宿に入りたかっただけなのに
――何故こんなことになったのだろうか。ただレンは宿に入りたかっただけだというのに。
「今日コそ引キずり下ロしてやるよ! ファラン!』
「お、期待してるよ!」
機械と人間が半分ずつ混ざりあったような声を発する人物と、その人物にファランと名を呼ばれる、筋が通っていて響きのいい声をする人物が相対する。
――その、おおよそ百八十ほどある目の前の機械人間は頭から、顔はもちろん、首、腕、胴、脚など、全てを光沢のある金属に身を包んでいる。
だがその金属が鎧としての機能のみを果たすかと言われればそれはノーだ。何故ならば、先程から機械と形容しているように、明らかに全身の至る所に武器を仕込んでいるとわかる造形をしているからだ。
例えば手の甲。例えば脛。例えば肩。挙げていけばキリが無い程に。
恐らくその仕込みの影響なのだろうが、手足が厚い。
更に、一番レンの気を引くのは、人用に作り直せば丁度その大きさになるだろう大きな亀の甲羅のような造形をした物が腹と背に付けられている。
無論鉄で作られている。
鋭利に尖った牙が噛み合うような口の造形と薄暗く赤に光るその両の目も合わせて、危害を加えるために作られているとしか思えない姿だ。
そんな独特な声の機械人間の後ろには、片手剣や大剣、杖など様々な武器を手に取り臨戦態勢万全の人々が軽く二十人はいる。恐らく全員機械人間の仲間。
「ヘラヘラしやがって。相変ワらず気ニ食ワねえ野郎ダ』
「本心さ! この世の人間は誰でも、オレを超えられる才能を秘めてる!」
そんな機械人間に相対するのは、それと比べればかなりシュッとした青年だ。
太陽の光を目一杯に受け止め、そして反射させる金髪をしている。右耳には太陽のようなピアス、左耳には三日月のようなピアスをする彼は堂々とその場に佇んでいる。
その腰には、後ろから見ればクロスするように、左斜めと右斜めに一振りずつ剣が収まっている。
双方、声音に敵意も、悪意も無い。善意もないだろうし、友情などもってのほかといった具合。
――あるのは覚悟と、戦意のみ。
まさに一触即発。いつ戦闘が始まってもおかしくないようなピリついた雰囲気の中、
「だが……なんだァ? まさかそいつが団員だとか言ウんじゃねえだろうな』
「そのまさかだよ! この子が団員さ! 即席だけどね!」
独特な声をする機械人間の言葉の矛先がレンへと向けられる。――ともすれば次の瞬間にはその肩から何か発射されると言い切れるほど、はっきりとした戦意を持って。
そして、ファランなる男はその疑問に、いっそ清々しい程はっきりと、機械人間の疑問を肯定した。
そう、レンは今、出会って五分も経っていないだろうファランと呼ばれる男の傍らに立っている。あろうことか一時的な仲間として。
――仲間というには、あの勧誘は一方的すぎる気がしたが。
けれどそんなレンの心境など、今この状況で誰も考慮はしてくれない。
「即席……しかも一人ダぁ? 舐メてるな』
肩を落とし、機械人間は脱力をして戦闘態勢を整える。
「いやー、巻き込んでごめんね? きっとお礼とお詫びはするから」
そんな、獲物を前に荒ぶる獅子のような雰囲気を出す機械人間の前で、ファランはあろうことか無警戒に体を真横にいるレンへと向け、そして謝罪の意を示すために両手を合わせて謝ってきた。
いくら戦いに長けていない人間だろうとわかること。それは戦闘相手から目線を外して余所見をすることだ。これが類稀な確実と言える悪手であることは、素人のレンにだってわかる。
だからこそ、そんな愚行を犯したファランへ、好機とばかりに機械人間は地を蹴って迫ってきた。
「ぶっ倒ス!』
何故こんなことになったのか。それを理解するためには時間を十何時間か遡らなくてはならない。
そう、戻るとするならば――シュウと森を歩いている、あの昨夜の晩までだろうか。
1
王都ラース。
今現在レンたちがその足をつけるエルドレッド王国の中で、一番重要な都市に位置づけられている。
人はもちろん、様々な物がラースへと届けられる。多くの人が集まり、多くの物が流通し、多くの仕事で溢れている。
「……と、そんな感じで活気のある都市なんだ」
「へぇー」
現在時刻、未だ明けぬ夜のまま。
レンとシュウは森の中を二人で進み続けていた。
シュウの拠点もその王都ラースにあるらしく、そこに着けばレンの服も一新できる。
今の薄汚れた服より、着れるならば新しい服の方が良い。
枝を屈んで避け、時折足で踏んだ小枝の折れる音が響き、他愛の無い話をしながら二人は進んでいく。
「……あ、ねえ、そういえばなんでそんな格好してるの?」
不意に、今やっと気になったのかシュウはレンに服の事情を問うてきた。
素直に聞かれたので素直に奴隷でしたと答えようと口を開き、そこでレンは思い留まる。
――果たして、奴隷という情報は明かして良いのだろうか。一般常識にすら詳しくない故に、明かしていい情報とそうでない方法の区別がつかない。
「あー……」
嘘をつくべきか、それとも正直に言えばよいのか。
もし奴隷が忌避される存在ならば、服が汚れて薄汚いのは自分が奴隷だったからだとレンが答えた瞬間に襲われ、またあの地獄の場所に逆戻りする可能性だってあるのだ。
「――追い剥ぎにとられて、それで色々」
「それは……災難だったね。けど、レンなら数人の追い剥ぎなら撃退できると思うけど、そんなに大人数に襲われたの?」
同情の後に、シュウはレンの体に視線を向けてそう言った。
レンの体つきの何を見てそう判断したのか定かではないが、一つ言えることとして、もしレンが一目見ただけでわかるほどに筋骨隆々だとしても――、
「相手が五、六人でもいたら勝てない」
いくら強いといえど、所詮人は人だ。
人一人の限界などきっとたかが知れている。
「いや、そんなことないよ」
それを、シュウは真っ向から否定してきた。
未だ夜は明けず、足は止まらないままにシュウは言葉を続ける。
「ちゃんとダンジョンで冒険者をやってる人なら、一般人くらいだったら数人に囲まれても撃退できる」
共感を求めるように、「でしょ?」と言ってくるが、その感覚はレンにはわからないものだ。
そして、またしてもレンの心をくすぐる、気になる言葉が先の発言にはあった。
「ダンジョンってなに?」
「ええ……」
日にそう何度も絶句される機会などそうそう無い。
レンはそんな貴重な一日を過ごしている。
とはいえ流石に一から十まで全てを解説するのは面倒臭かったのか、シュウには「まあ、王都についたらわかるよ」と返答されてしまった。
■■■
「そろそろ野営で一日を明かそう」
奴隷であることを隠してダンジョンをしった数時間後、シュウはレンに野営の提案をしてきた。
「俺まだまだいけるよ?」
「いや……余裕のあるうちに休むんだよ。休むときにも、多少なり警戒が必要だから」
最初は先導をする位置にいたシュウが気付けばレンの数歩後ろを歩いていたことに、レンは気付いた。
余裕を作るために歩くペースを落としていたのだろうか。成る程言われてみれば、同じ環境で朝から晩まで体力の一滴まで絞り出さなければならない肉体労働と違って、自由に生きるということは明日の余裕も考えなければいけない。
「あーなるほど……じゃ、俺は何すればいい?」
――やはり、学ぶことはまだまだ多いと感じながら、レンはシュウに野営のために何をすればいいか指示を仰ぐ。
その後、シュウに指示されて火種にするためにそこらに落ちている木の枝を集めた。
既に横に倒れた、枯れた大木を野営地兼腰を下ろす場所に決めて、集めた木の枝に火をおこす。
「あったけえな」
「まあ、火だからね」
いくら慣れているとは言えど寒さは寒さ。そしていつも変わらず火は温かい。
「じゃあ、見張りは交代でやろう。最初は僕がやるからあとで起こすよ。寝てて」
「りょーかい」
焚べる木も十分にあり、そして火も安定してきた頃。休むと決めて早四十分程経ち漸く、二人は交代で休息を取り始めた。
■■■
木を避け、枝をかき分けて、日の差す森を歩み続けて――、
「……あれか? 王都ラース!」
「うん。あれが、僕の……僕らの拠点のある都市だよ」
王城を中心として、その城の周りに城壁。
そしてぐるりと城を回る水路を挟んだ後に、街々が広がるその姿は、レンの想像など軽く超えていた。
想像以上に広く、想像以上に活気があり、想像以上に人がいる。
「ようシュウ」
「どうも」
「後ろのやつは?」
「新入りだよ」
都市の入り口は衛兵が立っているが、通るもの全員を監視して取り締まっている訳では無いらしい。
衛兵はシュウと軽く言葉を交わしただけで、レンを都市内に招き入れた。
その衛兵の格好や、石造りの壁など、そのどれもがレンにとっては新体験だ。
そうして、噛み締めるように一歩一歩進み、中へ入る。
「――!」
目の前を通り過ぎて行く人の多さたるや。
奴隷場で働いていた血相の悪い面々とは根本から違う、自由に生きている人々が幾人も目の前を通り過ぎていく。
人の多さに驚けば、次に来る衝撃は立ち並ぶ店によるものだ。
鼻腔をくすぐる美味しそうな香りを漂わせる店に、剣や防具を売っている店。
少し遠くに目をやれば本を売っている店もある。
――冒険をしていれば、こんな景色は当たり前なのだろうか。
それとも別の都市へ行くたび、同じような体験ができるのだろうか。
それすら計れない。わからない。
かくも、世界とは素晴らしく広いものだと、強く強く、レンは実感させられた。
「レン? 行くよ?」
「あ、わりい」
感慨に浸っていると、道を少し先に行ったシュウから声をかけられる。
都市の景色など見慣れた様子のシュウはすたすたと先に行くが、レンは見慣れないものがあるたびに一々足を止めてしまう。
「なあこれなんだ?」「この肉ってどんな生き物の肉?」「この本って何に使うんだ?」「これどんな仕組みで動いてんだ?」
見慣れないもの=全て。つまり一歩ごとに足が止まっていた。
「もういい……連れてく」
露店の小さなアクセサリーを屈んで見ていたレンに向かって、遠くから傍観していたシュウは近づいていく。
「ん、シュウ……ぉわっ!?」
背後に立ち、服の襟を掴んで、シュウは驚くレンを一瞥もせずに引きずり連れて行った。
「ごめ……ごめん、ちょ、引きずらないで、悪かったから」
シュウが謝意を伝えたレンを引き摺るのをやめたのはそれから五分後。距離にして六百メートルくらい引き摺られた。
「はあ……もうすぐそこだから、立って」
「あーい……」
若干ひりひりする背中を無視しつつ、レンは力なく返事をした。
若干不機嫌になったシュウの後ろを足を止めずに付いていき、見えてくるのは鶏のような姿が彫られている木製の突き出し看板だ。
その看板が付いている建物前でシュウは足を止めた。
中に入っていこうとするので、レンも続いて入ろうとするとシュウが手を突き出して制止してきた。
「そしたら、宿の人にレンのこと言ってくるからちょっとまってて」
中へ入ることは止められてしまった。
今すぐにでも中を見てみたいという気持ちを必死に抑えて、シュウの姿が宿の中に消えていくのを見送り――、
「――!?」
――直後、宿の向かいにある建物の屋根から、レンの目の前に人影が落下してきた。
落下する人影は手慣れたように石造りの道に着地する。
思わず飛び退き、レンは警戒を顕にする。
道に土煙が溢れて、それに映る人影の数が、落下してきた人数は一人であることを知らせてくれた。
「いやー、お騒がせしてごめんね! すぐに退くから!」
「逃ゲんじゃねえ! 団体戦受ケやがれ!』
土煙から飛んでくる謝罪。
それと同時に響く機械と人が混ざった声は上空から発されたものだ。
その声の主も躊躇無く土煙へ着地。
もはや着地と言うより飛び蹴りと形容する方が正しいだろうその勢いは土煙を散らし、二つの声の主の姿を明らかにした。
一人は金髪の青年。
一人は全身に機械に纏う人間。
いつの間にか金髪の青年は飛び退いたレンの目の前まで迫っているが、意識はレンに向いていない。
先程の飛び蹴りを避けた先が丁度ここだっただけだろう。
「――あ、ごめ……」
どうやら人が居る所へ避けてしまったと気付いたのか、本日同人物から二度目の謝罪をされる。
だがその言葉は途中で切れて。
「んー……君さ」
「……なんだよ」
金色の双眸をする青年は、その両の目でレンを頭から爪先まで視線を流す。
そして、警戒心を最大にするレンに対して――、
「――君、今からオレの団員ね!」
「……は?」
拒否をする間も無く首根っこを掴まれ、気付けば何処かも分からぬ闘技場へ連れて行かれ――そして話は冒頭へ戻る。
2
「ぶっ倒ス!』
その姿からは想像もつかないような速度で踏み込み迫ってくる機械人間。
その拳はしっかりと握られ、既に振りかぶっていることから攻撃準備は万端だ。
そんな景色を見ながら、レンは一つ、胸中を占める思いを口に出す。
「――お前ら誰だよ!!」




