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離れた手

それから、距離を取ることを決めた。


「シノノメ、ちょっといいですか?」

「あぁ、悪いな姫さん。あっちの方で手伝いを頼まれてるんだ。後でいいか?」


悪いと一言謝って、ナギサの呼びかけを振り切る。そのまま振り返らずに遠ざかる。

手伝いを頼まれているというのは嘘だ。まったくの暇である。用事をでっち上げてでも離れたかった。


これ以上、踏み込んではいけない。以前の距離感に戻らないと。でないと痛い目を見る。

拒否するわけではない。ただ、距離を元通りにするだけだ。話しかけられれば答えるし、話しかけることもある。そこは変わらない。

一歩近付いた距離を離すだけ。何も無いままに終わるだけ。お礼のお礼の義務は果たしたし、もう関わることはない。


「……シノノメ」


寂しそうな視線には気付かないで、振り切った。


***


「……はぁ……」


シノノメはいったいどうしたのだろう。

いつものように皆の仕事を手伝いつつ、ナギサは溜息をついた。海布を縫い合わせる手が憂鬱で重い。


「おひいさん、どうしたんだい? 暗い顔なんかして」

「ぁ……大丈夫です」

「って顔じゃないから聞いてるんだよ。ほら、縫い目だって不揃いじゃないの」


縫い目すら不揃いになるくらい気もそぞろで、どっぷりと憂鬱に満ちた暗い顔をしている。

それで大丈夫などとよく言えたものだ。どう見たって大丈夫じゃない。


「ほら、おばちゃんに言ってみな」


皆の肝っ玉母ちゃんを自負するキンカが促す。

キンカにとってナギサは娘のようなもの。そんな『愛娘』が憂鬱な顔をしているのだ。心配にならないはずがない。


促され、ナギサはしばらく逡巡したふうを見せる。やがてキンカの気のいい笑顔に押し負けて口を開いた。


「実は……シノノメが……」


祝祭以降からだ。距離を取るようになった。話しかけたら答えるが、あちらから話しかけることがなくなった。

表向きは変わらず、いつもの軽妙さがある。だが、どこかわざとらしい。


「そうかい? そうは見えないけど……」


キンカから見たら、シノノメはいたって普段通りだ。飄々とした態度を取りつつも自嘲気味で自罰的だ。ぎこちないところはない。

だがまぁ、ナギサがそう言うのだからそうなのだろう。首を傾げつつも頷いておく。


「そうなんです。……だから、それが不安で」


急な態度の豹変。いったい何かあったのか。その心当たりがまったくない。ただ困惑するばかりだ。

自分は何かしてしまったのだろうか。不安でたまらない。せっかく伸ばしたのに、その手を振り払われたらと思うと。

もう手を握ってはくれないのだろうか。


「ともかく笑いな! そうじゃなきゃ、その髪紐にも悪いじゃないか。せっかく似合ってて可愛いのに」

「……そうですね」


キンカの言い分に頷く。暗い顔を押し込めて微笑を浮かべることにした。大丈夫、笑うのは得意だから。


***


シノノメはその様子を遠くから見つめていた。


自分のせいでナギサに暗い顔をさせてしまっている。あんな急に突き放したからだ。不安になるのも仕方ないだろう。

せっかく孤独に寄り添ってくれるかもしれない相手を見つけたのに、その手を振り払われてしまったのだ。あぁなるのは当然。

だが、罪人である自分に何ができるというのだ。寄り添うなど、どの面下げて。


俺なんか、軽薄なその場しのぎでやり過ごすのがお似合いだ。罪人は罪人らしく。恋慕に浮かれていられる立場ではないのだ。

諦めると決めたのだ。この感情は閉じ込めて風化させてしまおうと。


ふいと視線をナギサから逸らす。気を紛らわせるために目の前の作業に集中することにした。手にした小刀で芋に似た野菜の皮を剥く。


「シノノメさぁ、最近、ナギサちゃんのこと見てるよな」


横で芋剥きをしていた縹色の着物の青年が声をかけてきた。気安い関係の彼はシノノメにとっての悪友に近い存在だ。

にんまりと意味深な笑みを浮かべた彼はシノノメにずいと身を乗り出す。


「なんだ? 春が来たのか?」

「この前瓶覗が出たから警戒してるんだよ」


茶化すような声に淡々と返す。

シイラとモロコが瓶覗になった直後だ。また同じように瓶覗になる者が現れるかもしれない。だから警戒しているだけ。瓶覗の処分は遍羅の仕事なのだから。


そう返しつつ、内心で溜息をつく。こうして悪友につつかれてしまうくらい、自分は無意識にナギサのことを目で追っているらしい。

閉じ込めないといけないのに、無意識にでも目で追ってしまうのなら意味がない。もっと意識的に距離を取らないと。

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