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囲い込み漁

それから。ナギサはシノノメと別れて神域内を散歩しに行くことにした。


祝祭の時に釣り餌となる以外、ナギサに役割はない。こうして祝祭がない平時はもっぱら暇なのだ。だから一族の皆の手伝いをすることにしている。

さて、今日も機織り仕事を手伝うとしよう。娯楽も少ない神域だが、着物や帯の色合わせでちょっとしたお洒落を楽しむ余裕くらいは与えられている。階級を示す色の着物と合わせて、どんな色合いの服にするかというのは各人の自由だ。

だから布を作り、服を作る機織り小屋は常に忙しい。なのでナギサもだいたい機織り仕事を手伝うことにしている。


ぱたぱたと桟橋を歩いて機織り小屋のほうへと向かう。ノシロが海布の束を抱えて運んでいるところに行き当たった。


「ノシロ」

「あ……あぁ、えっと、ナギサさん」

「楽な呼び方で構いませんよ」


呼びかけると、ノシロはびくりと肩を震わせた。緊張した表情に滲むのは後ろめたさと罪悪感だ。おそらく、罪人の引け目があるのだろう。祝祭の時に彼女を裂いて喰ったという罪、そして眷属となった後も緋岩肉を喰わねば生きていけないという業。それらが重くのしかかっているのだ。ついでに、主人と眷属という上下関係もあるだろう。

新入りはだいたいそうなるのでナギサも慣れっこだ。そしてそういう新入りにどう言うかも決まっていた。


「そう緊張せず。同じ神域に住む同胞ではないですか。ね?」


罪と業と、ついでに上下関係を気にして緊張するノシロへ微笑む。

でも、とノシロは反駁した。こういう返しもまたナギサの想定内だ。新入りの反応や態度を分類した時、最もよく取られるものでもある。

だからナギサも返す言葉も決まっている。ずっしりと重くのしかかるそれらを軽減するための言葉を紡ぐ。


「『あのこと』は言いっこなしです。それを気にしたら、何もできないじゃないですか」

「で、でも……」

「いいんです。それに、あなたのせいだけではないんですよ、あれは。私のせいでもあるんです」


裂いて喰ったことは気にしなくていい。それを気にしたら自分と何も話せないじゃないか。ずっと俯き続けるつもりか。

そんなこと望まない。鯨神は許さないかもしれないが、四六時中ずっと罪の意識を抱えて気に病み続けなくたっていい。せめて笑顔でいてほしい。

そう言っても、でも、と反駁するならさらに踏み込もう。不老不死という欲望に釣られて裂いて喰ったことは、ノシロだけが悪いのではないと。


「それは……どういう……?」

「ちょっとした術です」


鯨神の肉を喰い、その力の一端を手に入れているからだろうか。ナギサには、魔法としか言いようのない不思議な力が宿っていた。

他の者にはない力だ。ナギサの眷属である一族の者たちは持っていない。ナギサだけが所有しているその力は、人の心に影響を及ぼす効果がある。


「心に干渉して、理性を緩めることができるんです。……だから、欲望を煽ることもできます」


血を配る列に何度も並び直すような卑しさも、引き裂くという残虐な行為を平然と行える狂気も、その血肉を喰うことに躊躇しない蛮虐さも。

それらはノシロが欲深く罪深い人間だからではない。罪人としてここにいる以上、確かに片鱗はあろう。だが、ノシロの度胸では到底できないはずだ。素面でできるのなら、緋岩肉の正体を知ってあれだけ顔面蒼白にならない。

それができたのは、ナギサが力を行使して理性を緩めたから。理性を緩め、倫理観を鈍らせ、欲望を煽ったからだ。


つまり祝祭の狂乱は、欲深い人間がひとり暴走して始まったのではない。誰かが背中を押した結果であり、その背中を押した者はナギサ張本人だ。自分で自分を裂くように仕向けた。祝祭に参加した罪人たちの『悪』は、実は本人の内側からだけでなく、ナギサによる『誘導』によって引き出されたもの。

祝祭に参加した者すべてに力を及ばせ、そうなるように仕立てあげた。最初から計画されていた織り込み済み。すべては、欲望に染まった卑しい人間こそを最上の餌とする鯨神のため。いわばナギサによる『調理』だったのだ。


「私が、皆を引き込んだんですよ」


そしてそれは今もそう。この事実を告げても、ノシロはおそらく動じない。驚きはするだろうが、緋岩肉の時のように顔面蒼白にはならないはずだ。血のめぐりがいいノシロの顔を見上げてそう言う。

普段なら、海布の籠を取り落として動揺するだろう。当然だ、心を操られていると知ったら誰だってそうなる。だがそうならないのは、今まさに、心を操っているから。これを聞いても動揺しないよう、事実を受け入れるようにと干渉している。

だから『驚きはするだろうが、動揺しない』という状況がまさにこの話の証拠なのだ。


「……そんな……」

「おいおい、なんだぁ? いい雰囲気かぁ?」


それ以上、ノシロが何かを言おうとした瞬間。間延びした軽妙な声が割り込んできた。

振り返れば紺色の作務衣。シノノメだ。


「まったく。布を運んでるヤツの手が止まってるからケツ蹴って急かすか手伝うかしてこいって言われて来たら……」


2人で何やら話しやがって。妬けるな、と軽口をひとつ。

その場に流れていた重い雰囲気を感じ取りつつも、あえて無視して。どんな話をしていたかは新人の教育係という経験からだいたいわかる。そろそろナギサがあれを打ち明ける頃だろうというのは知っているので。だからそれによる重い雰囲気を壊し、清涼剤になるのが今の自分の役目とばかりに軽口を叩く。

そういうことだろ姫さん、と視線を送ると頷きが返ってきた。ほらな、と相槌を打って、無言のやり取りを終えてノシロをからかいに戻る。


「なんだなんだ? ノシロお前、姫さん狙いか? 高嶺の花が好みとは。やるなぁ」

「な……っ!! ち、違います!」

「ははっ」


からりと笑う。逃げ場のなさを誤魔化すには笑うしかないとばかりに。

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