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27. 再建

 村の広場には、まだ焦げた木材と崩れた石材の破片が散らばっていた。残った黒い煙がわずかに空にたなびき、夜の襲撃を思い起こさせる。ユイスは袖の汚れを気にも留めず、無造作に地面の石をどかしている。畑や家屋の修繕が始まったばかりだが、すでに何度目かの作業だ。


「ユイス、無理しすぎじゃない?」

 遠目からリュディアが立ち止まる。回復魔法を使いすぎて消耗したせいか、彼女も顔色は万全ではなかった。しかし、手を止めるユイスを見ていられない様子で、一歩踏み出す。


「大丈夫だ。今は家を直せる人手が少ないから、足りない部分は俺が詠唱で補うしかない」

 小声で答えるユイスの眼差しは、どこか焦燥に駆られているようにも見える。


 リュディアは口を開きかけて、言葉を飲み込んだ。もう一度「休んで」と言えば、彼は首を横に振るだけだろう。それがわかっていても、彼の夜更かしや無茶が頭をよぎる。


 ◇◇◇


 その朝から復旧作業が本格化した。住民たちも総出で壊れた家の修理や畑の耕し直しに励んでいる。負傷した人々はエリアーヌの応急看護や、リュディアの回復魔法で少しずつ快方へ向かい、重症者も命を落とすような事態は避けられそうだ。


「エリアーヌ、そこはナイフよりこっちの刻印道具の方が精密に魔力を込められるよ」

 ユイスが腰を下ろし、釘のように扱う小さな制御刻印をエリアーヌに手渡す。


「えっ、う、うん……わかった! やってみる!」

 慣れない道具に戸惑いながらも、エリアーヌは何とか器用に刻印を施そうとしている。その横でトールは腕まくりをし、家の梁を一気に持ち上げようと気合いを入れていた。


「うおおお、こんな時こそ俺の筋力が役に立つぜ!」

 どこか鼻息荒く踏ん張るトールに、ミレーヌが顔を引きつらせる。


「ちょ、ちょっと待って、支えがないと危ないってば……!」

 あたふたしながらも、周囲の住民と協力しながら梁を支え合い、細かい破損部分を修復していく。


「すごいね、あんなに荒れた家がもう形になってきてる……」

 テラが感心したように見上げ、ボルドも工具を持ったまま笑顔をこぼした。


「数式魔法って言うんだろ? 詠唱がやたら短いけど、その分俺たちの手伝いが大事ってのが面白いよな。みんなが一緒に作業しないと完成しないなんてさ」


 ◇◇◇


 日が高くなるにつれ、被害箇所が徐々に修繕されていく。その様子を遠巻きに眺めるリュディアは、胸に複雑な想いを抱えていた。


(こんなふうに、血統とは別の魔法理論で人を救えるなんて……。母も、もしこんな技術があったら、もっと肩身の狭い思いをしなくて済んだかもしれないわね)


 かつて母が“平民出身”というだけで、貴族たちから見下されていた光景を思い返す。そして、昨夜の激戦で目にした数式魔法の威力。血統に頼らなくても、あれだけの力を瞬時に生み出せる……自分の知っていた当たり前が音を立てて揺らいでいる。


「リュディアさん? どうかしました?」

 シェリー・エグレットが声をかける。領地代理として村人への指示に奔走している彼女も、まだ疲れた顔を隠せない。


「いえ、少し考え事をしていただけです。作業の調子はどうですか?」

「ええ、かなり順調です。ユイスたちのおかげで、襲撃の被害を最小限に食い止められましたし……ほんとに助かっています」


 シェリーの瞳には、ユイスたちへの深い信頼がはっきりと浮かんでいた。


 ◇◇◇


 一方、村外れの荒れ地には灰を焦がす微かな臭いだけが漂っている。その場所に隠れるように立っていたクラウス・エグレットは険しい表情を浮かべ、周囲に誰もいないと確信すると小さく舌打ちした。


「ちっ……あれだけの人数を送り込んでおいて、結果はあれか。むしろ住民の結束を強めただけとは……」


 顔をしかめたまま、クラウスは小さな水晶に触れて耳を傾けるような仕草をする。そこから聞こえてくる声は、保守派の上役らしい冷淡さに満ちていた。


「“功を焦りすぎだ”……フン、好き勝手言いやがって。だがこのまま引くわけにもいかん」


 悔しげに水晶を握りしめ、背を向ける。


「奴らが気を緩めたころに、もっと大きな策を講じればいい。それまでしばらくは様子を見るしかないか」


 クラウスは苛立ちを抑えきれないまま、そのまま茂みの奥へ足音も立てずに消えていった。


 ◇◇◇


 夕刻、集落のあちこちから修繕の進捗報告が上がる。仮設的ではあるものの、崩れかけた家の屋根には穴がふさがり、水路の堤防も応急処置が済んだ。バタバタと騒がしかった広場も、少し落ち着きを取り戻している。


「これで当面、雨や風はしのげるね。細かい修繕はまだ必要だけど……」

 笑顔を見せたエリアーヌが、ミレーヌと一緒に畑の端で土をならしている。


「本当に……助かった。エリアーヌさん、ありがとう」


 泣きそうな声で言うテラに、エリアーヌは照れくさそうに目を伏せた。


「わ、私こそ、こんなに役に立てるなんて思わなくて……」


 その光景を少し離れた所から見ていたユイスは、自分のノートを開き、さらさらと幾つもの数式らしきメモを書き足す。


(今の数式構造じゃ、保守派がもっと大きな妨害を仕掛けてきたときに対抗しきれない。早急に改良しなくちゃいけない術式が山ほどあるな……。もっと汎用性のある詠唱短縮や、住民が扱いやすいサポートツールも必要だ)


 書き込むペンが止まらない。自分たちの無力さを痛感させられた襲撃と、フィオナを救えなかった過去。その両方が彼を駆り立てる。


(あいつらが本気で来るまでに、絶対に……)


 そんなユイスの姿を、リュディアが横目に捉えていた。彼の真剣な表情を見ると、突っ込んだ方がいいのか迷う。それでも、伝えたいことはある。


「ねえ、少しは休憩を取ったら? さすがに倒れちゃったら意味ないわ」

「……わかった。すぐにはやめられないけど、ちょっと落ち着いたら眠るよ」

 素直に応じたユイスに、リュディアはほんの少し安心し、そして照れくさいように笑みを浮かべる。


「……それならいいの。絶対に少しは眠りなさいよね」

「はいはい。ありがとな、リュディア」

 その返事にリュディアは「別に、あなたのためじゃ……」と口を濁し、顔を赤らめてそそくさと離れていく。ツンとした態度が相変わらずだが、彼女の背中にはどこか安堵の色が見えた。


 ◇◇◇


 同じころ、シェリーのもとに騎士の装いをしたカディス・ルーファスが静かに現れた。


「失礼します。ユイス殿はおられますか?」

「あ……はい、広場の方で作業をしていますけど……」


 会釈だけ交わし、カディスは慌ただしくユイスを探しに向かう。そして、ノートを抱えたユイスのそばで一礼した。


「殿下が、あなたの活動を大変評価されています。近く正式な成果報告の場を設けたいとのこと。村の状況が落ち着き次第、王都へ戻ってほしいとご伝言です」


 カディスは淡々と告げるが、その目はユイスの内心を読むように細められていた。


「王都、か……。わかった。伝えてくれてありがとうございます。まだやるべきことがあるから、準備が整ったら連絡します」

「承知しました。殿下もお待ちです」


 カディスが去った後、ユイスは曇ったままの空を見上げる。


(王都での“報告”か。また貴族たちに利用されるだけかもしれない。でも……こっちもレオナートの力を借りないと、保守派には対抗できないし……)


 震えるようにノートを握りしめ、彼は深く息をついた。


「……今は、やるべきことをやるしかない」


 夕闇が近づくころ、修繕作業を終えて皆が一息ついた。村を包む空気には、確かに先ほどまでの殺気立った緊張感が薄れ、穏やかな声が増えている。目に見える被害は大きいものの、住民たちの顔からは、どこか“これを乗り越えられる”という安堵が感じられた。


 その一方で、クラウスの策が完全に消え去ったわけではない。保守派は表向き動きを静めたものの、いつまた新たな手段で襲い来るかはわからない。ユイスたちもその不安を胸に抱えながら、それでもひとまずは今ある平和を守り抜こうと決意していた。


 ◇◇◇


 夜風が少し冷たくなった頃、村の広場では簡単な焚き火が焚かれ、集まった住民が労をねぎらい合っていた。


「助けてくれてありがとう。まさか貴族の力じゃなくて、ユイスたちの数式魔法にこうも救われるなんてね」


「いえ、僕たちが頑張れたのは皆さんが受け入れてくれたからです……」


 そう言うユイスの言葉に、トールやエリアーヌ、ミレーヌら問題児クラスもにこりと笑ってうなずく。リュディアは少し離れた場所で住民の相談に応じている。


 村は少しずつ、本当の意味での安定を取り戻しつつあった。


 ユイスは火を見つめながら、ノートの端にさらりと書き記す。


(絶対に、もっと強くなる。それが、ここを守るためにも、そして……)


 そしてノートをそっと閉じ、再び立ち上がる。暗くとも、やることは山ほどある。次に来る嵐に備えるために、今は一歩ずつ前に進むしかない。

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