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より海に染まる

それからしばらくして。神域に昼夜はなく日付の概念もないが、主観的には1ヶ月ほど。


ノシロは畑仕事を担うことになったようだ。

果てのない大海原に畑と不思議に思うだろうが、もちろん土の畑ではないし植えるのも野菜ではない。海草の畑だ。

この海草もまた神域ならではのもの。昆布でもないし海苔でもない。特に名称もつけられず、海草とだけ呼ばれる。強いて区別をつけなければならない時に海布と称されるくらいだ。


海布の名の通り、この海草は干して乾かせば不思議なことに布になる。

麻ほど粗くなく、綿ほどきめ細かくない布は一族の服の素材として用いられている。

それを手入れし、収穫するのがノシロに与えられた仕事だそうな。


それはいいのだが。


「……なんで俺までやらされることになるかねぇ……」

「すみません、人手が足りないみたいで」


どうやら海布の収穫が最盛期だったらしい。新入りの様子を見に来たはずのシノノメは、半ば強引にその手伝いに駆り出された。

はぁ、と溜息を吐きつつ、海底の白砂から引っこ抜かれて水揚げされた海草を選り分けていく。干すのは別の担当だ。干しやすいよう、適当に大きさ別に分けていきながら、なぁ、とノシロに呼びかけた。


「お前さん、今いくつだ?」


いくつ、というのは年齢の話ではない。一族内における階級の話だ。

水浅葱、浅葱、縹、深縹、紺、留紺と、藍染めになぞらえて階級分けされている。上だ下だと揉めることはないが、集団の秩序と引き締めのために序列がつけられている。

新入りは一番下、半人前以下の象徴である水浅葱から。そこから半人前の印である浅葱、一人前の縹に、責任者や統括者を任される深縹と高くなっていく。


さてノシロはこの1ヶ月でそこそこ慣れてくれただろうか。適応が早いなら、そろそろ浅葱に上がっていい頃だ。

そういう意味を込めてノシロに問いかけると、えぇ、と彼は頷いた。


「もうすぐ浅葱にしていいんじゃないかって親方さんが」

「へぇ、いいじゃないか」


少し誇らしげなノシロの表情に口笛を吹き、軽く拍手を送る。雑談してないで仕事しろと野次が飛んだが無視。


「シノノメさんの色は?」

「うん?見りゃわかるだろ?」


この通り。ひらひらと紺の作務衣をひらひら揺らしてみせる。

通常、階級にあった色の服を身につけることになっている。絶対ではないので別に何色の着物でも帯でもいいのだが、まぁ慣習として。

つまり紺の作務衣を着ているということはそういうことだ。上から2番目、つまりそこそこ偉いのである。ふふんと自慢してみせれば、純粋な尊敬の眼差しを向けられた。


「ほら、無駄話してないで手を動かしてくださいな」


ふと、柔らかい声が降ってきた。ノシロが振り返れば、そこには橙色の袿をかけた少女が海草の籠を持って立っていた。


「ミズサキが困っていましたよ。シノノメがまた新入りに話しかけて邪魔してるって」

「えぇ? そりゃないぜ姫さん。こっちは新入りの世話が仕事だってのに」


話しかけるのは当たり前のことじゃないかとシノノメが肩を竦める。姫さん、と呼んでいるに、どうやら彼女がナギサだと理解したノシロが表情を固くする。

こんな近距離でこうして顔を合わせるのは初めてだ。これまでこの環境に慣れるので必死で、そういったところに目が向いていなかった。改めて見てみて、自分はこの娘を無惨に引き裂いたのだと罪悪感に襲われる。


まるで首筋に刃を当てられたような顔でいるノシロの様子を見、ナギサは何とも言えない表情を浮かべた。このままでは重苦しい沈黙が降りると予感したシノノメがつとめて明るい声を出した。


「姫さんだって、ここで俺たちを注意してる暇があるのかい?」

「まぁ! こう言えばあぁ言うんですから。まったく。キンカに告げ口しますよ?」

「勘弁してくれ」


首を竦めるシノノメの仕草をくすくす笑い、ちゃんと働いてくださいね、と言い残してナギサが立ち去る。

干し場に向かうナギサを見送り、その足音が聞こえなくなってようやくノシロは緊張を解いた。


「んな構えるなって」


シノノメが軽い調子で言い添える。きっと、緋砂姫としてではなくただの少女として振る舞っている平時のナギサを見て、罪悪感に襲われたのだろう。気持ちはわかる。誰だってそうだ。

だが、ナギサはそのことについて何も言わない。罪悪感に駆られる者を見て、何とも言えない表情をするだけだ。

一族の輪と秩序のために、そこについては言いっこ無し。皆もそれを受け入れている。どうしても罪悪感が拭えないならいっとう優しくすることで罪悪感を払拭して。

そのおかげか、一族からナギサは妹や娘のように扱われている。一応、主人と眷属なので身分に上下はあるのだが、そこすら取り払って。彼女の見た目の幼さと気質もあり、非常に気安い関係だ。


「アイツなんか最初は様付けだったのに、今じゃナギサちゃんって呼んでるしな」


海に潜っては海草を引っこ抜き、足場の上に揚げているあいつだ。シノノメがからかい混じりに指差すと、うるせぇなと照れ隠しのような怒号が返ってきた。


「お前もだろ! 様付けで敬語だったくせに!」

「そうだったかぁ?」


なにせ眷属になったのは数百年前なので覚えてやいない。からりと笑うと、いいから仕事しろと本気の怒号が降ってきた。

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