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どの面下げて

昼夜がないので主観での数日後。シノノメはキンカに押し付けられる形で豆の筋取りをしていた。

やたら青臭さが鼻につくその豆は例の肉の味を誤魔化すのにちょうどよくて、よく料理に使われる。


ぷちぷちと豆の筋取りをしながら、ふと呟く。


「結局、ノシロは仕事してるんだな」


あれ以来どうしたかと思えば、ノシロは受け入れることにしたようだ。時折表情を引きつらせながらも、新入りの瑞々しさいっぱいに海草を干す仕事をこなしている。

それでいい。緋岩肉は食人行為を連想させるから抵抗があるとか言うが、そんなもの今更だ。自分たちはすでに祝祭の時にそれをしたのだ。しかも、緋岩肉と違って変質する前の生の人肉を喰った。

これもまた『どの面下げて』に含まれるのだろう。今更、どの面下げて抵抗感を抱くというのだ、と。


「あんた、ノシロになんか言ってやらないのかい」

「新入りの精神的な補佐はしない方針なんだよ」


シノノメが剥いた豆を石臼で潰すキンカに言われ、そう返す。新参者の世話がシノノメの仕事ではあるが、そんなところまでは担当しない。付き合っていたらこちらの身がもたない。自分で乗り越えてもらわないと。まぁ、乗り越えられなかった時は入水してもらうしかない。

せいぜい頑張るといい。そう言って話を切り上げる。


ぷちぷちと豆の筋を取る音、石臼で豆を潰す音が波の音と一緒に響く。

静寂を破ったのはシノノメのほうだった。ふと、遠くにナギサの姿が見えたので。


「姫さんのことだけど」


いつも軽妙な物言いのシノノメにしては珍しく、真面目な調子で話を切り出す。その様子に何かを察し、キンカがわずかに居住まいを直した。


「誰かついてやるべきじゃないかって思うんだが。ほら、無防備なままは危ないだろ、色々と」


もし何かあっても抵抗することができない。声帯の再生がまだだったら叫び声をあげることもできない。ついでに言うなら全裸。

それはちょっと危ないんじゃないだろうか。命の危険もそうだし、貞操としても。

我らが一族に生殖は必要ないので性欲自体は薄い。だが、ついてるものはついてるし、機能もする。下世話な話、この何も無い安穏とした神域での『暇潰し』をしようと、そちらのほうに傾倒していく者だっていなくはない。そのうち無茶をして人体を損壊させて死ぬか、やることをやり尽くしてある日あっさり飽きるかのどちらかだが。

話を戻そう。そんな不埒な連中がその欲望をナギサに向けたらどうする。見た目は年頃の少女。しかも抵抗できないし悲鳴もあげられない。絶好の『穴』じゃないか。


「女連中の誰かが付き添ってやるべきじゃないか?」


再生中の孤独が理由だとは言わず、適当に理由をでっち上げて提案する。

強姦などありえない。ナギサと自分たち一族の関係は主と眷属。はっきりとした上下関係があり、下のものは上のものを害すことはできない。だからそんな事件など起きない。そもそもの原因になる不埒な思考さえ抱かないように調整される。


シノノメの危惧は実際にはありえないこと。だからキンカもその理由がでっち上げだと気付いた。だが、真の理由はあえて聞かず、そうだね、と表向きの理由に同意した。


「確かに危ないかもね。おひいさんの小屋にあんたが入ってくところを見たし」

「いや俺は襲ってないが?」


するわけないだろうそんなこと。たとえ主と眷属の関係でもって制限されてなくてもやらない。

憮然として答えると、ははっと快活に笑いを返された。


ひとしきり笑ったあと、ふっと笑いを収めたキンカがぽつりと呟く。


「そりゃぁ……あたしだって、おひいさんのことは哀れに思うさ」


何となく、シノノメが言わんとして閉じ込めた真の理由を察して答える。

誰か付き添ってやれというのは、その立場ゆえに与えられる苦痛に寄り添ってやれということだろう。そう見当をつけて言うと、シノノメの表情がわずかに驚きに見開かれた。ふん、女の勘を舐めるな。


「おひいさんのことは気の毒に思うけど……」

「けど?」

「……あたしはそこまで面の皮が厚くはないからね」


『どの面下げて』ということだ。気の毒に思うが、しかし罪人である自分がそれを棚に上げて哀れむのは白々しすぎる。だから、寄り添ってやったらどうかなんて提案に同意もしにくい。

そう答えるキンカに、豆の筋を取りながら頷く。


「そうかい」


その点については非常に同意する。だが、同時に失望もする。

哀れに思う気持ちは持っている。気の毒だと思うと言いつつも、それを低減するようなことはしないあたり、やはりキンカもまごうことなき罪人だと確信してしまった。何も知らず巻き込まれただけだが、なるべくしてなったのだと。

口では哀れみつつも、実際に手を伸ばさない。自分可愛さ、保身、身勝手、そういった無意識が根底にある。自ら飛び込んでいないだけで、罪人の素養は十分に宿っていたのだ。だからこそ罪人になれたのだろう。


まぁ、だからといって。キンカがそうであると認識したところで、じゃぁその意識を変えてやろうとか、そういう方向に意識が向かない自分もまた変わらない。

危惧しつつも変革に踏み出さない。危うさを口にするだけで何もしない。実際に行動を起こす勇気も度胸もない臆病者。だからこそ罪人になったのだ。自分も同罪だ。自分は罪人だからと、それですべてを正当化する。


「……はん」


ここでは、誰も彼もが罪人だ。いつかの時に先達に言われたことを思い出し、シノノメは小さく自嘲を漏らした。

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