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そして、祝祭

逃げ場のない因果。絶対に救われない構造。どちらにせよ詰んでいる。我々は生きることで罪を積み、やがて破滅に至ることを定められた存在。どのように過ごそうとも、末路は劣化だ。

その事実を前に愕然とするノシロと、それを見ることしかできない2人。

その空気を裂いたのは法螺貝を吹いたような鯨神の咆哮だった。


「……また、いさなさまが……」


この咆哮は祝祭の予告だ。餌を喰わんと、釣り餌を呼びつける声だ。

それに逆らうことはできない。はい、とどこへともなく頷いたナギサは準備をするべく自分の小屋へと向かっていく。


「送ってくよ」


また襲われないとも限らない。この神域に危険はないが、唯一の例外に今遭ったばかりなので。

愕然と立ち尽くすノシロへ、じゃぁなと手を振ったシノノメはナギサの後ろについていく。道中は短くないが、重苦しい無言が満ちる。通り過ぎる者たちもまた、硬い面持ちでナギサを見送る。

いったい誰がどんな声をかけられるというのか。どの面下げて。そんな空気に満ちていた。


そのまま桟橋を歩き、ナギサが自分の小屋に入っていく。そこで立ち去るのも気が引けて、どうしようもなくなって立ち尽くす。

そうこうしているうちに扉が開き、準備もとい着替えを済ませたナギサが出てきた。立ち尽くすシノノメと目が合い、驚きでほんの僅かに目を見開く。


「待ってたんですか?」

「あー……まぁ……」


歯切れ悪く頷く。待っていたというよりは、立ち去ることもできなくて立ち尽くしていただけだが。

それでもナギサにとっては嬉しかったらしい。祝祭を前に沈んでいた表情にほんの少しだけ明るさが滲んでいた。さらり、と肩から海色の髪がこぼれ落ちる。


「……おろしてるんだな」


さっきまで髪紐で結っていたのに。今はそれもほどいて、髪をおろしている。鯨神の巫女、緋砂姫らしい出で立ちだ。

ついつい気になって聞いてしまう。わざわざどうして髪紐をほどいたのか。気に入らないということはなかっただろうし、今の出で立ちにも似合わないということはない。どんな格好でも似合うように選んだのだから当然だが。

それなのにどうして外してしまったのだろう。


シノノメの問いかけに、はい、とナギサが頷いた。


「外しました。……たぶん、ちぎられちゃうので……」


祝祭の際、狂乱の中でちぎれてしまうだろう。血肉を求めて引き裂こうとする人々に押し潰され、端切れ製の髪紐など簡単に引きちぎられる。そして遍羅の者たちはちぎれたものを回収してくれそうもないので。

だから外した。大切なものなので、ちぎれて打ち捨てられてしまわないように。


「……そうかい」


返ってきた答えに何も言えず、それだけを返す。いったい何が言えるというのだろう。

なぜ髪紐を外したのか、その問いかけをしたことに後悔が滲む。聞かなきゃよかった。答えを言うことでその事実を噛み締めさせてしまった。


どちらも言葉を発さないまま沈黙が降りる。急かすように潮騒がざわめき、それでようやくナギサは足を動かした。祝祭の座につながる長い長い桟橋へと歩みを進めていく。

華奢な少女が蜃気楼の向こうへと飲み込まれていく。立場的にも心情的にもそれ以上追いかけることもできず、シノノメはただ、その背を見送る。見送ることしかできない。ただひたすらに立ち尽くして、呆然と。


「痛くないといいな」


その祈りをまた聞いてしまったがゆえに。

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