未知へ。
――六芒星。
世界の探求を心に決め突き進む冒険者、その先頭を歩み行く六人へ与えられる称号である。
ファランはその一等星――神速ファランと呼ばれる、この世で一番の強者と讃えられている存在である。
そして四等星、未来歩者ヴルムンド。独自の素材と独自の技術で冒険を進める、この世の技術の最高峰である。
一般人は六芒星など噂にしか知らない。それは彼ら彼女らが一般人の前に意識的に姿を表さないのでは無い。六芒星はその人生の大半を探求、冒険に費やしている生粋の冒険者だからだ。
そんな存在が、この世界で六芒星と呼ばれる六人の強者という存在である。
■■■
「――」
――言葉が、出ない。たった今目撃した戦いが頂上決戦だったこと。ファランやヴルムンドの底が見えないこと。
そして、こんな人らですら全てを解明できず、いまだ未知へ挑み続けられるほど世界が広大であること。
レンは、その全てに驚嘆していた。
「レン! 巻き込んで悪かった! お礼は……そうだな」
興奮冷めやらぬレンに、ファランが思案しながら話しかけてくる。
その手は顎に添えられており、レンへの謝礼には何が相応しいかと悩んでいる様子。
「うーん……そしたら、こうしよう!」
何か思いついたのか、笑顔を浮かべるファランは自分の右手で一を作り、それをレンへ向けてきた。
「これから先、オレは君のお願いを一回だけ聞こう!……あぁ、あとそこのヴルムンドも、聞いてくれる」
「てめぇ! 勝手ニ巻キ込ムんじゃねえ!』
ついでのようにヴルムンドも、と付け足されたその謝礼は、レンには垂涎の一言だった。
巻き込まれたといえど、実際本当にレンは傷一つも負っていない。それなのに、そんな大盤振る舞いなお願いをさせてもらえるなど。
「いい、のか?」
「勿論。……いいよな? ヴルムンド」
「チッ……気ニ入ラねえ頼ミは断ルからな』
不機嫌そうに、しかし肯定をしたヴルムンド。
その声の方を見てみれば、薄暗く赤に光っていた尖り目と、閉じたトラバサミのような口のフルフェイスはいつの間にか何処かに収納されていた。
今のヴルムンドのフェイスは、電光掲示板を貼り付けたような代物だ。
実際のヴルムンドの表情を表しているのか、その電光掲示板にはコロコロと変わる顔文字が表示され続けている。
「それ……どうやってんだ……?」
「あん? それがお願イでいいのか?』
口の端を歪めて、嫌がらせを楽しんでいるような顔文字が浮かび上がる。
口をついて出た疑問を取り上げられ、思わずレンは押し黙ってしまった。
「なんてな。流石ニそこまで性格悪カねえぜ。――これは俺ノ魔力デ表示サれてんだ。ただし技術使ッて極限マで効率良クしてあっけどな』
顔の電光掲示板部分をカンカンと叩きながら、ヴルムンドはそう説明をしてくれた。
その後おもむろに歩き出し、座り込んでがっくりと項垂れている人影――先程副団長と名乗りを上げていた彼に近づいた。
「いつまでシケてんだ。帰ルぞ、アルド』
「うぐぐ……覚悟しておきたまえ! 次こそは! 次こそは墜としてみせるぞ! その一番星を!」
「バカ言エてめえ、団体戦ジゃ何モできずに団員ヤられて負ケんだ。次カらはまた一対一ダ』
失言を咎めるためか軽く副団長――アルドの頭をはたくヴルムンド。軽くとはいえあの機械の重さだ。
――中々どうして、脳に響いていそうな音がしていた。
「ぐぐぐぐぐ……!!!!!」
頭をさすり、悔しさで声を漏らすアルドの襟を掴み、ヴルムンドは土煙を上げながら彼を引きずって運ぶ。
先程どこか同じような光景を見た気がするが気のせいだろう。
「じゃ、あいつら頼ンだぞ』
「仕方が無い……ハイ・フロート」
引きずられながら魔法を発動するアルドは、なんとも形容しがたい無様な姿を晒している。
そんな姿のアルドにヴルムンドは慣れたように何か頼み事をし、そしてアルドも魔法を発動させた。
何処か可哀想で無様な姿だが、発動された魔法は微塵も無様なものでは無い。
アルドは、ファランが気絶させたヴルムンドの団員全員を宙に浮かせていた。
地面から、おおよそ上に一メートル程。
大体その程度の高さをふわふわと浮き続ける姿の、なんと心地よさそうなことか。
可能ならばいつか体験してみたいと、レンにそう思わせるような柔らかさがその魔法にはあった。
空中に浮いた状態のまま、意識の無い団員たちはゆっくりと動き始める。
移動をさせているのはアルドだ。
闘技場から出ていくヴルムンドに続くように、浮かんだままの団員たちもまた、アルドの魔法操作によって闘技場から出ていった。
「うん。……そしたら、オレもこれでお暇するよ! またどこかでね!」
ヴルムンドたちの退場を見届けたファランは、こちらの返答などまるで気にせずにそう言い残し、ヴルムンドとは反対の闘技場出口からその姿を消した。
「――」
台風のように怒涛に過ぎていった出来事。それを脳内で反芻するレンは、好奇心が溢れ出て留まるところを知らない、止められない心の濁流に襲われていた。
「……俺も、したい」
だからこそ、口から漏れ出る言葉はそのままレンの本心を表している。
この沸き立つ心はなにか。
震える手足は一体何を欲しているのか。
今レンは何を求めているのか。
広大に晴れ渡る青空の下、今レンははっきりと理解していた。
今レンは、
「俺、したい……! 冒険が……!!」
それこそ、レンの源泉だ。
「うん。しよう、冒険」
そしてその願いに応えるかのように、シュウがレンの傍らに歩み寄ってくる。
「行こう、あの人たちが挑んでいる場所――ダンジョンに。……その前に武器屋だけど」
1
意気込み、闘技場を出て、シュウに連れられて向かった先は武器屋だった。
多種多様な剣が店頭に置かれ、中には入れば槍や弓、盾など種類豊富でよりどりみどりだ。
「レンがどう戦うのかで、使う武器が変わってくる」
店内に入り、年季の入った木造の壁に目を滑らせながら、レンはシュウに言われたことを頭の中で噛み砕いていく。
どう戦うか。文字通りの意味でしかない。
何を使って戦うのが一番本人に適切なのか、一番力を発揮できるのか。それによって選ぶ武器が変わってくるという話。
――問題はレンが自身の得意な戦闘方法を知らない点だ。
「剣……じゃないしな。盾とか弓も違うし」
どうも、どの武器でも自分が握っている姿が想像できない。
「お客さんよ」
「ん?」
ふいに、シュウでは無い声がレンの耳朶を打つ。見ればそこにいるのはこの店の店主であり、また同時に鍛冶師でもある人だった。
鍛冶用に全体的に厚い革で作られた服を着たひげ面の店主。
名前は確か、
「えーっと……カーテン」
「ガーナンだ。まあこんなの都市の隅で店主やってるやつの名前なんざ覚える必要ねえけどな」
若干被せ気味に喋ってきた店主、ガーナンはそのひげを触りながら、武器に悩むレンに言葉を付け加える。
「武器を決めるときぁ、嫌いな相手をどう攻撃したいかで決めりゃいい。結局それが一番早ぇ」
「僕神格で殴る」
「おめえさんは別だ」
既に親しい仲なのか、シュウとガーナンの距離感は近い。恐らくシュウが何度も足を運び、愛用している店なんだろう。
そんな事を考えながら、レンは脳裏に今まで出会った人々の顔を思い浮かべていく。
シュウは勿論違う。
ファランも、違う。
ヴルムンドも違う。
お父さんも違う。
腕を組み、首を傾げる。
「ああ」
「ん、出てきたか、嫌いな相手」
「いや、そうじゃないんだけど……」
順々に出会った人たちの顔を思い出し、その過程で顔が浮かんだお父さんに、かつて言われたこと。
「――めんどくさいやつがいたら、殴れ」
確かにそう言われた。更に言えば殴れば大抵の物事は解決できるとも言われた。
「殴る、殴るか……ならコレとかどうだ?」
レンの言葉を何度か繰り返したのち、ガーナンは棚から一つ、武器をレンへ見せてきた。
――それは二つで一組の存在。
――それは極短の射程しか持たない存在。
――しかしそれは、攻撃を加えたという事実を余すことなく使用者に伝えてくれる存在。
「篭手だ。殴るならこれが一番だろう」
棚の上に置かれたのは鉄で作られた甲冑篭手だった。
甲の部分に取り付けられた丸みのある逆三角形が少し飛び出しているような造形のそれは、確かに殴れば多大なダメージを与えられる武器だ。
篭手を手に取り、レンは感触を確かめる。
サイズ良し、硬さ良し、レン自身の気概、良し。
「……うん。これにするよ」
「オッケー。じゃあガーナンさん、お代は」
「ああ……まあ、新米冒険者の武器だ。初回ってことで安くしてやるよ」
――まけてくれたガーナンに感謝をしながら、二人は店を出た。
「じゃあレン、ついてきて」
篭手を手にするレンに声をかけるシュウ。
レンはシュウの言葉に従い、後ろをついていく。
石造りの道を歩き、階段を登り建物と建物の間にある細道を進んで、二人は都市の端の方へ。
狭い路地裏を進んで、中央に噴水のある公園を通り過ぎて、都市の端であることを示す壁の方へと進んでいく。
最初はちらほらと見かける程度だった、武器を引っさげた人々が、端へ向かうにつれてどんどんと増えていく。
帯刀し、弓を引っさげ、盾を担ぎ、大剣を持つ冒険者の面々が増えていく。
その顔の、なんと好奇心に満ち満ちていることか。
周りに武器を持った人間しかいないことはそのままこの先に冒険が待ち構えていることを表していて。
抑えられない未知への沸き立つ心を隠そうともしない冒険者たちは一つの場所を目指して足繁くそこに通う。
「――ダンジョンは一つしかないんだ」
唐突に、シュウがそう喋り始める。
「色んな都市に入り口はあるけど、それは全部一つのダンジョンに繋がってる。それで、ダンジョン内に出てくる魔物はこっちにはいない。だから貴重なんだ」
足を止めないシュウは、紡ぐ言葉も止まらない。
「だから稼げるし……夢がある」
シュウの足が止まる。見れば周りには冒険者がそこかしこにたむろしていて。
「レン。ここが――」
レンの興奮は留まるところを知らない。未知へ、世界へ、その足を使って漕ぎ出したい。
――そんな願いを、全て、余すところ無く叶えてくれる存在。
未知を孕み、不確定が転がり、未確認が跋扈する、理知外の存在は唯そこに佇むのみ。
襲いに来ること無い。何故ならば世界の果てを求める人間は自ら乗り込みに来るからだ。決して世界の全てがあると確定しているわけでもなく、底が見えないそれに、けれど自分の求めるすべてがあると不確かな自信を掲げて命を賭けて挑み続ける。
そんな、この場所こそが――、
「――ダンジョンだよ」
腕を広げて振り返るシュウの後ろには佇むだけのただの穴がある。
けれど、シュウにダンジョンだと言われるまでもなくレンはそれが視界に入った瞬間から感じ取っていた。――それが、まだ見ぬ世界が広がる未知の場所であることを。
「シュウ……入ろう」
「うん、勿論」
周りに居る冒険者たちと同じように、レンとシュウもまた、未知へ心を躍らせた、好奇心と興奮が色濃く出ている笑顔をしていた。
■■■
なんでこんなことになってしまったんだろうか。
軽い気持ちで来ただけだと言うのに、どうしてこんな事に。
「……はあっ、はあっ……」
いや、本当はわかっている。自分に非があることも、もうそんな自分が努力をしたとてどうしようもない所まで事態が動いてしまったことも。
少女は足を動かす。必死に地を蹴り、変わらない景色に苛立ちすら覚えながらひたすらに。
少女が死に物狂いで土を踏んで逃げれば、その印は地に足跡として刻まれる。
その足跡に追随して踏まれる足跡は、少女の作り出すそれの二倍以上。
一歩歩くたびに、軽い振動が起こるほどだ。
「――ッ、誰、か……っ」
冷静になれない。
故に、息を殺して身を潜め、足跡を消して姿をくらますという最善手を取れずにその命に歯牙が迫る。
フードを深く被る少女はもはや貯蓄など尽きた空の荷物入れを捨てて、少しでも機動力を上げようと画策するが意味は無い。
「誰か……っ!」
――か細い声で、少女は泣く。
ちなみにガーナンさん作る気のなかったキャラです。なんか勝手にシュウとレンが武器屋にいって、勝手にガーナンさんと話を交わしてます。
作者ってなんだっけ………




