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遍羅の魚

「あーぁ。毎度のことながらめちゃくちゃだ」


祝祭の場に踏み入った男はそう呟いた。

あたりには血。肉塊。ヒトだった化け物。諸々が飛び散って転がっている。

はぁ。まぁ、こんなに()()()()()ものだ。いっそ感心する彼の後頭部を男が小突いた。


「シノノメ。ちゃんと働け」

「働くって。感想ぐらい言ってもいいだろ?」


まるでこの惨状に慣れたように軽口を叩き、紺色の羽織をたすき掛けした彼は気だるげに手を動かし始めた。

肉片を魚籠に放り、鯨神が食いそこねてまだ生きている異形を潰し、祝祭の場の後始末をする。


「砕いた『瓶覗(かめのぞき)』どもは一箇所に集めとけ。後で鯨神に喰ってもらうからな」

「あいよ」


ぐちゃり。生き残っている異形の頭を人ならざる膂力で潰して始末する彼らは当然、人間ではない。鯨神の眷属である。正確には鯨神の眷属である緋砂姫の眷属だ。

こうして『祝祭』の後片付けをするのが彼らの仕事。まるで本染分遍羅(ホンソメワケベラ)のように片付けるからこの作業とそれに従事する者を両方指して遍羅(へんら)という。


「よっこいせ」


緋砂姫の腕だっただろう白く細い肉を掴み、無造作に魚籠へ。シノノメの手つきは軽やかで、この惨状などまったく気にしていない。

それも当たり前だ。祝祭とは鯨神の食事。不老不死の巫女を餌に欲深い人間を集め、捕食するための手続き。これが鯨神にとっての食事であり、日常茶飯事だ。日常のことにいちいち悲鳴などあげていられない。


「白砂が赤く染まるから緋砂姫ってね」


なんと皮肉な通り名だろう。軽妙な呟きは潮騒に紛れて消えた。


***


遍羅作業が終われば彼らは鯨神の神域へと帰還する。この祝祭の場はこの世と神の住処の間の中間層であり、鯨神の餌場だ。そんなところに長居すれば餌と間違われて喰われてしまう。海の掃除屋の小魚だって時たま宿主に食べられてしまうことがあるのだから。


果てのない大海原の上に一本だけ真っ直ぐ伸びる桟橋が神域へと続く唯一の道だ。草履や下駄、足袋、思い思いの足音が静かに響く。

いっぱいになった魚籠を3つ担いだシノノメが、ふと前を歩く上役の男に声をかけた。彼の背には気絶した青年が担がれている。


「新入りが増えるのか?」


異形に変異せず、鯨神にも喰われず、生き残った者は回収されて眷属に迎えられ、我らが一族に組み込まれる。シノノメもまた、いつかにそうして組み込まれたものだ。前を歩く男だって、後ろを歩く海女姿の女だって、一族の人間は皆そうだ。

見知らぬ人間が担がれているということは、奴は生き残りなのだろう。つまり、仲間が増えるということだ。


「あぁ、肉の山の影に隠れててな」

「へぇ」


曰く。変異したものの自壊してそのまま絶命した異形が積み上がった肉の山。その影に隠れるようにして震えていたらしい。

目が合うなり、助かったと思ったのか気絶したらしい。それで担いで運んでいるというわけだ。


「はぁ……ってことは俺の仕事だな?」


諒解し、シノノメは嘆息する。祝祭もとい鯨神の食事がない時、彼の仕事はもっぱら新入りの世話だ。

ということは、この青年の世話をきっと任されることになる。つまり仕事が増える。なんと憂鬱な。

まぁしょうがない。それが自分の役目なんだから。放棄するわけにもいくまい。労役に出るような気の重さで嘆息した後、仕方ないなと覚悟を決めた。


「名前は決まったのかい?」


眷属となり、一族に迎えられる際に、それまでの半生の記憶は脱落する。人間から人間ならざる者へ変わる反動だろうか。

どれだけ剥落するかは人によるのだが、名前だけは必ず剥落してしまう。よって、名前をつけることで仲間に迎え入れる一種の儀式としているのだ。

シノノメもそうだった。こうして鯨神の眷属の眷属になる前のことなど、一切何も覚えてはいない。拾われた時に、生きているかどうか怪しいくらいか細い呼吸をしていたので、夜明けの儚さとかけてそう名付けられた。なんて名付けだと思うが、まぁ皆おおよそそんな感じなので文句は言わない。それに軽妙な性格とよく合っているという自覚があるので改名する気もない。


「いや、まだだ。目が覚めたらお前がつけてやれ」

「へいへい」


世話はそこから焼かないといけないのか。まぁこれが初めてではない。

なんて名前にするかなぁ、などと呟きながら、まだ長く続く桟橋を歩いていく。

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