表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

21/23

二十話「もう一人のオタク……?」

キャリーが戻ってきた。

たったそれだけの事で、学園内が緊張するのだから、面白いものだ。


「もう良いの?大丈夫?」

「ええ、まだ少し痛むけれど……もう平気」


友人たちに囲まれているキャリーは、腕に包帯を巻いてはいるものの、顔色はさほど悪くない。エリザの足も殆ど痛まなくなり、恋人たちの日から数日経った今、学園内も少しずつ落ち着きを取り戻していた。


「話したいのなら、行ってきたら?」

「いえ……今は、メアリーさんと一緒にいた方が楽しいですから」


アイラは、すっかりエリザの友人たちに馴染んでいた。キャリーの友人たちはその様子を面白くなさそうに見ていたし、戻ってきたキャリーもアイラを鋭く睨みつけていた。


「すっかり授業に遅れてしまったわ。取り戻せるかしら」

「キャリーなら大丈夫よ。頭良いんだから」


きゃあきゃあと楽しそうにしている声は、教室に響いている。男子生徒は大して気にしていないようだが、アリスは不愉快そうに眉根を寄せていた。


「賑やかですこと」

「良いじゃない。元気で」

「耳が痛みますわ」

「塞いでおいたら?」


文句を聞いているエリザは放っておけと突き放しながら本を読んでいるが、アリスはフンと鼻を鳴らして耳元に触れる。彼女の耳には、婚約者から贈られた耳飾りが輝いていた。


「アイラ、貴方もこっちに来たら?」


友人たちに囲まれながら、キャリーがアイラを呼んだ。

あれだけ騒がしかったというのに、教室は一瞬で静まり返る。


「え……」

「久しぶりに親友が登校してきたのに、貴方ったら全然話しかけてくれないじゃない」


困惑して固まっているアイラに、キャリーは寂しそうな表情を作って言った。

そうさせたのは、そう仕向けたのはお前だろう。そう言いたいが、エリザはぐっと唇を噛みしめて耐えた。今この場でエリザが出しゃばるべきではないと思ったのだ。


「あの……あたし」

「素敵な髪飾りね。どうしたの?」


そっと歩いてきたキャリーは、真直ぐにアイラの髪に輝いている髪飾りを見ている。その目は見開かれ、口元は微笑んでいるのに、とても不気味で恐ろしかった。


「やめて」

「え?」

「ごめんなさい……あたし、今はメアリーとお話しているから、後でも良い?」


メアリーの手をぎゅっと握り、アイラはキャリーから目を逸らす。手を握られたメアリーは、スッと目を細めて背筋を伸ばすと、キャリーからアイラを守るように、二人の間に体を捻じ込ませた。


「会話の間に割って入るなんて、失礼でしょう?貴方の家庭教師は何を教えていたのかしら」

「は……?」

「ああ……それとも、お休みしている間に忘れてしまわれたのかしら?お怪我をされた時に頭を打ったとか……」


心配そうに眉尻を下げ、メアリーはずいとキャリーに顔を近付け、声を少しだけ落として続けた。


「もう少し、療養されたら?」

「な……」

「ふふ。行きましょうアイラさん。アリスったら贈り物を貰ったのが遅くなったから拗ねているのよ。素敵な耳飾りをいただいたんですって!見せてもらわなくちゃ」


握られていた手をそのまま引っ張り、メアリーはアイラを連れてエリザとアリスの元へ逃げてくる。その姿を見つめているキャリーの目は、酷く冷たく、恐ろしかった。


◆◆◆


エリザとキャリーが学園に戻って一か月。

目立った動きも無く、空気が徐々に春めいてきた。暖かくなりはじめた中庭は、ルイスとアイラが一緒に過ごすには丁度良いようで、二人で仲良く話している姿をよく見かける。


「平和ね」

「良い事じゃないか」

「そうなんだけれど……不気味なのよねぇ」

「お前がそう言っているのが一番不気味だ」

「何よ、失礼ね!」


ルイスとアイラが肩を寄せ合っている姿を見守るのは、エリザとジョージの日常になっていた。最近、キャリーはジョージに付きまとわない。それどころか、キャリーの友人たちが付きまとう事も無くなっていた。


あまりにも突然戻ってきた日常。あまりに平和すぎる日常が、あれだけキャリーを警戒していた自分を恥ずかしいとさえ思わせた。


二月のイベント、恋人たちの日が終わり、三月を迎えた今、ゲームシナリオで用意されているイベントは剣術大会だ。


女子生徒は観戦のみだが、男子生徒の多くはトーナメント制の剣術大会に参加する者が多い。攻略キャラクターたちは全員出場する為、ジョージもルイスも参加予定だ。


「剣術大会、優勝できそう?」

「自信しかない」

「そうやって、油断していると怪我をするわよ」

「心配しているのか?」


ふふんと余裕ありげな笑みを浮かべたジョージは、エリザの顔を覗き込む。ネックレスを贈られた後から、ジョージはやけに距離感が近くなった。まるで、想い合っている恋人のように。


「婚約者の心配くらいするわよ」

「そうか。それなら、良い所を見せてやろう」

「……調子狂うわね」


不仲な婚約者だったというのに、すっかり仲睦まじい婚約者になってしまった。学園の生徒たちも慣れたのか、エリザとジョージが二人で歩いていてもいつもの事だと気にする事もなくなったし、コソコソと言われる事も無い。


「来月はダンスパーティーもある。怪我なんてしないさ」

「あら、覚えていたのね」

「俺を何だと思っているんだ?」


ジョージの言うダンスパーティーとは、毎年四月に行われる春の訪れを祝うパーティーの事だ。ゲーム内ではこのイベントを発生させる為に特定のアイテムを手に入れなければならず、放課後にミッションをこなしてパラメーターを上げておかなければならない。


「ダンスの練習をきちんとしておけ。ただでさえ足を痛めたばかりなのだから」

「心配しなくても大丈夫よ。これでもダンスは得意なの」

「お前と踊った事が無いのでな。腕前を知らない」

「貴方のつま先を踏み抜かない程度には上手いわ」


ぽんぽんと言葉が続くのは、気が合うからなのだろう。ジョージと話すのは楽しいし、それは恐らくジョージも同じで、いつまでも話していられるような気がした。


「エリザさん、助けてください!」

「どうかした?」

「あの、私ダンス苦手で……」


ルイスと話していたアイラが駆け寄ってきて、コソコソと恥ずかしそうにエリザに耳打ちをする。恐らく、来月のダンスに誘われたのだろう。口元を抑えて笑いを堪えているルイスが、面白そうに此方を見ていた。


「殿下が足を踏まれた回数を数えるって言うんです!」

「三回までに抑えましょうか」



涙目で助けを求めるアイラには悪いが、ここまで狼狽えている姿を見るのは面白い。堪えきれない笑いをどうにか抑え込もうと努力するエリザの肩は、細かく震えていた。


◆◆◆


剣術大会まで二週間程。出場者の男子生徒は毎日授業後に訓練場に赴き、各々が練習に励んでいる。それはルイスとジョージも同じで、ここ暫くの間、四人で過ごす時間は少なくなっていた。


「殿下……お怪我などされないでしょうか」

「平気よ。剣術大会とは言っても、使うのは模擬剣だもの。死ぬような事はないし、これまで死んだ生徒なんて一人もいないわ」


不安そうな顔をしているアイラは、ソワソワしながら窓の外を見る。校舎内からは見えないが、見ている先には訓練場がある。そこにいるであろうルイスが心配なのか、アイラは先程から全く集中出来ていない。


「アイラさん、殿下を案じるのも良いけれど、貴方が殿下にお怪我をさせるかもしれないのよ?そちらの心配をした方が良いのではなくて?」

「あ……すみません、折角お時間をいただいているのに」


やれやれと溜息を吐いたエリザは、パンパンと手を叩いて仕切り直す。四人で過ごせない間、エリザとアイラは空き教室でダンスの練習をする事にしたのだ。


孤児院での生活が長かったアイラは、基本的なステップは何とか踏めるものの、お世辞にもスムーズに動けているとは言えなかった。エリザがリードしながら踊ってみたのだが、何度足を踏まれたか分からない。治ったばかりの足首を蹴られた時は、流石に涙が出た。


「そもそもね、貴方姿勢が悪いのよ。背筋を伸ばして!前を見なさい!」

「はい!」

「顎を引く!堂々と胸を張りなさい!」

「はい!」


言われた通りにしようと必死で体を支えているアイラだったが、そのまま動けと指示をされても上手く動けないようで、チラチラと足元に視線をやるせいで、徐々に背筋が曲がり、それに気付いて姿勢を戻し、足元が疎かになり……を繰り返していた。


「ダンス、本当に苦手なのね」

「はい……孤児院にいた頃は、小さな子を蹴らないように足元を見て動くのは当たり前でしたし、屋敷に戻ってからは基本的なマナーや所作を覚える事で精一杯で……男性とダンスを踊った事なんて、一度も無いんです」


しょんぼりと肩を落としたアイラは、腹の前で手をもじもじと動かす。この学園に在籍している女子生徒なら、殆どの者が男性にリードされて踊った経験があるだろう。


それなのに、自分は一度もない事が恥ずかしいと、アイラは続けた。


「あら、初めてのダンスが殿下なの?なんて素晴らしいのかしら!」

「へ……?」

「御伽噺のお姫様のようだわ!アイラさん貴方本当に素晴らしい!」

「あ、あの……?」

「なかなか無い事よ?そりゃあ、殿下は色々な方と踊るでしょうし、パーティー当日も誘われれば応じるかもしれないけれど……貴方にとっては生まれて初めての、人生でたった一度のファーストダンスの御相手が殿下!ああ……羨ましい」


うっとりと顔を蕩けさせ、エリザは興奮を隠しもせずにつらつらと言葉を紡ぎ続ける。

聞かされているアイラはやや引き気味だが、エリザの「羨ましい」という言葉には少しだけ引っ掛かったようだ。


「エリザさんの、初めての御相手はどなただったのですか?」

「従兄よ。五つ年上のね。初めてのパーティーで何も考えずに踊ってしまったのよねえ……今ならもっと素敵な人を探すのに」


わざとらしく溜息を吐いたエリザの前で、アイラは一瞬唇を噛みしめる。


「ジョージ様と、踊った事はあるのですか?」

「……無いわ」

「来月のパーティーで、踊られるのですか?」

「……その予定だけれど」

「ひい……」


両手で顔を覆ったアイラが小さく声を漏らす。またこれかと呆れたが、きっと彼女はエリザと同じく推しカプを見つけてしまったのだろう。

ジョージ×エリザという、本来のシナリオ通りならば有り得ないカップリング。


「ねえ、もしかして……貴方、私とジョージが一緒にいる姿を見るのが好きだったりする?」

「お許しください!見ているだけですから!お邪魔はしませんから!」

「はあ……」


必死で懇願するアイラに、エリザは何度目か分からない溜息を吐いた。自分も同じ事をしているだけに、やめろとは言えない。好きにしてくれと小さく呟いて、練習を再開する前に窓を少しだけ開こうと窓辺に寄った。


「あら……」


訓練場に続く道に、数人の女子生徒がいる。中にはゆっくりとした足取りで歩く紫色の髪をした女子生徒が混じっており、それがキャリーだとすぐに気が付いた。


「鬼の居ぬ間に……ね」


目を細め、口元を緩めたエリザは、窓を開いてすぐに振り返る。アイラはキャリーたちが歩いている事には気付いておらず、エリザに教わったステップを何度も繰り返していた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ