表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
一縷の望みをこそ貴方に  作者: みけたろー
一章:感謝と慈しみを貴方に。
13/16

最悪で確かな証

「……いいか? 会話であれ戦いであれ、拳は一種の言葉だ」


説教臭く始まったそれは、いつ言われたものだったか。

霧が立ち込めるようにぼうとする意識を、頭を振ることでレンは明瞭にする。


――見覚えのある景色だ。石炭と石壁の匂いが立ち込める、懐かしくて、忘れることなどできなくて、もう二度と、見たくなかった景色。

そう、奴隷場だ。馬車馬のように働かされて、人の死に価値が無くて、ただひたすらに根性と負けん気だけが育まれた、忌むべき場所。


明瞭になり始めた視界の先で、人影が言葉を重ねる。


「だから、拳は伝えてェ事の芯の芯まで伝わっちまう。()()に拳を武器にするなら、覚悟しろよ?」


靄が完全に晴れるレンに言葉を伝えるのは、盲目で灰色の髪をした中年の男性――お父さんと、レンが呼ぶ男性だった。


「――」

「? レン?」


思わぬ再開で呆気に取られるレンをお父さんが案じてくる。


その紡がれる言葉を聞きながら、レンはこれが夢であることを確信した。

だって、お父さんと別れるまでに、こんなこと言われた記憶がないのだから。


「……ううん、なんでもない。覚悟、だよね」

「あぁ」


こちらを案じた顔表情から一転、笑顔を浮かべるお父さんは短く息を吐いて、続ける。


「戦う心構えができてりゃ、拳は最高の武器だぜ」


いつも見た笑顔。こちらを案じていて、安心感を与えてくれて、余裕があって、大好きで――もう二度と見れない、笑顔。


そんな大好きな、憧れだった尊敬する人も、夢の中では瞬きするごとにぼやけていってしまって。


手は動かない。脚も、同じく。未だこのぬるま湯に浸っていたいのに、夢からの覚醒がそれを妨げる。


お父さんの姿は薄れて、薄れて、やがて――、


「オレは伝えたくなかったから、選べなかった。……選べなかったんだよ」


呟きは、レンには――否、それは本人にすら届くかわからぬ程か弱く、白む空に吸い込まれて消えていってしまった。



■■■



――はっと目を開ける。

輪郭の認知など後回しとでもいうように多量の光がレンの視界へ滑り込む。

思わず眉を顰めて、反射的に何度か瞬きをすれば、光は逃げて輪郭が姿を表す。

目が正常に働き始めれば、次は鼻だ。


そうして五感が順調に働き始めれば、次にわかるのは自分の状況と周りの環境だ。


周りを見渡せば、木で作られた質素な部屋の、固いベッドで寝ていたことがわかる。


レンは無言で起き上がり、ベッドから降りて窓の外を見ようとして――


「おはよう、レン。いい夢見れた?」


中性的な声が耳朶を打った。

窓から差し込む陽光を受けながら振り返れば、ドアの前にはシュウが立っている。


――見た夢は覚えていない。覚えているのは、何処か温かいものだったということだけ。

一つ言い切れるのは、


「寝覚めは悪くねえな!」


そう言って、レンは宿屋で目を覚ました。


「――そんでアルド達は?」

「あの人たちは自分らの拠点に戻ったよ。僕らならいつでも大歓迎って言ってたけど、ま社交辞令かな」

「そうかぁ、色々聞きたかったんだけどな」


残念そうに肩を落とすレンは、その手に持つ肉を食いちぎる。


周りには人の声が飛び交い、それに伴って様々な料理が提供される。


今、二人は宿屋の一階にある酒場で、あの後何があったのか情報を擦り合わせていた。


どうやら半日は眠っていたらしく、凄まじく空腹だったレンは既に三個の肉を平らげている。今手にしている、人の頭程もある大きな肉はこれで四個目である。


そもそもの話、あの場所から逃げた日からまだ満足に食事を取っていないのだ。ここまで空腹になるのも仕方がないと言える。


「でも、凄いね、レン。アルドさんは一週間は起きないだろうって言ってたのに半日で起きて……それだけ食べるんだから」


シュウが戦々恐々とした顔で積み上がっていく皿を見る。


「ま、食えるときに食っとかないと勿体ねえからな」


肉を頬張っている影響で甘い発音のレンにシュウが「ちょっと行儀悪いよ」と注意を飛ばす。

喧騒が転がる店内、他の客の会話を片耳に入れながら、レンは素直に注意を聞いて、肉を飲み込んでから口を開いた。


「これからどうすんだ?」


レンはまだこの世界に疎い。簡単に欺かれ、いつの間にか身に危険が迫っている可能性などザラだろう。


ならば、あの忌々しい場所から抜け出してから多くの時間を過ごす、この世界にレンより詳しいシュウに未来を尋ねるのが一番安全だろう。


「それになんか……相棒として接するみたいな言っちゃったし」


シュウには聞こえない小声で、まるで事実確認のようにレンは呟く。

寝起きでうつらうつらしていたのも事実だが、とはいえ返答をしてしまったのもまた事実だ。


正直、今はまだシュウを完全に信じ切っているわけでは無い。

この世界についての知識や常識、ダンジョンのことを教えて貰い更に共に死地をくぐっただけの顔見知りくらい――、


「いや大分深いな?」


改めてシュウとの出来事を羅列すれば、下手な家族よりも深いところで関わっていた。

しかもそのどの出来事においても、シュウはレンのサポートを第一に動いている。


――努力を認めないことは、その人の生きた証を認めないことと同義だ。

命をかけて世界を変えたレンが、どうして生きた証を認めずにいられるか。


「「カンパーイ!」」


ふと、レンの席の近くに座る何人かが、液体の入った木の器を軽く掲げて打ち付け合っているのが目に入った。


打ち付け合う当人たちの声と顔が、あまりに楽しそうに輝いていて。


「あれ、何?」


故に気になり、シュウに尋ねた。


「あれは……仲間とか相棒……まあ、親しい人とするお決まり的な」

「ふーん……ならするか、カンパイ? ってやつ」

「……誰と?」「お前と」「誰が?」「俺が」


「――え?」


驚きと共に呆気に取られる顔で停止するシュウ。やがて停止は震えに変わり、そして


「――うん! しよう、カンパイ!」


それは即座に、笑顔へ変わった。


「お兄さん、ビーラ二杯下さい!」

「はーい」


何処までも嬉しそうな声音に対して、店員の返答は何処までも手慣れていた。


「実は初めてなんだ、僕も」

「俺も初めて。美味えのかな」

「だと良いね」


店員の返答から数分後には木の器八分目程まで注がれたビーラが置かれた。

泡立っているそれはまさしく、先ほどの彼らがカンパイとはしゃいで飲んでいたのと同じものだ。


あれだけ愉しそうな顔と声だ。さぞ、美味しいことだろうと、レンは大いに期待をしながら器を掲げる。


「じゃ、カ、カンパーイ……!」

「カンパイッ!」


戸惑いの残るレンに対して、シュウは何処かとても満足気だ。


器を打ち付け合えば軽い音が響き、その余韻が途切れぬ前に器へ口を付けて一気に飲み干す。


「――ッ……!?」


嗚咽が漏れそうなほど、喉が熱い。


焼けるような熱さは喉を通過し腹へ辿り着く。


その感覚は、どうしようも無く――、


「「マズイ」」


器を机に半ば叩きつけるように置いて勢いに任せて声を出せば、一言一句が目の前のシュウと被った。


「「……」」


お互い目が合い、暫しの沈黙。そして、


「「あっはは!」」

「同じ感想!」

「やっぱシュウもそう思うよな!? マズイよなこれ!」


――まるで示し合わせたように、二人は同時に弾けた笑いを飛ばした。


腹に溜まる熱い感覚は気持ち悪く、喉越しは最悪で、味はまるで汚れた雨水みたいにまずい。


これから先進んで飲むことなど絶対にないと言い切れるそれがしかし、


「でも、初めて知った! シュウと居るとこんなんばっかで退屈しねえんだ。これからもよろしく、シュウ!」

「――うん! 勿論!」


――しかし、レンとシュウを結ぶ、この世界の確かな証となったのだ。


「……けどここまでまずいと他のやつにも飲ませたくなるな」

「わかる、例えば――」


信頼できる仲間が増えれば世界が広がる。


「あの、ダンジョンで助けた女の子とか」

「俺に回復魔法かけてくれたやつか!」


世界が広がれば――、


「名前は確か……」


「ルティア」「ティルア」


「「――え?」」


()()が、見つかる。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ