表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/20

六話「確信」

カツカツとヒールの音を高らかに響かせながら、真っ赤な髪を揺らして歩くエリザの前に人はいない。正確には、いるけれど道を開けられている。


「ジョージ!ちょっと良いかしら!」


三年生の教室だろうが関係無いといった様子で、エリザは躊躇する事無く教室の中にいるジョージを呼ぶ。

普通ならば、下級生が上級生を呼び出すなんて事は有り得ない。まして、由緒正しい公爵家の御令嬢が声を張り上げる事もあってはならない事なのだ。


「……やかましい。何だ突然?」

「時間をいただける?拒否はしないでもらいたいのだけれど」


イライラしたように眉間に皺を寄せ、腕を組みながら言うエリザに、近寄ってきたジョージも眉間に皺を寄せた。

これから喧嘩でも始まるのではと周囲の生徒は心配そうに見守っているが、ジョージは諦めたように溜息を吐いてエリザと共に教室を出た。


「この後鍛練なんだ。あまり時間はない」

「では手短に」


すたすたと歩くエリザは、人気のない廊下の隅にジョージを連れ込むと、ぐいと腕を掴んでジョージを見上げた。


「お願い、貴方にしか頼めないの」

「……珍しいな、お前が俺に頼み事をするなんて」

「アイラさんが殿下に、冬休みにお城に呼ばれている話は知っているわね?」

「ああ。殿下から聞いている」

「それには勿論、貴方も同席するわよね?」


ぎゅう、とジョージの腕を掴む手に力が籠る。どうか、どうかお願いを聞いてくれ。そんな気持ちが溢れてしまったのか、エリザは眉尻を下げ、必死に婚約者にお願いをした。


「お願い、私も同席させて」

「何故だ?お前は呼ばれていないだろう」

「アイラさんが相談してきたのよ。お城に行くなんて不安だって。可哀想じゃないの、いくら友人として招かれたとはいえ、男爵令嬢が城に行くのよ?不安でたまらないはずだわ」


口ではこう言っているが、実際は他にも思惑がある。昨晩じっくりと考えた結果、ルイスと結ばれる確証がないのなら、初心に戻って猛プッシュしてやれば良いと思い付いたのだ。

キャリーの存在が不安なところではあるが、このイベントにキャリーは参加出来ない。だが、エリザは参加出来る。本来のイベントではエリザの登場は無かったが、登場シーンのあるジョージに頼み込めば、もしかしたら同席できるかもしれない。


同席さえしてしまえば、あとはこちらのものだ。


「……何故、そこまで彼女を案じるんだ」

「だって……友人ですもの」

「友人、ね」

「それに、もし彼女が殿下と結ばれれば、未来の王妃様よ?私は貴方の妻になるのだから、夫婦揃って国王夫妻の右腕になってもおかしくありませんわ」


そうでしょう?と小首を傾げるエリザからふいと視線を逸らし、ジョージは何かを考えるように廊下の壁を睨みつけた。


少々台詞がわざとらしかっただろうか。ゲームスタート前までのエリザはルイスを追いかけまわしていたし、ルイスに近付く女子生徒を蹴散らしていた。ジョージを婚約者として扱わず酷い女だった記憶は今でもきちんとある。


そんな女が、たった三ヶ月でここまで言う事を変えたのだ。不審がられても無理はない。


「……殿下に、お伺いする事はしてやっても良い」

「本当!」


ゆっくりと口を開いたジョージは、腕を掴んでいるエリザの手をそっと剥がし、エリザの顔をじっと見つめる。


「ただし、条件がある」

「何かしら?私に出来る事なら何でもするわ」

「そうか。それなら……冬休み期間中、お前の時間を一日もらう。それが条件だ」


たったそれだけ。たった一日ジョージに時間をやれば、目的は果たされる。お安い御用だと何度もコクコクと頷くと、ジョージはやれやれと溜息を吐いた。


「お前が何を考えているのかは分からんが、敵意も悪意も無い事は分かる。友人が心配だというその言葉、信じるぞ」

「ええ、ええ!信じてちょうだい!やっぱり貴方を頼って正解だったわ!」


満面の笑みを浮かべたエリザに、ジョージの表情が僅かに緩む。作戦が上手くいきそうだと舞い上がっているエリザは気付いていないが、誰が見ても普段眉間に皺を寄せているジョージがこんなにも柔らかい表情をするなんてと驚くだろう。


「……ずっと気になっているんだが、何故アイラ・ハボットを気に掛ける?」

「彼女が、殿下の隣に立つ姿をこの目で見たいからです」


全ては推しカプをこの目で見たい、彼らのハッピーエンド、結婚式をこの目で見たいから。それを全て言葉にする事はしなかったが、ピンと背中を伸ばして言い切ったエリザの顔は、自信に満ちている。


必ず、望んでいるエンディングに導いてみせると。


「本気で言っているのか?彼女は男爵家の令嬢だろう。殿下の妻になれる身分ではない」

「ええ。本来はそうでしょうね。でも……私は信じているのです。彼女が、殿下と共に手を取り合う未来を」


それが、この世界に愛される為に生み出された少女、アイラの未来だから。そう言ったら、ジョージはどんな顔をするのだろう。頭がおかしくなったと言われるだろうか。


「アイラさんは誘拐され、孤児院で育ったという過去があります。貴族の生まれでありながら、平民の暮らしを知っている。つまり、民の事を深く愛し、考える事の出来る王妃になると思うのです」

「それは夢物語だ。人間は権力を得れば欲が出る。孤児院での生活が長く、贅沢な暮らしが出来る身分になれば、国庫を空にする程浪費をするかもしれんぞ」

「これまでの彼女を見て、本当にそんな事をする方に思われます?」


たった三ヶ月だが、ルイスが城に呼ぶ程彼女を気に入っているという事を、ジョージが知らない筈がない。恐らくジョージはアイラの事を徹底的に調べているだろうし、危険性が低いと判断したからルイスがアイラを傍に置く事に文句を言わないのだろう。


「……まだ、彼女と共に行動している女子生徒の方が可能性はある」

「ああ、キャリーさん?彼女は駄目。私はあの子に跪くなんて絶対に御免だわ」


ルイスの隣にアイラ以外の女性が立つ場面なんて見たくない。アイラ以外には考えられない。二人の結婚式を見る為に、異世界転生という訳の分からない事象を受け入れ、適応する為に必死なのだから。


「ホップスといったか。お前、あの女子生徒に何かしたのか?」

「いいえ?殆ど会話すらした事はありませんけれど……何か?」

「……いや」


ふい、と視線を逸らしたジョージは、それ以上言葉を続けない。気まずそうな顔をしている事はなんとなく分かるが、何故彼がこのような表情をしているのかまでは分からない。


「珍しいですね、貴方が女子生徒を気にするなんて」

「……苦手だ」

「と、言いますと?」


苦手だと言う程、彼女と関わる事があるのだろうか。ゲームのシナリオでは、キャリーがジョージと関わるシーンは殆ど無かった筈。あったとしても、アイラが階段から落ちたところを助けたジョージが「医務室まで連れて行く。付き添ってくれ」とキャリーに頼むくらいのものだ。


「ハボット嬢が怪我をした後、時々ホップス嬢に声を掛けられる。どこにいても、何故か見つかって声を掛けられて、話している時の視線が……気持ち悪い」

「随分な物言いですわね」

「お前なら恐ろしいと思わないか?自分がいる場所に、いつの間にか現れて、ねっとりと絡みつくような視線を感じながら会話をしなければならない。耐えられるか?」


げんなりとした顔をして、ジョージは近くにいないだろうなと警戒するようにちらりと背後を見た。今のところ、キャリーの姿はない。


想像してみると、確かに行く先々に現れて話しかけてくる人間がいたら気味が悪い。いくら体格の良い男であっても、得体のしれない気持ち悪さを感じていると、小柄な少女相手でも恐ろしく感じるようだ。


ゲームのシナリオを追っている時は、必ず学園内マップを見て意中の相手がどこにいるのか確認していた。イベントがある場合はすぐさまキャラクターのいる場所に移動していたが、現実でそれをすると、行く先々に現れる不気味な人間になるらしい。ほんの少しだけ、攻略キャラクターたちに申し訳なさを覚えた。


「……ごめんなさい」

「何故謝る?お前がけしかけているのか?」

「いえ、それは絶対にないから安心してちょうだい」


思わず謝ってしまったが、疑惑をすぐさま否定してじっとジョージを見上げる。

長身で、容姿も整っている公爵家子息。次期国王であるルイスとも親しくしており、将来安泰。婚約者がいても、お近づきになりたい令嬢は多いだろう。


「……モテるのね」


ふう、と小さく溜息を吐き、エリザはどうしたものかと考える。


別に婚約していても、ジョージに対して恋愛感情は抱いていない。親同士が決めた結婚で、以前のエリザもジョージに対して恋愛感情を抱いていた記憶はない。


問題なのは、本来ジョージと親しくする事のないキャリーが近付いてきている事だ。

お助けキャラという立場の彼女は、簡単なプロフィールはあっても、詳しい事は分からない。伯爵家の令嬢で婚約者がいるらしい話は、公式の設定で見ていた。


ゲームシナリオで登場していない間、彼女が裏で何をしているのかも知らない。描かれていないからだ。


プレイヤーだった頃は、キャリーという少女をあまり意識した事はない。それ程、彼女はシナリオや攻略キャラクターに深く関わって来ない。やはり、彼女は何かがおかしい。


「嫌なら優しくお話したりせず、すぐに切り上げたら良いのです」

「そうしたいが……何故か会話を続けられる」

「では、私が怒るからやめてくれ、面倒な事になるとでも言ったらよろしいわ。婚約者を上手く使いなさい」


フンと小さく鼻を鳴らし、腕を組んだ。本来のエリザは悪役令嬢。ジョージという婚約者がありながらルイスを追いかけ回すくせに、ジョージに近付く女は許さない。そういう女なのだから、悪者にして逃げてしまえば良いのだ。


「お前を悪く言えと?」

「ええ、彼女にどう思われようと、私は困りませんもの」

「そうか。それなら、少しは嫉妬する演技の練習をしておくんだな」


呆れたようにそう言うと、ジョージは突然エリザの頭をわしわしと撫でる。触れられた記憶は、元のエリザが幼い頃の記憶しかない。


「ちょっと!髪が!」

「そろそろ行くぞ。殿下をお待たせするわけにはいかない」


ルイスとの約束ならば、あまり長く捕まえておくのも悪い。文句は沢山言いたいが、お願いを聞いてくれる約束は出来たしこれ以上引き留めておく必要もない。


「お怪我をされませんように」

「ああ、わかってる」


それじゃあなと軽く手をひらりとさせ、ジョージはくるりと振り向いて廊下を歩いて行く。これからルイスと二人で剣の稽古でもするのだろう。ゲームマップなら鍛練上にルイスとジョージのアイコンが出ている筈だ。


「エリザさん」

「ひぃ!」


ジョージの背中を見送っていたエリザの背後から、ふいに女性の声がする。思わず悲鳴を上げて振り向くと、そこには表情を消し去ったキャリーが立っていた。


「な、何かしら」


いつからここにいたのだろう。どうやって近付いたのだろう。足音なんて聞こえなかった。ジョージと話している時に近くに来ていたのなら、きっとジョージが気付く筈。廊下の影に隠れていたのかもしれないが、それならどこまで話を聞かれていたのか分からない。


聞かれて困るような話はしていないはず。強いて言うなら、婚約者を上手く利用しろという件だろうか。


「ジョージ様と、仲が宜しいのですね」

「……婚約者と仲が良くてはいけない?」

「いえ、素晴らしい事かと」


無表情で静かに話すキャリーを見ているうちに、エリザの背中にぞくりと嫌な感覚が走る。

ジョージが言っていた「気持ち悪い」はこういう事かと内心納得したが、どうやって話を切り上げてこの場から逃げるか考える方が先だ。


彼女にはあまり近付きたくない。何かがおかしい。得体のしれない嫌な感覚が、足元から胸に向かって這い上がるような気がした。


「殿下をお慕いしていると思っていたのですけれど」


じっとエリザを見つめるキャリーの菫色の瞳に温度は無い。


「殿下を追いかけていた頃の事を言っているのかしら?それなら、反省しただけよ。私は王妃に相応しくない。殿下をお慕いしていたのではなくて、王妃の椅子に執着していただけ」


スッと目を細め、キャリーを見つめ返す。

思い出せ。ゲームの中で、誰よりも偉そうに胸を張って相手を見下していたエリザ・バートレイを。


「貴方こそ、私の婚約者に随分執着しているようね?ジョージを想っているの?それとも、公爵夫人の座に恋焦がれているの?」


腕を組み、目を細めて口元を歪ませる。相手を馬鹿にしている時の、エリザの性根の歪んだ笑み。スチルで見た時は本当に「嫌な女だ!」と思ったが、相手を挑発するのなら、この表情はとても便利だ。


「貴方に関係ないでしょう」

「関係あるわ。だって、私はジョージの婚約者だもの」


キャリーの表情に、僅かに怒りが滲んだ。怒りという感情を滲ませた時点で、この女の戦いはキャリーの負けだ。


「忠告しておくわね。貴方では、ジョージの妻にはなれないわ。だって貴方……家格が私より劣るんだもの」

「たまたまドーラム公爵家に生まれただけでしょう!アンタの実力じゃない!」

「あら……ドーラム公爵家に生まれ落ちたという運も私の実力よ。運も実力のうちと言うでしょう?」


ふふっと小さく笑うと、エリザはくるくると真っ赤な髪の毛先を指先に巻いた。話に飽きてしまったお嬢様らしい仕草をしてみたつもりなのだが、すっかり頭に血が上っているキャリーは悔しそうに唇を噛みしめ、目を見開きながら拳を震わせていた。


「もう良いかしら?私、暇じゃないのよ」

「何で……アンタなんかが」

「もう一つ忠告しておくわ。ここが学園内だから騒ぐつもりは無いけれど……伯爵令嬢如きが私を蔑む事は許されない。階級というものをきちんと学んでおくのね」


不愉快そうに眉間に皺を寄せ、エリザはカツカツとヒールの音を響かせながら歩き出す。

出来るだけ早く、人がいる場所に出た方が良い。後ろから襲われたらたまったものではない。


彼女は、キャリー・ホップス。

アイラ・ハボットの親友で、彼女の恋路を応援してくれる優しい子。

それが、ゲーム内の彼女の役目。だが、今のキャリーはキャリーではない。少なくとも、プレイヤーの知る「心優しき親友」ではない。そう確信したエリザは、足早に玄関ホールを目指して歩き続けるのだった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ