只、輝いて。 四
「……俺が」
危なげもなく着地をしたレンは、たった今自分が引き起こした現象に自分で驚いていた。
もしレンが万全でも、レン単体では蚊ほどの傷も与えられない、筈だ。
なのに、何故――?
「すげーっすね、ちびっこ!」
「身体強化無しでそれとは、恐れ入るね! ガズさんが喜びそうな子だ!」
「誰だよ……」
また、知らない名前。
いつか大勉強会でも開いて一挙に全部を教えてもらいたいほどに、知らないことが多い。
この、自分でも驚くほどの威力の攻撃が自分で放てたことや、誰が有名で、何が凄いのか。
今のところそんな疑問に答えてくれるシュウは、何やら此方を見て軽く恍惚としており、何処か使い物にならない雰囲気を感じる。
次点で、何でも答えてくれそうなアルドに問いかけようとレンは振り返り――
「取り敢えず、疑問は後回しにしたまえ。来るよ。――臨戦態勢だ」
またしても起き上がり、ダンジョンを揺らす異形。いい加減にしつこいと思わざるを得ないほどに、イノコはタフに、何度も立ち上がってくる。
その目に、人の命を奪う、揺るぎのない意思を宿して。
シュウから伝えられた臨戦態勢は、正直言ってレンにはしっくりきていなかった。
それもこれも、イノコに分かりやすい変化がなかったからだ。
だが、
「はは……わかりやす」
全身の毛を逆立てて、角と角の間に何かエネルギー体のようなものを生成するイノコを見て、誰がしっくり来ないと言えようか。
――かくいうレンも、その姿から恐ろしいほどの重圧を感じていた
やがてエネルギー体は固まり始め、輪郭を定める。
何処か粘土のようなぐねぐねと動いていた姿から輪郭を定めきって生まれたそれは、
「――」
ファランの団体戦で見た物体――魔法で作られた水の球を、イノコは角と角の間に生成していた。
目の前の異物を戦うべきと判断していた獣は臨戦態勢に入り、魔法を使う。
向こう側が揺らいで見えるほどに透明度の高い水の球の波のように揺れる輪郭が、イノコが鼻息を荒くすると同時に刹那に尖った。
その認識を声に出す間もなく、イノコは水の球をウォータージェットのように目にも止まらぬ速さで弾き出した。
「――弟よ!」
「了解です!」
「用ォ意ッ!!」
エネルギー体が放たれ、同時にラグダとリグダが息と声を合わせて大盾を構える。
差し迫る、紐ほどに細くなった水魔法のウォータージェットが大盾へぶち当たり、ラグダリグダシュウの三人が後ろへ押され始める。
――が、防いでいる。
貫通されていないだけで化け物級だ。
盾に弾かれる水が噴水のように薄くなり、辺りに虹をかける幻想的な景色を作り出す。
耳に響く、水と大盾がぶつかり合う轟音と、目に映る岩肌と虹の幻想的な景色にあべこべな感覚を覚えつつ、しかしレンの脚は動いていた。
それは、ルゥシーもまた同じで。
「がら空きっす!」
「隙だらけだ!」
魔法を発射しているならば、防御に回せる意識など限られる。
そして今此方の誰かは、必ずイノコの意識を削いでくれる。そう、二人は確信していた。
ならば最大の攻撃タイミングは、今この瞬間だ。
思考の重なったルゥシーとレンは魔法に当たらぬように、岩肌から飛び出る岩石の輪郭が混ざり合うほどに早く地を駆けてイノコに迫る。
「この僕が! 隙を作ろう! ――ウル・ディスタブ!」
確信していた通り、アルドがイノコの魔法を散らす。
水圧の暴力を繰り出すイノコは、その水圧に耐えるためにかなりの力を込めて前傾姿勢を取っていた。
それが、急に水圧が霧散すればどうだ。
――当然、体勢がよろけるに決まっている。
牙から地面に突っ込みそうになるイノコは、本能で体に力を入れ、倒れ伏すことを否定する。
そこへ、命に歯牙をかける二つの存在が躊躇い無しに飛び込んでいく。
「無駄にしねぇ!」
「今夜は猪肉っす――!」
歯を食いしばり、レンとルゥシーは最大限の力でイノコにかかり――刹那、籠手を付けたレンの拳と、ルゥシーの大斧が炸裂。
「――ッッ」
鼓膜を破らんとするような、空気をつんざいてイノコが叫び声を上げた。
それは二人の攻撃がイノコの命に指をかけた証明であり、前衛の三人が全てを守り切った証であり、アルドの指揮が的確だったことの示しでもある。
それほどまでに、今のイノコの叫び声には命が含まれていた。
――そうして、命が零れ出る明確な叫び声と共に、イノコが横から地に倒れる。
その目から光を無くし、命を燃料にした叫び声も、すぐさま小さく、か細くなっていく。
人を害するというただ一点の感情を宿し、下手をすればレンとシュウの命を奪っていたかもしれないある意味で純粋な獣は、今度こそ――その身をダンジョンに返すこととなった。
「……や…った、のか……?」
今までのタフな耐久を見ていると、目の前で倒れ伏したとて撃破を確信できず。レンは恐る恐る、そう尋ねた。
今にも立ち上がりそうな威圧感だけをただ放ち、しかしイノコはピクリとも動かない。
「安心したまえ! 死んでいるよ! 二層の異形に、死を覆すものは居ない」
イノコの死を確定させるとともに、アルドの発言はレンの好奇心をくすぐった。
だがレンが好奇心に任せて質問を投げるより早く、アルドは解説をし続ける。
「イノコの最大の厄介さは、仲間を呼ぶ習性にある。その点今回は幸運だった。このイノコははぐれものだったからね! ――あぁ、それにこの僕が助けてあげたという点も幸運だったね!!」
いっそその自信が羨ましくなるほどの満面の笑みで言い放ち、アルドは胸を張って髪をかき上げる。
闘技場の時点で分かっていたことだが、アルドはかなり自己評価が高いらしい。
「やー、凄かったっすねちびっこ、イノコを殴り飛ばすようには見えない体ってなめてたっす」
そんな自分に対して自分できらきらとしたエフェクトを出しているようなアルドを無視して、ルゥシーがレンに話しかけてくる。
一度目に殴った際は、まるで大地でも殴っているかのような感触を覚え、事実イノコはびくともしなかった。
殴り飛ばせる予感など、ゼロに等しい――否、まさしくゼロだった。
だがティルアに補助してもらい、アルドの引き連れた面々と協力して、諦めないと強く決心して拳を握ったとき、何故かイノコを殴り飛ばすことが叶った。
――まるで、一縷の望みと可能性を掴んだかのように、レンは細い糸を渡りきったのだ。
しかし、だからこそ
「俺も驚いて……っ」
俺も驚いている、と答えを返そうとして――それを全て口にすることは叶わない。
何故なら、
「あっぐ……ぅあ、が、ぁぁぁぁあァっ――ッ!?」
――身体中に激痛が走ったのだから。
「――!」
即座に、今この場にいる全員がレンへ視線を向けて何が起こったかの把握を始める。
だがそれとは裏腹に、レンは意識を保ち続けることはできず。
「回復魔法を――」「早く外に……っ」
多少なり慌てた顔を見せる彼らを見て、自分は心配される程度には仕事を果たしたという、そんな達成感と激痛を抱えながら――
「――」
レンの意識は、泡沫に沈んでしまった。
■■■
レンの体全体を包んでいた光が、音も出さず静かに霧散する。
「……回復魔法で傷は塞いだが、恐らくこれは」
「――イノコに受けた傷、というより……何かの代償、だよね」
「概ね同意だ、シュウ君」
仰向けに倒れたレンの微かに動く胸に触れて呼吸を、ひいては生きていることを確認するシュウを見つめながら、アルドはその予想に同意した。
「代償、っすか?」
「となれば、この少年は身の丈に合わない力でイノコを撃破したのだな!」
ルゥシーの疑問を勝手に前提に据えてラグダが豪快に笑いながらレンに厳しい評価を下す。
「兄さん……褒めてあげましょうよ……」
「うむ! 息が合っていて素晴らしかったぞ弟よ!」
「いや俺じゃなくてですね……」
「あんたらの話は終わんねーから黙るっす」
ズレた返答を返す兄に、弟であるリグダが試みた軌道修正をルゥシーは割り込んで終わらせる。
このやり取りが第三者の仲介無しに終わったことを、ルゥシーは見たことがない。
「それでふくだんちょー、代償……っすか?」
「ああ、その認識で間違いないと思うよ!」
人間が何かを成し遂げる為に差し出さなければならない犠牲、それを代償と呼ぶ。今のレンの状態を代償と仮定するならば、何を成し遂げるために代償を支払ったのか。
そもそもの話、代償を支払ってまで何かを成し遂げようとする人間は最近多くは無い。
世界の謎を探求し、冒険を通じて世界を広げ、未知を既知に変えたいと心の底から渇望する人々が集まり建てたのが、このエルドレッド王国だと言うのに。
今は諦め、堕落し、現状維持を何よりの至高だと履き違える輩が増えている。
――国の成り立ちも心に刻まず。
「その点、君の諦めない姿勢は好ましいよ! ――レン君」
基本的にアルドは誰もを褒め称える性格をしているが、今回は本心からの発言だ。
フォローやおためごまかしなどではなく、本当に、好ましいと思っている。
「レンは絶対諦めないよ。僕も、そこが好きなんだ」
「気が合うね! 喜び給え! この僕と気が合ったのだからね!」
「……うん、ありがとう……」
意識のないレンの顔を見つめながら褒め称えれば、そんなアルドの隣に立つシュウは同意を示してきた。
――感謝の顔はなにやら萎れていたような気がしたが。
目の前の倒れ伏す意識のない彼は諦めず、イノコをねじ伏せる為にボロボロだろうと立ち上がった。
そして、見事イノコの撃破を成し遂げて――
「……それか?」
思わず声に漏らし、そして思考を詰めていく。
「ふくだんちょー、とりえーず地上に戻らねっすか?」
「――ああ、そうだね。それが良い……」
直後、地割れのような蠢きが起こり、ダンジョンが呻く。
普段の異形の飲み込みにしては揺れが大きく、嫌な予感が脳を駆け巡ったアルドはイノコの方へ振り返り、戦慄する。
「――ォ……」
そこに居たのは、純白すら跳ね返すほど白く、気高いとも言えた己の象徴の牙。
それに無数の目が開き、体中が白くドロドロに溶けかけているイノコの姿だった。
言葉は発さず、瞬きよりも早く迎え撃つ体勢を整え――、
「……なに?」
直後、イノコはドロドロに溶けて消えてなくなった。
「……なんすか、今の」
「わからない。――未知だ」
世界の未知に触れた事実を、アルドは小さい呟きと――大きな興奮で迎え入れた。
■■■
「――やぁっぱり人じゃないと上手くいかねーなあ……まあ、しょうがないか」
声に感情がこもらない、ひどく平坦な声音だった。
単独とはいえイノコを殺しきったアルド一味に見つかるわけにはいかないと、彼らが完全に姿を消したあと、男は静かに歩き出す。
「なぁ、そう思うよな? ――だよなあ」
男は背後の左右にいる、自分よりも大柄な男に同意を求め、答えが返ってくる前に共感をする。
大柄な男二人は大剣を携えており、無口な顔は死体を思わせる程だ。
「いずれあいつらも仲間にしてやりてーけど……どうだろうなあ」
深くフードを被る男は喋り続ける。
ゆっくりとダンジョンの出口に向かう男のそのフードからちらちらと覗く髪色は、まるで血を被って固まったかのように赤黒く――
「――あんたっすか、イノコをはぐれものにしたのは」
死臭すら漂う男の前に、大斧を構えた少女が立つ。




