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結局俺は罪人だから

そしていつものように祝祭は開かれ、いつものように終わる。


今回、シノノメは瓶覗潰しに注力することにした。今の心情では、ナギサだったものを直視することができなかった。

苦々しさを押し殺して淡々と、瓶覗を潰して殺していく。いつものように不謹慎な軽口を言う気にもなれず、黙々と片っ端からとどめを刺していく。殺したものはひとまとめにして積み上げておく。そうしておけば、あとで鯨神が喰って片付けてくれる。


ぐしゃりと一匹を潰して、はい次。人間離れした膂力に物を言わせて瓶覗どもを処分する。

まったくもって気が重い。遍羅の仕事についたのは数百年前に自分が望んだことだが、毎度嫌になる。そのうち、嫌になる感情も退化して何も感じなくなると留紺の上司が言っていたが、そうなるにはあと数百年かかるだろう。

本当に、どれだけ繰り返すのだろう。いつまで繰り返すのだろう。いつになったら解放されるのだろう。答えはない。


「やってらんねぇなぁ」


呟き、銛を突き込んで頭部を潰す。どさりと倒れ込んだそれはまだ瓶覗になりきっておらず、中途半端に人間の名残を残していた。

そこに絡む布切れ。服だったのだろう。いつもなら無視するものだが、不思議とそれが目についた。


「……これは」


倒れ込んだ瓶覗から布切れを引き剥がす。その布に刺繍されていた文様に見覚えがあった。


紗綾形の中に組み込まれた十字。この紋は。間違いない。これは、自分が一族に拾われた時に着ていたという服にも縫い込まれていたものだ。

服自体は処分されてしまったが、この紋は特徴的だったからよく覚えている。十字の部分だけ、規則正しい紗綾形が崩れて歪になっているのが目を引く。

あの時はなんだこれはと思っていたが、今こうして目にして悟った。これはきっと家紋かそれに類するものなのだろう。


どうやら自分は家紋を持つような立派な家の出だったらしい。まぁ、今更それを知ったところでなんだという話だが。

重要なのはそうじゃない。肝要なのは、この紋は代々受け継がれているものであり、これを身に着けていたこいつは自分の親類の子孫ということだ。

記憶が漂白されて剥落しているせいで、まったく身に覚えがないが。状況と知識から推測するに、おそらくそういうことだ。


「っは」


そう理解して、思わず笑いが漏れた。


先祖()子孫(こいつ)も変わらねぇのかよ」


先祖代々、強欲なのか。まったく。冗談じゃない。

笑いとともに布切れを放り捨てる。こんなもの見つけなきゃよかったし、こんなこと気付かなければよかった。


***


やっぱりだめだな。


帰り道の桟橋を歩きながら、内心で呟いた。


あの布切れで思い知った。罪人は罪人らしくしないと。

浮かれてはならない。鯨神がそう望むように、常に俯いて自罰的であらねばならない。罪深く欲深い人間にはそれがお似合いなのだ。

ましてや恋慕など。そんなものは罪人に許されない。罪人は罪人らしく、背負った罪にうずくまっていればいいのだ。


この感情は一過性の熱で、同情が募ったもの。寄り添い合うのは傷の舐め合い。いや、それすら許されない。どの面下げて傷を舐めるというのだ。

忘れよう。お礼のやり取りは適当なところで切り上げて、それきりにしよう。ナギサだって他に興味が移れば気にしなくなるだろう。


感情に蓋をするべきだ。忘れよう。駕籠を担ぐのを手伝いながら、そう決めた。長い桟橋は決意を決めるのにちょうどよかった。

シノノメが決意を固める頃、ようやく蜃気楼が途切れて神域が見えてくる。見慣れた小屋の群れの中を歩き、駕籠をナギサの住まいの前まで持っていく。


「ほいよ。入れるぞ」


まだ再生途中だ。上半身と片手一本だけ。丸出しの胸部はまだ筋肉しかなく、女性らしい丸みも瑞々しさもない。

生々しい肉塊状態のナギサを駕籠から抱え上げ、小屋の板間の中央へ横たえる。異性としてではなく人間の尊厳とかそういった視点から気遣って体に袿をかけて隠してやる。

そのまま居座ることはせず、寝かせたらすぐに踵を返す。前のように付き添うことはしない。遍羅の作業にそんな工程はない。丁寧に床に寝かせただけでも上等だ。おまけに袿もかけてやった。それ以上は遍羅の仕事じゃない。

振り返るな、同情するな、寄り添うな。罪人は罪人らしく。自分に繰り返し言い聞かせ、淡々と小屋を出ていく。


待って、と言いたげな視線には気付かないふりをした。

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