只、輝いて。 二
頑張って二転三転する戦闘を書きたい
──はたと視界の端で捉えれば、先程までレンが倒れていた場所にその姿が無い。
どうやらティルアという少女は仕事を果たしてくれたようだ。
少々不安な所もあったが、無事レンを逃がすことができてシュウは一安心する。
「──ッ!!」
「ッ、『挫けぬ盾』!」
刹那、自分の胴程もあろう純白の牙が差し迫る。
突進を止め、そこらの土ごと巻き込んでシュウを掬い上げてようとしてくるイノコに対して、シュウは咄嗟に神格を自分に向けて弾くことで無理矢理背後に自分を吹き飛ばして回避する。
自分の肉体を使った回避では間に合わず絞り出した必死の行動は、シュウに回避という報酬を与えると同時に又別の問題も突きつけてくる。
――それ即ち、着地という問題だ。
四肢を使った飛び退きではなく物体を当てることで無理やりに軌道を変えた影響で、シュウの視界は安定せず、左右上下が混じり合っている。
万が一着地に失敗すれば即座に飛んでくる追撃がシュウの命を奪うことは揺るぎようのない事実だ。
だからこそミスするわけにはいかない。
どうにかして、平衡感覚を取り戻して着地を――
「よっ」
直後シュウの体を襲ったのは、イノコの致死の体当たりでも無機質な土の床でもなく、温かな人の感触だった。同時に聞こえてくるのは、数日前出会ったばかりで、しかしもう聞き慣れた声。
「――レン!」
「さっき一人で突っ込んで悪かった。――今度こそ、二人で倒そう」
シュウを空中で捕らえて五体満足で脚から着地したレンは、改めてイノコの撃破の決意を口にした。
■■■
――さて、生物を殺すために必要なことは何だろうか。
容易く出血を促す尖った刃か、はたまた多様な方法で傷を負わして命を奪う魔法か、体の部位ごと命を握り潰す己の拳か。
「――」
答えは否だ。
刃も魔法も拳も、持ち合わせていようと使えなければ宝の持ち腐れ、豚に真珠で猫に小判だ。
本当に必要なのは――、
「――覚悟は?」
双剣を構えるシュウが、主語のない問いかけを投げかけてくる。まるでその一言だけで全てが伝わるとでも言わんばかりの声音で。
「溢れるぐらいに」
諦めない覚悟を問われ、返答を返すレンは半身となってイノコに相対する。
おもちゃと言えど侮れないと体に染み込まされたイノコは能無しに突っ込んでなど来ず、じりじりとその距離を詰める策を取って来る。
「よかった。じゃあ、作戦を――」
視線を動かさずに二言三言、言葉を交わし、双方改めて構えに力を入れ直す。
「――ッ!」
同時。イノコが顔を揺らして、壁に牙を打ち当てる。目の前の獲物の困惑など気にもとめずに、親の仇とでもいうような勢いでぶつけ続けた。
力強く走るだけでも空間が揺れるほどの力を持つ存在が、自らの意思でダンジョンを揺らす。さすれば、起こる結果は当然で必然。
「なっ……」
戦闘態勢を取っているレンが揺れた声を漏らす。――正確には、揺れているのは声だけではない。自身の体も、隣に立つシュウも、ダンジョンそのものが、
「……揺らされてんのかよ」
ダンジョン全体が、異常なほどに揺れ動く。視界はブレて、力を込めて踏み込むことすら困難な程に。
――まさしく人外。場外。埒外の力だ。異形などと呼ばれるのも納得だ。引き笑いすら起こりそうになる顔を引き締めて、レンは今この状況が第二ラウンドであることを理解した。
「――ぁア!」
揺れ動く地面を、しかしレンはしかと蹴って威力のある突貫を作り出す。
揺れる地面は、言い換えれば平坦な地面より地を蹴るに相応しい角度になるということ。踏み込むことが困難なのは言い換えればイノコも同じ。――威力は出せない。
迫るレンを、イノコは先と違ってしっかりと認識していた。自分の命を脅かす可能性のある存在として、迎撃する体勢を取るイノコの牙が白く、レンの目を刹那引くほど――只、白く輝く。
死因となり得る牙を前に――しかしレンは口角を上げて笑った。
「シュウ!」
「わかってる!!」
レンは膝を曲げて名を呼んだ。空中で最も意味のない、地を蹴る為の行動を取って。
無論レンは空気を蹴ることなどできない。揺れ動く地面ですら満足に蹴れないのに空中など以ての外だ。
眼前に迫る牙は、このままの速度で突っ込むレンに致命傷を与えるだろう。だが、笑みは消えない。牙を食らうなどという未来も来ない。
――何故なら、レンは空中で更に加速したのだから。
「ドンピシャ! すっげえな!」
レンの背後、空中で加速する直前の足元にあるのは、シュウの挫けぬ盾。動くレンの、丁度踏み込む空中に、シュウが神格をドンピシャで生成したのだ。そして空中で、揺れ動くことのない安定した地面を手に入れたレンは躊躇無く踏み込み――結果、空中での更なる加速を生んだのだ。
踏み込みを二度、最初の突貫の五割増の速度で異形に迫るレンの目は、イノコをよく見た。見たのだ。見て、見て、見て、力を込めて尚肉の薄い部分を見極める。
――見れば見る程に、シュウが単独で頑張っていたのが分かる。イノコの体のそこら中に、剣で切りつけた跡がある。薄皮膚を裂く程度であっても、傷は傷。
「殴られたら痛えだろ!」
牙の、額の更に後ろ。
背骨辺りに出来ている切り込みへ、レンは速度を落とさず接近する。力強く握られた拳は薄皮膚一枚裂かれた箇所を、より深く、より強く、抉った。
――それこそ、皮の奥、肉の奥に聳える背骨にヒビを入れる程に。
背を抉ったレンは、その攻撃だけでは勢い衰えずにイノコの後方へ。空中で身を翻して、上下反転した体勢でイノコを見る。
毛が逆立って、その背から血を垂れ流すイノコは、鼓膜を破りそうなほど不快で五月蝿い悲鳴を上げて無茶苦茶に走り出し、壁に激突した。
今まで羽虫から受けたことのない傷を受けて、異形は背中に発生した熱の原因がわからず不快感のまま只走り回る。――結果、揺れるダンジョンは更にその揺れを増幅され、本来イノコが起こせるはずの無い攻撃を発生させた。
ダンジョンの一層は、世界にあふれる洞窟と同じような作りをしている。押し固められた硬い土が周りを取り囲み、人間に縦横無尽に動く権利を与える。本来の洞窟との相違点は、全てのエリアの天井に、押し固められた硬さの土で出来た鍾乳石がぶら下がっていること。
常人には届かない高さにあり、そして一層にいる異形にもまた手の届かない物体だ。本来一層を通る誰もが気にしないただの先の尖った洞窟の装飾物でしかない。
だが、本来一層にはいないはずの異形が、一層では起こせない振動を起こして、一層全体を、上下左右すべてを揺らした。文字通り、全てだ。
「――」
レンは転がり、勢いを殺して着地する。追撃しようと、悲鳴を上げて壁に激突するイノコに目を向けるレンの視界に、パラパラと落ちてくる砂が入り込んだ。
こんな緊迫した状況で、何故砂が。咄嗟に顔を上げて洞窟の上を見る。
イノコを挟む形になった二人は上を見て、その目にそれを見て冷や汗をかいた。
――無数の鍾乳石が降ってくる、絶望的な景色を。
原因などあの巨体の異形以外にありえない。今考えるべきは迫る無数の人殺しの雨をどう防ぐかだ。
壁に激突しているからこそわかる。アレは、今のレンでは砕けない。
刹那、レンが一瞥した先に立つシュウは頭上に分厚い『神格』を展開し、更に剣を交差させて迫る鍾乳石を防ごうとしている。その足元に滑り込めれば目はあるが、
「――ッ!!」
聳えるのは、狂気的なまでに奇声を上げる異形の存在。
眼の前には、イノコがいる。予測不能に暴れまわるあの異形を素通りし、シュウの元まで。――遠い。
明らかに、間に合わない。距離は遠く、壁は高い。
まずい。まずい、まずいまずいまずいまずい――!
頭を回せ。諦めるな。何か、何か、何か。
辺りを見て、何か使えるものがないか必死に探す。
だが、ここはただ広く長いだけの一本道だ。――遮蔽物など、あろうはずが無い。
重力に従って落下する鍾乳石は容赦なくレンの頭上へ迫りくる。
『死ぬ』何かないか、例えば今から『死ぬ』壁を殴り抉ってくぼみを『死ぬ』作り、そこに入り込んでやり過ごすと『死ぬ』か、両『死ぬ』手を地面に突っ込『死ぬ』んで即席の土壁を『死ぬ』作るとか、あとはなんだ、『死ぬ』何がある、見て回『死ぬ』避? 無理だ、できる『死ぬ』はずが『死ぬ』ない、どうすれば、どう『死ぬ』すれば、ど『死ぬ』うすれ『死ぬ』ば良い『死ぬ』の『死ぬ』か『死ぬ』、『死ぬ』、『死ぬ』『死ぬ』。
死――、
「――ハイ・フロート」
――声が、響いた。レンでもシュウでも、ルティアでもない、しかし聞き覚えのある声が。
同時、落下する鍾乳石のトゲ先がイノコの方へ向く。落下の威力はそのままに、しかし重力に従って真っ直ぐには落ちない。まるで吸い込まれるように、レンとシュウ二人の頭上に無数にあった鍾乳石はすべて、落下の威力をイノコに味わわせた。
「やあやあやあ! 説明は不要さ! 一目で異常事態とわかるからね! ……おや、君は先刻の!」
「ふくたいちょー、アイツラぼろぼろッス」
「うむ! 見て取れる! 痛ましい限りだ」
レンの視線の先、シュウの背後に立つ、幾人かの集団。その先頭に立つのは、先の頂上戦闘の中、ヴルムンドに副隊長と呼ばれていた青年――、
「――アルド!」
「そう、僕の名だ! 出来ればさん付けが好ましいよ、レン君!」
ヴルムンド隊の二番手、彩色のアルドが、そこに佇んでいた。




