路地裏で、月と日の狭間に照らされて
――状況はシンプルになった。
日の落ち始める、影が差し込む気配の立ち込める路地裏で、レンは思考に頭を回す。
ティルアの情報を手に入れるために任務を請け負い、その任務をこなすための地道な聞き込み。
――正直言って、レンには向いていない部類のものだった。情報を聞き出すための話術や最低限の知識、人脈などレンとは無縁のものばかりが必要とされるのだから。
無論いつかはその全てを網羅する気はある。あるが、まず確かなのは、今レンはそれを持ち合わせていないこと。故に聞き込みの際はシュウの後ろで大人しくしているしかなかった。
後ろから見るシュウのいつも以上に丁寧な物言いが何処か面白く、後方でずっと笑いを堪えていたのがバレていないことを祈っている。
「んまあ、取り敢えずそれに比べりゃ随分わかりやすくなったな」
湧き出る余裕を笑みに変換、レンは目の前の敵を見据えて不敵に笑う。
冒頭で示した通り、状況は随分と簡単になった。
故にようやくレンは笑える。笑って、未知に、ありつける。
「ヨユーそうじゃん」
フードの人物が声を低く、突き刺すように呟く。
その身構えはゆるく、しかし隙がない。対人戦に疎いレンですら感じ取れるほど、その佇みは洗練されている。
しかし、そんな余裕の態度を見せる相手にレンは、
「余裕だよ。お前をぶっ飛ばしゃいいんだから、なっ!」
――一拍置いた言葉と同時に、レンが動く。
石畳に硬い音を響かせ、夕日の沈む裏路地で人影が動く。
常人ならば目を見張るような速度だが、如何せん動きが直線すぎる。
融通が利かない動きだ。まるで進路変更のできない矢。
「……ハッ」
フードの人物はレンを小馬鹿にするように鼻を鳴らす。
そして、着弾地点が見え見えの攻撃を後ろへ飛び退くことで易々と躱してしまう。
「君、人と戦ったことねーだろ」
飛び退きの直後、レンの耳朶を打つその声はその息遣いすら感じ取れるほどの超至近距離で発せられる。
「――!?」
瞬間移動――否、違う。着地と同時に地を蹴ったのだ。
驚愕で顔を染めるレンは自身の視界外で起こった出来事をそう結論づける。
拳が空を殴り、すでに回避などとれようはずもない体勢だ。フードの人物が引く拳を見て、レンは震える。
――自分よりも遥か上の戦闘技術を有している。
確かに目の前の敵の挑発は的を射ている。レンは殴り方やその心根などしかお父さんから教わっていない。
異形との戦い方や人との戦い方など、一切合切、何一つ知らないのだ。
――知っているのは、拳の握り方のみ。
「ふ……ぐ……ッ」
腹部に深く突き刺さる拳はレンに嗚咽を漏らさせる。
咄嗟に力を込めて衝撃の軽減を図るが、所詮そんなものは苦し紛れの一手に過ぎない。
――異形と人では、こうも戦い方が変貌するのかと、数歩後ろへよろけるレンは感動にも近い何かをその胸に抱いていた。
「……君、気持ちわりーな」
「あ? ひどいな急に」
拳をゆっくりと引きながら、フードの人物が嫌悪を顕にする。
レンはそんな急な悪罵を食らう理由がわからず困惑に色を示すが傍から見ればフードの人物の言い分はそうおかしいことでないことはよくわかる。
だってそうだろう。――レンの口角は上がり、まるでその顔は楽しそうとでもいうように笑っているのだから。
戦闘中に笑うやつなど、どこか根本がイカれている。そう考えたが故にフードの人物は言ったのだ、気持ちが悪いと。
「もしかして悪口を飛ばすのも人との戦いの特徴なのか」
「は? 君は今までどう生きてきたんだ?」
「言うかよ、カス」
早速実践。一瞬の間、そして即座に空気が凍る。――何やら的はずれなことを言ってしまったらしいと、レンは自戒する。
「……まぁいいや。取り敢えず、もっと見せろよ、――戦い方を」
「――」
人に向けるものではない視線を目の前の人物から感じ取りながら、レンは横暴に、傲慢に、敵に戦い方を教えろと上から目線で物を言う。
――腹部の痛みも、勿論笑みも、消えていない。
諦める選択肢など、浮かぶはずも無い。
「――!」
合図も突拍子もなしにレンは唐突に動き出し、フードの人物がすぐさま構える。
直進の速度は先と変わらず。――これでは二番煎じだ。どうやら異常なのは纏っている雰囲気のみらしいと、構えながらフードの人物は不安感を切り捨てる。
速度だけを切り取れば中々迫るものがあるだろうに、これでは結果も先と全く変わらず――刹那、レンの体が沈み込む。
一瞬、しかし確実に敵の視界から外れたことを確信するレンは、地に置く両手を地盤として、石壁でも砕けよう蹴りを放つ。それはまともに当たれば骨でも砕けるだろう代物で。
しかしそれを――、
「残念」
体を横にズラした敵に避けられ、空を蹴る脚は叩き落されてしまう――予想内、だ。
蹴りを叩き落されたレンは、四肢を地面に着いて背中を晒す無防備な状態。そんな隙だらけの背に、脚を叩き落とすとは別の拳が穿つ。
骨を伝わって、衝撃がよりクリアに体中を駆け巡り始めるが、そんなものは歯を食いしばって無視し、
「――残念っ!」
と、レンは意趣返しのように言い放つ。
その言葉の意味を、フードの人物は思案する必要はない。何故なら、その言葉と同時、叩き落された脚すらも土台として放たれた別の脚の回し蹴りがまともな受けも許さずに炸裂しているのだから。
――直後、背中を起点とした衝撃が隅々まで駆け巡り切り、レンは石畳に叩きつけられた。
同時に路地裏へ響くのは、フードの人物から響く、腹部を蹴られた鈍い音。
比重としては石畳に激突したレンのほうがより大きな音を出していたか。
衝撃によって起こる息が詰まるような感覚を意に介さず、レンはけろりとした顔で立ち上がる。
「そういや、なんて言うんだ?」
その頬には、切れた額から伝う血があるが、やはりレンは意に介さずに言葉を放る。
すれば、フードの人物もまた、ゆっくりと口を開いて応答を返してきた。
「……トーラル。情報を与えない為に、基本は名乗らねーんだけど、死ぬ相手に情報もクソも無いよね」
「なるほど。なら……俺はレンだ」
フードを取る人物――トーラルは、蹴りによって少し汚れた腹部を払って、人を殺す目で、レンを射抜く。
「君は殺す。ここで」
「安心しろ。俺はもとからそのつもりだ」
今、レンは一方的にトーラルを手本に据えているが、学びたいことを学んだなら、残るものなど未来に禍根を残す敵という関係性のみ。ならば、殺したほうが良い。
殺す目をしたトーラルに相対するレンは、笑う。――殺すと最初から決めていて尚、笑っているのだ。




