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慣れきった中の、慣れきってないこと

いつも通り祝祭は開かれ、いつも通りナギサは裂かれ、いつも通り鯨神が喰い、いつも通り終わる。

そしていつも通り遍羅が祝祭の場に入り、後始末を始める。これまでも、そしてこれからも続くだろう『いつも通り』だ。


「かといって」


手を動かしながら、ふと、シノノメの口から思考が漏れた。


かといって、罪人である自分がナギサに同情するのもなぁ。内心で呟いたシノノメは返り血を拭きついでに頬を掻いた。

どんなに憐れんだって自分はこいつらと一緒だ。キンカのように、そうだと知らず巻き込まれたわけじゃない。はっきりそう望んだ側で、欲に釣られた罪人だ。


「それで憐れんだってな」


どの面下げてそう言うのだと一蹴されるだろう。自分自身、誰に言われずとも己に後ろ指を指す。自らの行いを棚に上げて憐れむなと。


重苦しい溜息を吐いて思考に沈みつつ、携えていた銛で瓶覗を刺し殺す。人間離れした膂力のおかげで、鱗に覆われていようが藤壷にまみれていようが銛ひと突きで心臓を貫いて絶命させられる。びちゃっと飛んだ潮の匂いがする粘液を避けつつ、背中に背負っていた籠にナギサだったものを放り込んでいく。


「あーぁ、まったく」


毎度のことながらめちゃくちゃだ。今回の祝祭の狂乱は激しかったらしい。ナギサは細切れ状態で、どこが何かわからない。

遍羅に慣れた者でさえ、飛び散る肉片がナギサのものなのか人間のものなのか判別がつきづらいほど。欲深い人間の肉など回収してもしょうがないので混ぜるわけにもいかない。きちんと判別し、できるだけナギサだったものを回収するのも遍羅の仕事だ。


「おい、姫さんって『どれ』だ?」


どれ、というのはどの肉片がナギサになるのかという話だ。

引き裂かれた状態から再生する場合、ナギサの体に再生する本体の肉片と、再生しないそれ以外の破片に分かれる。一番大きい肉片を本体として、そこから再生が始まる。本体にならなかった肉片はこうして回収することになっている。

だが、こうも細切れではどれが本体になる肉片なのかわからない。


「本体? 一番大きいのだろ?」

「一番大きい破片がどれかわからねぇから聞いてるんだよ」

「ちょっと待ってりゃすぐわかるだろ。再生が始まりゃ目立つようになるさ」


軽口まじりのやりとり。惨状に対して不謹慎だがこんな口調でもないとやってられない。

誰もがそうだ。遍羅に所属する者はたいてい配慮に欠けた軽口を言う性格になっていく。遍羅になるならこの立ち振舞いを覚えないといずれ心が持たなくなる。罪人なりの処世術だ。


「姫さんを鍋に入れる気か? ちゃんと見分けてくれよ」


ここで何が行われ、今自分たちは何をしているのか。そんなこと考えてはいけない。

考えるな、考えるなと誰もが心の中で唱えつつ、不謹慎な軽口の応酬を交わしていく。


「……ん?」


心なしか、担いでいる籠が重くなってきているような。いやでも、破片の回収はほとんどしていない。もっぱら、瓶覗を処分しながらナギサ本体はどれかと探すばかりだだったから、籠が重くなるほど中身は詰まっていないはず。


妙だなと思って、背負っていた籠をいったんその場に置いて中身を覗く。


「……あ、いた」


ナギサだったもの兼ナギサになる予定のものがそこにいた。半身くらい再生が済み、上半身だけのナギサが息苦しそうに籠に押し込められていた。

どうやら本体を探しがてら適当に回収していた肉片のうち一つが『一番大きな肉片』だったらしい。


「まずいまずい。姫さんはこっちのカゴな」


慌てて、シノノメは籠からナギサ予定のものを引きずり出す。再生に使われない肉片は網籠(かご)に入れるが、ナギサ本人はちゃんと駕籠(かご)で運ばないと。

韻を踏んで言葉遊びをしつつ、よいしょとナギサになるはずのものを引き上げる。籠に押し込められる形になっていたせいか、肉体の再生はやや歪だった。首から上は再生が済み、鎖骨のあたりまで肌。そこから下、胸から腹までは肉塊。手足はまだ生えていない。達磨かこけしのような形だ。


「悪い悪い、姫さんだと知らなくてさ」


不謹慎な軽口を続け、詫びるように両手で抱えあげる。

まだ意識がはっきりしていないのか、扱いに対するナギサの反応は薄い。だが、その肩は小さく震えていた。


「…………姫さん?」


肩が震えている。まさか、怖がっているというのか。

そんな。じゃぁあの、次は優しい人たちがいいという呟きは軽口に失敗したのではなく。


「おい、早く緋砂姫を渡してくれ」

「あ……あぁ、悪い」


駕籠を担ぐ留紺色の着物の男に呼びかけられ、シノノメははっとして思考を中断してナギサを引き渡す。磯の香りが強い身体を駕籠の中へ。

ナギサを回収した駕籠は一足先に神域へと戻っていき、シノノメは再び後始末に励む。いつも通り、軽妙で不謹慎な軽口を交えながら。

だが、あの震える肩が記憶に焼き付いて離れない。冗談に笑い、笑いが収まった瞬間にふと記憶がぶり返す。


「……いや、錯覚だ」


考えるな。錯覚だ。震えていたのは気のせい。あるいは再生に伴う肉体の細かい痙攣だろう。

そうだ。そう思わなければ。あの震えが恐怖であってたまるか。一瞬よぎった考えは捨てろ。憐れむな、どの口でそれを言うのだ。同情する資格は罪人にない。


だが、考えないようにしようとすればするほど、それは思考の中央に居座ってくるのだ。

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