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一縷の望みをこそ貴方に  作者: みけたろー
一章:感謝と慈しみを貴方に。
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火種の火消しと未知の取っ掛かり

「「――え?」」


純度百度の困惑の声が酒場の店内に同時に響く。


辺りに転がる喧騒は耳には届かず、まるで一人のように思える程の静けさを、レンは幻聴する。

どうやらそれは、目の前のシュウも同じ様で。


「ティルア? ルティアじゃなくて?」

「そっくりそのまま返すよ……」


そういえば、アルドの口から少女についての言及も無かった。

単純に聞かれていないから言っていないだけという可能性もあるが、こうなると困惑に疑問が上乗せされてどんどんと疑心暗鬼になっていく。


「つまり、偽名ってことか?」


困惑の声が重なり目があってから数秒経ち、レンが一つの結論を口にする。


「……ダンジョンで偽名を名乗るのは珍しくないんだ。四大国が一同に介するから」

「四、大国……!?」


途轍もなく気になる単語を耳にして、今の話題そっちのけでレンは目を輝かしてしまう。


「あー、今度説明するから。……とにかく、偽名は珍しくない。おかしいのは、違う偽名を名乗ったことだよ」


なるほど確かに、言われてみればそのとおりだ。

偽名を使うならば、同じ集団には同じ偽名を使わなければ意味がない。

それを根本に据えれば、今度は別の疑問が発生する。


――即ち、何故異なる偽名を使ったのか、だ。


漸く喧騒が少しづつ耳に入ってくるようになったのを感じながら、レンは冷たい木の机に頬杖をつきながら思考を回すが、


「――多分、触れない方が吉だよ」


と、シュウに言葉で制されてしまった。


「そりゃまた……なんで?」

「ダンジョンの未知は純粋な未知。だけど人口の未知はつまるところ悪意なんだ。だから、こういう不可解には触れない方が良い」


まるで事前に用意していた台詞を読み上げるかのようにシュウはすらすらと言った。

それは、その言葉がこの世界では常識だからこそなのだろう。


人口の未知は、悪意。要するにこれが共通認識なのだ。

しかし、レンはいまだ世間知らず。故に、


「なんで悪意って言い切れんだ?」


と、「常識だから」と片付けず、更にシュウに質問を重ねた。


「ん〜」


シュウは数秒説明のための言葉選びに思案し、口を開く。


「人口の未知、それを用意した人間が答えを持ってるし、大抵その()()は用意した人間が得をするよう作用するから、かな」


刹那、脳裏をよぎるのは、忘れたいと願っても死ぬまでついて回るだろう奴隷の記憶。首輪という未知を用意した人間は、殺すためという答えを持っていた。


「……あぁ、そっか」


――冷えた声が、漏れ出る。気温がまるで二度は下がったと錯覚するほどに、冷たい声。

自らの目で見た、例えに沿ったその出来事の記憶は、レンに納得を与えると共に、冷たい声を漏らさせた。


むせ返るような死体臭と、ただひたすらに何かを掘る音。


死んだように生きる日々がただ過ぎていく無力感と、それに物申すことのない無表情の仲間たち。

手に持つツルハシ重さすら未だ忘れられない。ただ世界に恋い焦がれることしか叶わなかった無力感が呼び起こされて、唇を口の端から血が垂れる程噛み締め、その痛みで記憶の否応無しの再生をなんとか止める。


「レン、血が……」

「――なんでもねぇよ」


裾で血を拭い、これ以上触れるなとシュウの心配を無下にする。頭に残り続ける苛つきを抑え込みながらレンは何度か瞬きをした。


――冷えて、落ち着いて。脳が再稼働を始めれば思考が働き始める。


人口の未知、触れれば損をするのはこちら。だから触れることは吉ではないとシュウは言い――、


再び思考が働けば、


「だったら尚更、触れたほうがいいんじゃねえか」


――今度は、自分の意見が顔を出す。


その発言を聞いたシュウが慌てふためき、机が不安定にガタッと揺れる。


「いや、だから悪意の未知って言ってるじゃん……っ! 最悪命だって……!」


話を聞いていないと思ったのか、焦った表情でシュウは先の発言の内容をなぞるが、レンの目は揺るがない。


「ダンジョンの未知だって、死ぬ可能性はめちゃくちゃあるんだろ? なら変わらねえって」

「それはそうだけど、でも……っ、この件はレンに関係無いでしょ……!?」


偽名を名乗った理由思考が、言い争いに発展し始める。

お互い、どこかで止まらなければならないとわかっていても、一度エンジンがかかれば中々止まれないのが人なのだ。


シュウは普段より少しだけ声を荒げて、対してレンは普段とは打って変わって冷静な声音。しかし、言い争いは止まらない。


こうなれば第三者の介入か、どちらかが負けを認めるしかないわけで――


「人が作った未知だと、損するやつと得するやつが出てくるんだろ? それは……損してる奴らが、可哀想だ」


得をしている奴らは別にどうでも良い。

未知は人に利益と不利益を与える。それは知っている。


――だが、人による不利益は一方的だ。片方だけが得をして、その得を得るための損をもう一方に押し付ける。

それがレンは耐えられない。我慢ならないのだ。

不利益が死そのものであり、それを理不尽に押し付けられる光景を知っている。見ている。


「――未知は、()()()()()()()()()()だ」


少なくともレンはそう思う。だからこそ、


「不利益だけを押し付けられてんなら、俺はそれを止めたい。……それに、未知は未知だしな!」


最後の言葉で、普段の元気さに戻るレン。

レンは笑顔で言い切り、シュウを見やる。


一方的に喋ってしまった。価値観を無理矢理に押し付けて、しかもその価値観は相手の真逆だ。黙り込むシュウが、次の瞬間嫌な顔を見せてもおかしくない。


見せた笑顔がすぐさま引っ込み、シュウを見る目がおずおずとしたものになる。が、


「……はぁ、しょうがないか。寄り道は付き物だしね」


そんなレンの心配などまるで気にせず、シュウは諦めたようにため息をついてはにかんだ。



■■■



「――となれば、何すりゃいいんだ?」


直前の険悪な雰囲気はどこへやら、レンはいつもの調子で丸投げの発言を放つ。


ティルア(仮)を探すという方向へ舵を切ることになったのは良いが、そもそもレンはこの世界どころかこの王都ラースについての知識すら浅薄だ。未だ右も左もわからない生まれたての雛同然で、人探しなどレン一人で出来ようはずもない。


そうなれば、頼れる手段は最初から人に頼ること以外に無い。


その初手から他力本願全開の姿勢を見て先とは違うため息をつくシュウはおもむろに立ち上がり、先程レンが見かけた、乾杯をしていた集団へ歩みを進めていく。

なんの躊躇いもなく楽しそうに談笑する集団の前まで行き、


「人を探してるんだ。青髪の、このくらいの子なんだけど、知らない?」


と、身長をジェスチャーで示しながら、一も二もなく探し人を訪ねた。

名前を出さなかったのは、偽名である以上その名前は探す際に価値を持たないからだろう。


「髪色自体は珍しくねェなあ……だがこの身長ってなるとなァ」


酒の器を置き、顎に手を当てて記憶をたどるのは、まさしく冒険者と言える中年の男性だ。

強面のその顔には大きな傷跡があり、装備は使い古されてボロボロ。一目で歴戦の冒険者だとこれほどわかるのも珍しいだろう。


「んん……お前ら、ガキ攫いじゃねえよな?」


強面の冒険者はシュウの示した身長が引っかかったのか、その鋭い眼光でシュウを睨みつけて質問する。


「ガキ攫い? なに、それ?」

「ウソかホントか……まァ良い。最近子供がいろんなとこで居なくなってんだ。問題視されてんのか、四時以降のガキの外出は一時的に禁止されてるぐらいだ」

「禁止って、誰が?」


シュウが手慣れている様子だったから傍観していたが、世間知らずのレンは思わず質問を超えに出してしまう。

その投げかけられた質問に対して強面の冒険者は珍妙なものでも見る顔で「王族に決まってんだろ」と呆れたように酒をあおる。


「お前さんの連れか? 随分と世間知らずなんだな」

「んんまあ……うん」


世間知らずなのは事実なのでレンは言い返せず、シュウも気まずそうに頷くしかない。


そんな面々の表情を訝しげな目で見ながら、強面の冒険者は「まあ」と場を切って話を続ける。


「詳しいこたあ支援部に行きゃあわかる。依頼としても出されてっからな」


疑い、値踏みするような目は変わらず、しかし冒険者は有益になり得る情報を教えてくれた。


「ありがとう、おっちゃん!」


素直に感謝を伝えて、二人は酒場を後にした。


「――全然知らなかった。ラースは治安がいい方なのに」

「取り敢えず支援部? に行ってみようぜ。無駄骨かもしれねえけど」


有益な情報。少なくとも、二人はそう感じていた。その期待故に、二人は気付かなかった。


――陰惨に、二人を笑い者にするような酒場全体の雰囲気に。

――悪意は小石と同じ。そこらに転がって、いつも人を転ばせる。

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