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番外編「様子がおかしい」

ジョージ視点番外編です。読まなくても本編に影響はありません。

本編の4話と5話の間くらいの時間軸です。

婚約者の様子がおかしい。

そう気付いたのは、三年生に上がってすぐの事だった。一学年下の婚約者は、入学した頃からルイスを追いかけまわしていた。婚約者であるジョージの前だろうが構うことなく気に入られようと必死になっていたのだが、どういうわけだか二年生になってからは追いかけ回す事をやめていた。


それどころか、孤児院で育った男爵令嬢の編入生に親切にしたり、彼女を相当気に入ったのか、ルイスと接近させようとしたりと、以前とはあまりに違う行動をするようになっていた。


「……調子が狂う」

「何です、突然」


ぱちくりと目を瞬かせ、エリザはジョージの隣で本を捲る手を止めた。中庭で話ながら本を読んでいたのだが、少し離れたベンチでは、ルイスとアイラが楽しそうに何か話している。


以前なら、二人の間に体を割り込ませ、アイラを邪魔者扱いしていた筈。それなのに、今のエリザは時折二人の様子をちらりと確認するように視線を送るだけで、ジョージの隣でくつろいでいた。


「良いのか、殿下の所へ行かなくて」

「必要ありませんもの。アイラさんとお話されているのですから、私が行ってしまったらお邪魔でしょう?」


当たり前の事を言うように、エリザは小首を傾げて柔らかく微笑む。新学期を迎えて一月。過ごしやすい秋の風を感じながら本を読むのは気持ちが良いが、あまりにも様子の変わったエリザの隣にいるのは、何となく気まずかった。


休暇を迎える前までは、エリザと過ごす時間は苦痛だった。いつ怒り出すかも分からない、ジョージよりもルイスに夢中。気難しくて、どう接したら良いのか分からず、出来るだけ一緒に過ごす時間を短く済ませようと考えていたのだが、この一か月は一緒に過ごしていてもあまり負担には思わなかった。


「お暇でしたら、素振りでもしたらどうです?私に付き合って読書なんてしなくても宜しいのに」


エリザの言う通り、何度も読んだ本を読み直すのは退屈だった。剣の稽古をしに稽古場に行く途中でアイラに出くわし、ルイスは中庭で話し始めてしまった。話が終わるのを少し離れた場所で待っているうちにエリザが通りかかり、何を考えたのか隣に座って本を読み始めたのだ。ジョージも読書を始めたのは、こういった理由からだった。


「埃が立つからやめろと、お前が前に言っていた」

「……では、撤回いたします。私の事は気にせず、好きなだけどうぞ」


心底嫌そうな顔をしていた事を思い出したが、今のエリザはすまし顔で傍らに置いていた模擬件を手で指し示した。

何となく苛立って、そう言うのなら構わずやってやろうと剣を取り、立ち上がる。


ブン、と風を切る音をさせながら、剣を振るう。何回振ったら嫌な顔をするだろうと思ったが、エリザは時々視線を本から外し、ジョージの姿をぼんやり眺めるだけだった。


◆◆◆


「ねえジョージ、ちょっと良い?」

「何だ」


新学期を迎えて一か月半。いつの間にかエリザはジョージに親気に話しかけるようになっていた。とはいえ、自分から話しかけてくる事はあまりなく、見かけたら軽く手を振る程度で、こうして話しかけてくるのは珍しいことだった。


「今度、剣の稽古をしているところを見に行っても良いかしら」

「……何故だ」

「えっと……見てみたいな、と思って」


何かを誤魔化すように視線を逸らすエリザに、ジョージは眉間に皺を寄せながら問う。

今まで埃っぽいから嫌だの、興味が無いと一度も見に来る事は無かったというのに、何故今更見に行きたいと言うのか理解が出来なかった。無言で見つめている事に気まずさを覚えたのか、エリザは小さく咳払いをして言った。


「……この間、中庭で素振りをしていたじゃない?素振りじゃなくて、手合わせをしているところも見てみたくなったの」


嫌だったら行かないわと言ったエリザは、おずおずと上目使いでジョージを見上げる。

長身のジョージと比べ、エリザは小柄だ。立った状態で見下ろすと、ほんの少しだけ可愛らしいと思ってしまう事があった。とはいっても、ここ一か月程の間だけなのだが。


「見たいのなら今から来るか?これから行く予定だった」

「良いの?ありがとう!」


嬉しそうに微笑み、エリザは荷物を持ったジョージと共に廊下を歩く。時々すれ違う生徒は、二人が仲良さげに歩いている光景に驚いているようだったが、エリザはそんな視線に構うことなく、剣は重いのか、女でも振るう事が出来るのかなど、様々な事を聞いて来た。


鍛練場に着くと、ジョージは制服から運動着に着替える。その間荷物番を任せたエリザは、鍛練場の隅にちょこんと座り、うきうきと楽しそうな顔をして待っていた。


「なあジョージ、あれって婚約者だよな?どうしたんだよ、珍しい」

「手合わせが見たいと言うから連れてきた」

「あんなに仲悪かったのに?何があったんだ?」

「俺が聞きたい」


声を掛けてきた同級生はエリザをチラチラと見ながら何があったと聞いてくるが、答えなど出せる筈もない。ジョージ自身にも分からないのだから。


「飽きたら途中でも帰れ」


同級生から離れ、エリザに声を掛けた。パッと立ち上がったエリザは、ジョージを上から下までまじまじと観察するように見た。


「そんなに長い時間お稽古するの?」

「ああ」

「剣って重たいのでしょう?体が痛くなりそうね」

「そこまで重くない。木製だからな」


持っていた模擬剣を、なんとなしにエリザに差し出した。一瞬動きを止めたエリザだったが、ゆっくりとジョージから剣を受け取る。


「嘘つき!重たいわ!」


両手でしっかりと剣を持ち、何とか構えようと持ち上げているが、両手がぷるぷると小刻みに震えている。見ていて危なっかしいが、本人はいたって真面目な顔で、ほんのりと顔を赤くさせながら頑張っていた。


「うう……構えるだけで精一杯だわ!」


どうやらエリザは、きちんと剣を構えられたつもりでいるらしい。ジョージの目には、腰が引けた無様な姿に映っているのだが、口にしたらきっと烈火のごとく怒りだすだろう。


「これ、どうやって、振るの」


息を詰めないと持っていられないのか、エリザは言葉を細かく切りながら話す。


「そのまま腕を上げ、降ろす。それを繰り返すだけだ」

「そういう、ことじゃ、ない!」


何がしたいのか分からないが、見ていて面白い。剣を振るという事がしたいのならと、ジョージはそっと剣を支えてやりながら、腕を上げろと指示をした。


「そうだ、そのまま降ろせ」

「ふん!」


ジョージが剣から手を離すと、エリザは言われた通り腕を振り下ろした。正確には、重力に従って剣が地面に落ちる動きに合わせて腕を降ろしただけだ。


「どう?出来た?」

「……良いんじゃないか」


全く出来ていない。剣先はしっかりと地面についていて、剣を支えるどころか振り回されているのだ。

だが、満足げな顔をしてジョージを見つめるエリザが無邪気で、面白くて、ジョージは顔を逸らしながら笑いを堪える。少し前までのエリザとはあまりにも違う。


こんなにも接しやすく、可愛らしい人だっただろうか。替え玉だと疑っているが、この先一緒にいるのなら、替え玉でも良い。今のエリザの方が良いと思うようになっていた。


◆◆◆


婚約者の様子は相変わらずおかしい。

だが、心地良い。


「エリザ、少し良いか」


二年生の教室に顔を出すと、エリザはゆったりと微笑みながら近付いてきた。二人が不仲だった事を知っている生徒たちは何事かとざわついていたが、エリザは全く気にする素振りが無い。


「珍しいわね、貴方がここに来るなんて」

「用があっただけだ。この後の予定は?」

「特にはありませんけれど……荷物を持ってきた方が良いかしら」

「ああ」


こくりと頷いたエリザは、小走りで席まで戻ると、手早く荷物を纏めて戻ってきた。鞄をそれとなく取ったジョージは先に歩き出し、付いて来たエリザは「ありがとう」と小さく礼を言った。


「何処へ行くの?」

「カフェスペースだ」

「あら珍しい」


歩幅を合わせて歩いているうちに、エリザは今日あった事を話し始める。授業が退屈だった、アイラが少し眠そうだった。友人が休憩時間に相談をしてきて、どう答えたら良かっただろうかなど、話題は様々。それに適当に相槌を打っているうちに、二人はカフェスペースの席を一つ陣取り、向かい合わせで座る。


「それで?わざわざ放課後にお茶なんて珍しいわね」

「……母から小言を言われたのでな」

「あら、何を言われたの?」

「折角学園で一緒に過ごせるのだから、結婚前に仲を深めておけと」

「ああ……成程」


エリザがルイスに夢中である事は、噂になっていた。というよりも、ジョージの母は婚約者の気を引けない息子をみっともないとさえ言った。親に言われたから仕方なく、一度だけでも仲良く過ごしましたと報告する為に思いつきで誘っただけなのだが、エリザは嫌がる事無く、お茶と一緒に楽しむケーキをどれにしようか迷っている。


「貴方は甘いもの苦手よね?サンドイッチにする?」


テーブルに置かれていたメニューを手渡しながら、エリザは穏やかに微笑む。

婚約者の好みを把握していた事に驚き、ジョージは無言で小さく頷いた。周りの席には、小腹を満たす為に軽食を食べている生徒や、お茶をしながらお喋りに花を咲かせている女子生徒のグループがいる。その中に紛れ込んだジョージとエリザは、誰が見ても仲の良い婚約者たちなのだが、ジョージはソワソワと落ち着きなく、テーブルの下で指を動かした。


「お昼にね、チョコレートケーキとタルトでとっても迷ってタルトを食べたの。チョコレートケーキも食べられるなんて嬉しいわ」


ニコニコと微笑みながら、エリザは注文を取りに来た給仕係に二人分のお茶とケーキ、サンドイッチを注文する。

こんなにも、穏やかに話す人ではなかった。もっと高圧的で、公爵令嬢である事を自身の誇りとし、格下だと思った相手には見向きもしない。そんな人だった筈なのに。


「食べ過ぎかしら?太ったらどうしましょう」


少しだけ恥ずかしそうにして、エリザは自分の腹をそっと撫でる。心配せずともエリザの腹は内臓が入っているのか疑わしくなる程薄い。


「太る事を気にするのなら、運動したらどうだ?」

「そうねぇ……また剣の稽古に混ぜてもらおうかしら?」

「それはやめろ」


先日エリザを連れて稽古場に行った際、先にエリザが帰った後、同級生たちに大いにからかわれたのだ。

何があったのか知らないが、随分見せ付けてくれるとからかわれ、腹が立ったので全員叩きのめしてやった。


「……また、見に行っても良い?」

「……見るだけなら、好きにしろ」

「ふふ、好きにするわ」


婚約者の様子は、ずっとおかしいままだ。

そして、そんな婚約者にほんの少し惹かれている自分も、どこかおかしい。


運ばれてきたケーキに目を輝かせる婚約者を、可愛いと思ってしまうのだから。


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