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五話「違和感」

冬の冷えた空気に身を竦ませながら歩く中庭は、出来るだけ早く通り過ぎようと速足になる生徒が多い。エリザもそのうちの一人で、寒い寒いと心の中で呟きながら屋内を目指して歩いた。


「エリザさん!」

「あら……どうかした?」


後ろから駆け寄ってきたアイラは、布を渡してからエリザに懐いた。顔を見れば嬉しそうに笑ってくれるし、話しかけてくれる。可愛いと思ってしまう事も多いが、本来は悪役令嬢でアイラと敵対する筈の自分が、彼女と仲良くしていて良いのか悩む事もある。


ゲーム開始、アイラが編入してきてから約三ヶ月。秋だった季節は冬を迎え、もうすぐ長期休暇の時期だ。


「ご相談したい事がありまして……」

「相談?何かあったの?」

「もうすぐ長期休暇の時期じゃないですか。ちょっと……その、殿下からお誘いを受けまして」

「詳しく」


そういう話ならいくらでも聞こうじゃないか。目を輝かせながら、エリザはアイラの手を取ってぐいぐいと引っ張るようにいつもの図書室を目指す。普段あまり生徒のいない放課後の図書室は、二人で過ごすには丁度良い部屋となっていた。


「アイラ!」

「あ……キャリー」


移動しようと歩き出した瞬間、再び後方から声を掛けられる。二人揃って振り向けば、険しい顔をしたキャリーが此方に向かって歩いて来ていた。


「エリザさん、アイラに何の用ですか」

「別に、お話したいだけよ」

「話?二人でですか?どんな話ですか?どこで話すんですか?」


アイラの腕を掴みながら、キャリーはエリザをきつく睨みつけ、幾つもの質問を投げつける。勢いが良いと若干引きながら、どう答えたものかと思案していると、アイラは困った顔をしながらキャリーを止めた。


「違うの、私が相談したいってエリザさんに声をかけたの」

「相談?相談なら私がいくらでも……」

「ねえ。美しい友情だとは思うけれど、私を巻き込むのはやめてくださらない?」


掴んでいたアイラの手を離し、エリザは不愉快そうに眉間に皺を寄せて嫌そうな顔を向けた。アイラはそれを見て申し訳なさそうな顔をしているが、キャリーはじっと睨みつけてくるままだ。


「そちらの……キャリーさん?が聞いてくださるそうよ。私より適任なのではなくて?」

「あ……えっと、キャリーは、ちょっと」

「私じゃ駄目な話って何?」


ああ、面倒くさい。

キャリーは本来、アイラを助けるキャラクターだった筈だ。攻略ルートに入った事を教えてくれたり、気になるキャラクターとの親密度、どうしたら仲を深める事が出来るかアドバイスをくれるなど、色々と助けになるキャラクターの筈なのに、今のキャリーは言ってしまえば友人を独占したい幼い子供のように思える。

正直言って、非常に面倒くさい。出来れば関わりたくない。


「私じゃ駄目で、エリザさんなら良いの?」

「というか、多分エリザさんじゃないと駄目っていうか……」


チラチラと此方を見ながら助けを求めるような視線を向けてくるのはやめていただきたい。さっさとこの場から去れば良いのだが、いつの間にか袖をアイラがちょこんと摘まんでいる。


「……はあ、分かったわ。カフェスペースに行きましょう。そこなら少しだけ話を聞いてあげても良いわ」

「ありがとうございます!」


ぱあ、と顔を輝かせ、アイラは嬉しそうにカフェスペースへ向かう。図書室に行かなかったのは、何となくあの場所は、アイラと二人で静かに過ごす為の場所として残しておきたかったからだった。


◆◆◆


「……ちょっと、待ってね」


カフェスペースの隅で、エリザはテーブルに肘を突きながら頭を抱える。温かい紅茶を飲みながら聞いたアイラの話は、あまりにも情報量が多かった。


「殿下に城に遊びにおいでとお誘いいただいたのね?」

「はい」

「どうしてそうなったのかしら」

「ええと……」


アイラが言うに、数日前にルイスから声を掛けられ、休暇中に城に遊びに来ないかと誘われたそうだ。相手は王族、アイラは男爵令嬢。身分差故に、断る事も出来ず、つい「是非」と答えてしまった。


ルイスは改めて招待状を送ると言って去って行き、それ以降顔を合わせる事もしていないが、本当に届いた場合城に行くときはどのような服で行くべきなのか、気を付ける事は何なのかを聞きたい。というのがアイラの相談事だった。


「その話なら、私でも相談に乗れたじゃないの」

「だって、エリザさんは公爵家の御令嬢でしょう?キャリーよりもエリザさんの方が詳しいかと思って」


キャリーも伯爵家の令嬢だが、アイラの中では公爵家の令嬢であり、未来の国王の右腕、ジョージの婚約者であるエリザの方が、城での作法等に詳しいと考えたらしい。悪気無く言った言葉なのだろうが、キャリーは不満げに眉尻をひくつかせていた。


「詳しいかどうかは分からないけれど……どうして殿下はお城に遊びにおいでと誘われたのかが分からないわ。お城で何かあるの?」

「さあ……公式の場ではなくて、殿下の友人として招待したいと言われました」

「はー……」


キタコレ。そう叫びたいのを必死で堪えながら、エリザは目元を抑えて俯いた。

これはもうルイスルートに入っているのではないか?とテーブルの下で拳を握りしめるのには、きちんと理由がある。


ゲームのシナリオでルイスルートに入っている場合、冬の長期休暇の際ルイスから遊びにおいでと誘われるのだ。このイベントが発生したという事は、恐らくルイスルートに入っている。どうしてそうなったのかは分からないが、神様ありがとうございますと心の内で叫んだ。


「いつの間に殿下と仲良くなったの?」


キャリーがそう聞く声に意識を向けた。それは私も聞きたいと口にするのを一旦辞め、吐けと言いたげな視線をアイラに向けるに留めた。


「いつの間にと言われても……私、時々エリザさんと一緒に殿下とジョージ様とお話する機会があったから、多分その時に何か……気に入っていただけたのかも」

「はあ……どうして貴方はエリザさんと仲が良いの?嫌な事を言われていたのに」


敵意丸出しの目を向けるキャリーを睨み返し、エリザは小さくフンと鼻を鳴らす。


「そんなに心配なら、手首を繋いでおいたら良いのではなくて?片時も離れず、私に近寄らないように監視しておいたら良いのよ」


別に苛めた覚えはない。嫌な事を言われたというのは恐らく乗馬の授業の時の事を言っているのだろうが、その件に関しては既に和解しているし、その後アイラに失言をした記憶はない。

もしかしたら記憶にないだけでしてしまっているのかもしれないが、それならきっと、アイラは困ったような顔をして黙り込む。そんな姿を見たら、きっと流石に自分がやらかした事にはすぐに気が付ける筈だ。きっと、多分。


「友人として招待されたのなら、あまり畏まらなくて良いと思うわ。着て行くドレスも、普段の外出用よりも上等なものを着ておけば間違いはないでしょう」

「男爵令嬢がお城に行くなんて……私のワードローブにお城に行くに相応しいドレスがあるとお思いですか?」


普通なら、男爵令嬢が城に行く事はない。ついでに言えば、キャリーのような伯爵令嬢も行かない。行く機会があるのは、公爵令嬢であるエリザのみ。だからエリザに相談をしに来たのだろう。


「そんなに畏まらなくても大丈夫よ。でも、お城にいる全ての人に観察されていると思っておきなさい。貴方の行動、発言、殿下とのやり取り全てが観察対象。少しでもヘマをしたら……分かるわね?」

「ひぇ……」

「ねえ、殿下のお誘い断れないの?怖いなら無理に行く必要無いわよ」


キャリーが心配そうに眉尻を下げながらそう言うが、エリザはすぐさまその言葉を否定する。


「馬鹿ね。いくら公の場でないとはいえ、王族からのお誘いを男爵令嬢如きが断れると思っているの?……失礼、言葉が強すぎたわ」


アイラに詫びてから座り直したエリザは、真直ぐにキャリーを見つめて言葉を続ける。


「一度受けたお話を反故にするなんて、絶対にしてはいけないわ。だから私に相談をしに来たのでしょう?」

「……はい、仰る通りです」

「貴方は賢いわ。貴方は、少し……考えた方が良いわね」


スッと目を細め、ちらりとキャリーを見た。目を見開き、悔しそうに唇を噛みしめている表情は、ゲーム内で知っているキャリーのものではない。


プレイヤーだった頃、アイラとしてゲームのシナリオを追っている時は見えていなかっただけなのかもしれないが、こんなに恐ろしい表情をする少女だっただろうか。


エリザの知るキャリーは、大人しくて、優しくて、いつもアイラを応援してくれる少女だった。

今目の前にいるキャリーも、アイラを心配する優しさはあるのだろう。だが、アイラ以外の人間、エリザ相手にこんなにも恐ろしい表情を向けるような人間なのだろうか?


胸の内に違和感が広がる。この子は、自分の知るキャリーではない。何かが違う。


「……私を睨むのは好きにしたら良いけれど、睨んだ所で状況は変わらないわ。アイラさん、相談はこれで終わりかしら?私、そろそろお暇したいのですけれど」

「あ……引き留めてごめんなさい。また、改めてお時間をいただけますか?」

「構わないわ。それでは、ごきげんよう」


にっこりと微笑み、エリザは静かに椅子から立ち上がる。まだ何か言いたそうなキャリーは気になるが、今は少し考え事をしたい。


この違和感は何だ。何かがおかしい。状況を整理したかった。


◆◆◆


帰宅後のエリザの行動は早かった。早々に食事や風呂を済ませ、寝る支度まで完璧に終わらせると、すぐさま自室に閉じこもる。


机に向かい、紙とペンを取り出すと、二年生の初日から今日までの約三ヶ月間の出来事を思い出せる限り書き出した。

その隣にもう一枚紙を並べ、覚えている限りのゲームシナリオ中での出来事を書き連ねていく。


「……やっぱり変」


ぽつりと口から突いて出た言葉は誰にも届かない。だが、胸の内に広がっていた違和感を確信へと変えた。


今日相談された冬休み期間中に城へ招待されるというルイスルートイベントは、時期的に問題無い。むしろ、このイベントが発生している事で、今アイラがルイスルートに入っている事を教えてくれている。


だが、このイベントが発生する少し前に、アイラとエリザの敵対イベントが発生する筈なのだ。ルイスがアイラを城に招待するつもりだと知ったエリザは、すぐさまアイラの元へ向かい、「孤児院育ちの男爵令嬢如きが……立場を弁えなさい」と詰め寄るのだ。このシーンはスチルがあり、アイラと額をくっつけそうな程接近してくるエリザのイラストがある。


画面いっぱいにエリザの髪の赤が広がり、まるで嫉妬の炎で焼かれているように見えた事を覚えていた。


「そんな事言った覚えないし……ていうか、なんなら仲良くなってるんだよな」


うーん?と首を傾げながら、エリザはじっと二枚の紙を見比べる。


おかしい点は他にもいくつかあった。

アイラが階段から落ちて、ジョージに助けられるイベントは作中にある。だがこれは冬休みに入る少し前に起きるイベント。次期的には今の頃に起きる筈なのに、どういうわけだかゲームスタートしてから数日で起きていた。


あの時はこの世界の正ルートがジョージルートなのではないかと焦ったが、アイラは自分からジョージに近付く事はなかったし、エリザの婚約者であるときちんと理解していた。


その後何かしらの出来事があってルイスルートに入っていったのなら良いのだが、ルイスルートに入るなら必ずエリザと敵対する筈。


「敵対せずにルイスルートに入った……?そりゃそうか、私がエリザだもんね、敵対する意思ないもんね」


うんうん唸りながら考えたところで答えなど出て来ないのだが、この三ヶ月の間に細々としたイベントは発生している。


例を挙げるとすれば試験だ。冬休み前に授業のおさらいとして試験があるのだが、ゲームの中では放課後にきちんとバロメーターを上げておかなければ補習を受ける事になる。


その為、キャラクターとの交流の他に図書室で勉強をしておかなければならないのだが、アイラが試験前に勉強をしている様子はなかった。それどころか、普段以上にキャリーと共に行動し、早々に帰ってしまうかルイスと話しているかのどちらかだった。


「……待てよ」


トン、とペン先で紙を突く。何度も、同じ場所を、一点を。


「キャリーは何でルイスと話してるんだ?」


おかしい。

シナリオ中で、キャリーはルイスと会話をするような場面はなかった筈だ。彼女は基本的に攻略キャラクターと会話をするシーンはなく、アイラとエリザとの会話シーンしか無かった筈。それなのに、放課後にルイスとアイラが会話をしているところに一緒にいる姿を何度か見かけた。折角の推しカプ二人の会話シーンなのだから邪魔をするなと思っていたのだが、どうして違和感に気が付かなかったのだと自分で自分を殴りたくなった。


「殿下とお話するなんて恐れ多いとか言ってた……」


アイラとルイスの仲が深まってくると、キャリーはルイスはどういう人なのかと聞いてくる。優しい人だから、お話してみたら?というアイラに「恐れ多いわ!」と慌てるシーンがあった筈だ。


「いや待て……公式の記憶かこれ?二次創作の記憶……こういうとこ二次創作漁りまくるオタクは困るよな……」


ただでさえ三ヶ月もこの世界で生活をしているのだ。元の世界でプレイしていたゲームの記憶が徐々に薄まっているのが自分でも分かる。


ゲームのシナリオと違う事があっても、それが当たり前で、これが日常なのだと思ってしまう事が少しずつ増えてきた。


シナリオ中で大きなイベントの時期がずれているならすぐに分かるのだが、日常のちょっとしたズレには気が付けなくなっている。


「ていうか!そもそも私が違うんだから色々変わって当たり前なんだけども!」


ぐしゃぐしゃと髪を書き回しながら、エリザは小さく唸る。

アイラに対して敵対心を持っていない。ルイスに対して恋情を抱いていない。それどころか、アイラとルイスの仲を応援している。


ジョージとの仲もそこまで悪くない。とても仲の良い婚約者というわけではないが、それなりに会話をする事もあるし、ルイスを交えて三人で過ごす事もある。

そして、今の今まで忘れていたが、本来ゲーム終盤でアイラに渡す筈だった生地サンプルを、ジョージはエリザの元へ持ってきた。


「……これも、シナリオと違ってるじゃん」


徐々に関係性が変わっていて気が付かなかった。エリザとジョージは不仲の筈。顔を見れば冷たい空気が流れ、穏やかに会話をする事も無かった。それが、ゲームのシナリオ中の二人の関係だった筈なのに、いつの間にかそこそこ仲良くなっているではないか。


「やーばい……元のシナリオから結構外れてるんじゃないのこれ」


無事に冬休みにお城に遊びにおいでイベントは発生したが、この先どうなるのかが分からない。是非このままハッピーエンドを迎えてほしいが、そうなった場合エリザの存在はどうなるのだろう。本来のシナリオでは、アイラとルイスが結ばれれば、悪役令嬢であるエリザは追放される。だが、今のエリザは悪役令嬢として機能していない。ただの推しカプを眺めて喜んでいるオタクでしかない。


追放されないのなら、エリザ・バートレイという女はどうなるのだろう。予定通り、ジョージと結婚して未来の公爵夫人となるのだろうか。そうなったら、ルイスと結ばれたアイラの良き相談相手となるのだろうか。


そもそも、この先発生する筈だったイベントが無事に発生するという確約はあるのだろうか。もしイベントが発生しなかったら?ルイスとアイラは結ばれるのだろうか?


「駄目だ……わからん。何かもうこれ別のシナリオだと思って考えた方が良い気がしてきたっていうか……キャリーがわけわかんない……」


独り言が止まらない。頭の中で考えをめぐらすよりも、口に出してしまった方が考えがまとまる様な気がしたが、残念ながら何も分からないし何も解決しそうにない。


「ていうか悪役令嬢として機能してない悪役令嬢って何!転生ものってもっとこう上手い感じに悪役令嬢として動いて良い感じのエンディングに持って行くものじゃないの!?」


もっと上手く立ち回れていたら、こんなにもシナリオから外れてしまうことは無かった筈なのに。ただ推しカプをこの目で拝みたいという欲望だけで突っ走ったせいでこんな事になってしまったのだと、この三ヶ月間の自分の愚かさを呪いたくなった。


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