の二人はそれぞれ最適な行動を脳内に導き出した。
「ちびっこ!」
ルゥシーが大斧の腹をレンへ向ける。
それを足場にしてレンは蹴り浮かび、三度イノコに拳をぶち込む為に、血が出るほどに拳を強く握る。
それに連動し、腹を蹴られた反動で落下速度の上がった大斧と共に瞬時に地面にルゥシーは着地。
即座、地面を削りながら地面ごとよろけるイノコの顎を大斧で斬り上げる。
シュウの双剣で幾度も切りつけてようやっと傷が入ったその硬い硬い皮膚に、深く、大斧が突き刺さる。
赤黒い血が喉元から滝のように溢れ出て、痛みで思わず顔を上げて仰向いてしまう。
――その先には、拳を引いたレン。
痛みに体を支配されるイノコ。その鼻先にレンの体が迫り6、貯めた力が解放される。
「――らァッ!!」
先刻は蚊ほどの威力も出せなかったこの拳が、しかし今は落下の速度が加算され、的確に見抜くレンの目により最適な箇所へぶち込まれる。
直撃、穿ち、振り抜く。
――結果。
「――凄いや、これが……」
ぽつりと呟くシュウ。その声音には、言葉通り――否、言葉以上にレンへの称賛が含まれていた。
だって、当然だろう。
彼の目に映ったのは、衝撃痕を作って横顔から地面に叩きつけられるイノコの姿だったのだから。




