表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
23/35

誰も彼もが

ずずっと無心で粥を啜り、膳を返して小屋を出る。何か仕事があるわけでもないが、体を動かして意識を逸らしたかった。


神域内に昼夜はない。そのため、各々が好きな時間に寝て好きな時間に活動している。誰かが時間を管理して予定を組み立てているわけでもない。不思議なことに、そのような適当なありさまでも問題なく生活は回る。

ただし食事を作る厨番だけは働きっぱなしだ。文字通り不眠不休で。緋岩肉の盗み食いを防ぐために自我すら奪われて人形のように働かされている。一族の者たちの生存に直結するため、彼らだけが特殊だ。

そんな厨番たちが立てる煮炊きの煙を眺めながら、さて、とシノノメは思考をめぐらせる。気晴らしをしたいが、具体的に何をしようか。やることがない。

どうしようか。まぁ、ノシロの様子を見に行くか。そう決めて、よいしょと立ち上がった。


『構いにいく』というよりは『構ってもらいにいく』というくらいの雰囲気でノシロのところへ向かう。

ノシロは布用の海草を棒で叩いて平たくしている作業の最中だった。着物になる海布とは違う海草だ。この海草の繊維は硬く、叩いて柔らかくしてから加工する。どのくらい叩くかで硬さと加工先が変わり、数度叩くだけなら脚絆や手甲に、念入りに叩けば帯になる。まったく叩かず、裏面に綿などの緩衝材を縫い付ければ簡単な防具にもなる。


「ノーシーロぉー」

「あ、シノノメさん。どうも」

「手伝いに来てやったぜ。人手、欲しいだろ?」


シノノメが見たところ、人手は足りていそうだったが。だが、わざわざ手伝いを口実にしてやって来たことでノシロも何かを察したのだろう。お願いしますと調子を合わせてシノノメの座る場所を作った。

棒と叩き台を借りて、ノシロの横で海草を叩く。これは帯にするらしいので執拗に叩きのめさねばならない。よかった、駄弁るにはちょうどいい。これでまったく叩く必要のないものだったら暇潰しにも気晴らしにもならなかっただろう。


とんとん、と小気味よく叩きながら、最近どうだ、とノシロに近況を聞いてみる。よく見れば、ノシロの作務衣は水浅葱色から浅葱色になっていた。一段青くなったということは、半人前以下から半人前に昇格したということだ。眷属としての生活に『染まった』ということでもある。

果たしてノシロはどこまで染まるのだろう。紺色の羽織を適当にたすきがけしたシノノメはちらりとそう思った。


「よく働くって褒められたんですよ。」

「へぇ。そりゃよかったじゃねぇか」

「……まぁ、動いてないと余計なこと考えるからなんですけど」


自分の境遇や所業について、つい考えてしまう。

どうして不老不死を求めたのか、その動機は記憶と一緒に剥落した。だが、どうしてもそれが欲しかったという渇望だけは覚えている。何かのために不老不死になりたかったのだ。だから祝祭に参加し、何度も列に並び直し、卑しく啜り、ここにいる。そうして緋岩肉でもって、間接的にナギサの身食いをして命をつなぐ。

そんなことをしてまで今こうして生きる意味も意義も理由もあるのだろうか。なぜ生きているのか。どうして命を手放さないのか。

厨番は自我を消し去られると聞いた。なら、厨番になって自我を消すことで、考えるという行為から解放されることもできる。それをしないのはなぜか。考えることをやめればいいのにそうしない理由とは。

ひとりでじっとしていると、そういったことを鬱々と考えてしまう。だからこうして労働に身をやつし、体を動かすことで気を紛らわせている。その結果、よく働くと評価されただけで。


「あぁ、わかる。俺もそうだったよ」


まだ新入りだった頃、自分もそうだった。うんうんとシノノメは頷く。

自分だけじゃない。誰だって最初はそうだ。そしてさらに言うなら、最初だけじゃなく今もそうだ。

皆、いつだって、何かに熱中していないと耐えられない。ノシロは働くことで発散した。コガイの旦那は入水のふりで。キンカは肝っ玉母さんの気概で世話を焼くことで。シノノメは軽妙で飄々とした態度で受け流すことで。それぞれがそれぞれのやりかたで後ろめたさから目を逸らしている。

だが、いくら目を逸らしたところで罪人であることは変わらない。寄せては返す波のように、罪の意識がぶり返す。罪悪感は常につきまとい、背中をつついてくる。何をしたって晴れることはない。だからこそ、より傾倒していくのだ。まるで現実逃避のように。


「そうしてのめり込んだぶんだけ、後で反動が来るってわかってるのにさ」


自嘲のように、ふっと笑いを漏らす。痛い目を見ると理性ではわかっているのに、もはや求めてやまない自分を自覚しながら。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ