ハズレクジ
総PV数が500を突破しました!!
何をそんなことでと思うかもしれねえ!けど嬉しいもんは嬉しいんだ!ありがとう!!
ひゃっほぉぉーーっい!!!
体が揺れる感覚がする。
自分自身で揺らしているのではなく、外的要素に揺らされている感覚が。
その揺れから危険は感じず、むしろ安心感を与えてくれるほどだ。
一定間隔で揺れ続けるまま、視界に横一文字の光が走る。
「――」
「……おはよう、レン」
リズムを崩さず歩くシュウ。その銀髪に視界の八割を埋め尽くされながら、レンはシュウの背中で目を覚ました。
「やあやあやあ! 無事で何よりだ!」
未だ意識が煮え切らないレンの右から、元気のいい通る声が聞こえてくる。
首ごと顔を動かしてそっちを見れば、アルドが当然のようにシュウと並んで歩いていた。
人当たりのいい笑顔を浮かべるアルドには傷どころか汚れ一つなく、対して自分はボロボロで汚れと傷だらけで、更には動けず人に背負ってもらっている始末だ。
「指の先も動かねえけど……なんとか無事だよ」
そう言い、レンは力なくアルドに笑みを返す。
「それはよかった!」
「――今度から、無茶な体の扱いはやめるのだぞ! 少年!」
声の勢いは全く衰えず、笑顔で微笑み返すアルドではなく今度はレンの左側――ラグダが、レンへ忠告をした。
「……無茶、って?」
「少年、まず君には潜在能力がある! そして
君はイノコを殴り飛ばしたいと願いあまり、その潜在能力を対価にそれを実現した! 平たく言えばあれは軽く未来を捨てていたということだ!」
全てがやかましく、そして全てに筋が通っていた。
レンが質問を挟む余地もないほどに、ラグダはまくし立てるかのように言葉を続ける。
「明日にはぽっくり逝っていてもおかしくないな! はっはっは!!」
「兄さん……言い方がひどいですよ。――ごめんね、えーっと、レン君。兄さんはああいう人なんです」
ラグダのその更に奥にいるリグダが、背負われるレンにフォローを投げる。
けれど言い方を咎めただけで、あの戦い方が命を削るものであることを否定しなかった。
要するに、戦い方を覚えなければならない。
無理無茶無謀で挑むのではなく、一段ずつ階段を登り、実力を兼ね備えて挑むべき。そういうことだ。
アルド、ラグダリグダと来れば、どうせルゥシーにも何か言われるだろうと、レンはここで初めて今歩いている面子に目を通して――、
「あれ、ルゥシーは?」
大斧を持つ、青髪の少女の姿がないことに気がついた。
姿が無いことで、レンの脳裏に何かがあったのかと嫌な思考がよぎり始める。
戦闘不能か、何処かに取り残されているのか。
しかしそんな思考は次の瞬間には霧散していた。
だって、ここにいる彼らがルゥシーを助けないはずがないのだから。
「彼女は気になることがあると、一人で一層の表層に留まったよ」
そんな不安を自力で霧散させたレンにアルドが答えをもたらした。
「ダンジョン内で魔力探知はできないからね。戦士としての勘は大事にしているのさ!」
「……けど、なんかあったらどうすんだよ」
「彼女は一対一ならばイノコを単独討伐できる程には強い。それに、引き際も弁えている! そうおいそれとやられる人材では無いのは、この僕が! 保証しよう。そう、この僕が!」
強調されるやかましい部分は無視して、レンはアルドの発言に驚きの表情を示した。
一対一ならばイノコを討ち取れる。それ即ち、レンの上の上の上に居るということだ。
「やっぱり先輩って呼ぶべきか……?」
「なら僕は相棒って呼んでよね」
揺れる背中が、レンの小さな独り言に触れてくる。
その声音には何だか不満を含んでいるような気がして。
暖かい背中で意識が微睡んでいくせいで思考が纏まらない。
「……それも……そうだな……」
泡沫を彷徨っていた意識は再び、水面下にゆっくりと落ちていった。
■■■
同刻、より少し前。
「あんたっすか、イノコをはぐれものしたのは」
一層の表層で、少女――ルゥシーが、一人の男へ声をかけた。
先刻からぶつぶつと独り言を呟く男は、ルゥシーが声をかけた途端体をビクッと震わせて無言になってしまった。
「――」
――未だ、何も結論はついていない。
イノコの白く溶ける姿を見て、アルドは未知だと喜んだ。それには同感だ。あんなイノコは見たことが無いのだから。
しかしアルドはそれをダンジョンによる未知だと思っていた。そこが相違なのだ。
ルゥシーはあれを、人によって作られた未知だと思っている。
根拠は無いが、強いて言うならば戦士の勘だ。
そしてその勘を頼りに表層を戻れば見事、目の前の男と出会った。
だが、男がイノコをけしかけたという確証も無く、そもそも目の前の男が誰なのかもわからない。
ただ一つ言えることは、イノコに関係ある無しに関わらず――人の死臭を漂わせる人間は見逃せない。それだけだ。
斧に手をやるルゥシーは既に戦闘態勢。
いつ何が起ころうと対処できる気構えでいる。
だがそんな緊迫した空気感とは裏腹に男は一言も発さない。
――嫌な緊張が、高まる。
「……だから嫌なんだ」
数十秒や数分に感じられるほど長い数秒が過ぎ、男は口を開く。
「生きてる、体温がある、喋る、意志がある、勝手に動く……あぁぁぁぁあ嫌だ嫌だ嫌だ。何で許可なく動くかなあ。失敗? 俺が失敗してる? なんで咎められなきゃいけないんだ? なあ、なあ、教えろよ、答えるなよ、答えを言えよ、動くなよ、なあ、なあ! なあ!!」
――一息で詰め込まれた言葉は、とても同じ言語とは思えないほどに狂気に溢れていた。
到底、話が通じるとは思えない。
嫌な雰囲気さ霧散せず、故に本能に従ってルゥシーは踏み込もうと、膝を曲げて。
「許可ァ! 許可取れよ! だから生きてるのは嫌いなんだ! 死ねよ! 死んで俺に信じさせろよ!」
膝を曲げる。ただそれだけで男の感情が激化する。
激化して、爆発して、その果てに――、
「あぁそっか。殺せばいいんだ」
「やっと……意味がわかる文章喋ってくれたっす」
直前の激化など無かったかのように、余す所なく空虚で、まるで静まる水面のような声音で呟く男を前に、ルゥシーは冷汗を隠す。
「――『累々屍諫』」
直後、氷のように冷たい呟きが響き、背後の大男二人がぎこちなく動き出す。
油が刺さっていない機械のように、ギギギと錆びつく音が聞こえるほどぎこちなく、ゆっくりと大剣を構えて――次の瞬間、その輪郭がブレた。
瞬きの間にルゥシーの眼前に移動する大男の一人が躊躇無く大剣を振り下ろす。
――ただ、上げて降ろしただけ。
たったそれだけの単純な行動が、目で追いきれぬほど恐ろしく早い。
喉から声にもならない焦りの音を漏らすルゥシーは振り下ろしを大斧の柄腹、手と手の間の部分で受け止める。
「――重ッ」
力の綱引きが成立すらせず、受け止められた柄ごと、剣がルゥシーの額に迫る。
まるで巨岩だ。人が持ち上げることなど到底叶わぬような、そんな重みが相手で、拮抗など起ころうはずが無い。
咄嗟に一歩後ろに下がり、柄で剣先を誘導して攻撃をいなす。
いなされた剣先は地面へ衝突し、その半身が見えなくなるほど深く土に突き刺さる。
ダンジョンの壁は削れても壊せないという常識はいつの間に覆ったのか。
突き刺さった大剣を引き抜こうとする大男の目には生気がない。顔色もまるで良くなく、むしろ瀕死の病人のそれだ。
刹那。背後に死の気配。振り向き行動を取ろうとする本能をねじ伏せて、理性と思考で頭を素の腹より下まで下げたのは、長年ダンジョンに潜り命のやりとりをしていたが故だろう。
輪郭がブレていた二人目の大男。彼は背後に周り、その大剣を横に凪いでいた。当たっていれば一発で真っ二つだったろう。
だが起こった未来はそうではない。本能をねじ伏せたルゥシーは横一文字の振りを避け、そして標的に当たらなかった剣の行き先は――、
「無様な同士討ちっすね!」
丁度、剣が突き刺さっている男の首に、ルゥシーの背後に回った男の凪ぎが直撃。
それを見て同士討ちと形容し笑うルゥシーの内心は、しかし死の予感に溢れていた。
相手の通常攻撃はすべて、此方にとっての致死。なにか一つでも選択を間違えればその代償には確実に死が選ばれるだろう。
だが、その致死は今敵にとっての仲間に直撃した。
幸運が重なり、二対一だった戦況はこれで一対一に――、
「――は?」
怒りも、義憤も、憎しみもない。
ただ純粋に、困惑だけが籠もった声が漏れた。
直前にルゥシーの耳に剣閃が響いた。それはいい。今敵が扱う得物は大剣なのだから、この戦場で剣閃が響くことなど無数にあるだろう。
問題はそこではない。
問題は、ルゥシーの耳を打った剣閃が、首をかき切られた大男から響いたことだ。
死者が剣を振るうことはない。これは例え未知が跋扈するダンジョンにおいても覆らない常識だ。
ダンジョンに死から蘇るものはいても、死んだ状態で動き続ける存在は居ない。
「……って、言えなくなっちゃったっすね」
閃く剣閃から身を翻し、背後に佇む大男の足へ後ろ回し蹴りを食らわせる。しかしその顔色は変わらず、特にダメージを負った雰囲気もない。
――だがそれは織り込み済みだ。ルゥシーは脂汗を浮かばせながら、その大男の足を支点にして回転する。
ルゥシーの背後にいた大男の、更に背後に回り込み、そして間髪入れずに地を蹴り後退。
眼力なくそれを見る大男を睨みつけながら、ルゥシーは再び戦闘態勢を取る。
「……こりゃハズレクジっすね」
浮かぶ脂汗と脳を直接燃やすような痛み、長年あって当たり前だったものを失った喪失感を意識的に無視しながらルゥシーは軽口を叩いた。
――利き手である右手を、肩ごと丸々失って。
はい、ルゥシーに言わせたかった台詞を言わせられて作者は満足です。




